[ジタスコ]朝の一時
- 2020/09/08 22:00
- カテゴリー:FF
眩しさに少し痛みに似た感覚を覚えながら、ゆっくりと意識が浮上していく。
何処かゆったりと心地良さのある体の怠さがあって、なんとなく目を覚ます事に抵抗感があったが、そうは行っても目覚めはすんなりと受け入れられた。
窓から差し込む光は、この世界にしては珍しく、快い明るさをしている。
どうりで眩しく感じる筈だと、ジタンはゆっくりと体を起こしながら思った。
ふああ、と漏れる欠伸を堪えず放って、大きく開けた口から新鮮な酸素を取り込み、ふう、と一つ息を吐く。
糸の細い金の髪をくしゃくしゃと掻きながら、少しの肌寒さに刺激されて、体がもう少し覚醒のスイッチを入れるのを待っていると、
「……んん……」
ごろりと隣で寝返りを打つ気配があって、其方に目を遣る。
すると其処には、白い肩を晒した恋人───スコールが丸くなって寝息を立てていた。
秩序の屋敷にいる時、スコールは中々に寝汚い。
元々低血圧だからと言うのもあるし、聖域にいる限りは───絶対ではないが───安全だから気が緩んでいるのもあるだろう。
加えて昨夜は、二人揃って少々頑張ってしまったので、身体が疲労しているのも理由にある。
そんな訳だからスコールは中々目を覚まさないだろうし、起きたとしても、起き上がってベッドを降りるまでにそこそこの時間がかかるに違いない。
対してジタンはと言うと、疲れていれば少々頭は重くはなるが、比較的すっきりと覚醒できる方だ。
環境に限らずそれなりに熟睡できる事もあり、何処ででも目覚めは爽やかである。
ジタンは起き上がった拍子に引っ張り取ってしまったシーツを広げ直して、眠るスコールの肩を包んでやった。
やはり寒かったのだろう、スコールはもぞもぞと身動ぎをして、シーツの端を摘まんで握った。
相変わらず丸くなった姿勢のまま、すぅ、と安堵したように寝息が零れるのが聞こえる。
「ほんっと、よく寝る奴だなぁ」
起こさない程度の小さな声で呟きながら、ジタンはスコールの隣に転がった。
俯せで頬杖をついて、健やかに眠る恋人の顔をまじまじと眺める。
(うーん……やっぱ格好良いんだよな、こいつの顔)
細い眉、長い睫毛、瞼を閉じても目元の形はすっきりと整っている。
頬はまだ少し丸みはあるが全体的にシャープなシルエットをしており、鼻はすっきりと高い。
唇は薄く小さく、いつもは真一文字に噤まれているが、眠っている今は緩んで隙間が開いていて、無防備さが滲んでいる。
その口元にそろっと手を伸ばし、ふくりとした唇を突いてやると、スコールは「んぅ……」ときゅっと口を噤んだ。
それからまた直ぐに緩む様子がなんだか可愛らしくて、ジタンは微笑ましさで口角が上がる。
長い前髪を少し持ち上げてやると、特徴的な傷が露わになる。
つん、と指先で突いてみると、切り裂かれた皮膚が繋がり直した感触があった。
修復された分、其処は他の皮膚よりも少し薄いようで、敏感なのか、ジタンが触れるといつもスコールは落ち着かない様子で眉根を寄せていた。
目を開けている時よりも、細やかで豊かなスコールの表情の変化を楽しんで、くつくつとジタンの喉が笑う。
シーツからはみ出したジタンの尻尾は、判り易く楽しそうにゆらゆらと揺れていた。
────と、少ししつこく突つき過ぎたか、スコールの眉間の皺がくっきりと寄せられて、
「……う……」
「お、」
ふるりと睫毛が震えた後、薄くそれが持ち上がる。
ジタンは唇に触れていた指を離して、ゆっくりと瞼が開かれるのを見詰めていた。
「………?」
「おはよ」
「………」
