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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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[ロクスコ]秘密のお宝

  • 2019/06/08 22:00
  • カテゴリー:FF


闘争の世界と神々は言うが、世界に召喚された戦士達は戦闘ばかりをしている訳ではない。
本来在るべき世界とは違う場所に呼ばれた彼等だが、生物としての構造まで変えられた訳ではないので、日々を過ごすには食事もすれば睡眠も取る。
それらの為に家事雑事をする事もあるし、何をする事はなくとも、気晴らしにと陣営のホームから離れる事もあった。
闘争のエネルギーを使って世界を修復し、広げていると言う話もあって、この世界のあらましを調査するメンバーもいる。

今回、調査の為に陣営を出発したのは、スコールとロックの二人だった。
特に何か理由が合ってこの編成になったのではなく、前日の疲労やそれぞれの都合・予定を加味して、手が空いていたのがこの二人だったのだ。
スコールとロックは、ロックが以前に事故紛いで召喚された際、最初に知り合ったメンバーの一人であった事もあってか、それなりに打ち解けた仲ではある───と言うとスコールはなんとも微妙な顔でみけんに皺を寄せるのだが、ロックにとって気安い相手である事は確かであった。

調査となると一日二日では帰れないので、必然的に野宿になる。
スコールはサバイバル訓練を詰んでおり、ロックは元の世界で様々な場所に赴いた経験があったので、野営の準備は恙なく進んだ。
都合よく森があったので、其処で拾った木の枝を薪にして火を焚き、食事も済ませる。
新たな闘争の世界は、始めこそ自分達とイミテーション程度しかいなかったが、世界が拡がるに連れて、何処の次元の歪から迷い込みでもしたのか、魔物の姿も確認されるようになった。
そう言った危険生物に寝込みを襲われる可能性を警戒し、見張りは交代制で行う事にする。

しかし、夜になっても中々二人は眠ろうとはしなかった。
以前、ロックが“ジョン”であった頃なら、スコールは身元不明の人間への不信感で眠る気になれなかったのだが、今はそんな心配もない。
今日は散策中にイミテーションが襲ってくる事もなく、単純に疲れていないので、眠気を感じなかった。
それなら少し話でもしないか、と言ったロックに、あんたが喋るのなら聞いてても良い、とスコールは言った。
元よりスコールが余り喋る性質ではない事は、ロックも理解している。
それで良いよとロックも言ったので、二人の静かな夜は概ね平穏に過ぎて行った。

そうして、ロックの話が幾つか終わった所で、スコールはふと思った事を口にした。


「……あんたは、“トレジャーハンター”なんだよな」
「ああ、そうだぜ」


ぱきん、とロックは持っていた枝を折りながら、スコールの言葉に頷いた。

ロックは、自分は“トレジャーハンター”だと称している。
一人で行動する事に慣れ、ジタンのように身軽で高場を得意とするのも、“トレジャーハンター”として身に着いたスキルだと言う。
鍵のかかった宝箱や扉を開ける為の技術も持っているらしく、それを聞いたティーダが「泥棒みたい」と言った時には、しっかりと訂正していた。
が、ロックが持っているスキルの話だけを聞くと、スコールもティーダと同じ言葉が頭に浮かぶ。

と言うのも、スコールはいまいち“トレジャーハンター”と言うものが判らないのだ。
スコールの身の回りには、そう言った事で生計を立てている者がいなかったのだから無理もない。


「……トレジャーハンターって言うのは、まともに食っていける職業なのか?」
「いや、どうかな。苦労して手に入れた宝の地図が偽物、なんて事はよくある話だし。上手いこと宝が見つかっても、価値のあるものかは判らないし。金銀財宝だと思ったら、鑑定したら全部ただのメッキとかな」


ロックの言う通り、骨折り損のくたびれ儲けと言うのは、彼にとって特に珍しい事ではないらしい。
彼の世界では未開の地と言う物は少なくなく、そう言う場所にはまだ見ぬお宝が、或いは古の時代に隠された財宝が、と言う話はよく飛び交うものだった。
しかし、頼りにしていた宝の地図がとんだ偽物だった事もあれば、儲け話そのものが全くのデタラメだったり、単なる伝承が形を変えて伝わったに過ぎない事も多いと言う。
正しい伝説にありつけたとしても、既に宝は誰かに持ち去られた後で、噂通りのお宝が手に入る方が珍しい。

そんな職業でよく生きていられるな、と言うのがスコールの素直な感想だった。
恒久的な収入になるとはとても思えない、はっきり言って博打に等しい生活だ。
それでも、夢だのロマンだのを求めてトレジャーハンターになる者は、ロックの周りでは決して少なくはなかったそうだ。
これは世界ごとに見られる文明の差や、時代的な環境による認識の違いの所為だろうか。


「…そんなに誰でも簡単にトレジャーハンターとやらになれるものなのか」
「そりゃあ、何か資格や証明が必要なものでもないからな。一攫千金目当てで宝を見付けようって山師は、何処の街にもいたよ。俺の知り合いにもそんなのは多かった」


トレジャーハンターを名乗る者同士のネットワークと言うのは、案外馬鹿には出来ない。
宝の伝説の話題は勿論、それに辿り着く為のルートを知るのも、そう言った者が集まる酒場で収集するのが常套手段であった。
───情報の出所が酒場や飯屋と言うのは、何処の世界でもそう変わらないんだな、とスコールは思う。

正直な話、ロックの周りでは、自分がそうだと名乗れば“トレジャーハンター”と言えた。
後はそれを名実共にする為に、宝の情報を探し集め、本物に辿り着くまでチャレンジを繰り返す。
そうして他人よりも一歩先に宝にありつけた者が、名誉と共に富を手に入れるのである。


「……じゃあ、宝なんて手に入れた事もない詐欺師も多そうだな」
「はは、否定は出来ないな。夢だけ語って冒険は明日、そのまた明日、なんて奴もいたよ」
「そう言う奴は何処で何をして生活を凌いでるんだ……」
「さあ、其処までは。だけど、俺の世界じゃ、その日その日に必ず金が貰える仕事をしてる奴の方が珍しかったと思うな。そう言うのは、何処かの城だったり、貴族だったりに雇って貰ってる人位だ。皆その日その日、その時々で、割とどうにかしてるよ」


キツい生活してる奴もいたけど、と少し寂しそうに言いながら、ロックは手遊びしていた木の枝を焚火に放った。


「スコールの周りには、トレジャーハンターとか、冒険家みたいなのっていなかったのか?」
「…いない。世界中を回った事のある奴ならいたけど、そいつには目的があったから、……少なくとも、そんな大層な名前が着くような旅はしていない」


スコールの世界で“冒険家”と呼ぶのであれば、幾らか伝記のようなものは図書室で見た覚えがある。
世界中の極地を巡る写真家や、まだ見ぬ大地を求めて当てもなく放浪する者────バッツのような根無し草、と言う程でもなかったが、そうした事を記録したり発表したりする事によって、名誉的な収入を得ていた者はいたと思う。
が、やはりそれは、スコールの中では一般的な職業と呼ぶには聊かズレていて、人によっては職業と言うより趣味が高じたと言う者も少なくない。

トレジャーハンターに至っては、益々イメージが沸かなかった。
遠い昔の忘れられた宝を見付ける、と言うとロマンが溢れるが、やっている事は盗掘ではないのかと思う所も度々聞こえる。
遠い昔の墓地遺跡の地下だとか、古い地神が祀られていたと伝承される洞窟の奥だとか、スコールの世界ではほぼ間違いなく、公的機関が管理をしている場所になるだろう。
スコールも一度、そう言った場所に入った事があったが、それは一応の許可を得て入ったものだ(奥まで入って良いと言われた訳ではなかったが)。
しかし、ロックの話を聞く限り、彼の世界ではそうした場所が誰かの管理の手にあったとは考え難く、余程城や街に近い場所でなければ、野放図も同然だったようだ。
侵入に際し、正式な許可が必要な場所ではないようなので、そう言う点では盗掘と言う訳でもないのだろうが、見方を変えればそう言う扱いにされても文句は言えないのではないだろうか。

