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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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[ソラレオ]スリースターズ・キッチン

  • 2019/02/06 00:05
  • カテゴリー:FF
KH3の若干のネタバレを含みます。





此処しばらく、指導者の下で修業に明け暮れていた少年が、久しぶりにやって来た。
曰く、少し前から再び世界を巡り始め、新たな力を手に入れる為───正確には、“新たなに得た力をとある事情で失ってしまい、それを取り戻す為”らしい───に奮闘しているのだそうだ。

レオンはと言うと、少年の旅の恩恵とでも言うのか、嘗て故郷が失われた際に行方不明になっていた、賢者の弟子が戻って来た事により、レオン達が『アンセムレポート』と呼んでいた闇の研究に関する詳細を彼等に一任する事が決まり、荷物が一つ減った所である。
期せずして訪れた、故郷を闇に包んだ研究の一端を担っていた者との邂逅に、思う事がない訳ではなかったが、彼等の顛末と現在の心境を聞くにつれ、可惜に握った拳を振り上げる事は出来なくなった。
思う事がない訳ではなかったが、かの研究の詳細は自分達では不明瞭な点が増えて行くばかりであったし、未だ街に現れる心無い影から住人達を守る為に割ける時間も欲しい。
故郷を襲った闇の原因解明、そして二度と同じ事が起きないように、と言うのは、レオンの願いでもあるが、結局の所、餅は餅屋だと、復興委員会のメンバーの意見は一致した。
胸中に残る苦い気持ちを殺し───そうしなければならないと自覚してしまう程度に、自分がまだ大人になりきれていない事を知った───、レオンはこれまで集め研究したデータを、賢者の弟子へと委ねた。

それからのレオンは、街の復興に日々奔走している。
毎日のようにパトロールを繰り返し、シドと共にセキュリティシステムについて打ち合わせをする、傍目に見ればあまり変わった事はない。
だが、打ち合わせの後、城の地下研究室に赴いて、何だかよく判らないデータを延々と調べ続ける時間が減った事は有り難かった。
以前は週の半分以上は無人にしていた郊外のアパートで、週の半分は眠れるようになったのだから。
だからなのか、ユフィから「目の下のクマ、ちょっと減ったね」と言われたので、これは良い変化なのだろう。

久しぶりに会ったソラにも、レオンの変化は顕著であったらしい。
なんでも「クマが減った」「ちょっと顔色が良くなった」「ゆっくりしてる感じ」のように見えるのだそうだ。
クマのことは不眠不休で調べ物をしている事が多かったので、多少なりと自覚している所はあるが、そんなにも自分は硬く見えたのだろうか、とレオンは首を傾げる。
だが、やらなければならない事が一つ減った事を思えば、少し肩から力が抜けるのも当然であった。
レオン自身はいまいち自分のそうした変化に疎かったが。

そんなレオンを前に、何故だかソラはやる気満々と言った様子でやって来た。
しかし、生憎と言えば生憎であったが、今レイディアントガーデンでは、ソラの助力を必要としていない。
彼が心無い影を退治すると、しばらくはその周辺に同様のものが現れなくなるので、そう言った意味でも手伝ってくれるのは吝かではないのだが、以前程窮に瀕した事は起きなくなった。
シドとトロンが作り出したセキュリティシステムに対し、賢者の弟子が追加データを追加してくれたお陰で、更にセキュリティは強化されている。
最近は心無い影よりも、住人が増えて来た事による、住人による事件の方が目立つようになっている位だ。
これは人間の問題である為、ソラを頼れるものではなく、寧ろ自分達で解決しなければならない事だと、レオンは思っている。

────そんな訳で、レイディアントガーデンは比較的平穏になりつつあるのだが、それでもソラはやる気満々でやって来た。
いつもの調子で駆け寄って来たソラは、レオンの顔を見上げてこう言った。


「久しぶり!ね、レオンちのキッチン貸して!オレがご飯作ってあげる!」




帰って寝るだけの日々を送っていた頃でも、レオンの家のキッチンは、それなりに充実していた。
場所が郊外である為、当分は人が住み暮らす事もなく、市場や店と言ったものが揃う事は望めないと言う環境と、レオン自身が家事一般に抵抗がなかったからだ。
常夜の街で生活している間に、家事全般は心得るようになり、その頃の延長のような感覚で、レオンは自炊をするようになった。
週の半分以上は帰らない家ではなったが、稀に休む日が出来ると、少し凝った料理をやってみようと思う事もあったので、生活スタイルの割には物が揃っていた。

一人暮らしである為、そのキッチンにレオン以外の人間が立つ事はない。
時折、何処かをふらふらと渡り歩いている男───クラウドが押しかけて来るが、彼は家事全般に不向きな性質である。
下手に手伝わせて片付けの手間を増やす位なら、出入り禁止の措置が妥当且つ適当であった。
体調を崩した時、見舞いに来たシドであったり、エアリスであったりが借りる事はある程度だ。

そのキッチンに、少年が一人立っている。
それが何とも奇妙な光景に見えて、もっと本音を言えば、彼の不器用さをしっている分、レオンは落ち着けなかった。


「ソラ……あの、本当にやるのか?」
「うん。すっごいの作るから、楽しみに待っててな!」


不安げに声をかけるレオンに、ソラは何処までも無邪気に自信ありげに答えた。
一点の曇りもない、きらきらと輝く瞳に見返され、レオンはそれ以上問う事を躊躇う。
結局、レオンの言及は其処までで、レオンはソラに背を押されてキッチンから離れる事になる。

リビングダイニングの食卓用の椅子に座り、レオンは首を伸ばして、小さなキッチンにいる少年の様子を伺う。
やるぞー、と言う意気込みを上げた後、ソラは冷蔵庫を開けた。
冷蔵庫の中は、つい一昨日に一週間分の買い物を詰め込んだ所だったので、そこそこ食材が揃っている。
しかし、あれらはレオンが自分の頭にあるメニューで凡その種類と量を買っただけなので、ソラが此処に来る事は想定していなかった。
一応、冷蔵庫の中にあるものは何でも使って良いし、調理器材の使用にも制限はないが、果たしてソラが思い描いているものを作る事は出来るのだろうか。


(いや、そもそも、料理が出来るのかすら……)


今日のレオンの不安は、その一言に尽きる。

ソラは何かと自分の下を訪ねてくれ、パトロールの手伝いへのお礼として、レオンはよく食事を振る舞った。
その際、手伝いがしたいと言ったソラを何度かキッチンに招いた事があるが、その時に見た彼の手付きは、お世辞にも良いものであるとは言い難かった。
塩と砂糖を間違える事は何度か起きたし、包丁を使う時も「猫の手で」と教えたのはレオンである。
火加減に至っては見るからに危なっかしく、油の使いすぎと熱しすぎで火柱が立った時には驚いたものだ。
それ以来、コンロ周りに関しては、煮込み料理の様子を見守る以外では余り触らせていない───ソラもこの件の失敗は応えているようで、やりたいとは言わなくなっている。

レオンが知っているソラの料理の腕とは、そう言うものである。
一所懸命に役に立とうと奮闘する姿は、レオンの贔屓目もあって愛らしくはあるが、それはそれだ。
レオンを厨房から追い出した訳だから、コンロを使わない冷製物でも作るのかと思ったが、彼はフライパンの持ち手の感触を確かめているので、使う予定があるのだろう。
それを見ると更にそわそわとして、やっぱり手伝おうか、と言いたくなるレオンであったが、