ぼんやりとした蒼の瞳がゆるゆると彷徨った後、声をかけたジタンの方を向いて、ゆっくりと瞬きを一つ。
それが「おはよう」の返事だと読み取って、ジタンはにっと笑いかけた。
「……ジタン……」
「今日は良い天気だぜ」
「…ああ……」
話しかけるジタンに対して、スコールの反応は簡素なものであった。
そもそもまだきちんと覚醒してはいないので、声を掛けられている、返事をしなければ、と言う染みついた条件反応でしかない。
ジタンはそんなスコールの前髪を掻き上げて、傷のある額にキスをした。
む、とスコールがむずがる猫のように小さく声を漏らす。
触れるだけのキスで直ぐに離れると、まだまだ茫洋としている蒼の瞳がジタンを見上げる。
平時は何かと逸らされ勝ちだが、寝起きに限ってはよく見詰めてくれる蒼を見返しながら、ジタンは言った。
「スコール。スコールも、ほら」
「……?」
「朝の挨拶してくれよ」
と、自分の頬を指差しながらジタンが言うと、スコールは横たえていた体をゆっくりと起き上がらせた。
重い体の痛みを庇っての動きに、ジタンが肩を支えてやると、スコールは少し安心したように息を吐く。
それから、先よりも近い距離になったジタンの顔に近付いて、ふ、と柔らかなキスをする。
スコールとは、触れ合う事は愚か、距離を近付けるにも、中々苦労した。
ジタンは自分が社交性に優れた方であると思っているが、それでもスコールは手強かった。
それは単純に彼が人嫌いだからではなく、大切に想った人との別離を忌避しようとしていたからで、他者との距離が近付けば近付くほど、彼のその不安は大きくなる。
それを解きほぐしながら関係を作り上げていったから、こうした触れ合いを許容して貰うまでにそれなりの時間が必要だった。
────だが、そうした時間を重ねたお陰で、今はこうして目覚めのキスをしてくれる。
(寝惚けてる時だけだけど)
元々が理性が強く、羞恥心と言うものに抵抗を持っているスコールである。
人との触れ合いそのものに不慣れな事もあって、恋人同士の戯れには今でも積極的ではない。
ただ、ジタンが求めれば、恥ずかしそうにしながらも応じてくれる事は増えた。
が、キスをすると言うのは───それ以上の事をしている今でも───何処か恥ずかしさが勝つようで、ジタンが強請っても中々してくれない。
しかし、寝起きの僅かな時間だけは別だ。
何かとお堅いように見えて、実は案外甘えん坊な所があるスコールは、覚醒途中の状態だとそれが表層に出て来る。
恐らくは、これが元々のスコールの性質なのだろう。
頬へのキスをして、直ぐに離れず、ジタンの肩に頭を乗せてうとうととしているスコールを見て、ジタンはそんな事を考える。
だが、そうして過ごしていられるのも、一時のこと。
時間が経ってくると、睡魔に蕩けていたスコールの意識も、ゆっくりと明瞭になり、
「……」
「お」
肩に乗っていた頭が持ち上がって、口を真一文字に噤んだスコールの貌が現れる。
終わりか、と少しばかり残念に思いつつ、でも今日はよく甘えてくれた、とジタンは思い、
「おはよう」
「………ああ」
改めて朝の挨拶を投げかければ、スコールは淡泊な返事をして、ふいとジタンに背を向ける。
自分が何をしていたのか、やっと気付いて、恥ずかしくなっているのだろう。
濃茶の髪の隙間から覗く赤い耳と、項がほんのりと火照っているのを見て、ジタンはくすりと口元を緩めた。
寝癖のある髪を掻いて、スコールは四つ這いでベッドの端へ向かう。
足を下ろして一つ溜息を吐く彼は、腰の痛みに辟易しているのだろう。
ジタンはそんなスコールの背に寄り掛かって、しゅるりと尻尾を細い腰へと巻き付ける。
「まだ朝飯には早いから、ちょっとのんびりしようぜ」