ぱちり、と焚火の中で小さな木が爆ぜる音を立てた。
うーん、と唸る声と共に、ロックが腕を頭上に上げて背筋を伸ばす。


「折角こんな変わった世界に来れたんだし、トレジャーハンターとしては、此処でも何かお宝を見付けてみたいもんだな」
「……こんな世界に財宝なんてものがあるとは思えないが」
「それは判らないさ。スコールは前にもこういう場所に呼ばれてるようだけど、その時に世界の全部を見た訳じゃないだろ?」
「…まあ……」


ロックの指摘は確かな事で、この新たな世界は勿論、過去の闘争の時でも、スコールが世界の全てをその足で見て回ったかと言うと否である。
以前はこんなにものんびりとした調査時間はなかったし、どうやって戦況を打破するかが優先されていた。
秩序の陣営が負ければ、闘争の世界諸共、それぞれの世界も混沌に飲まれると聞かされていたからだ。
そんな状況でのんびりと冒険なんて出来る筈もなく、要点となるポイントを地域ごとに決めて巡回をする事はあっても、隠された財宝を探しに行こうなんて話は誰もしなかった。
それが冒険好きのバッツや、宝に目のないジタンであっても。

そう考えると、ロックが言うように、世界の何処かに宝が眠っていても可笑しくはないのかも知れない。
過去の闘争の世界でも、それを見付ける為の時間がなかっただけで、何処かにひっそりと隠れていた可能性も、ゼロではない。


「それに、宝って一言で言っても、色々あるんだ」
「……色々?」
「金銀財宝って呼べるものばかりが、お宝じゃないって事さ。例えば古い時代の事が書かれた本とか、ずっと昔に滅んだ国で使われていた道具とか」
「……歴史的な価値があるもの、か」
「そうそう。他にも、ほら、此処は神様が作った世界だろ?じゃあ、神様がこっそり大事にしているものや、この世界の根っことかそう言うものの元になるものが、何処かにあっても不思議じゃない」


ロックの言葉に、成程それは確かに宝足り得るものだ、とスコールは思った。
本当にそんな物があるのかは知らないが、逆に言えば“そう言う物があっても可笑しくない”のも確か。
仮に、神々の力の源、なんてものが見つかったとすれば、この世界を揺るがしかねない大事件になるだろう。

スコールが真面目な表情でそんな事を考えていると、


「まあ、そんな物が本当にあるのかは、判りやしないんだけどな。俺達トレジャーハンターは、こう言う眉唾な話をアテにして、宝探しに行ったりするんだよ」
「……やっぱりまともな職じゃない」


笑って言うロックに、スコールが眉根を寄せて呟けば、「だよなあ」とロックは言った。
それからロックは、スコールの貌を覗き込むように近付いて、


「でもな、スコール。これでも職業柄、そこそこ鼻は効く方なんだ」
「……何の?」
「お宝が其処にあるかどうか、だよ」
「……で、その鼻は、今は何て言ってるんだ?」


最早期待はしない表情でスコールが訊ねてみれば、ロックはにぃっと歯を見せて笑う。


「秘密だよ」
「は?」
「言ったら誰かに獲られるかも知れないからな。一番オススメな宝の情報は、誰にも漏らさないように仕舞っておくもんさ」


そう言って、ロックはスコールの傷のある額をツンと突いた。
虚を突かれたように目を丸くしているスコールに、ロックは得意げにウィンクをして見せる。
何か勿体ぶった言い様に、意味が判らない、とスコールの眉間には今日一番の皺が寄った。

なんだか下らない話をしたような気がして───きっと強ち間違っていない───、スコールは不機嫌な表情のまま、焚火に背を向けて横になった。
寝る、と無言で告げるスコールに、ロックは「おやすみ」とだけ言って静かになる。
スコールはしばらくロックの言葉が頭に残って、その意味をぐるぐると考えていたが、しばらくすると、判らない問題を投げるように、やって来た睡魔に身を委ねた。



……少年の寝息が聞こえるようになった頃、一人現実世界に残されたロックは、蹲る背中を見てひっそりと目を細めていた。





6月8日と言う事で、ロクスコです。
朗読劇もあったし、この二人は意外と距離が近いと嬉しい。
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[バツスコ]見えない世界を見る世界

  • 2019/05/08 22:00
  • カテゴリー:FF


戦闘中、バッツが召喚されたタコの吐き出した墨を顔面で食らった。
独特の粘つきのあるタコ墨は、被っても時間が経つと浄化されるように消えていくのだが、バッツの暗闇状態はその後も回復しなかった。
原因は、タコが吐き出した墨を、頭や背中から覆い被さるように貰ったのではなく、直接顔───目元で受け止めてしまった事。
異物が眼球を襲ったのだから、全くの無事でいられる筈もなく、タコ墨そのものが消えても、バッツの目に光は戻らなかったのだ。

その場の戦闘はスコールとジタンで切り抜け、三人は急ぎ歪を脱出した。
バッツは自分にエスナを使って治療を試みたが、毒や麻痺の中和とは勝手が違うのか、効果はなし。
視力のない状態で歩き回る訳にもいかず、少し待てば治るかも知れない、と待ってもみたものの、バッツの様子は芳しくなかった。
更には目の奥に痛みを訴え始めたので、悠長にしていては症状が悪化するかも知れないと、スコールがバッツを背負って秩序の聖域まで帰還した。

ルーネス、セシル、ティナが代わる代わる治療魔法をかけてみたが、バッツの視力は戻らない。
ケアルで痛みはなくなったようだが、彼の視界は黒く塗りつぶされたままらしい。
クラウドが書庫から医学本を見付けて来たので、参考にしながら観察してみた所、“科学目外傷”に準ずるのではないか、と判断された。
洗剤や有機溶剤と言った、本来目にいれる事を想定されていない、化学物質が目に入った時に起きてしまう症状だ。
重症になると失明する事もある───と言ったクラウドに、一同はざわついたが、しかし本に因ればバッツの症状は失明状態にはあるものの、眼球の様子を見る限りでは「重症」ではないらしい。
バッツの眼球自体は、炎症もなければ瞼と癒着している事もなく、角膜が濁りを持っている事もなかったので、そう言う意味では「重症」ではなかったのだ。
ではどうして視力が戻らないのか、と言う点については、発端が召喚獣による攻撃が原因だった事も含め、正確な所は判らず仕舞いだった。

本で調べる事が出来たのは此処までで、後は経過観察しかないだろうと判断された。
そう判断するしかなかった、と言うのが正直な所である。
回復魔法を使えるメンバーが定期的に治癒魔法を施しつつ、時間が薬となる事を祈る他は、時間のある者がモーグリショップに通って、回復に使えそうな薬を探す事になった。

目が見えないのだから、当然、バッツは拠点での待機を余儀なくされている。
彼一人では色々と大変なので、必ず誰か一人が傍についていた。
バッツは「一人でもなんとかなるって!」と言ったが、実際に一人で歩いてみると、過ごし慣れている屋敷の中でもかなり危なかった。
食卓用のダイニングテーブルや椅子の位置、部屋の間取り、廊下の距離等、覚えているようで覚えていない事が多々ある。
階段の上り下りは手摺を使えば出来たが、踏み外しそうになる事もあった。
平時のバッツなら、目隠しをしていてもするすると歩けてしまいそうな空間が、視力と一緒に平衡感覚もエラーを起こしているのか、度々ぶつかったり転んだりするのだ。
当然、食事の用意や片付けも思うようには出来ず、介助の手に頼らない訳にはいかなかった。

そうしてバッツの目が見えなくなってから、一週間が経つ。
スコールは、件の日以来、初めてバッツと二人で待機組となった。


(……まだ回復しないのか…)