「よーし、やるぞ!」


拳を握って意気揚々と、やる気満々になっているソラを見てしまうと、レオンは弱かった。
水を差すのも気が引けて、結局レオンはその場に坐したまま、少年の背中を見詰めるしかない。

トントントン、と軽快な包丁の音が聞こえ、これは練習したのかな、とレオンは思った。
そう言えば大魔法使いの下で修業をしていると聞いていたが、その間に自炊もやったりしたのだろうか。
人間は適応し学習していく生き物だから、否応なしにやらなければならないとなると、苦手としていた事でもそこそこ上手く回せるようになるものだ。
だとすれば、レオンが極端に心配する程、料理の腕は酷くないのかも知れない。

刻んだ野菜をフライパンで炒めながら、手元で何か忙しなくしている。
それが終わると、冷蔵庫から取り出したブロック肉を切り分け始めた。
作業の合間合間でフライパンを揺らして、野菜が焦げ付かないようにと言う配慮もしている。


「えーっと、二人分だから、……いや、そんなに多くなくて良いんだって」


ぶつぶつと大きめの独り言を言いながら、ソラは手を進めていく。
厚みをとって切り分けられた肉を軽くハンマーで叩いた後、胡椒て下味をつけた。
フライパンをもう一つ取り出して火にかけ、油を広げて十分に熱したのを確かめてから、肉を置く。
じゅうう、と表面に熱が通って行くと共に、香ばしい匂いが広がった。

肉を低温で焼きながら、ソラは野菜炒めに水を注ぎ、


「あっちち!ちょっと跳ねた!」
「ソラ?」
「大丈夫!」


悲鳴交じりの声にレオンは腰を浮かせようとしたが、直ぐに元気な声が飛んで来た。
暗に「キッチンに入っちゃ駄目」と言う気配を感じ、レオンは眉尻を下げつつ椅子に戻る。

跳ねた熱湯が触れたのだろう、ソラは右手を振って感覚を逃がした。
残っていた水まで全てフライパンに注いだ後、いつの間にか作っていたソースも投入する。
菜箸でぐるぐると掻き混ぜたら、蓋をして火力を下げた。

もう一つのフライパンで焼いていた肉が引っ繰り返される。
おお~、と感心した声が聞こえたので、恐らく良い具合に焼けたのだろう、とレオンは思った。


「良かった、上手く行って。次は───そっか、サラダだ。ドレッシングは、えーと、何からやるんだっけ。さっぱりした奴が良いかなぁ」


ドレッシングなら冷蔵庫にあるぞ、とレオンは言いかけたが、止めた。
どうやらソラはドレッシングも作るつもりらしい。
何もかも一から作っている様子のソラに、いつの間にそこまで料理の腕が上がったのか、とレオンは感心していた。

それにしても、随分と独り言が多い。
お喋りと言うよりは、長く黙っていられない、重い空気が苦手な所があるソラだが、何かに集中している時は黙しているタイプだったと思う。
だが、作業内容を一つ一つ口に出して確認すると言う所もあるので、別段、可笑しいと思う程でもないか。

サラダドレッシングが出来た頃には、肉にも火が通っていた。
表替えして焼き色を見た後、ソラはよし、と気合を入れるように言って、


「じゃあ見せ場だな」
(見せ場……?)


ソラの大きな独り言に、レオンは首を傾げた。

直後に────ボウッ!と立ち上る紅い火。
それを見た瞬間、レオンは思わずキッチンに駆け寄った。


「ソラ!」
「ん?」


いつかの一件の再来かと慌てたレオンであったが、ソラはけろりとしていた。
フライパンの上の火はぼうぼうと高く昇っていたかに見えたが、数秒もすると縮んで行く。
きょとんとした顔で見上げて来るソラと、鎮火したフライパンを交互に見て、レオンは固まる。


「あ……だ、大丈夫、なのか?」
「へ?何が?」
「い、いや。火が見えたから、てっきり、その、火事かと」
「あ、そっか。あはは、前にもこんな風になった事あったもんな。でも今回は大丈夫!」
「……そのようだな」
「うん。ほら、あともう少しだから、レオンはあっちで待ってて」


呆然気味のレオンを、ソラは方向転換させて、またキッチンから追い出した。

ふらふらとした足取りで元居た椅子に戻ってから、そうか、あれはフランベか、とレオンは理解した。
肉料理等の最期の仕上げに使われる調理技の一つだが、いつの間にソラはあんなものを体得したのだろう。
あれも修行の賜物なのだろうか───だとしたら一体どんな“修行”生活をしているのか───とぼんやりと考えつつ、レオンは今しばらく暇を持て余すのであった。



出来上がった料理が食卓テーブルへと運び込まれる。
メインのステーキ肉は良い色に焼け、赤いソースが絡み、温野菜が彩りに並べられている。
手作りソースを溶かしたスープと、手作りドレッシングのかかったサラダ。
どれもが何処かの人気レストランのメニューになっていても可笑しくない出来栄えのものだった。

召し上がれ、と両腕を広げて促すソラに、レオンも手を合わせてからナイフとフォークを手に取った。
切り分けた肉を口の中に入れて歯を立てると、閉じ込めた肉汁が染み出して、舌の上で溶けて行く。


「美味いな」
「やった!」


目を丸くして言ったレオンを見て、わくわくと同時に、期待と緊張が入り混じっていたソラの表情が弾ける。

野菜スープも飲んでみると、トマトの酸味と甘味がよく溶け込んでいて飲み易い。
サラダにかけられたドレッシングは、醤油と酢をベースにして整えたものだと言う。


「しばらく見ない内に、随分料理が上手くなったんだな」
「へへ。でしょー?」
「レストランを開いていても可笑しくない位だ」
「でしょでしょ!ふふふ」


レオンの言葉に、ソラは自慢げに胸を張る。
鼻を穴を膨らませて、少しだけ照れ臭そうに鼻頭と耳朶が赤くなっていた。

ソラもレオンと向い合せの椅子に座り、頂きます、と両手を合わせた。
料理仕事で腹が減ったか、ソラはぱくぱくと勢いよく食べ進めていく。
美味い美味いと、自分で作った料理を絶賛するソラの様子がなんだか可笑しくて、レオンは笑みを浮かべながら、次の肉を口に入れた。



料理を褒めている時、ソラのフードに隠れた小さな料理人が嬉しそうにしていた事を、レオンは知らない。





KH3発売おめでとう&クリアしました記念。
ソラの成長を色んな場面で感じる事が出来ました。

それはそれとして、うちのソラは相変わらずレオン大好きです。
でもってうちのソラは卵を潰し、よく爆発させます。コンプリート頑張ろう。
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[ウォルスコ]始まりから未来へ

  • 2019/01/08 22:00
  • カテゴリー:FF


「うぉるおにいちゃんとけっこんする」


幼い頃のスコールは、度々そう口にした。
まだ男女の分別もついていない、当人も女の子に間違われる事も多かった、そんな時代の話である。

ウォルお兄ちゃんと言うのは、スコールの家の隣に住んでいる、8歳年上の少年の事だ。
大人びたを通り越し、やや老成したきらいもあるように見える、風変りな雰囲気を持った少年であったが、実直で真面目な性格で、面倒見も良い。
元々の近所付き合いもあり、人見知りの激しいスコールが、家族以外で唯一懐いている人物だったと言って良い。
父が仕事でいない時、母が病気になって入院していた時、一人ぼっちを怖がって泣きじゃくるスコールを、ウォルお兄ちゃんは庇護し続けてくれていた。
母が死に、その寂しさに泣き、ひょっとしたら父もいなくなってしまうかも知れないと言う不安に囚われたスコールに、自分は絶対に一緒にいる、と約束をしてくれたのも、彼だった。
その頃から、スコールは「うぉるおにいちゃんとけっこんする」と言うようになった。

