TOP  1  2  3  4  5  6  7


Within Living Memory...

 雑草だらけの空き地だった筈の其処には何時の間にか家が建っていて、家の前には見た事のない人が立っていた。スーパーの買い物袋を提げた母親が、その見た事のない女の人に笑顔で近付いて挨拶と御辞儀を交わしている。買って貰った棒付きキャンディーを舐めながらボンヤリと“大人の挨拶”を眺めていると、知らない人の方が自分の顔を見て笑いかけた。
「あなたが駿くん? いくつなのかな?」
「四さい」
「この子、今度幼稚園なのよ」
 母親が自分の後ろ頭を軽く押して、女の人の前に連れて来る。自分の年を聞いた女の人は嬉しそうに笑った。
「そうなの。それじゃ、この子と同じ年になるわ。仲良くしてあげてね……って、ほら、ご挨拶しなさい!」
「え? ……あっ」
 女の人を見上げる為に精一杯上にしていた視線を自分の目線に直すと、女の人のスカートの裾を掴んでいる小さな手が目に入り、そのままパッチリした目が印象的な子供も発見した。
「わぁっ! ねーねー、お名前何て言うの?男の子?女の子?」
 双子の弟以外は殆ど見た事がない同じ年齢の子供に舞い上がってしまい、母親の手を離して急接近すると、その子は慌てて後ろに隠れてしまった。
「こらっ、良麻!」
「あら、良麻ちゃんって言うの? 可愛らしいから女の子かと思っちゃったわ。ごめんなさいね?」
 慌てて謝罪する自分の母親と笑顔でそれを許す女の人を尻目に自分は1人で興奮し、回り込んでその顔を覗き込む。覗き込まれた方は目をギュッと瞑ってスカートを強く握った。
「りょーまって言うの? 男の子なの? わーいっ!! ねね、一緒にあそぼ!」
「うっ……」
 動物キャラクターがプリントされたシャツをグイグイ引っ張って遊びに誘うと、固く閉じられた眼から涙がポロポロッと零れ始め、えっと呟いた時には派手な泣き声が耳に突き刺さった。
「うっ、うわぁ……わああぁーーーんっ!!!」
「コラッ! 駿、何してんの!! 苛めちゃ駄目でしょ!」
 パシッと母親に頭を引っ叩かれてズルズルと引き摺られるが、何してんだと聞きたいのは自分の方だった。
「ち、ちがうもん! おれ、苛めてないもん!!」
「良麻! ……もうっ。ゴメンなさいね。この子、人見知りが激しすぎて前の町でも友達がいなかったの。きっと、声を掛けられてビックリしたのね」
「いいえ、ウチの子もホント考えなしに行動するから……ほら、駿。良麻ちゃんとおばさんにゴメンなさいは?」
「……おれ、何もしてないもん」
「駿!」
 再度頭を引っ叩く音と未だ泣き止まぬ幼児の泣き声が辺りに響く。二人の出会いは中々派手なものだった。

 幼心に憂鬱を感じた時間が今日も来た。周りにとっては嬉しい時間だろうけど、自分にとっては憂鬱な時間。視線を上げれば誰もが至る所で遊び、笑いあっている。笑っていないのは自分だけ。一人、別世界に隔離されているかのように椅子にぽつんと座っている。再度視線を下ろし、足をプラプラさせていると上から聞き慣れた困り声が聞こえた。
「良麻君、また一人なの? 誰かとお話したり遊んだりしたらどう?」
「……」
 出来るのなら苦労しないよ。心の中で返事をし、そっぽを向く。表向きでは顔も上げず、聞こえないかのように足を振り子のように振り続けていると、彼女……先生は小さく溜め息を吐いた。彼女がそのまま屈み込み、自分の顔を覗き込んで何か言おうとしたその時、甲高い泣き声が部屋に響いた。顔は下に、でも目線だけを上に向けて泣き声の方を見ると玩具の取り合いで喧嘩に発展したらしい。それでも無関心な素振りを見せていると、先生は心配そうに自分を一瞥した後、喧嘩の仲裁の為に騒ぎの方へ駆け去っていった。
 早く、こんな時間終わればいいのに。異様に長く感じる自由時間を疎ましく感じ、椅子の端を掴んで小さく唇を尖らせる。ちっとも面白くない。今日もまた、こうして一人でボンヤリしたまま時間だけが過ぎていくんだ。こんな事なら家に帰って本を読む方がどんなに楽しい事か。
 ポンッ。ボンヤリしながら振っていた足の先でゴムボールがバウンドし、椅子の脚に当たって止まった。無意識の内に腕を伸ばし、真っ赤なそれを拾い上げるとパタパタ…と駆け寄って来る音が耳に入り、水色の上履きの先端が目に入る。
「ありがとっ」
 視線を上げると足音と上履きの主であろう誰かさんがニコニコと満面の笑みを浮かべて立っていた。
「うん」
 曖昧な返事を小さく返し、赤いゴムボールを手渡すと彼は一度背中を見せたが、再度自分の方へ振り向いた。
「ねぇ、一緒にあそぼ」
「えっ」
 思わぬ誘いに目を丸くしているとニコニコ笑顔の彼は手を掴み、座っていた椅子から自分を強引に引っ張り出した。その行動に目を白黒させながらも、何処かで見た気がする彼の名前を思い出す為に胸元の赤いチューリップ型の名札に目をやる。
 彼の胸に咲いている赤いチューリップの中央には「もちづき しゅん」と書かれていた。名札の主は自分の胸元にある「はやさか りょうま」と書かれたチューリップを見た後に、目を合わせて再度笑いかける。
「良ちゃん、でいいよね?」
 言いながら、繋いでいた手の力を強くする。それが彼との付き合いの始まりだった。