リビングのソファで、退屈そうに横になって伸びているバッツを見下ろして、スコールは眉根を寄せる。

バッツは、先程までスコールの手を借りて食事をしていた。
昼食はバッツも簡単に食べられるようにサンドイッチにしたのだが、皿の位置が判らないので、手に持たせるのはスコールが行った。
中身の具が零れる事にも気付かず、飲み物はグラスにストローを入れてスコールが運んだ。
どうにも不自由なバッツの様子に、スコールは酷くもどかしい気持ちになっていた。

うーん、とバッツが唸るように声を上げて起き上がる。
伸びの姿勢で体を左右に捻る姿に、エネルギーを持て余しているのが判った。
しかし、いつものように駆け回る事は勿論、今のバッツはほんの数メートルを移動するだけでも、人の手が必要になる。
何かと大人しくしていられないバッツなら、今の状態は退屈で仕方がないのだろう。


(…いや。それより、見えない不安とか。まだ治らない事とか、気になる、よな)


何せ、視覚が使えなくなってから一週間も経っているのだ。
大抵の症状なら、治癒魔法で継続治療を行いながら、三日もすれば回復傾向になる事が多いのだが、今回は随分と長い。
こうなると、ひょっとして、もう見える事はないのではないか、と言う不安が過ぎっても可笑しくはない。
傍で見ているしか出来ないスコールがそう思ってしまうのだから、当人が考えない筈もない────そうスコールは思うのだが、


「スコール、其処いる?」
「……あ。…ああ」


ふっと此方を見て名を呼ぶバッツの声は、いつも通りの明るいものだった。
どうして今の状態でそんな声が出せるのか、スコールには不思議でならない。

この一週間、散策から戻ってバッツの顔を見た時、実はもう視力が戻っているんじゃないか、と思った事もある。
何故ならバッツは、話をしている人間の方を正確に向き、いつもと変わらない様子で会話を交わしているのだ。
眼球に充血症状はなく、痛みも治癒魔法を施してから感じられなくなったことで、目元に包帯をする必要性も見られなかった為、顔は本当にいつもと変わらない。
余りにも普段のバッツと変わらない様子に、スコールはいつも期待を抱いてしまう。
しかし、ふとした折に手を彷徨わせて辺りを探る姿を見て、期待を打ち砕かれていた。

今もまた、バッツは空の手をスコールに向かって伸ばしている。
声が聞こえるから、気配があるからこっちの方にいる、と言う事は判るようだが、距離までは掴めていないのだ。
ひらひらと揺れる手が、掴むものを探しているように見えて、スコールはそっと自分の手を伸ばす。
此方から掴むと驚かせてしまいそうで、触れて良いものか迷っていると、バッツの手の方がスコールの指を掠めた。
いた、と嬉しそうな声が聞こえて、バッツの手が確りとスコールの手を掴む。


「スコール、食器の片付け終わったのか?」
「終わった」
「そっか。じゃこっちに来てくれよ」


くい、と握った手を引かれる。
逆らわないまま、スコールはバッツの隣に座った。
すると、握っていた手が離れて、代わりにバッツが抱き着いて来る。


「!」
「はは、スコールの匂いだ」
「おい……っ」


胸に顔を埋めるように抱き着くバッツに、スコールはいつものように押し退けようとして、留まった。
バッツのスキンシップが激しいのは常の事だが、今のバッツはいつもの彼とは違う。
視界が利かない事に因る身体的な問題は勿論、精神的にもやはり影響がないとは言い切れない。

べったりと体重を乗せて抱き着いているバッツ。
重い、と思いながら、スコールは彼をどうして良いのか判らず、好きにさせる形にならざるを得なかった。


「温かいなあ、スコールは」
「……あんたの方が体温は高いだろ」
「いやいや。スコールの方が温かい」


胸に抱き着く熱の塊は喧しい。
しかしその塊は、スコールの方が温かいのだと言う。
そんな訳がないのに、とスコールは思うのだが、否定するのも面倒だった。

ぐりぐりと頭を胸に押し付けて来るバッツに、やっぱりいつもよりスキンシップが激しい気がする。
声も表情もいつもと変わらないように見えるけれど、やはり何処か不安なのかも知れない───とスコールは思った。


「……バッツ」
「ん?」


名を呼んでみると、バッツは顔を上げる。
茶色の瞳はスコールの方を正確に見上げていたが、視線はスコールのそれとは重ならない。


「……あんた、まだ全然見えないままか」
「うーん。全然って事はないけど、それも最初に比べたらって位だな」
「最初は……真っ黒だって言ってたな。今は?」
「黒よりの灰色、って感じかな。よーく見たら形みたいなのが見える…ような……?」


バッツはこれでもかと眉間に皺を寄せて、相貌を細めてスコールの顔を見ている。
これじゃ見辛い、と抱き着く腕を解いて体を起こし、まじまじとスコールの貌を見る。
その顔が段々と近付いて来て、スコールは厳めしい顔つきのバッツの珍しさに目を引かれつつ、いつもの癖で体を逃がさないように気を付けた。


「んんん~……」
「……見えてるのか」
「…………ちょっと…多分……なんかやっぱり、塗り潰してるみたいな感じなんだよなぁ……」


始めに見えてたものが真っ黒な状態から、今は濃墨で塗り潰したような状態。
バッツの今の視界を例えるのなら、そう言った表現になるらしい。
とても濃い黒と、其処まで濃くはない黒が混ざり合って、微妙な濃淡のシルエットが微かに浮き上がっている、と言う。
最初はシルエットも何もなかった、と言っていた事を考えると、症状自体は緩和しつつあるのだろうか。

それでも、まだ彼の視力は戻ってきていない。
あと少しで触れそうな距離だと言うのに、バッツ自身がそうと気付かない程に。


「早くスコールの顔、見たいんだけどなぁ」


バッツのその呟きは、独り言と同じ音をしていた。
少し皮の厚いバッツの手がスコールの頬に触れて、形をなぞるように頬を撫でる。
その手はそろそろとスコールの目元へ上り、傷のある額に触れ、鼻のラインを辿り下り、唇へ。
ふに、と指先が柔らかく唇を摘まんで、バッツは見えない目を其処に近付けた。

まじまじと、見えない目で唇を見詰めて来るバッツに、スコールはきゅっと唇を噤む。
何度も感触を確かめるように触れる手を捕まえて、スコールは自分の指を絡めて柔らかく握り、


「バッツ」
「ん?」


名前を呼べば、バッツは返事をする。
見えない瞳はずっとスコールの顔を捉え、心なしか嬉しそうに笑みを作っている。

その唇に、ほんの一瞬、スコールは自分のそれを押し当てて離した。


「─────え」


スコールの目の前で、バッツの褐色の瞳が大きく見開かれる。
そんな顔をスコールが見る事が出来たのは、その瞳がスコールの顔を認識できていないからに他ならない。

ぽかんとした表情で固まっているバッツをそのままに、スコールは握っていた手を解いて、腰を上げた。
目の前にいた人物が動く気配が伝わったのだろう、待って、とバッツが手を伸ばす。
スコールがその手に軽く触れると、逃がしてしまう前にと、確りとした力で捕まえられた。
引っ張られたスコールの体は、抵抗なくソファに戻って、またバッツが全身で抱き着いて来る。


「スコール、今の」
「知らない」
「もっとしてくれよ」
「もう十分だろ」
「嫌だ。もっと」



膝の上に乗って、続きをねだって来る大きな子供に、やっぱり甘やかすものじゃない、とスコールは思った。





5月8日でバツスコ!