幼かったスコールにとって、“けっこん”がどういう事を示すものであったのか、よく判っていなかった事は否めない。
ただ、父と母が“けっこん”したように、それをすればずっと一緒にいられる、約束事のように認識していたのは確かである。
父ラグナも、スコールのそんな気持ちを汲み、仕事の所為で幼い息子を一人にし勝ちであると言う罪悪感もあり、一人息子が“こんやく”した事に目くじらを立てる事はしなかった。
隣家に住んでいる少年がどんな人物かもよく知っている事であったし、もしも息子の人生が誰かに委ねられる事があるとすれば、あんな人物であれば良い、と考えてすらいた。

その反面、息子の言葉が、幼いが故のものであるとも思っていた。
男女の垣根も曖昧で、“結婚”がどう言うものなのか、其処にどんな柵があるのかも知らない、夢一杯の幼い子供の発想であると。
これも間違いではない訳で、故に成長を経るにつれて、この言葉も泡沫のように消えてしまうのは想像できる話であった。

そうして実際に、その幼く可愛らしい約束の言葉は、スコールの成長に連れ、口にされる事はなくなった。
いつ頃からと言われると曖昧ではあるが、中学生になる頃には言わなくなったように思う。
隣家に住んでいた少年も、青年へと成長し、大学生になっており、遠く離れた地で一人暮らしを始めた為、実家暮らしのスコールとは少し疎遠になっていた。
盆や年末年始には必ず青年から一筆が届き、家族ぐるみの付き合いは変わらなかったものの、スコールと彼が顔を合わせる機会は少なくなる。
そんな子供達の関係と距離感の変化を、ラグナは少しの侘びしさと共に、それもまた成長の一つと受け止めていた。
こうして、幼い日の約束は、溶けて消えていくものなのだろう、と。

思っていた。




息子のスコールが17歳になり、高校三年生になり、今年の夏になれば18歳になる。
そのタイミングで、隣家の息子────ウォーリアは生まれ育った街へと帰って来た。
都心の有名大学の経済学部を首席で卒業した彼は、世界的にも有名な会社に就職し、若いながらに備えた実力とカリスマ性で業績を上げているらしい。
エリートマンって言われてたりするんだろうなあ、とラグナの想像は楽に浮かんだ。
当人はそのような周囲の評価には相変わらず鈍い所があり、託された仕事を実直に熟す事に終始しており、生真面目振りも相変わらずのようで、ラグナは少し安心した。

亡き妻を加え、嘗て子供二人とそれぞれの親でテーブルを囲んだリビングに、今は父一人、息子一人、そして帰って来た青年が一人。
ソファに座っている青年は、上から下までスーツで整えており、あれってまあまあ良いブランドの所だよなあ、とラグナはやや下世話な所に目が行ってしまう。
仕事の所為で妙に肥えてしまった目が恨めしくなったが、それよりもラグナの意識を惹くのは、衣装に負けないウォーリアの存在感だ。
幼い時から持っていた堂々とした威風は翳りもなく、真っ直ぐに此方を見詰めるアイスブルーの瞳が眩しい。
いつであったか、スコールが「あいつはいちいち眩しい」と言っていた。
それは光を反射させて光る銀色の髪であったり、白磁のように白い肌であったり、整い過ぎた面立ちだったり、その時々で理由は色々あるのだが、一番はやはり瞳なのだろう、とラグナは思う。
都会での生活を経ても、それが一点の曇りすらない事が、彼が根から変わらずいてくれている証のように見えた。

ウォーリアは大学の三回生になった頃から、帰省の回数も減り、卒業後には戻って来る事もなくなっていた。
新卒社会人として忙しくしているのだろう、盆正月の便りはあるからそれで良し、と誰もが思っていたのだが、こうして久しぶりに会うと、やはりラグナは嬉しくなる。
既知であった、息子が誰より懐いていた青年が、立派になって帰って来たのだから当然だ。
積もる話も山程あり、彼が大学に進んでからのスコールの様子などを話してやれば、彼も少し前のめりで聞いて来るので、距離があって疎遠になっていたとは言え、ウォーリアにとってやはり一番気になるのはスコールの事なのだと判った。
が、思い出話は、横でそれを聞いていた当人から叱られたので、程々の所でお開きにされている。

話は二転三転とし、ウォーリアがどんな大学生活を送っていたのかも語られた。
ウォーリアはお喋りな性質ではないので、話の舵は専らラグナが切っていたようなものだが、ウォーリアは聞かれた事には答えてくれる。
その間に、距離故に疎遠になっていたとばかり思っていた息子が、父の知らない内にウォーリアの連絡先を聞き、誰よりも先に彼と連絡を取り合っていた事を知ったのには驚いた。
日々の生活で、話題にも出さなかったような時期も短くはなかったのに、スコールはウォーリアと交流を続けていたのだ。
それを聞いたラグナの感想は、一つ。


「やっぱりスコールはウォル兄ちゃんが好きなんだなぁ」
「………」


素直に思った事を口にすれば、じろりと蒼灰色が父を睨む。
中々鋭い眼差しだが、恥ずかしがっている事を隠せない頬の赤みの所為で、ラグナには可愛らしい印象にしか見えなかった。
その隣では、心なしか嬉しそうな雰囲気が滲んでいるウォーリアがいる。

スコールはしばらくラグナを睨んでいたが、すっくと立ちあがると、「…コーヒー、淹れ直してくる」と言ってテーブルに置いていたカップと一緒にキッチンへ向かった。
背中から不機嫌なオーラが振り撒かれているが、あれは照れ隠しだ。
最近、思春期真っ只中で気難しさが一層増したような気がしていたが、やはり根は素直で誤魔化しが下手な息子に、ラグナはくすりと笑みを漏らす。

それから幼馴染の青年へと視線を戻せば、整った顔が真っ直ぐに此方へと向いていた。
じっと見つめる瞳に、何か物言いたげな雰囲気を感じて、ラグナはおや、と首を傾げる。


「どした?なんか気になる事でもあったか?」


ウォーリアが実家に帰ってきたのは、大学卒業以来の事だ。
それも年末年始の帰省で、一日二日しか帰ってきていなかった程度の事だったし、スコールの高校受験に向けた勉強にもかち合っていたりして、帰省した彼がスコールと顔を合わせる事は殆どなかった。
だからラグナは、スコールとウォーリアが疎遠になってしまったものと思い込んでいたのだ。
結果として彼らは、親の知らない所で繋がり続けていたのだが、それでもまともに顔を合わせたのは久しぶりなのではないだろうか。
それなら、記憶の姿と今現在を目の前にした姿と、変わった所で思う事もあるだろう、とラグナは考えた。

気心の知れた間柄でも、本人を前にして言い難い事はあるだろう。
それが気を悪くするような内容ではないとしても、相手は気難しい事に定評のあるスコールだ。
席を外している今の内に、気楽になんでも言えよ、と言う風に、ラグナは促した。
ウォーリアはそんなラグナをじっと見詰めた後、少し丸めていた背を真っ直ぐに伸ばして、


「貴方に折り入って頼みがあります」
「うん?」


元々がやや古風な空気を持つウォーリアである。
姿勢を正し、真っ直ぐに相手を見据え、言葉遣いまで正すウォーリアに、ラグナは何か重みのある話でもあるのだろうか、と少し身構えた。