「あーあ。変な所に投げちゃって……」
「悪ぃ、ちょっと手が滑ったんだよ」
 学校帰りの公園で彼が溜め息を吐き、自分は軽く謝りながら茂みの中で行方不明のボールを捜索していた。元気が有り余っている小学校の低学年。家に帰る前に公園でキャッチボールをするのが習慣になって、今日も彼を誘ってキャッチボールをしていた所、ノーコンな自分の球が相手の頭上を越え、背後の茂みに飛び込んでしまい、現在に至る。
「確か、この辺に飛んだと思うんだけどなぁ……」
 ブツブツ言いながら草を掻き分けつつ、ふと頭を上げると自分の身体は一瞬止まり、慌てて身を屈めて彼を呼んだ。
「良ちゃん、ちょっ、こっち!」
 視線を茂みの隙間から見えるある物から反らさずに手だけを親友の方に向けて激しく上下させると、ガザガサと音を立てながら彼が近付いて来た。
「何? ボール見付かっ……んぐっ!」
「しーっ!」
 無神経なまでに大きな声を出す口を慌てて塞ぎ、草だらけの地面にうつ伏せに押さえつける。目をパチクリさせる相手に向かって人差し指を自分の口元に当てて“静かにしろ”と伝えながら親友の口から手を離し、その手でゆっくりと茂みの外を指差した。
「?」
 未だに自分の行動の意味が分からずにきょとんとした表情の彼の視線が差された茂みの外へ向かう。同時に彼の身体も一瞬止まった。
「……な?」
「う、うん……」
 何が“な?”なのかは知らないが、とにかく彼に声をかけると相手の方も小さく答えながら首を幾度も上下させた。自分達の視線の先にあるのはベンチに座った二つの背中。背の高い男性が綺麗な女性の肩を抱き……
「……キス、してるね」
 幸せそうに相手に抱き付いた女性を見ながら、ポツリと呟く親友の横顔を見ながら自分はふと浮かんだ疑問を口にした。
「なぁ、何でキスってするわけ?」
「よくわかんないけど、その人の事が好きだからするらしいよ」
「ふぅん……」
  好きだから、か。質問に答えてくれた親友の顔を眺めていると、彼は暫くきょとんとした顔をしていたが、どうしたの? と笑顔に変えた。
「いや、その、さ。キスって男と女がしてるのしか見た事ないけど……男同士じゃ駄目なのかなって」
「いいんじゃないの?」
「えっ?」
 アッサリと返って来る返事と無垢な笑顔に目を丸くするが、彼は構わずに続けた。
「僕、駿くん好きだからキスしてもいいよ」
「お、俺だって……いい、よ」
 何処か照れ臭さを感じてモゴモゴと口の中で言いつつ、彼をちょこんと正座させてキスをしやすい体勢を追求してしまう自分が何だか恥ずかしい。眼を閉じてと言えば彼は大人しく従って目を薄く閉じ、口を小さく開けてと言えばうっすらと唇を開いてくれる。その態度が同じ年の小学生の筈である彼を自分よりもずっと大人に見せてしまい、胸を激しく高鳴らせて来る。漫画本やテレビ、さっきコッソリと見た現場を何とか思い出しながら手を伸ばして肩を抱き寄せる。えーっと、それでどうするんだっけ……あー、もういいや。唇に唇重ねりゃキスだ。頭の中のおさらいを完全無視して小さく開きっ放しにさせている唇に自分の唇を押し当てると、彼の体温が唇から伝わり、そのまま自分の胸まで移動して心臓の鼓動を激しくさせた。
「うわわわわ! ご、ごめん! お、おれ……」
 余りの鼓動の激しさに自分は死ぬのではないかと密かに心配しながらも身体を離し、自分と同じように顔を赤く染めた親友に謝罪すると、彼は小さく首を振った。
「あ、謝らなくていいよ。その、駿くんの事好きだからキスさせたんだし。おかしい事も謝る事も何もないじゃないか」
 自分で言っている内に落ち着いてきたのか、彼は小さく深呼吸した後に何時もの笑顔を見せてくれた。
「エヘへ。何だか実際にすると、ちょっとくすぐったい……って言うか恥ずかしいね。キスって。でも良かった。駿くんも僕が好きだって事が分かって」
「そ、そうだな。……そ、それよりもさ。ボール探そうぜ。早く探さないと日が暮れちまう」
 された方以上に顔を赤くし、何処かギクシャクしながら地面を這ってボール探しの続きを始めた自分を彼は不思議そうに見詰めていたが、すぐにクスッと笑ってボール探しの為に地面に目を向けた。