べったり甘えるバッツと、甘やかすスコールが浮かんだので。
見えるようになるまではスコールがバッツを甘やかして、治ったらバッツがお返しで甘々すれば良いと思います。


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[セシスコ]ずるい大人

  • 2019/04/08 22:00
  • カテゴリー:FF


大人びた顔の下に隠してある、素の表情を見るのが好きだ。
其処には彼自身が口に出す事を躊躇うのであろう、沢山の感情が存在している。
それがふとした瞬間にぽろりと零れ落ちた時、セシルは言いようのない高揚を感じていた。

始めこそ、とても頼りになる青年だと思っていた。
凛と伸ばした背中や、常に眉間の皺を深くしている所が、己のよく知る親友と心なしか重なる所もあってか、セシルは彼を厭う事はなかった。
何かと反応が素っ気ない事については、出会った環境が環境であったし、自身を「傭兵だ」と端的に紹介した彼が染み付いているであろう警戒心も理解できたから、特に悪印象は持っていなかった。
単独行動を取り勝ちな点は、決して歓迎できる訳ではなかったが、戦場のいろはをよく理解している彼の考えにも同意は出来たので、セシルはこの点については出来得る限り中立の意見を取っている。
また、彼の方も、セシルやクラウドが理論的な筋道を立てて諭すと、理解を示し柔軟な対応を臨んでくれる場面もあったので、セシルが彼と悪戯な対立をする事はなかった───ように思う。
ただ、そう言った会話をしている時、ふとした時に、不満と言うのか不服と言うのか、そう言った感情が、尖らせた唇や逸らした視線から聞こえて来るような気はしていた。

仲間達が随分と打ち解け、それに遅れて、ジタンやバッツと言った面々によって、彼の頑なだった態度は徐々に解れて行った。
とは言え、元々の気質もあるのだろう、彼は時折一人で静かな時間を欲しがる事がある。
しかし賑やか組は、気安いスキンシップでそれを中々許してはくれないので、段々と彼は避難所としてセシルの下を訪れるようになった。
此処ならあいつらは煩くしない、と言ってやって来た彼を見て、驚くと同時に、仲間達には悪いが、少し嬉しいと思った。
彼等とは違う形の信頼を寄せられているようで、懐かない猫が「こいつは大丈夫」と認めてくれたような気がしたのだ。

それ以来、セシルは彼が求める時に、彼の安らぎの場所となった。
セシルも彼もお喋りな性質とは言えないので、沈黙が長い時間が多かったが、それでもぽつりぽつりと会話はする。
大抵が賑やか組への愚痴から始まる会話は、重ねる内に深くなり、セシルは皆が知らない彼の顔を知る機会を得た。
そうしてセシルは知ったのだ────彼が存外、幼い事を。
孤高の道を行きながら、その本質は、愛されたがりの子供と変わらない事を。




部屋で寛いでいたセシルが、そろそろ寝入ろうかと思った所へ、スコールはやって来た。

ノックの音を聞いてドアを開けると、スコールは俯いて佇んでいた。
どうしたの、と声をかけると、彼は何も言わない。
お喋りな目元は前髪で見えず、元より固い口元が強く引き結ばれているのを見て、セシルは眉尻を下げて苦笑。
濃茶色の髪をぽんぽんと撫でて、中に入るように促せば、ようやく彼は敷居を跨ぐ事が出来た。

ふらふらとした足取りで、スコールはベッドへ向かう。
靴を脱ぎ、部屋主への断りなくベッドに蹲ったスコールを見て、大分重症のようだ、とセシルは察した。


「今日は何があったんだい?」


世界から隠れようとするように丸くなっているスコール。
その背中に訊ねながら、セシルはベッドの端に腰を下ろした。


「今日は確か、バッツ達と一緒だったかな」
「……」
「何かトラブルでもあった?それとも、二人と喧嘩でもした?」


言いながら、それはないか、とセシルはこっそりと確信する。
ジタンとバッツはスコールの事が大好きだから、ちょっとした意見の相違で口論する事はあっても、喧嘩と言う程に大仰な事にはなるまい。
スコールも彼等を決して嫌う事はないから、喧嘩をしても長続きはせず、言葉以上に雄弁な瞳が気まずくしているのを見たら、スコールが言い出せなくても二人の方から仲直りをしに行く筈だ。
それ以上の大喧嘩をする事も可能性はなくはないが、生憎、セシルはそうなった時の事を知らない。

スコールはベッドの真ん中で、体を縮こまらせて丸まった。
寒がりな猫のような仕草に、セシルは畳んでいた毛布を広げて、スコールの体を包んでやる。
自分を包む温もりを感じたのだろう、スコールが詰まらせていた息を吐くのが聞こえた。


「……セシル」
「うん?」


呼ぶ声に返事をすると、スコールが起き上がる。
毛布が肩から落ちるのも構わず、体を起こしたスコールは、ベッド上に座り込んだ格好のまま、じっとセシルを見詰めていた。
その目元が微かに赤く腫れているのを見付けて、セシルは其処に手を伸ばす。

スコールの眦は、僅かに濡れていた。
指先で腫れの残る目尻を撫でると、ひく、とスコールの喉が引き攣る。


「……っ」
「おっと」


堪え切れなかった、と言わんばかりの表情で、飛び込むように抱き着いて来た体を受け止めた。

セシルのシャツを握る手が、微かに震えている。
スコールが息を詰まらせているのが判って、セシルは肩口に額を押し付けるスコールの頭をぽんぽんと撫でていると、


「……夢を、見た」
「そう。どんな夢?」
「……」


訊ねるセシルに、スコールが息を詰まらせる。
言いたくない、と言う気配を感じたが、セシルはそんな事でも口に出した方が楽になるだろう、と思っている。
口にする事で悪い物を呼び込む、と言う考えも判らないではないが、身の内の不安と言うものは、溜め込む程に悪い方へ悪い方へと膨らんで行くものだ。
それが本当に嫌なものを呼んでしまう前に、吐き出してしまった方がきっと楽になる。

しかしスコールにとっては、自分の心にあるものを言葉にする事の方が難しい事だ。
それでも、セシルが背中を摩って促すと、なんとか声を出そうと口を開閉させている気配が伝わる。
焦らないでゆっくりで良いよ、と背中を抱いてやると、スコールは一瞬ビクッと体を強張らせたが、摩る手から伝わる温度を感じて、少しずつ強張りを解いて行く。

そのまま、長いような短いような時間が過ぎた後、スコールは小さな声で言った。


「……あんたが…」
「僕が?」
「……何処か、遠くに……」
「うん」
「………」
「うん」
「………っ……」


ようやく紡ぐ事が出来た言葉は少なく、酷く断片的であったが、それがスコールの限界だった。
脳裏に焼き付いた光景を厭って、スコールは頭を振ってセシルの胸に顔を埋める。

セシルが、何処か遠くに行ってしまう夢を見た。
それはただの夢であるけれど、スコールにとっては酷く恐ろしい悪夢でもあった。
スコールは、誰かを失う事、誰かがいなくなってしまう事を、極端に恐れている節がある。
理由については、スコールの記憶の回復も決して芳しくはないので明確ではないが、強迫観念のように根強く残っている所を見ると、きっととても悲しい別れ方をした人がいるのだろう、とセシルは思っている。
大切な人を失った時の喪失感と言うものに、スコールはずっと苛まれている。
そしてその感情は、この闘争の世界でセシルと言う恋人を得た事によって、一層根を張り枝を広げてしまっているのだろう。

最初にこの夢を見た時、スコールは誰にも言えず、勿論セシルにも伝える事が出来ずにいた。
たかが夢と言えばそれまでで、自分がそんなものに怯えている事を認めるのも、プライドが許せなかったのだろう。
しかし、セシルと距離を縮める程に夢は明確な景色で再生されるようになり、スコールの心を蝕んで行った。
一時は失う事を想像するだけで恐ろしくなり、セシルとの関係を終わらせようとした程だ。
だが、面と向かって「気の迷いだったんだ」と言ったスコールの表情が、本当は違う、助けて欲しいと叫んでいるのを、セシルは見逃さなかった。
そしてセシルも、そんなスコールを放って置く事は出来ず、彼の本音を半ば強引に引き出して、終わりにする事を拒否した。

