[シャンスコ]振替授業について
- 2020/11/08 22:00
- カテゴリー:FF
シャントットが自身の研究室として使っている洞窟から出て来る事は少ない。
とは言え、必要な物資の調達は不可欠であるので、そう言った用事があれば外出は致し方のない事であった。
他にも、研究対象としているイミテーションの観察もあるので、存外と外出の機会だけはある。
が、それらはあくまで自分自身の要件を果たす為に向かうものであるから、そうした理由がなければ、やはり余り外へ足を向けないのも確かだ。
そんな彼女であるが、時には秩序の戦士達の拠点である聖域にやって来る事もある。
女性の戦士達のお茶会なんてものに招かれる事もあり、気が向けば参加する、顔を出す程度の社交は重ねていた。
男性との会話の機会は多くはないが、秩序の戦士の多くは人の良い者ばかりだ。
敵であろうと知己であれば少なからず会話をする事もある彼らは、元の世界で“連邦の白い悪魔”と呼びなわされたシャントットにも、気安い挨拶を投げて来る。
それへの返事は気まぐれにしつつ、シャントットは聖域で自分の用事を済ませるだけ済ませると、また研究室へと戻って行くのが常であった。
今日のシャントットも、自分の用事の為、秩序の聖域を訪れた。
戦士達の拠点であり、休息の場でもある屋敷には、常に何処かに人の気配があって賑々しい。
しかし今日は多くの戦士が出払っているようで、拠点を守る役を請け負ったルーネス、ティファ、ヴァン以外はいなかった。
賑やかしのメンバーがいないので、屋敷の中は静かだ。
それ位の方が今日は良いのだろうと、シャントットは短いコンパスを動かし、目的地へ向かって歩きながら思う。
階段を一つ上り、真っ直ぐと伸びた廊下に並ぶ扉の、真ん中の部屋をノックする。
中からは少しの間を置いてから「開いてる」と言う返事があった。
シャントットには聊か高い位置にあるドアノブを背伸びして回し開けると、小さな鼻に少々ツンと刺さる消毒の匂いが漂った。
「……あんたか」
聞こえた声は部屋の主から。
主───スコールはベッドの上で上半身を起こして座り、枕をクッションにベッドヘッドに寄り掛かって、腹の上に本を開いている。
目元にカーテンをかける濃茶色の髪の隙間から、白い包帯が覗いていた。
病衣にと着せられたのだろう、襟合わせの縁から、此方も厳重に包帯が巻かれているのが見える。
判り易い怪我人の装いであったが、蒼の瞳はしっかりとした光を宿している。
シャントットがベッドへと近付くと、スコールは腕を伸ばして、ベッド横に並べられていた椅子の向きを変えた。
どうぞ、と来訪者が座り易いように向きを変えた其処に、シャントットは遠慮なく座らせて貰う。
「壮健で何よりですわね」
「…あんたのお陰で」
シャントットの言葉に、スコールは抑揚のない声で返した。
社交辞令であれ、それを言えるのなら、やはり見た目ほど酷い状態ではないのだろう、とシャントットも察する。
「授業の振り替えの話をしに来ましたの。ご都合はいかが?」
「…当分は療養になる。包帯が全部取れるまでは大人しくしていろと言われた。あんたの授業が出来るのは、早くて来週以降だろう」
「あら。意外と酷かったのかしら?」
「俺は、別に。でもティファとバッツがそうしろと言った。文句を言えば後が面倒だから……今週は諦めている」
「まあ、頭部も打ったようだし。大事を取るに越した事はありませんわね」
ここ数ヵ月、スコールはシャントットを講師としての魔法の特訓を受けている。
疑似魔法として魔力を扱うスコールであるが、彼が扱える魔力の程度は───彼の世界のあらましによる制約も含め───どうしても低い。
それを少しでも底上げし、戦闘に効率的に応用する術を求めて、スコールはシャントットに講義を依頼した。
シャントットとしては、疑似魔法と言う自身の世界には存在しなかった魔法の理論も含め、一つの研究を拡げる目的もあって、これを受諾した。
既に両手も埋まる程度の講義を受けているスコールであるが、結果は中の上と言った所だろうか。
スコールにしてみれば、元々扱っていた魔力を更に効率的に回せるだけでも十分な収穫だったのだが、研究者であるシャントットは満足していなかった。
まだ可能性はあると見做すシャントットの方針と、スコールもまた更に強力な魔法を扱う事が出来るようになれば願ってもない事とあって、その後も講義は続けられている。
───のだが、先達ての授業の折、実践演習としてイミテーションを相手にしようとした際、二人は集団のイミテーションに襲われる羽目になった。
その戦闘中にスコールが大きなダメージを食らい、その場はシャントットの力で事なきを得たが、授業はすっかり中断。
スコールの傷はシャントットが応急処置を済ませ、数十分後にはスコールも目を覚まし、自分の足で聖域まで戻る事が出来たのだが、帰ってからがスコール曰く「煩かった」そうだ。
煩かった原因は、スコールが怪我をして帰って来たからと言うのは勿論であるが、平時から単独行動をしているスコールの培ってきたものもあろうが。
ともあれ、その日以来、スコールは当座の傷が完治するまでは、療養に専念せよとお達しを食らった。
傷自体は見た目ほど深くはないので、病床で過ごす必要もないのだが、どうせ大人しくしていなければならないのなら、誰にも文句を言われないように部屋で過ごそう、と思ったのだ。