 やっぱ、アレがきっかけだったのかなぁ。学校のプールサイドで体育座りをして服部竜一と雑談を交わしている親友を、辺りは女子生徒だらけで男子生徒は自分だけと言う見学生徒用テントから見ながら望月駿は溜め息を吐いた。健全な男子なら女子生徒のスクール水着姿を見て目の保養だの何だの考えるだろうが(いや、勿論自分もスタイルのいい女生徒の水着姿をコッソリと堪能させて頂いているのだが)自分の場合は、何故か視線を男子生徒の間に混じって級友と話している早坂良麻に集中させてしまう。
 アイツ、どう思うんだろう。俺、お前の水着姿に密かに欲情していますとか言ったら。俺、実はお前が好きだとか言ったら。前者はさておき、後者の方を伝えた時の答えは容易に想像出来る。僕も君の事好きだよ、と何時もの笑顔で答えてくれるに違いない。だが、この台詞には省略している部分がある。友達として。省略なしで言えば“僕も君の事友達として好きだよ。”になるだろう。その時点で、互いの“好き”の捉え方の大きな差を感じてしまう。
 あの時のキスも彼はきっと“好き”の意味がよく分からなくてOKしてくれたんだろうし、自分も半ば興味本位みたいなものがあった。あの時は自分も彼も子供だったから。だが、今は違う。興味本位ではなくて本気で彼を求めている。彼にとっての自分に対する“好き”は友達としての“好き”でも、自分にとっての彼に対する“好き”は………
「暇そうだね」
 微かに消毒薬が混じった水の匂いと聞き慣れた声を感じて顔を上げると、今まさに脳内で求めている彼がポタポタと水を垂らしながら自分の目の前でしゃがみ込んでいた。
「仕方ねぇだろ? 腹壊し気味なんだから…」
「全く……こんな暑い日にお腹壊してプール見学なんて運がないよ、君」
 クスクスッと笑う親友に何とかむくれた顔で対抗するが、目線はチラチラと身体の方に向けられ、内心は妙な同様で渦巻いていた。あぁ…それだよ、その笑顔にやられたんだよな。普段は気取ったような顔してるクセに笑うとスッゲー可愛い。男相手に可愛いなんて誉め言葉にならないかも知れないけど、可愛いとしか言いようがないし、自分はその笑顔に惹かれてるんだから仕方がない。オマケに一見細そうに見えて、脱いでみると意外に筋肉が付いているその身体。その顔や身体を何気なく眺めるフリをしながら、脳内ではくだらない事を考えてしまう。時が止まって自分以外動かなくならねぇかな。時が少しでも止まったらコッソリ、その紺色の水着脱がして裸を堪能するのに。コイツの裸…て言うか大事なトコなんてガキの時に俺がコイツの家に泊まりに行って一緒に風呂に入った時以来お目にかかってない。アレから十年近く経ってるんだから、それなりに立派に成長……
「……くん? 駿くん?」
 勝手に妄想に走って自分の世界に入ってしまっていたらしい。我に返った時には親友は心配そうな顔で自分の瞳を見詰めていた。
「どうかしたの? 急にボンヤリして。お腹痛くなって来た?」
「い、いや、違うんだ。え、えっと、お前思ったよりも、その、筋肉付いてるんだなって。あ、変な意味じゃないんだぜ? ホラ、お前って何時も本ばっか読んでるから細いって感じするじゃんか」
「??」
 へどもどしながら口にする苦し過ぎる言い訳に早坂は小さく首を傾げていたが、すぐに望月を惑わす例の笑顔を見せて濡れた手を望月の額に押し付けた。
「変なの。日差し浴びすぎたんじゃない? ちょっと頭冷やしなよ」
 望月が口を開いて何かを言う前にすっくと立ち上がってプールサイドを歩いて行く。濡れた額に手を当てながら小さく溜め息を吐いた望月に近くで同じ見学生徒と雑談していた女子生徒が声をかけて来た。
「ねぇ、望月君。早坂君ってさ、望月君相手だと結構明るくてオシャベリよね。普段はあんなに大人しいのに」
「あ? あぁ、まぁアイツとは付き合い長いしな。アイツ人見知り激しいから、他人と普通に喋れるようになるまで時間かかるんだよ」
「ふぅん」
(うん?)
 女子生徒の方を向いて話していると何かに突付かれるような感触を覚え、その方向を振り向いてみると噂の対象である人物とバチッと視線がぶつかってしまい、自分を見詰めていた彼は目が合った瞬間に慌てて目を逸らす。今まで感じた事のなかった熱視線に望月は小さく眉を顰めたが、すぐに何もなかったかのように視線を級友達が泳ぐプールに戻す。弾ける水の粒が太陽の光で眩しく煌いた。