セシルの強い希望と、スコール自身が本当は終わりを望んでいなかった事で、二人の恋人関係は今も続いている。
しかし、離別への不安は常にスコールの心に巣食っており、彼はふとした折に悪夢を見て、不安を掻き立てられては安らぎを求めてセシルの元を訪れる。


「……セシ、ル……」
「ああ。大丈夫、僕は此処にいる」
「……ん……」


名を呼ぶ声に応えて、セシルはスコールの細身の体を抱き締めた。
身長は高いのに、厚みの足りない体は、こういう時にスコールを酷く華奢に思わせる。
決して弱々しい訳ではないのだが、年齢を思えば、この体はまだ発展途上の段階にあり、今はスコール自身が酷く不安定になっている事もあって、彼の存在が頼りないもののように感じられた。

離れたくないと全身で訴えるスコールの首の後ろを、そっと指先で撫でてやる。
ぴくっ、と小さく肩が震えた後、スコールがそっと顔を持ち上げた。
薄らと潤みを帯びた蒼の瞳が此方を見上げ、桜色の唇が、セシル、と名前を紡ぐ。
その唇を自分のそれで塞げば、欲しがるように隙間が開いたので、セシルは彼の望むままに侵入した。


「ん……、ん……っ」


撫でられる感触に、スコールの背中にぞくぞくとしたものが奔る。
これで何度目の口付けになるのか、セシルは既に判らなかったが、それでもスコールがこの触れ合いに慣れる事はない。
けれど重ねる度に彼の反応は顕著になって行き、最近は欲しがる顔も見せてくれるようになった。
それ程、スコールの心が明け透けに見えるようになった事に、セシルは喜びを感じずにはいられない。


(だから、ごめんね)


深い口付けを交わしながら、セシルは言葉にしないまま、ひっそりと幼い恋人へと詫びる。
怖い夢を見たと、不安な気持ちになったからと、それを慰めて欲しいと己を求めずにいられない少年が、セシルには愛しくて堪らない。
きっと本当に彼を想うのなら、そんな不安を忘れてしまう程に愛してやるべきなのだろう。

だが、セシルはそうしたいとは思わなかった。
愛していないからではないし、彼の事を骨の髄まで愛していると言う自信がある。
それと同時に、不安を求めずにはいられない程、自分に心を寄せていると言うスコールが愛しくて堪らない。

きっと誰かを好きになればなる程に、スコールの不安は増して行くのだろう。
大切なものを失う事を極端に恐れている節のある彼にとって、何れは別れが訪れるこの世界は、誰かと密接な関係を作る程に残酷な未来しか待っていない。
セシルもそれは判っていたから、本当にスコールの安らぎだけを望むのなら、彼と関係を持つ事は望んではいけなかった。
柔らかな温もりで包む程に、スコールは追い詰められ、恐怖を抱いてしまうのだから。

─────それでも。


(それでも僕は、そんな君が欲しいんだ)


重ねていた唇を離すと、スコールははぁっと熱の籠った息を吐いた。
苦しかったのだろう肺に、一所懸命に酸素を送り込む姿を眺めながら、慰めるように頬を撫でる。
すると、息苦しさで涙を滲ませていた蒼い瞳が、続きを強請るように此方を見上げる。

セシル、と名を呼ぶ桜色の唇を、また塞ぐ。
それだけで安心したように、同時にこれ以上に不安から逃げるように、縋り付いて来る腕がいじらしいと思った。





4月8日と言う事で、セシスコの日!

依存癖のあるスコールと、優しいんだけど依存される事を嬉しく思っているセシル。
スコールが本当は強くありたい、誰かに頼らなければいけない弱い人間になりたくないと知っていながらそれを許さないセシルと、いつの間にか絡み取られて逃げ場をなくしている事にも気付かないスコールなセシスコが好きなのです。
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[オニスコ]きみはやさしい

  • 2019/03/08 22:00
  • カテゴリー:FF


なんとなく、苦手意識を向けられているのだろうと、想像はついていた。

彼の態度が頑ななのは、誰に対しても限られたものではない。
ウォーリアに対しては、他者以上に、と言う印象で頑なな雰囲気も醸し出されるが、かと言って一切の会話を厭う程ではなかった。
日々の報告や、何気ない挨拶───と言っても、彼は大抵、人からの挨拶に応答するのみであったが───はきちんと果たしてくれる。
無駄話を嫌うのは言葉数の少ない彼にしてみれば普通の事で、賑やかな面々が回りにいても、基本的に彼から口を開く事はない。
だから、特別にルーネスだけが忌避されている訳ではないし、そもそも彼はルーネスの事も忌避してはいない。
どちらかと言えば、そう言う態度は、ウォーリアに対してのみ向けられている。

それなのに、どうして自分が苦手意識を持たれている、と感じるのか、と聞かれれば、ルーネスはこう答える。
見れば判るよ、と。



戦闘スタイルとしては、少なからず似た所はあるのだろう。
スコールの戦い方をよく観察しながら、ルーネスは時折そう考える事があった。

剣士ではあるスコールだが、その体は他のメンバーに比べると細身である。
華奢ではないが、腕の太さはウォーリアやフリオニールとは比べるべくもなく、柔らかな物腰に反して重鎧を身に着ける事に慣れたセシルも当然ながら差は歴然だ。
似たような文明レベルの世界から来たと思わしきクラウドと並んでも全く違う。
細さで言えばバッツも似たような所はあるのだが、彼は色々と規格外な所があるので、比較対象として並べるには聊か無理がある。
同年のティーダと並ぶと、身長が近い事も相俟ってか、体格の違いはより顕著になった。
これはティーダが水泳を主とする運動をしていた事で、元々の運動量や、長時間水に触れる事から体を守る為にある程度の脂肪が必要とされるからだろう。
水中で動くと言うのは、陸上よりも遥かに筋肉が必要とされる為、ティーダは適度に脂肪を持った伸びのある筋肉を持つに至ったのだ。
ジタンも細身ではあるのだが、彼は下半身が鍛えられており、身軽な体を支える為の軸が出来上がっているのが判る。

スコールが他のメンバーに比べて筋肉量が目立たないのは、彼の世界の文明事情にそれなりの理由があった。
彼の世界では、ルーネス達にとって当たり前にある重い金属製の鎧のフルアーマーと言うものは少なく、あっても合金のブレストプレートやアームガード、レッグガードのようなものが主流である為、全身を金属で覆う事はないそうだ。
武器は剣もあるが、それ以上に一般的に普及しているのは銃の類で、その攻撃を防ぐには金属よりも弾力のあるゴムや化学繊維を原料とした、防弾チョッキと言うものが有効であるらしい。
ゴムなんて剣で切れてしまうし、矢が刺さるじゃないか、とルーネスは思うのだが、スコールの世界では、剣はともかく、矢は余り武器として一般的ではないそうだ。
スコールの感覚では、攻撃とは受けて耐えるものではなく、躱せるものは避けて往なすものである為、頑健さよりも身軽さの方が優先される傾向がある、との事。
存在する金属製品も、素材がかなり軽量化されている事もあり、身に着けているだけで日常動作が筋肉トレーニングになる事はない。
戦い方、または個人の趣味趣向で筋肉を鍛え、盛り上がる程の逞しい体つきになる者はいるが、そうでなければ余りに多すぎる筋肉は邪魔になる事も多く、スコールは其処までの体格を自分に求めなかった────元々隆々とした筋肉には恵まれない体質だった事もあるようだが。
また、スコールは魔法を体内に取り込んで自己強化を行う“ジャンクション”と呼ばれる仕組みを習得しており、これを使う事で、自身の純粋な身体機能以上の力を引き出す事が出来る。
だからスコールの持つ筋肉は、他の戦士達に比べると、細く引き締まった印象に見えるのだろう。