が、続く言葉は、そんな想像の上を行く。


「スコールが高校を卒業したら、私は彼を、私の下へ連れて行きたい」
「え」
「これからの生を、彼と共に歩んで行きたいと思っています。その選択を、貴方に許して欲しい」


見開く翡翠を見詰める藍の瞳は、一切の揺るぎがない。
突然の話にラグナが混乱している事も認めつつ、それでも譲らない光が其処にあった。

────ええと、とラグナは考える。
スコールが高校を卒業したら、ウォーリアは彼を連れて行く。
何処にと言う具体的で現実的な話ではなく、これは恐らく、ウォーリアの“人生”に連れて行きたいと言う事だろう。
よくある言葉で、有体に判り易く言うならば、生涯のパートナーとして、ウォーリアはスコールを選んだのだ。
そして、スコールの親であるラグナに、此処から連れ去ってしまう事を赦して欲しいと言っている。

昔のドラマでよく見た奴だ、とラグナは他人事のように考えた。
娘さんを僕に下さい、と、現実では中々言わないような言葉回しだが、インパクトには残り易い台詞。
形は違うが、これはやっぱりアレの奴だ、とラグナはようやく理解した。


(え。あ。えーと)


開いた口を塞ぐのも忘れて、ラグナの頭はぐるぐると回る。
ドラマではこういう台詞に対し、条件反射のように「駄目だ!」と雷親父が怒るのがパターンだった気がするが、ラグナの反応は其処には至らなかった。
怒る怒らないと言う反応以前に、思いも因らなかった話だから、話に感情が丸ごと付いて来ない。
ただ、確かめなければならない事は、幾つか直ぐに思い立った。


「えー、と。それって、スコールは知ってる話、か?」
「はい」
「スコールは、同意、と言うか。お前と一緒に行きたいってのは、言ってる?」
「はい」
「…あんまりこう言う感じの疑りはしたくないけど、やっぱり、あるからさ、確かめたいんだけど。それ、ちゃんとスコールの気持ちか?」
「───……はい」


三つ目の質問に僅かに間があった。
が、それは嘘を吐く為ではなく、ウォーリア自身の中で、スコールの気持ちを確かめた事を反芻していたのだろう。
応える時には、真っ直ぐにラグナの目を見て、ウォーリアは頷いた。


「…あとさ。ウォルは、スコールが子供の頃に言ってた事、覚えてるか?」
「私と結婚すると言う言葉ですか」
「うん。ちゃんと覚えてるんだな」
「忘れる事はありません」
「……だから連れて行きたいのか?」


ラグナの問いは、約束の是非を指すだけではなかった。
いつかの遠い思い出があるから、それに縛られているだけで選んだ道なのか、それを確かめたかったのだ。

幼い息子が繰り返し紡いでいた言葉は、寂しがり屋で甘えん坊だったスコールにとって、一つの支えだった。
母を亡くし、父もいなくなるかも知れない不安を拭ってくれた、兄代わりの少年と交わした約束。
それを現実にする為のおまじないのように、幼いスコールはウォーリアとの“けっこん”を熱望していたのだ。
だが、それも今となっては古い話で、スコールの口からそんな拙い約束事が出て来る筈もなく、そもそもが現実的でははない話であるから、それが現実になるなど彼自身も思ってはいなかったのではないだろうか。
故にこの話は自然淘汰的に消滅するのが普通であり、仮にウォーリアがあの約束を覚え、果たしたいと思っていたとしても、それは義務感だけで果たすべきものではない筈だ。

ウォーリアがどんな気持ちで、スコールと共に生きたいと思っているのか。
同時に、スコールも彼の下へ行く事を希望している事も、何を起因として行き付いた選択なのか、ラグナは確かめなければならない。

いつも軽くなり勝ちな唇を噤み、誤魔化さないでくれと言う翡翠の瞳に見詰められ、ウォーリアは口を開く。


「始まりは、確かにあの約束だった。彼を一人にしないよう、ずっと傍で守れるようになりたいと願い、その方法を探した。成長するに連れ、あの約束をいつまでも固持する必要がなくなっていく事も考えたが、それでも私は、彼と共に在り続けたいと思うようになった」
「………」
「私がスコールと共に在りたいと願うのは、今の私自身が望むこと。その気持ちに、偽りはないと誓う」


ただの義務感でも、幼い子供を慰めるだけの同情でもない。
遠く離れても繋がり続け、育んできた感情の行き着く先が、此処にあったのだと、ウォーリアは言った。

─────ああ、とラグナの胸中に、沢山の感情が混じり合った感歎が漏れる。
ドラマの通りなら、一発は雷を落として、寄り添い合いたい二人に一つ試練を与える所だ。
だが、それは大抵は余計なお世話と言う奴で、何よりも望み合う二人が真剣に向かい合って決めた事を、横から水を差している以外の何物でもない。
青年は年若い、息子はまだ学生、そもそも男同士、と言う理屈を並べ立てるのは簡単だったが、そんな事はきっと二人で十分に話し合われているのだろう。
だからウォーリアは此処に帰って来て、一番向かい合わなければならない相手───恋人の父親───と対面しているのだ。

あと一つ、言葉でラグナが雷を落とすポーズが出来る理由があるとすれば、未だラグナ自身がスコールから彼の気持ちを確かめていないと言う事だろう。
だが、そんなものは、既に答えが出ているようなものだった。

今からほんの数時間前、ウォーリアが最寄り駅に到着する頃、スコールはそわそわとした様子で過ごしていた。
駅に到着した彼を迎えに行く旨は聞いていたので、久々に会うので緊張しているのかとラグナは思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。


(嬉しそう、だったなぁ)


それが恋人に会える事に対してか、共に在る事を望んでくれた恋人の選択に対してかは判らない。
どちらも正解のように思えるし、そう考えると尚更、ラグナの口から出せる答えは決まってしまう。

願わくば、幸せに。
幼い日、手を繋いで笑い合う子供達が、これからの未来も続いて行く事を祈った。





1月8日と言う事で、ウォルスコ。
「息子さんをください」って言うウォルが浮かんだので、言わせてみた。
途中からスコールが退場してますが、リビングのドアの向こうで入るに入れなくなってるんだと思う。

うちの息子は何処にもやらん!って言うラグナも好きですが、スコールが望んでいるなら反対できないラグナも好きです。
相手がウォルなら尚更反対し難い相手なんじゃないだろうか。色々完璧すぎて。
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[ヴァンスコ]温度を分けて

  • 2018/12/08 22:00
  • カテゴリー:FF


秩序の聖域に雪が降った。
昨晩から冷え込んでいるとは思ったが、まさか此処まで冷えるとは、誰も予想していない。
ほんの数日前には春を思わせる温かな陽気があったと言うのに、一転して真冬の到来だ。
その前には数日に渡って雷雨が続いており、天候の忙しなさは、この世界の安定が揺らいでいる事を示している────のだろうか。
想像すると悪い予感しかしない事ばかりだが、実際の所どうなのかは戦士達には判らない。
環境や時代にもよるものの、天気と言うのは基本的に自然が齎す予測のつかないものであり、急激な変化と言うのも珍しくはないのだ。
神々の闘争の世界は、独自の成り立ちで造られ営まれているようだから、少し妙な出来事がああったからと言って、敵の幻術を疑うような事でもなければ、大抵は成行きに乗るしかないのであった。