「───それなら、授業は医者の許可を得てからですわね」
「ああ。わざわざこっちまで来て貰ったのに、悪い」
「構いませんわ。夕飯に誘われていますの、無駄足にはなりませんわよ」
今日の屋敷に残っているメンバーを見れば、誰が調理場を与るかは言わずもがな。
自身の世界で店を切り盛りしていると言うティファならば、秩序の健啖家達を、舌も量も満足させる事が出来るだろう。
研究室の洞窟にいるばかりのシャントットも、この誘いには乗らない理由がなかった。
ついでに、とシャントットは着込んでいたローブの前を開け、内ポケットに手を入れる。
小さな体に見合ったサイズのローブの中から、そこそこに厚みのある本を取り出すと、シャントットはそれをスコールへと差し出した。
「授業の日程はまたの機会ですけれど、座学は問題ないでしょう?貸してさしあげますわ。暇潰し位にはなるでしょう」
「……それは、どうも」
差し出された本を受け取り、スコールは表紙を睨んだ。
スコールには恐らく意味が判らない、装丁にしか見えないであろう、古びた本のタイトル。
宝石を抱いたその装丁を睨む蒼は、まだ開いてもいない中身を透視しようとしているかのようだ。
数秒そうして過ごした後、スコールはようやく表紙を捲る。
目次から小さな文字がずらりと犇めいているのを見て、スコールは眉間に皺を寄せた。
「……暇潰し?」
「私にとっては暇潰しですわね。私の世界では既に終わった研究のもの、それも前時代の書物。其処に記述された理論も、既に覆されたものも多い。これを宛てに研究する学者は、いないでしょうね」
そう言う意味では、学術書と言うよりは歴史書だと、シャントットは言った。
学者が魔法と言うものを紐解く中で、過去の賢人たちが辿った道を知る為に求められるものである、と。
「けれど、貴方の世界の魔法の理論は独特だから、多角的に調べてみようと思って。古い研究も、覆されたのは、その研究結果を更に調べた者がいたからこそ。それに、私の世界と貴方の世界は違うから、私の世界では覆されたその理論も、通ずる可能性は無きにしもあらず、と」
「……成程」
全ては可能性の話でしかなく、また否定も今は可能性の域を出ない。
シャントットが差し出した本の内容は、その程度のもので、眉唾と言えば眉唾であった。
だから“暇潰し”なのだと、スコールも理解する。
スコールはぱらりとページを捲り、犇めき合った文字を見詰め、
「……のんびり読ませて貰う」
「ええ」
「何かあったら、モーグリにでも頼んで、あんたに報告すれば良いか?」
「そうですわね───いえ。近い内にまた来ますわ。他にも暇潰しに心当たりがあるから」
「…これだけで暇潰しは足りる」
「あら、そう?でも、良いでしょう。私の書庫に置いていても、見る暇はないもの。暇潰しは、暇な人間に任せますわ」
「……」
シャントットの言葉に、スコールは胡乱に目を細めた後、諦めたと判り易く溜息を吐いた。
手元の分厚い古書を閉じ、じっと見つめる。
療養期間が終わる間に、これ一冊を読み終えられるだろうかと、そんな顔だったが、シャントットは気にしなかった。
コンコン、と部屋の扉がノックされ、スコールが「…開いてる」と返す。
カチャリを開いたドアの隙間から、ひょこりと顔を出したのはティファだった。
「お邪魔するね。シャントットはいる?」
「……此処に」
「何か御用かしら?」
来訪者を探すティファに、スコールはベッド横の該当人を示した。
シャントットの方からも声をかければ、ティファは扉前に立ったまま、
「夕飯の仕込みをしてるんだけど、ちょっと味見して欲しくて。ルーネスはヴァンがショップに連れて行っちゃったみたいだし。良いかな」
「吝かではありませんわ。此方も用事は終わった所だし、怪我人は寝かせなくてはね」
「……大袈裟だ」
椅子から降りるシャントットの台詞に、スコールはうんざりとした様子で呟いた。
きっともうじっとしているのも飽きているのだろうが、しかし医者役の眼は怖い。
早く寝る以外の事が出来るようになりたいと、ありありと貌で語りながら、スコールは布団を引き上げた。
横にあるスコールに「ご飯になったら持ってくるね」とティファが言う。
どうやら、スコールは徹底して部屋から出ないように、歩き回らないようにと厳重管理されているようだ。
バッツのような風来坊気質でなくとも、確かに聊か暇にはなるだろう。
ティファが開けたままのドアへと向かう傍ら、シャントットはベッドの枕元に置かれた二冊の本を見遣る。
分厚いものはシャントットが渡したもので、その隣に無造作に置かれているのは、シャントットが来た時にスコールが読んでいた本だ。
見覚えのある装丁に、タイトルを見なくとも、シャントットはその中身を思い出した。
以前の授業の際、今後の参考にとシャントットが貸し出した、魔導の中級指南書である。
(真面目だこと)
言うなれば、学生が退屈の余り、教科書を開いてしまうようなもの。
学ぶ気があるのかないのか、それに大した意味はなく、ただそうしてしまう位には、その本が手元近くにあると言うこと。
それが果たして真面目と呼ぶに値するかどうかはさて置くとしても、シャントットの口元は緩むのであった。
11月8日と言うことでシャントット×スコールと言い張る(毎年)。
怪我をした生徒の見舞いをお土産付きでする位には、気に入ってる。