────こうした理由からか、スコールはこの世界に置いて、純粋なパワーでは他のメンバーより弱い所がある。
それを補っているのが、手数と頭の回転の速さだ。
自分の得手不得手を理解し、それをカバーする為に技を練り、戦略を組み立てる。
鎧を着込むものよりも身軽なので、足を使う事も出来るし、魔力は低いが魔法は使えるので攪乱にも応用できる。
見ようによっては器用貧乏と言われるのか、どれを取っても、他のメンバーより突出している所はないと言っても良いのだが、出来る事が多い為に戦略の幅も広いのだ。

出来る事が多いのは、ルーネスも同じだ。
一つ一つの能力に関して言えばスコールと同様に器用貧乏な所があり、スコールよりも更にパワーが劣り、スピードに関してはルーネスが上だ。
魔法はルーネスの方が得意だが、ティナのような純粋な魔法使いと並ぶと、やや劣る。
足の速さはそれなりに自信があるが、コンパスの差なのか、元々の踏み切る力かスタミナか、ティーダには負ける。
ルーネスは自分のそう言った特徴を、奢らず受け止め、理解し、分析した。
そして出来る事と出来ない事を知り、剣を使い、魔法を使い、手数と足で攪乱しながら、自分の得意な流れを作り、勝利を掴むのだ。

戦う為に使う力のバランスが違う為、スコールとルーネスの戦い方が全く同じになる事はない。
しかし、お互いに自分の得手不得手を理解した上で、戦法を工夫するのは同じだ。
そして時には、自分の弱点である事を敢えて選択し、敵の裏を掻く事もある。
だからか、二人が剣を交えると、互いの読み合いへの警戒からか、思いの外勝負が長引く事は少なくなかった。
こう言った時の勝負の要は、どちらが先に仕掛けるか、それを相手が予想しているかを悟る事だが、これもまた何処まで読めるものか判るものではない。
かと言っていつまでも読み合いばかりをしている訳にも行かない。
好機と読んで踏み込んだ一歩が、勝利への道か或いは罠か、それはその瞬間まで判らない。

今日も二人の勝負は長引き、膠着状態が続いた末に、決着した。
先に一歩を踏みこんだのはルーネスで、スコールも即座に反応したが、それは誘いの踏み込みだった。
ルーネスの剣をガンブレードで受けた直後、至近距離で放たれた炎によって、ルーネスの勝利は決まったのである。

炎弾を食らって吹き飛ばされた体が、地面に背を打ち、転がる。
受け身を取る余裕もなかったスコールは、息を詰まらせて背を襲った衝撃に耐えた。
その数瞬を逃さずルーネスが走る。
スコールが体を取り巻く炎を振り切るように身を捩って起き上がり、迎撃態勢に入ろうとした時には、少年の剣は眼前に迫っていた。
其処でルーネスの手はぴたりと止まり、


「僕の勝ちだね」


小生意気な声で言ったルーネスを、スコールは半ば反射反応で睨んだ。
が、そんな事をしても意味がない事は判っているので、目を伏せると柄を握る手の力を緩める。
それを察したルーネスも、直ぐに刃を退く。

ふう、と立ち上がったスコールは、服についた土埃を手で払う。
憮然とした表情なのはいつもの事だが、眉間の皺がやや深い。
負けたのだから当然だ、と彼と同様のプライドの高さを自覚しているルーネスは思う。
それでも、勝ちは勝ち、負けは負けである訳で。


「さ、スコール、約束だよ。僕が勝ったんだから、その剣を見せてくれるよね」


その剣、とルーネスが指差すのは、スコールの手に握られた風変りな形の剣。
今日の勝負でルーネスが勝てば、それを直に見せて貰うと言う約束をしていた。

スコールは物言いたげな視線を此方に寄越していたが、ルーネスはにっこりと笑顔を向けてやる。
こうすると、存外とスコールが弱いと言う事を、ルーネスは余り多くはない交流の中で学んだ。
案の定、スコールは判り易く溜息を吐いた後、柄を握る手を返し、逆手に持って刀身を下に向けて愛剣を差し出した。
それを見て、ルーネスは少し目を丸くする。


「持って良いの?」
「その方がよく見えるだろう」
「それはそうだけど」


スコールの愛剣が、単純な剣ではない事は、その見た目からしても明らかである。
その所為か、ガンブレードは秩序の仲間達の間でも、興味を引くものだった。
バッツやジタンは判り易く見せろ見せろとスコールにせがんでいるし、フリオニールもバッツ達のように言いはしないが、物珍しそうにちらちらとみている事がある。
しかし、ガンブレードは特殊な構造で取り扱いが難しい所があるらしく、バッツ達は見せては貰えても持たせて貰った事はない。
見せる時には、必ずスコール自身が持ったまま、文字通り「見せて」いるだけである事が常だった。

そんな大切な武器を、スコールはルーネスに持たせようとしている。
比較的打ち解けている風のバッツ達にすら許さないのに、とルーネスが少し戸惑っていると、


「……あんたなら、変な扱い方はしないだろうからな」
「それは、勿論。だってスコールの大事な武器だもの」


スコールの言葉にそう返せば、スコールは「だからだ」と言うように、小さく頷く。
なんだか信頼されているような気がして、ルーネスはむずむずと鼻の頭が痒くなった。

ルーネスは自分の剣を鞘に納めて、訓練の名残の汗を残す手を服で拭いた。
剣を握るスコールの手を上下に挟む形で、柄を握る。
ルーネスがしっかりと握った事を確認してから、スコールはそっと手を離した。
途端、剣の重みがルーネスの両手に沈む。


「わっ。意外と重い……」
「そうでなければ、強度も保てない」
「それもそうか。スコール、結構力があるんだね。片手で使ってるから、もっと軽いのかと思ってたよ」


ルーネスの手にかかる重みは、体感的には両手持ちの長刃の剣に近い。
ティーダも似たような重さの剣を使っているが、彼とスコールでは剣の使い方が違う。
距離を縮めながら、ジャンプの踏み込みや着地の反動を多く利用し、臂力で敵を斬るヒット&アウェイスタイルのティーダに対し、スコールは近距離を維持した状態で、相手に反撃の隙を与えずに連撃を斬り込むスタイルを得意としている。
短い瞬間に何発も攻撃を撃ち込まなければならないのだから、それに使われる武器は軽い方が使い易いものだ。

ルーネスは風変りな形の柄を握り、剣を正眼に持ち上げてみる。
しかし、普通の剣とは違う角度の造りをしたガンブレードの切っ先は、ルーネスが思うよりも低い位置にあった。


「…これ、変な感じしない?」
「……別に」


ルーネスの言葉に、スコールの反応は素っ気ない。
愛用の武器なのだから、今更違和感もないか、とルーネスも思い直す。


「それにしても、意外と重いね。構えてると手首が疲れて来る」
「持ち慣れてないからだろう。手首と…肩にも余計な力が入っている」
「そうなんだよね。いつもの持ち方をすると、ちゃんと構えられてない気がするし、剣に合わせると手が…痛いって言うか、変って言うか」


うっかり落とさないように気を付けながら、ルーネスは手の中の柄を握る。
自分で使い慣れたものではないのだから、違和感はあって当然なのだが、それにしても感覚が可笑しい。
柄の形が自分の知っているものと全く違うからだろうか。

いつまでも構えていると、手首が疲れて剣を落としてしまいそうだったので、刃を下ろす。
横向きにしたガンブレードの刀身に手を添えて、ルーネスは剣の全身を眺めてみた。
ひらりと光を反射させる銀刃には、一頭の獣の姿が刻印されている。
ルーネスの頭に、ぼんやりと、よく似た形の魔物の姿が浮かんだが、仲間達との会話を聞いた時、これは魔物ではない、とスコールが否定していた事を覚えている。


「ねえ、スコール。この、えーと……生き物は何て言うんだっけ」
「グリーヴァだ」
「ああ、スコールのそのネックレスと同じなんだね」
「……ああ」


スコールが頷くのを聴きながら、ルーネスの視線はガンブレードの柄尻へ向けられた。
ガンブレードを動かす度に聞こえる、ちゃり、と言う小さな金属音の正体は、其処にある。
戦場で使う相棒にまで身に着けさせるなんて、余程気に入っているのだろう。