朝一番に雪を見たのは、寝ずの番をしていたティファだった。
朝食の準備がてら、倉庫に置いている食材の確認をする為に玄関を出た所で、降り積もった雪に気付いた。
積雪の高さは彼女の膝程度で、空気が乾燥しているお陰で雪自体はハラハラと粉のようになっていて柔らかい。
冷える空気に二の腕を摩りながら食材を集めた彼女は、キッチンに入ると、寝起きた皆が温まれるようにとコンソメスープを拵えた。
案の定、目を覚ました仲間達はそれぞれ寒い寒いと言いながら朝食の席に着く。
そして順次温まって食事を済ませた後、若い戦士達は、我先に新たな世界の一歩を踏まんと飛び出して行ったのであった。

スコールが目を覚ましたのは、外が賑々しくなってからの事だ。
寒さを嫌う彼は、昨日の夜から毛布に包まり、朝になっても明けない冷え込みに辟易して丸まり続けていたのだが、外界の騒がしさに流石に寝続けてはいられなくなった。
布一枚を抜け出すのを躊躇う冷気は相変わらずだが、布団の中でじっとしていても、体は大して温まってはくれないし、腹も減ったままだ。
スコールは皆が食事が終わったタイミングで、ようやくリビングに現れ、残ったスープの最後の分を食べ終えた。

ティファのスープのお陰で、体はそこそこ温まった。
とは言え、世界が寒い事には変わりなく、屋敷の中も底冷えか、じんわりとした冷気は中々消えない。
暖房器具か、もしくは着て歩ける電気毛布が欲しい、と思いつつ、スコールの足はなんとなく玄関へと向かっていた。

重みのある扉をゆっくりと押し開けば、其処には一面の銀世界が広がっている。
空を覆う雲の隙間から、時折太陽の光が差し込む度に、光が反射して、雪の表面がまるで宝石のようにきらきらと光る。
眩しい、と目を細めていると、フリオニールがバッツとジタンに追われながら駆け抜けて行った。
どうやら雪合戦をしているようだが、ルールなどあってないようなもので、すっかり鬼ごっこの様相を呈しており、追いながら雪玉を投げるバッツとジタンに対し、フリオニールは逃げの一手だ。
投げた雪玉が幾つかフリオニールに当たったが、柔らかな雪はあまり強くは固まらないようで、当たると簡単に弾けて散る。
痛くはないのだろう、フリオニールは飛び散る雪の冷たさに笑いながら逃げていた。

わいわいと騒ぎながら駆け回るメンバーに、元気な奴等だな、とスコールは思う。
銀世界は見慣れない事もあって珍しさに目を瞠るが、スコールはそれより寒さが面倒だ。
バッツにしろジタンにしろ、よくもまあいつもと同じ格好で遊べるな、と感心する。
せめて外套の一枚、バッツは手袋もした方が良いのではないか、と常と変わらない軽装で元気に駆け回る仲間達を眺めていると、


「……ん?」


視界の隅に蹲っている影を見て、スコールは其方に目を向けた。

玄関の階段の直ぐ横で、人間が一人、蹲っている。
もぞもぞ、ごそごそと動いているそれはヴァンだった。
此方もいつもと同じ、袖のないベストの格好で、一心不乱に手元を睨んで何かをしている。
何をしているんだ、となんとなくその様子を眺めていると、視線を感じてか、ひょいっヴァンが顔を上げた。
ばっちり目が合ってしまい、思わずスコールががちっとフリーズしていると、ヴァンはにっかりと笑って、


「見ろよ、スコール。団子みたいだ」
「……そうだな」


持ち上げたヴァンの両手には、白く小さな雪玉が三つ並んでいる。
確かに団子だな、と思いつつ、こういう時は雪だるまか雪兎を見せて来るのがセオリーじゃないのか、とスコールは眉根を寄せる。
別にそれが見たいと言う訳ではなかったが、シンプル過ぎるヴァンの創作物に、スコールは少し呆れていた。

気のない反応のスコールに気を悪くする様子もなく、ヴァンは雪団子の制作を続ける。
ふわふわとした雪は、ぎゅっと握ると潰れたように小さくなり、ヴァンはそれを大きくしようと奮闘するが、中々上手く行かない。
雪が水分をあまり含んでいないので、接着剤になるものがなく、重ねても重ねてもはらはらと落ちてしまうからだ。
しかしヴァンは辛抱強く、強く押し付けてみたり、擦り付けてみたりと、手を変えて奮闘している。
その様子を眺めながら、意外と我慢強いと言うか、諦め悪いんだよな、と独り言ちるスコールであったが、それよりも気になる事がある。


「ヴァン」
「んー?」
「…あんた、手袋は?」


雪を触るヴァンの手は、全くの素手だった。
いつから雪団子作りに精を出していたのか、ヴァンの手は指先まで悴んで赤くなっている。
いつも嵌めている籠手か手袋でもしておけば、そんなに冷える事はなかっただろうに、とスコールがそれの所在を尋ねてみると、


「あれ、邪魔だから外したんだ」
「邪魔って……雪、冷たくないのか」
「冷たいよ」


と言いながら、ヴァンは両手を雪の中にズボッと入れる。
うーっと唸るヴァンの表情を見るに、全く感覚が麻痺している訳ではないようだ。
そうなっていたら温める所か回復魔法の出番になるので、まだ幸いか。


「冷たいならちゃんと手袋しろ。あんた、霜焼けになってるんじゃないか」
「霜焼け。霜焼けかー。面白いな」
「………」


何が面白いんだ?と眉根を寄せるスコールと、雪から抜いた手をしげしげと見ているヴァン。
何もかもが珍しい、面白いと言う表情をしているヴァンを見て、そう言えば砂漠出身だと聞いた事を思い出した。
砂漠地帯で雪を見る機会など先ずないだろうし、生まれて初めて見た────のかも知れない。
そう考えると、雪の冷たさすら、ヴァンにとっては楽しくて仕方がないのか。

それでも、あの手は駄目だ、とスコールは溜息を吐く。
紅い手で懲りずに次の団子を作ろうとしているヴァンの下へ向かい、スコールは雪を掴むその手を捕まえる。


「なんだ?スコールも団子作るか?」
「作らない。それより、あんた、素手で雪遊びはもう止めろ」
「なんで?」
「多分もう霜焼けになってるし、悪化すれば血の巡りが悪くなって、最悪の場合、腐敗して使い物にならなくなる。雪遊びを続けたいなら、せめて手袋をしろ」
「手袋、取りに行くの面倒だよ」
「………」


取りに行く手間よりも、雪に触りたい、遊びたい。
判り易く真っ直ぐに訴える瞳に、駄々っ子か、とスコールは呆れた。

仕方なくスコールは自分の黒の手袋を外す。
どうせこの雪では今日の予定は台無しだし、そもそも外に出掛ける気にもならない。


「これを使って良い。終わったら俺の部屋に戻────っ!」
「あ。スコールの手、温かいな」


手袋を差し出すスコールの手を、冷たいヴァンの手が握る。
どちらかと言えば温度は低い方であろうスコールの手だが、今ばかりは冷え切ったヴァンの手の方が冷たい。
それが面白いのか、暖を奪おうとしてか、ヴァンはスコール手をにぎにぎと揉んで遊ぶ。


「スコールの手が温かいって珍しいよな。いつも俺より冷たい感じなのに」
「あんたの手が冷えてるだけだ!離せ、冷たい」
「もうちょっと。スコール手、ぽかぽかしてて気持ち良いんだ」


そう言いながら、ヴァンは両手でスコールの手を握った。
冷たい手に体温を奪われて行くのが判って、スコールの眉間に深い皺が刻まれる。
しかしヴァンはそれすら嬉しそうな顔で、「あったかいな~」と赤い鼻で暢気に呟いた。

