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「それじゃ良麻。明日一日留守番頼むわね。お父さんは明後日の夕方には帰るし、お母さんも明々後日には戻るから」
「うん」
 実家を出て一人暮らしをしている姉の所へ母親は月に一度は様子見に行っているし、その時に医師である父親の当直等が重なる事でたった一人で一日を過ごすのも初めての事ではない。だが……。無意識の内に漏れた息子の溜め息を聞いた母親は心配そうな表情を浮かべた。
「どうしたの?何か今日は元気ないわね。やっぱり一人で留守番するのは寂しい?」
「そんな事ないってば! 子供扱いしないでよ!」
 ニュース番組を流しているテレビに向けていた顔を微かに赤くして母親の方へと向けるが、その表情を見た母親は改めて眉を顰めた。
「子供扱いって……実際、良麻は子供じゃない。貴方は難しい事を言ったりして背伸びしているつもりだろうけど、お母さんには分かるのよ? 本当は良麻は寂しがりで……」
「っ! そ、そんな事ないって言ってるだろう!? もうほっといてよ!!」
 母親の言葉を無理矢理掻き消すように声を荒げ、声と同じ歩調で居間を後にする。扉を乱暴に閉めて階段を昇って行った息子の普段とは明らかに違う態度に母親はポツリと呟いた。駿くんと何かあったのかしら、と。
 次の日の朝。様子がおかしい自分の事を最後まで心配していた母親を半ば強引に姉の元まで向かわせた早坂は今日一日自分以外は誰も戻らない家の扉に鍵を掛けた。
「……」
 ある方向を振り向き、その先にある親友の家まで寄ろうかと一瞬考えたが、結局小さく首を振って身体を学校の方へと向ける。寂しくなんかない。僕は寂しがりなんかじゃない。無意識の内に心の中で自分に言い聞かせながら、早坂は足早に何時もの通学路を進んだ。

「良ちゃん、今日暇か? 暇なら俺ん家来ねぇ? いやさ、お前から借りたゲーム始めたんだけど早速詰まっちまって」
 何時もと変わらぬ笑顔で席に近付き、頬杖を付いて顔を見上げて来る親友の誘いに一瞬気持ちが揺らぐのを感じたが、表面上は冷静な態度で教科書類を鞄に詰めて下校準備を整える自分がいる。敢えて無表情を維持しながら早坂はきっぱりと言い放った。
「君、今日も居残り補習があるじゃないか」
「いや、だから、それ終わった後だよ。大体五時前には家に帰れるから五時半くらいに家来いよ。な? 何なら俺ん家で夕飯食ってけばいいし。明日は祝日で休みだから遅くまで遊べるぜ」
「悪いけど、僕その時間は塾あるから。他の人誘って遊んだら? じゃあね」
 望月の返事も待たずに席を立って背中を向ける。出入り口の扉の一歩手前でコッソリと親友の反応を伺ってみると、視線の先では親友が寂しそうに自分の席から離れていた。チクッ。彼の反応を見た途端、胸に見えない針が鋭く刺さるのを感じた。

 今日くらい一緒に居たかったのに。自分は誰よりも彼と一緒に居たいのに。ふと見たビデオデッキのデジタル時計に表示されている「PM5:42」と言う文字に一昨日の夕方から急速に回数が多くなった溜め息をまたしても吐き、ゲーム機の電源を切ってしまう。親友にはゲームに詰まったから、と言う事で家に誘ったが、実際は順調にゲームの物語は進んでいる。ただ、彼を家に招待したかっただけなのだ。彼と一緒の時間を過ごしたかっただけなのだ。他の人誘って遊んだら?親友の突き放すような台詞と無表情。きっと早坂だって一人で行動してて寂しい筈なんだからよ。同時に思い出す竜二の言葉。
「そうなんだよ……良ちゃん、結構寂しがりなんだよな。それなのに、アイツ無理しちまって」
 馬鹿野郎。テーブルの上に突っ伏して小さく呟いた自分の言葉に空しさを覚えた望月は大きく息を吐いて眠るように瞼を閉じた。