しげしげとガンブレードを見詰めるルーネスだが、見れば見る程、変わっているなあ、と思う。
この世界に来てから、色々な世界の武器防具を見る機会に恵まれたが、少し複雑な機構を持つ武器や、魔力を貯蔵する宝石などと並んでも、ガンブレード程に異彩を放つものは少ない。
そんな代物を間近で見る機会を得られて、ルーネスの知識欲がもっと見たい知りたいとせがんでいる。

だが、そろそろ時間切れだろう。
ガンブレードの持ち主であるスコールは、獲物が自分の手元にない事が落ち着かないようで、さっきから右手を何度も握り開きと繰り返している。
別段、敵が武器を持ち去った訳でも、目の前の少年がそうした悪ふざけをするとも思っていないのだろうが、それでも愛剣が他人の手にあると言うのは気が気でないものである。


「───うん。はい、ありがとう、スコール」
「……ああ」


満足したと言う顔でルーネスが剣を差し出すと、スコールは直ぐに手を伸ばした。
使い慣れた剣が手元に戻ると、スコールは感触を確かめるように、柄を軽く握る。
特に異常のある場所がない事をざっと眺めて確認すると、剣を光の粒子へと変換させる。
結局の所、武器を召喚していない限りは無手である訳だが、それでも“自分の下にある”と思えると安心もするものなのだ。

訓練も終わり、約束も果たしたと、スコールは拠点の屋敷に入るべく踵を返す。
長い脚でさっさと進んで行く彼を、ルーネスは追って、隣に並んだ。


「ねえ、スコール。また勝負しようよ」
「今日はもう良いだろ。飯の準備が遅れる」
「うん。だから、今日じゃなくて良いから、他の日に」


スコールはちらとも此方を見ずに、ルーネスの言葉への返答は何処までも素っ気ない。
それを冷たいと思った事もあった。
しかしルーネスはそんな態度にも関わずに、いつもと同じ調子で言う。


「スコールと訓練するの、凄く楽しいんだ。色んな事を考えながら戦えるから」
「……」
「それともスコールは、僕と訓練するのは詰まらない?」
「………」


高い位置にある整った顔を見上げながら言えば、スコールは判り易く眉間に皺を寄せて此方を見下ろした。
誰もそんな事は言っていないだろう、と表情で告げるスコールに、意外と優しいよね、とルーネスは思う。

ふい、と視線を逸らして、スコールはルーネスに見えないように溜息を吐いた。
顔が見えないだけで、吐く息は隠してもいないので、特に意味のない行為だが、気にはするまい。
その溜息は、観念と言う名の了承と同じ意味を示している。


「…次は、いつにするんだ」
「三日後は?多分、僕の待機番がまた回って来ると思うんだ」
「判った。それで良い」
「決まりだね。それで、僕が勝ったらまたガンブレードを見せてよ」
「は?」


ルーネスの申し出に、スコールは呆気に取られたような反応を返す。
蒼い瞳が、もう十分見ただろう、と言いたげにルーネスを見下ろすが、淡い碧眼はにっこりと笑顔を見せると、スコールはまたふいっと視線を逸らしてしまった。

────多分、扱い慣れていないのだと思う。
自分に対してのみ見られる、幾つかの反応を確かめる度に、ルーネスはそう考えている。
それは自分がスコールから子供に見られている、子供扱いされていると言う意味も孕んでいる為、ルーネスとしてはプライドが疼かないでもない。
戦場に出れば一人前とされながらも、それ以外の日常生活では、何処か甘やかされている自覚は、少なからずあった。
彼と対等な物言いをし、遠慮のない遣り取りもするジタンとは、年齢も一つ二つしか違わないのに、どうして自分だけが子供扱いされるのか、と思う事もある。
けれども、だからこそ、スコールのこうした甘い態度も見る事が出来るのだ。

悔しい事に、この闘争の世界に置いて、一番の若輩は自分である。
それを理由に過保護にされている節もあるが、同時にルーネスはそれを利用する強かさもあった。
ならば、それを十分に利用させて貰っても良いだろう。



「良いでしょ?スコール」


無邪気な子供と同じ顔をして、強請るように言ってやれば、スコールは今日何度目かの溜息を吐いた。





3月8日と言う事で、オニスコと言い張る。

ルーネスに対して嫌いではないが扱い方が判らない為に苦手意識のあるスコールと、苦手にされてはいるけど嫌われてはいないと察していてちょっと我儘言ってみたりするルーネス。
年下から押されるとあまり無碍に扱えないスコールって可愛いな。
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[フリスコ]この温もりと、ずっと

  • 2019/02/08 22:00
  • カテゴリー:FF


フリオニールの休みと、自分の予定の空きが上手く重なってくれたので、一緒に出掛けようと話をしていた。
フリオニールのアルバイトの今月のシフトが出てからの話だから、二週間は前の事だ。
それ自体がむず痒くも嬉しい事だったので、顔には出さないようにしていたが、嬉しかったのは確かだ。

だと言うのに、どうにも自分はタイミングが悪い。
昨日から妙に熱っぽい雰囲気があり、少し警戒して薬も飲んで眠ったのだが、結局風邪を引いてしまった。
雰囲気だけなら大事を取って早めに眠れば治るだろうと思ったのに、目覚めた時には悪化している。
熱は高いし、喉は痛いし、くしゃみも出る。
これでは昨晩、フリオニールとの電話やメールもそこそこに切り上げた意味がない。

居座るウィルスに恨み言は尽きないが、それよりも大事なのは、恋人への連絡だ。
目覚めて直ぐに、これは駄目だと悟る体調であったので、スコールは布団の中でメールを打った。
直ぐに返事が届き、「大丈夫か?」「欲しいもの、何かあるか?」と気遣う内容だった。
フリオニールの事だから、見舞いに来ようとしてくれているのは判ったが、今日は折角のフリオニールの休みである。
伝染してしまうかも知れないし、寝ていれば治るから気にしないでくれと返した後、スコールはもう一度眠った。

スコールが再び目を覚ました時には、時刻は正午前。
朝食を食べることなく二度寝を敢行した所為だろう、流石に腹が減っていた。
常備している風邪薬を飲む為にも、せめて飴玉くらいは腹に入れなければいけない。
でも何も食べる気がしない、何より熱が下がっていないので、ベッドを抜け出すのも厳しい気分だった。
だが、早く風邪を治す為にも、栄養の補給と薬の投与は行った方が良い。

くらくらと揺れるような感覚に見舞われる頭を支えながら、スコールはのろのろとベッドを抜け出した。
熱の所為か、背中が妙にぞくぞくする。
一人暮らしを始めてから、こんなにも露骨な体調に不良に見舞われたのは、初めてだった。
やっぱりフリオニールに逢わなくて良かった、と寂しさとは裏腹に、ほっと安堵する。

しかし、キッチンへのドアを開けると、其処には銀糸の尻尾がゆらゆらと揺れていた。


「……?」
「────あ。目が覚めたのか」


夢幻でも見ている気分で、スコールが猫手で目を擦っていると、銀糸がひらっと跳ねて、持ち主が振り向いた。
銀色の髪と赤い瞳、日に焼けた少し浅黒い肌、人好きな顔。
正真正銘、本物のフリオニールだ。


「……フリオ?」


確かめるようにスコールがその名を呼ぶと、フリオニールはコンロの火を消して、スコールの前へ来た。
ぼんやりと見上げる蒼灰色を見下ろして、ひた、とフリオニールの手がスコールの頬に触れる。
冷たい、水洗いでもしてたのかな、と思いながらスコールが彼の手の感触に身を委ねていると、こつん、とフリオニールの額がスコールのそれと宛がわれる。