よくよく考えれば、ヴァンが冷え切っているのは、何も手に限った話ではない。
ヴァンはいつもの通りの格好であるから、腕も肩も、腹や胸元までもが晒されたままになっている。
空気も冷え切ったままなので、ヴァンの鼻先や耳も悴んで赤くなっており、やっぱり寒いんじゃないか、とスコールは思う。
今は雪遊びに夢中でテンションが上がり、寒さそのものに鈍くなっているのかも知れないが、追って体が感覚を思い出してくるのは想像に難くない。
はあ、とスコールはもう一つ溜息を吐いた。


「……あんた、まだ遊ぶのか」
「うん。スコールも何か作るか?」
「俺は良い。……何か羽織れるものを持ってくる。あんた、その格好だと、後で絶対に後悔するぞ」
「そっか?でも、うん、なんか着た方がやっぱり良いんだよな。手袋は借りて良いのか?」
「ああ。……だからそろそろ手を離せ」
「もうちょっと」


握られ続けている手がどうにも落ち着かず、スコールは解放を促すが、ヴァンは折れなかった。
冷え切っていた手は少しずつマシにはなっており、未だスコールの体温の方が高い状態ではあるが、ヴァンの指先は少しずつ赤みが引いている。
揉んだり擦り合わせたりと、掌だけでなく、指先まで触り始めたのには辟易するが、振り払うのもまた面倒で、スコールはヴァンの気が済むまで好きにさせる事にした。

ふと、こうしてヴァンの手を直に触れたのは、初めてだったのではないかと気付く。
ヴァンはスキンシップに積極的ではないが、抵抗もないらしく、他者との距離も近い所があるので、誰かに触れる事を躊躇わない。
戦闘中も交代の為にハイタッチすると言うのはよくある光景で、それ位はスコールも応じていた。
しかし普段は互いに手袋や籠手をしているので、直接手のひら、その肌にじっくりと触れる事はなかったように思う。


(少し乾燥している。俺より少し太くて、爪が少し伸びてて───、でも、結構器用だ)


大雑把に見えて、案外と細かい作業をヴァンは嫌いではない。
自分の興味が続くものであれば、指先だけを使う細かな作業も、ヴァンは決して得手としていた。
肌はカサカサとして皮が少し厚く、爪の周りに少し皮膚がささくれ立っているのが見えた。

ぎゅう、とヴァンの両手でスコールの手が挟まれる。
始めは酷く冷たかったヴァンの手だが、スコールの熱を得て、いつもの体温が戻ってきている。
そして、納得したのか、ヴァンの手がすっと離れて行った。


「はー、温まった。じゃあ手袋借りるな。終わったらちゃんと返すから」
「……ああ」


スコールの手から手袋を受け取り、ヴァンの手に嵌められる。
手袋の中にもスコールの体温は残っており、ヴァンは「あったかいなー」と嬉しそうに行った。
その手で早速雪遊びを再開させるヴァンを尻目に、スコールは屋敷の中へと入る。

じんわりとした感覚が、スコールの手に残っている。
冷たいようで、温かくもあるその熱が、妙にくすぐったく思えた。





12月8日と言う事でヴァンスコ。
スコールの手のひらをにぎにぎしてるヴァンと、振り払わずに好きにさせてるスコールが浮かんだので。

後でスコールはヴァンの為に上着とマフラー諸々の防寒用具一揃い持って来る。
ヴァンは「動きにくくなるからこんなに良いよ」って言うけどスコールが無理やり着せて、結局「温かいな~」って言うのでスコールも満足。
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[プリスコ]ケントの花 2

  • 2018/11/08 22:01
  • カテゴリー:FF


スコールはリンゴをシャツに少し擦り付けて、気持ち程度に磨かれた所に歯を立てた。
表面の皮が少し固いような気もしたが、しゃくっと齧ってしまうと、口の中では程好い触感になる。
その触感を楽しみながら咀嚼していると、噛む度に甘酸っぱい果汁が溢れ出し、スコールの喉を潤していく。


「な。美味いよだろ」
「……悪くはない」


プリッシュの言葉をそのまま肯定する言葉は出なかったが、スコールにとっては同じような意味だった。
それを感じ取ったのか、二口目から抵抗なく齧りつくスコールの様子に胸中を察したか、プリッシュはにっかりと笑って自分のリンゴをまた齧る。

スコールが半分も食べ進めない内に、プリッシュはリンゴをすっかり芯にした。
食べる所のなくなったリンゴはぽいっと放られ、緩やかな坂道を転がって行く。
あれはあのまま、この辺りに生息する生き物の食料となり、やがては分解されて土の栄養になるのだろう。
それを気にする事もなく、プリッシュは腕まくりをして、また樹に上り始めた。


「……まだ食べるのか?」


登って行くプリッシュを見上げてスコールが訊ねると、「それもあるけど」とプリッシュは言った。


「折角こんなに一杯成ってるんだから、皆にも持って帰ってやろうと思ってさ」
「……荷物になるぞ」
「平気平気。オレが持つから」


誰が持つかが問題ではなく、荷物が増えて両手が塞がる=戦闘が出来ない事をスコールは懸念しているのだが、プリッシュは余り考えていないらしい。
暢気な奴だ、とスコールは思ったが、登って行くプリッシュを強引に止めようとは思わなかった。
引き摺り下ろすにしても面倒だし、やった所で聞きそうにないし、とかくスコールが疲れるだけで結果は変わらない気がする。
それなら好きなようにさせてしまおう、とスコールは今後の予定の一切を諦める事で、思考を切り替えた。

ゆっくりと自分のペースでリンゴを食べるスコールを尻目に、プリッシュは実を観察して選んでいる。
地面から見上げているスコールには、リンゴはどれも綺麗に色付いているように見えるが、近くで見るとやはり差があるのだろうか。
あっち、こっち、これよりこっち、とプリッシュはじっくり吟味しながら実を摘んで行くが、大玉のリンゴばかりを採っていると、小柄な彼女の腕はあっという間に一杯になり、


「んー、もう持てないかなぁ」
「あまり一杯持って帰っても、傷むものが増えるだけだ。適当な所で止めて置いた方が良い」
「うー」
「……また食べたかったら、また来れば良いだろ。此処は歪の中じゃないから」


歪の中にあるものは、歪を出れば二度と出逢えない事が多い為、食料に成り得るものは多少欲張ってでも回収したくなるのが常だ。
しかし、幸いにも此処は歪の外で、少し距離はあるが、来ようと思えば来れる場所。
躍起になって今全ての実を収穫する事はあるまい。

そう宥めるスコールの言葉に、プリッシュは少し考えたものの、


「そっか。それもそうだな。次の楽しみにすれば良いんだ。じゃ、今日は此処までっと」


言って、プリッシュは樹の上からジャンプした。
軽い体がとんっと地面に着くと、反動を受けたリンゴが彼女の腕の中からぽろぽろと零れ落ちる。


「うわっとっと」
「……」


腕にリンゴを抱えたまま、転がるリンゴを追いかけるプリッシュ。
拾っては落とし、落としては拾いを繰り返す彼女に、スコールは呆れながらジャケットを脱いだ。


「これで包んでおけ。そうすれば、少しは運び易いだろ」
「おう。ありがとな」


ジャケットを広げて見せると、プリッシュは遠慮なくと抱えていたリンゴを其処に置いた。
布地を受け皿にしてリンゴを包んでいる間に、地面に落としたリンゴをプリッシュが拾う。
ほい、と言って当たり前のように差し出されたリンゴに、結局俺が持つのか、とひっそりとボヤきつつ、スコールはリンゴを山の上に乗せた。