 塾のある高層ビルから出た瞬間に飛び込んできた夜の町のネオンに目を微かに眩ませつつ、腕時計を見ると針は現在九時半過ぎである事を知らせていた。
「……」
 普段ならこのまま真っ直ぐ家に帰るのだが、今日は家に帰っても「お帰り」を言ってくれる者は誰も居ない。その事を思い出した途端に強い孤独感を感じた早坂は帰路とは逆方向である街道をフラフラと歩き始めた。
 明日が休日であると言う事もあってか夜の町は何時も以上に盛り上がり、至る所で人が溢れ返っているのが目に入る。こんなに人が沢山居る中で、僕は一人ぼっちなんだ。自分で自分の孤独感を増幅させてしまい、絶え間なく襲う寂しさに潰されそうになりながら力なく歩く早坂の姿を路地に座り込んでゲラゲラと馬鹿笑いをしていた集団が目にした瞬間、互いに顔を見合わせてニヤリと笑った。
「おい、アレ持ってたよな?」
「あぁ、持ってる持ってる。……いっちょやりますか!」
 何かの所持の確認をした集団は再度互いの顔を見て一度大きく頷き、すっくと立ち上がる。当てもなく進む早坂の背中を多人数の集団が早足で追いかけた。
 特に行く当てもなく夜の町をさまよい歩いていた早坂の足が漸く止まったのは、それから数分後の事だった。見詰めるショーウィンドウに飾られているのは、最近のテレビコマーシャルでもよく目にする流行モデルのスニーカー。そう言えば、駿くんの誕生日プレゼント考えてたっけ。彼の靴、結構年季が入ってたみたいだから誕生日プレゼントに買ってあげようかな。彼とは別行動を取っている事も忘れ、ウインドウに左手を貼り付けてじっと靴を見詰める早坂の肩がトントンッと軽く叩かれた。
「え? ……っ!」
 ちょうど頭の中に思い描いていた親友かもしれないと言う期待とこんな夜中にフラついているのを不審に思った警察官だったらどうしようと言う不安が交錯する中でゆっくりと振り向いた瞬間に早坂の表情は凍り付いた。ある意味、警察官よりもずっと性質が悪い見覚えのある顔の者達がニヤニヤと自分に笑いかけている。
「昨日はどーも」
「今日は一人で夜遊びなのかな? 真面目そうな顔してるくせに結構悪い子なんだ?」
 まだ頬を派手に腫らしている男が馴れ馴れしく自分の頬をペチペチと叩き、顔に大きな痣を作った別の者が黒髪を掻き回す。昨日の下校途中、自分から金を奪い取ろうとして返り討ちにあった者達だ。望まぬ再会に顔を顰める早坂に男達のニヤニヤ笑いが爆笑に変わった。
「そんな嫌そうな顔しなくてもいーじゃん♪どうせ一人なんだろ?俺達と一緒に過ごそうぜ」
「悪いけど、僕は君達と付き合う気なんて毛頭ないから。どいてくれる? そんな集団で道に突っ立たれたら、他の人の邪魔にもなると思うけど」
「相変わらず生意気な口の利き方するねー。お前は用がなくても俺達がお前に用があんだよ!」
「ぅあっ!!」
 不機嫌から一転して驚愕の表情に変わった早坂の両腕を背後から掴み上げたのは、とても同じ高校生とは思えない縦にも横にも立派な体躯をしている男。腕を無理な方向に捩じ上げられる事で呻く早坂の表情を満足そうに眺めながら、例の顔を腫らした男がある場所を顎で示す。見て見ぬ振りの傍観者の視線を浴びながら、早坂は引き摺られるように明る過ぎる人工的な光から引き離されて行った。
 建物と建物の間に位置する光の届かぬ狭い通路の奥に連れ込まれた早坂は腕を解放されると同時に酒の空き瓶やゴミで満杯のビニール袋の山に突き飛ばされた。
「くっ……」
 上目遣いで相手の少年達を睨みつつ、その人数を数えて心の中で呟く。多勢に無勢・孤立無援。いくら何でも僕一人で何とかなる人数じゃない。
「多勢に無勢って言葉は知ってるよな?」
 丁度、心の中で呟いたそれと同じ事を言いながらリーダー格らしい男が一歩早坂に近付いた。
「昨日は俺達も油断してたし、人数も少なかったからあんな事になっちまったけど今回は違う。いくらお前でも、こんだけの人数が相手だったら勝てる訳ないよなぁ?」
「ホント、弱い人ってすぐに群れたがるからね。楽しい? たった一人相手にそんな大人数で本気になって」
 胸の中に広がりつつある動揺をポーカーフェイスで押さえつけ、無表情の口元に薄い笑みを添えて挑発的な事を口にしてみるが、多人数である事に余裕を感じている相手の方はその挑発さえも鼻で笑って吹き飛ばした。
「あぁ、楽しいね。特にお前みたいに小生意気な奴を多人数でボコボコにするのは最高だ」
「悪趣味。そんな事が最高だと思うなんて君達病んでる。いい精神病院でも紹介してあげ……っ!!」
言葉を強制的に切って、身体を横に捻った早坂の近くのゴミ袋を何かが射抜く。額にこっそりと汗を滲ませながら、相手の方を向くとリアルに再現されているらしい銃の玩具が目に入った。
「へぇ、反射神経いーじゃん。一応、これエアガンだけどさ。結構改造してるから歯や眼球くらい一発で潰せちまうぜ。眼ん玉潰すのは嫌だよなぁ?」
「……」
 エアガンを自分に向けられた瞬間に冷や汗が背中を伝うのを感じ、胸の鼓動が急速に速くなって息苦しさを覚える。それでも落ち着かない胸を右手で押さえ、相手を睨む強い瞳を維持し続ける早坂に相手は優越感すら感じる笑顔を見せた。
「ま、俺達も鬼じゃねぇからさ。出すもん出したら顔は外してやるさ。昨日のアレの治療費と慰謝料と」
「悪いけど、僕は君達に払うお金なんて一銭も持ってないよ。君達に払うより、他の恵まれない人への共同募金にでも寄付する方がずっと有意義なのは分かってるし」
 相手の言葉の上に自分の言葉を被せ、背中の後ろに隠していた左手を思い切り振り上げる。オーバースローで投げ付けられたビール瓶が数メートル先にいた集団の足元で砕け散り、その甲高い音と飛び散る破片にその場にいた相手全員の注意が地面へと引き付けられた一瞬の隙を突いて早坂は自分の鞄を引っ掴み、数人を横に突き飛ばしながら光を求めるかのように薄暗い通路を飛び出し、全力疾走で人工的な光に満ち溢れた街道を駆け抜けた。
「なっ……あの野郎っ!!」
 一瞬、呆気に取られていた顔がみるみる怒りに歪みバタバタと通路から街道へ飛び出す。小さくなっていく早坂の背中を見つけた一行は、その背中目掛けて走り始めた。