「やっぱり熱い。スコール、体温計は使ったか?」
「……」


ふるふる、とスコールは首を横に振った。
それを聞いて、フリオニールは「何処にある?」と尋ねる。
スコールはリビングの本棚に置いている救急箱セットを指さした。

フリオニールはスコールをリビングの椅子に座らせ、薄手のパジャマだった肩に、自分のダウンジャケットを羽織らせた。
速足で救急箱セットを取り出し、見付けた体温計のスイッチを入れて、スコールの脇に挟ませる。


「スコール、朝は食べたのか?」
「…食べてない…」
「食欲は?」
「……判らない…」
「吐き気は?」
「……ない……多分…」


喉はイガイガと痛いが、何かが胃から競りあがってきそうな熱さは感じられない。
軽いものなら食べられるかな、とフリオニールは訊いて来たが、スコールはよく判らなかった。

体温計が音を鳴らしたので、フリオニールがそれを取る。
うわ、と言う声が聞こえたが、スコールが自分で体温計の表示を見る事はなかった。
フリオニールはぼんやりとしているスコールを抱き上げると、寝室へと運び、ベッドに戻して枕を背凭れに座らせる。


「お粥を持ってくる。じっとしてろよ」
「……ん……」


小さく頷くスコールに、フリオニールは子供をあやすように優しく頭を撫でて笑った。

寝室を出たフリオニールは、一分としない内に戻って来た。
一人用の小さな土鍋とコップ一杯の水をトレイに乗せて、ベッド横のサイドテーブルにそれを置く。
スコールが勉強用に使っているキャスター付きの椅子を借り、ベッドの傍に座ると、土鍋の蓋を開けた。
ほこほこと湯気を立ち昇らせる芋粥が入っており、フリオニールは匙でそれを掬って、ふーふーと息を吹きかける。
その様子を、スコールはぼんやりと見つめていたのだが、ふと、


「……あんた…なんで、此処に……?」


どうしてフリオニールが此処にいるのだろう。
風邪を引いたから出掛けられない、と言うメールを送った後、見舞いに来ようとしている気配は伝わったが、それも必要ないと返した筈だ。
それなのに、眠って目を覚ましたら、彼は普通にキッチンに立っていて、スコールの為に粥を作っていた。
熱で回転の悪くなった頭が、ようやくそれらの疑問に気付く。

フリオニールは程好く冷めた粥をスコールの口元に運ぶ。
あーん、と口を開けるようにと促すフリオニールに従って、スコールは小さな口をぱかっと開けた。
ぱく、と口の中に食んだ粥は、大分柔らかくなっていたが、まだ固形物の形を残している。
生憎ながら、味は判らなかった。
それでももぐもぐと噛んでいると、フリオニールはその様子を見て、よしよし、と満足気に笑みを浮かべつつ、スコールの先の質問に答える。


「スコールは来なくて良いって言ってたけど、やっぱり心配で、落ち着かなかったんだ。来て良かったよ、こんなに熱があるなんて思ってなかったから」


言いながら、フリオニールはまた匙をスコールの口元へ。
ぱく、と二口目を食べるスコールを見て、食用はありそうだと胸を撫で下ろす。

粥は半分以下まで減った。
意外とよく食べたな、とフリオニールが呟いた通り、確かに結構食べた、とスコールも思う。
朝は食べる以前に起き上がる事すら出来なかったので、胃袋は今の今まで空だった所為もあるだろうか。
薬もきちんと飲み、後はゆっくり休むだけだと、フリオニールはスコールをベッドに横たえてやる。


「今日は何か予定はあったのか?」
「……あんたと……」
「うん、それはまた今度にしよう。他は、ないんだな?」
「……ん」
「じゃあ良かった。今日はゆっくり休めるんだな」


フリオニールは穏やかに笑って言った。
スコールは直ぐに無理をするから、と言いつつ、トレイを持って席を立つ。
片付けに向かうのであろうフリオニールを、スコールは茫洋とした瞳で見送った。

────なんでフリオニールがいるんだろう。
スコールは、先程その答えを貰った筈なのだが、もう一度それを考えていた。
フリオニールは苦学生で、就学後の放課後も含め、週の殆どをアルバイトに費やしており、故に余り恋人であるスコールとゆっくり過ごす時間を取る事が出来ない。
だから当然の事として、彼自身がゆっくりと自分の時間を持つと言うのも難しく、常に人に揉まれている節がある。
それでもスコールと一緒にいられる時間を大切にしたい、と、そう言ってくれるのはスコールにとっても嬉しかった。
しかし、期せず得た自分一人で過ごせる時間を、病気になった人間の世話だけで潰すなんて、余りにも勿体無いじゃないか、それより自分の体を休めて欲しい、とスコールは思う。

寝室に戻って来たフリオニールが、スコールを見てふわりと笑う。
なんでそんな風に笑うんだ、と無言で問うスコールだったが、声に出していないので返事はない。
フリオニールはベッドの端に腰を下ろし、布団の中からじっと見つめるスコールの目元に、そっと手を当てる。


「熱、早く下がると良いな」
「……ん……」


本当に、早く下がって欲しい、とスコールは思う。
そうすれば、この心配性の恋人も安心して、家に帰る事が出来るだろうから。


(……でも……)


治ったらフリオニールが帰ってしまう。
そんな事実が頭に浮かんだ瞬間、じわり、と冷たいものがスコールの胸に浮かび上がる。

けほ、けほ、とスコールの喉から咳が出た。
目元を摩っていた手が、宥めるようにスコールの頬を優しく包む。


「大丈夫か?水、飲むか」
「う…ん……っ」


喉のイガイガとした感覚に顔を顰めるスコールに、フリオニールはサイドテーブルに置いていたグラスを取る。
スコールが体を起こし、フリオニールはその背を支えつつ、口元に近付けたグラスを少しずつ傾けた。
喉の痛みは完全には消えないが、緩く冷えた水分で潤うだけでも、感覚的には和らいでくれる。

水を飲み終えて、はっ、はっ、と短い呼吸をするスコールに、フリオニールが背中を摩ってあやす。
幾らかそれが落ち着いて来ると、スコールの体からは力が抜け、とす、とフリオニールの胸に寄り掛かった。


「スコール?」


大丈夫か、と声をかけるフリオニールに、スコールは答えなかった。
代わりに、心音の聞こえる胸に頬を寄せると、フリオニールはどぎまぎとした様子で固くなる。
が、スコールがすっかり身を委ねている事に気付くと、口元に小さく笑みを浮かべ、スコールの熱を持った体を抱き締める。


「スコール。今日は、ずっと一緒にいれるから」
「……ん」
「だから安心して、休んで良いぞ」
「……うん……」
「欲しいものがあったら、なんでも取って来るから、遠慮しないで言えよ」


囁くフリオニールの声に、甘やかされている、大事にされている、と思う。
それに甘え、彼の負担になっている事に、罪悪感もあるけれど、それ以上に安心感を覚えてしまう自分がいる。

熱があり、喉が痛くて、起き上がっている事も辛くても、所詮は風邪だ。
甘く見ると後が痛いものだとは言っても、余程重篤な合併症でも起きなければ、寝ていれば治る。
わざわざフリオニールが見舞いに来て看病しなくても大丈夫だから、彼の手を煩わせる位なら、一人で眠っていれば良い。
そう思っていたから、来なくて良いと言ったのに、結局フリオニールはやって来て、こうしてスコールを甘やかしている。


(……でも)


抱き締める腕と、頬を撫でる手。
胸の奥から聞こえる鼓動と、触れ合う場所から伝わる温もり。
これ以上の特効薬は、きっと世界中の何処を探しても見付からないだろう。

欲しいものがあればなんでも、とフリオニールは言うけれど、そんなものは必要ないとスコールは思う。
こうして自分を抱き締めてくれる腕さえあれば、それで良いのだから。





2月8日でフリスコの日。
風邪っぴきスコールと、看病するフリオニール。
弱ってる時は誰かに傍にいて欲しいよね。それでなくともフリオニールは看病に来てくれると思うので、スコールはどんどん甘え甘やかされれば良いと思う。
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