こんな荷物を抱えては、散策も見回りもあったものではないので、足は自然と帰路へ向かう。
テレポストーンに向かって歩き出したスコールに、プリッシュは隣へ並んで一緒に歩く。


「良いモン見付けたなー。帰ったら皆にも教えてやらなきゃ」
「……そうだな」
「皆で来れば、もっと一杯持って帰れるもんな」
「……そうだな」


うきうきと楽しそうなプリッシュの声に対し、スコールの声は平坦だ。
それに不満を訴える様子もなく、プリッシュは帰ってからリンゴをどうやって食べるか、指折り料理名を連ねながら考えている。

と、にゅっと伸びたプリッシュの腕が、リンゴの山から一つを取った。
プリッシュは取ったそれを眺めた後、山に戻し、別のリンゴを手に取る。
歩きながらその作業を繰り返すプリッシュに、スコールは面倒臭さを感じて立ち止まり、腕の高さを下げて、リンゴをプリッシュに見易い位置に持って行く。
当然プリッシュも足を止め、山となったリンゴをうんうん唸りながら吟味し、特に綺麗に色付いた紅玉を見付けると、


「こいつがいいな」


そう言って、小さな手で皮を磨き、はぐっと一口。
さっき一玉を丸々食べたのに、まだ食べるのか、と同じく一つ食べ切って腹が膨れたスコールは感心した。
とは言え、プリッシュの健啖振りは知られている事なので、特に驚きはしない。

しゃくしゃくとリンゴを食べるプリッシュを横目に、スコールはリンゴの山を抱え直して、再び歩き出す────が、その前に。


「スコール、スコール。ほら、お前も食えよ」
「は?」
「美味いぞ。一番良い色してた奴だからな。きっと一番美味い奴だ」


そう言ってプリッシュは、まだ齧っていない方を見せた。
子供のようにきらきらと輝く瞳が、今すぐ食べろとスコールをせっついている。
これは、要らないと言っても聞かない顔だ、とスコールは覚った。

リンゴの山を抱えている為、スコールの両手は塞がっている。
離せない事もないが、リンゴの山は少しバランスを崩すだけで、ぽろぽろと零れ落ちてしまいそうだ。
少し行儀は悪いと思ったが、どうせ此処にマナーを気にするものはいないのだし、何より目の前の少女がリンゴを引っ込めようとしないので、仕方なく首を伸ばしてやる。

しゃく、と齧ったリンゴは、確かに一等甘く、程好い酸味も含んでいて、美味い。
美味いだろ、と言われたのでスコールが小さく頷けば、プリッシュは今日一番の笑顔を浮かべた。





11月8日と言う事で、プリッシュ×スコールと言い張る。

なんとなくスコールにリンゴを手ずから食べさせるプリッシュが見たいなと思ったので書いてみた。
無邪気なプリッシュを苦手苦手とは思いつつも、裏表のない性格だとも思うので安心はしてるスコールでした。
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[プリスコ]ケントの花 1

  • 2018/11/08 22:00
  • カテゴリー:FF


旅は道連れであるが、道連れるのか、道連れられるのかは、人それぞれだ。
そして自分は、道連れにされる方であると、スコールは考えている。

何処の誰とも知れない所か、何処の世界の者なのかも判らない戦士達と続ける、共同生活。
殆ど有無を言わせないような形で始まったそれを、スコールは余り快く思っていない。
そもそもの話、此方の都合を全く考えずに召喚され、陣営が負けそうなので勝つ為に戦って下さいと言われても、はい判りましたで納得する人間の方が可笑しい。
可笑しいのだが、集団行動のマジックとでも言うのか、誰もその流れに待ったをかける者はいなかった。
無論、その理由は単純な集団行動の規律効果だけではなく、戦わなければ死ぬだけだと言う事、戦わなければ喪われた記憶も戻らず、元の世界へ戻る道筋もない、と言う点を忘れてはならない。
しかし、だから仕方がないので命を懸けて戦います、と言う酔狂さは、スコールにはない。
それでも戦わなければならない事、それ以外に何も道さ見えない事は理解できてしまったから、スコールは「元の世界へ戻る事」を報酬とし、その為に秩序の女神の駒として戦う事を“契約”として自分自身を納得させた。
まだるっこしい事だ、と笑う人間もいるかも知れないが、スコールとて命は惜しい。
命を懸ける為に戦うだけの理由と言うものは、少なからず存在していてくれなければ、何の為に戦うのか判らないままになってしまう。
だからせめて『契約』『報酬』と言う縛りでもなければ、スコールはこの世界で戦う意味が見出せなかった。

戦う理由は自分で説明を付けたスコールだったが、必然的に始まった集団での共同生活まで許容してはいない。
共同生活と言う環境自体は、朧な記憶の中に残る、元の世界の自分の日常の中で普遍的に傍にあったので構わないのだが、問題なのは共に生活を送る顔触れだ。
ある日突然、何処とも知れない世界で会合した、常識も文明レベルも違う者達を集めて、一つ屋根の下で心置きなく過ごせる程、スコールは豪胆な性格ではない。
寧ろ見知らぬ者の事は総じて懐疑的に見る性質であるから、この共同生活はスコールにとって警戒心を強めるだけであり、心休まる時間など何一つなかったのである。
────其処には、僅かでも心を許した後で、幾つも考えられる最悪のパターンが起こり得た時、自分が遅れず誤らず最適な行動を取れる自信がない、と言う拙(おさな)い心もあるのだが、彼自身はそんな自分に気付いてはいない。

そんな状態で、常時数名は共に空間を共有する事になる拠点に、スコールが長く滞在する気になる筈もなく、必然的に彼は見回りや哨戒と称して出払っていた。
人が良いのか、警戒心がないのか、ともかくそう言った風な仲間達は、単独行動ばかりのスコールを止めたり咎めたり宥めたりとしていたが、スコールが頑なな態度を取り続けていると、ぽつぽつと離れて行った。
言っても聞かないスコールに呆れたか諦めたか、その辺りの事は判らないが、スコールとしてはその程度で良いと思っている。
敵である混沌の駒の襲撃を思えば、ツーマンセル、可能ならスリーマンセル以上で行動するのが安全策ではあるが、秩序の陣営の人数には限りがある。
対して混沌の陣営は、世界の何処かから湧き出るイミテーションと呼ばれる人形を駆使し、雑兵として操る事が出来ていた。
イミテーションは程度にもよるが壊す事が出来るものの、どうやら数に限りはないようで、これを使った物量戦で来られた場合、秩序の陣営は数日と持たずに崩壊するだろう。
その危険性を考えると、団体行動と言うのは全滅のリスクを上げるばかりとなり、回避するには単独行動と言うものも一方的な否定は出来ないのだ。
勿論、単独行動を取るに値する実力がある事は前提で、尚且つ、それをする者が秩序の女神を絶対に裏切らないと言う信頼も必要であった。
…単独行動ばかりの自分が、掛け値なしにそれを体現し得るのかと言えば、スコールは口を噤まざるを得ないのだが、「他の者が単独行動を取って裏切らない保証はあるのか」とも問う事が出来る。
そしてその問いに対し、スコールの結論は「否」である。
だからスコールは、周りの目からどう見られようと、自身は単独行動を貫いているのだ。