「……そうだな」
「今日の当番は───」
「バッツだ」
「じゃあ少し位遅れても平気かな」
「まあ……そうだな」
フリオニールやルーネスだったら、食事が出来たと呼びに来てくれる事もあるが、バッツは余りそれをしない。
今日はジタンもスコールも、バッツもこれと言って出かける予定がないから、少々寝坊しても問題はなかった。
それならと、ジタンはスコールの腰に絡めた尻尾の先をゆらゆら揺らす。
しばらくすると、スコールの手がその尻尾の先を捕まえた。
ふわふわとした柔らかな毛先が肌を掠めるのが擽ったいのだろう、振り返った蒼の眼が聊か抗議するように睨んできたが、ジタンはにっかりと笑みを返すのみ。
じゃれているだけと判るその表情に、スコールは毒気が抜かれたように溜息を吐いた。
「……ジタン」
「んー?」
「……何でもない」
名前を呼んでもやはり悪びれる様子のない───そもそも別に悪い事や嫌がらせをしている訳でもない───ジタンに、スコールも諦めたように言って、掴んでいた尻尾を離した。
自由になった尻尾の先をぷらぷらと揺らして、またスコールの腰に巻きつける。
日々の手入れのお陰で、ジタンの尻尾の毛はふわふわと柔らかい。
時々ティナに「触らせて欲しい」と可愛いおねだりをされる位には、良い毛並みを保っている。
スコールもその感触が決して嫌いな訳ではないようで、こうした束の間のじゃれ合いに似た触れ合いを厭う事はなかった。
スコールの手が、感触を確かめるように、気まぐれにジタンの尻尾を触る。
敏感に出来ていると知っているから、強く掴むような事は滅多にしない。
時々マッサージをするように柔く握る感触を覚りつつ、ジタンもその感覚に合わせて尻尾の先をぴくぴくと震わせた。
「朝飯、何かな」
「さあ。バッツだからな」
「温かいスープ飲みたいな」
「……良いな。コンソメの奴が良い」
「オレはポタージュかなー。ま、なんでも良いか。旨いだろうし」
「ああ、そうだな」
何かと器用なバッツである。
時々、変わった創作風料理を提供して皆を混乱の渦に陥れてくれる事もあるが、それもまた一興。
とは言え、流石に朝からそれはないだろう、とは二人とも思っている。
朝は一日のエネルギーとして大事なものだから、旅人としてその大切さを知っているバッツは、遊ぶのならもっと別のタイミングにする筈だ。
食事の話をしていたら、ジタンの胃袋が空腹を訴えて鳴った。
昨日は頑張ったからなあと思いつつ、恐らくスコールも中身は空っぽだろうと、尻尾でスコールの腹を撫でると、
「……ジタン」
「ん?」
「……擽ったい」
「だろうなって思ってた」
服を着ているならともかく、今は二人とも裸である。
肌を直に擽る尻尾は、触れ合う事に敏感な所があるスコールにとって、少々辛いものだったか。
しかし、離せと握る事も、振り払う事もしないので、ジタンは尻尾を解く事はしなかった。
窓から差し込む光が、朝靄を纏った柔らかなものから、明瞭なものに変わって行く。
どうやら今日は、この世界において非常に珍しい快晴になりそうだ。
そんな日こそ宝探しと言うのも楽しいものだが、ジタンは気怠そうな表情で過ごしている恋人を見て、
(今日はこのままのんびりだな)
何処に出掛ける事もない、そんな日があっても良いだろう。
尻尾に触れて戯れる掌の感触を感じながら、ジタンはそう思ったのだった。
9月8日と言う事でジタスコ!
よく考えたら、ジタスコで明確に「恋人」って言う感じのことをしている所は余り書いてないなと思ったので、書いてみた。
この二人の朝はそんなにしっとりとはせず、からっとしてる(でも甘え甘やかされ)と好き。