……しかし、スコールが幾ら単独行動を貫こうとしても、相手がそれを全く意に介さない事もある。
良く言えばお人好しの集まりのような秩序の陣営にあって、そう言ったメンバーは少なからず見付かるのだが、特筆すべきはプリッシュだろう。
猪突猛進と言う言葉を体現したかのような勢いがある彼女は、何も隠さず明け透けに曝け出す。
空腹を覚えれば飯を強請り、眠くなれば寝床を欲しがり、退屈な時間に飽きれば遊びたがる。
こうして羅列するとまるで小さな子供のようであるが、常にバーサーカー状態のように人の話を聞かない訳ではない。
恐らく、他者が空気を読んで口を噤もう、と思う所を、彼女は気にせず、正直に自分の気持ちを口にするのだろう。
正直に言って、この手合いはスコールが苦手としている所で、出来る事なら彼女とは余り二人きりになりたくない、と思っている。

思っているのだが、ふとした折に道中を共にすると言うのは、この世界では珍しくなかった。

適当な理由をつけて秩序の聖域を離れ、山間の森の中にある歪を確かめて回っていた時だった。
記憶にあるポイントを効率よく回るべく、木々の間を抜けて進んでいたスコールの前に、プリッシュは頭上から降って来た。
枝葉の擦れる音を警戒してガンブレードを構えていたスコールだったが、眼前に着地して目を丸くしている彼女を見て、なんであんたがそんな顔をしているんだ、と胸中で突っ込んだのは言うまでもない。
それから話を聞くと、どうやら次元城での戦闘中、足元の空に生まれた歪の出口にスポッと落ちてしまったらしく、排出されたら此処だった、との事。
この闘争の世界に置いては、珍しくはない現象であるから、スコールはそれ以上は気にしない事にした。
そして改めて歪の見回りを再開させたのだが─────


(……なんでついて来るんだ?)


ガンブレードを片手に、黙々と足を進めるスコールの後方約2メートル。
紫髪の少女が、きょろきょろと辺りを見回しながら、スコールの歩いた軌跡を辿っていた。

今日のプリッシュの予定と言うものをスコールは知らないが、少なくとも、此処で油を売るようなスケジュールではなかった筈だ。
誰かと同行していたのなら、其方との合流を考えて動くべきで、そうするのならスコールの後ろをついて歩く事に意味はない。
スコールは今日はずっと一人で見回りをするつもりで、今現在も誰かと行動を共にしている訳ではないのだ。
まるで雛鳥のようについて来るプリッシュに、スコールはその思考回路が読めず、辟易とした気分になっていた。


(…戦力として考えるか?そう思えばかなり有益だ。でも……)


見た目の可憐さとは裏腹に、拳と聖魔法で戦うプリッシュは強い。
見るからに剛腕と判るジェクトと、近距離で撃ち合って競るのだから、戦士としては相当な実力だ。
基本的にジャンクションと言う力を使い、身体能力を底上げしているスコールにしてみれば、この世界で出会う者は全員規格外の強さを持っているようなものだが、プリッシュはその中でも上位に当てて良いだろう。
そんな人物が仲間として同行しているのなら、戦闘はかなり楽になる。

だが、それはそれとして、スコールはどうにも落ち着かない。
同行者がいると言うだけでも少々ペースが乱れるのだが、相手がプリッシュだと言うのがまたスコールの苦手意識を誘う。


(……このまま、会話もなければ。それか、飽きて帰るなら、それでも良い)


他者とのコミュニケーションを得意としないスコールにとって、お喋りな相手と言うのは面倒でしかない。
一方的に喋って此方の反応を気にしていない者ならまだ良いが、大抵はスコールから某かの反応を引き出そうと、質問を投げかけたり話題を振ったりするから厄介だ。
プリッシュは余りそう言ったタイプではないのだが、話しかけると返事をするまで何度でも名前を呼び続けるので、あれは勘弁して欲しい。

飽きて帰るのなら、戦力的には痛いが、スコールの心情的には有り難い。
一人でいる事が、スコールにとっては安息なのだから。

────が、プリッシュはまだスコールの後をついて来る。
目指している歪のあるポイントが此処から少々遠いのもあって、スコールは今からうんざりとしていた。
スコールの不必要に繊細な神経がキリキリと軋み、いっそ走って振り切るかと思ったが、脚力はプリッシュの方が上である。
意味のない事を考えた、とスコールはこっそりと溜息を吐いた時だった。


「あ!」
「っ!」


後ろから聞こえた突然の声に、思わずスコールの肩が跳ねる。
そんな自分に舌打ちしつつ、敵襲を警戒してガンブレードを握る手に力を込めたが、


「良いモン見っけ!」
「は……?おい!」


先行していたスコールを追い越して、プリッシュが前方へと全速力で走って行く。
無防備も無防備な、余りの出来事に、スコールは一瞬フリーズしたが、復帰すると急いでプリッシュの後を追った。

追って、其処にあったものを見付けて、一気に脱力する。
プリッシュが駆けた先には、真っ赤な実をぶら下げた大きな樹が鎮座していたのだ。


「これは……」
「見ろよ、スコール。美味そうなリンゴ!」


プリッシュの言う通り、樹に成っているのはよく熟れたリンゴだった。
樹は一本だけではなく、四本程がまばらに植わっており、色付きは微妙に違うものの、総じて赤い実を抱いている。

こんな所にこんなものがあったのか、とスコールは目を丸くして赤い宝石を見上げる。
その傍らで、するすると樹を上って行くのはプリッシュだ。
樹は中々の大木となっており、実が成っているのは地上から三メートル弱と言う高さで、一番低い所でも地上から楽に取る事は出来ない。
プリッシュはその高さをあっという間に登って行き、幹から手頃な場所に成っていたものを一つ採る。


「ほら。これ、絶対に美味いぜ」
「……」


枝に上半身を引っ掻けて、下にいるスコールに収穫したばかりのリンゴを見せるプリッシュ。
スコールは呆然とそれを見上げているだけだ。

試しに一口、とプリッシュは躊躇わずリンゴに齧り付いた。
しゃくっと良い音が聞こえて、甘酸っぱい蜜が果肉の隙間から溢れ出してくる。
プリッシュはその味に満足げに「ん~っ」と喉を鳴らした後、枝の上に登って、手近な場所にあった実を採った。
そして両手にそれぞれリンゴを持って、ひょいっと枝から飛び降りる。


「よっと。ほら、スコールの分」
「…あ…ああ……」


ずいっと差し出されたリンゴに、スコールはやや気圧されつつそれを受け取った。
受け取ってから、どうすれば、とリンゴを見下ろしている間に、プリッシュは自分のリンゴをしゃくしゃくと齧る。

離れていても煌々とした色が判る程、リンゴは綺麗に紅く染まっている。
スコールが知っている、中々高級と評判のリンゴと種類が似ているような気がしたが、はっきりとは判らなかった。
誰が手入れをする訳でもないのだから、野生で育ったのは間違いないが、それでも立派な実ではないだろうか。
スコールの片手にずっしりとした重さを感じさせる大玉のリンゴは、農家が育てたとしても、早々お目にかかる事はあるまい。

じっとリンゴを見詰めていたスコールだったが、隣から「食わねえの?」と言う声が飛んで来た。
見ればプリッシュは既に半分まで食べ進めており、スコールを見上げる表情は、食べない事を心の底から不思議がっていた。
スコールとしては、あんたと同じ行動が取れると思わないでくれ、と言いたい所であるが、プリッシュには言っても意味はないだろう。
それよりも、手の中のリンゴの行き先だ。


(……捨てるのは勿体ない、な)


プリッシュの言う通り、リンゴは確かに美味そうな色をしている。
この世界に置いて、こうした代物に出逢えるのは稀有であるから、見付けた者が率先して恩恵を受ける権利がある。




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