 後ろから怒号が聞こえる度に恐怖心が膨張され、視界が時折涙で滲む。それでもペースを落とさずに走り続けていた早坂はふと目に入った公園へと逃げ込み、茂みに隠れて座り込むと共に鞄を引っ掻き回して携帯電話を取り出した。ボタンを数度押して耳に当て、呼び出し音の回数が増える毎に焦りが強くなって来た早坂は落ち着きなく背後を幾度も振り返りながら心の中で叫んだ。お願い、早く出て。助けて―――
 単調なストーリー展開で面白味を感じないドラマ。まるで興味がない政治関係をダラダラと報道しているニュース番組。何か高名な教授らしいが自分にとっては頭が薄い中年に過ぎない男性の小難しい講義が続く教育番組。贔屓チームの敗戦試合を蒸し返してくるスポーツ番組。自分の興味を引く番組が見付からずに適当にリモコンのボタンを押してチャンネル回しを続けていると、自分の座っているソファーから甲高い着信メロディーが聞こえて来る。リモコンから手を離さず、余った片手で携帯電話を拾い上げて耳に当てた途端に飛び込んで来た切羽詰った声に望月はソファーに預けていた身を慌てて起こした。
『駿くん!! お願いっ、助けて!』
「りょ、良ちゃん!? どうしたんだ? 何かあったのか!?」
 何かないと、こんな切羽詰った声出さないだろうが、と心の何処かで自分に突っ込みを入れる望月に助けを求めているらしい早坂の声は悲鳴に近い物があった。
『う、うんっ、追われてるんだ!! だからっ、お願い!』
「わ、分かった! すぐ行く! お前、今何処にいるんだ!?」
『何処って……公園みたいなんだけど名前が分からな……っ!!』
「良ちゃん? 良ちゃん! おいっ!!」
 電話機を地面に落としたらしい鋭い音が望月の耳をつんざき、それを最後に助けを求める声が全く入らなくなる。望月は暫く親友の名を呼び続けていたが、数秒後には立ち上がって家を飛び出した。

「何処って……公園みたいなんだけど名前が分からな……っ!!」
 月明かりと頼りない公園の灯りの中で電話していた自分を巨大な影が覆い被さった事に気が付いて背後を振り向いた瞬間に息を呑み、突然襲った激しい衝撃に電話を手放して倒れ込む。地面に倒れたまま自由の利かなくなった早坂の眼前に男の手が近付き、その手に持っている小さな何かからバチバチッと細い電流を発した。スタンガンか、くそっ……!痛みと痺れに顔を歪ませる早坂の横顔の上に集団の一人が足を乗せた。
「助けでも呼んでたのか? 弱い奴はすぐ群れるってお前言ってたよな。お前だって同じじゃねぇか。仲間呼んだりしてよ!!」
「ぐっ!!」
 顎を蹴り上げられ、頭が嫌な感じに揺れるのを感じたが、それでも身体は動こうとしてくれない。予想以上の武器の効果に彼らは笑い、早坂の背後から羽交い絞めにして無理矢理立ち上がらせた。
「で、誰を呼んだんだ? もしかして警察じゃねぇだろうな。あんまり事を大きくすんなよなぁ? お前みたいな奴は内申書だって大事なんだろ?」
「う、うるさいな……君達には関係ないだろ? それにさ、スタンガンを護身以外に使うのは違法って言うのを知らないの? 全く……何とかに刃物は持たせるな、馬鹿にスタンガンは持たせるなって感じだね」
 ガッ。鈍い音が顔面に響いて口の中に痛みと鉄の味が広がり、溢れ返ったそれが口の端から伝い落ちる。顔を俯かせながらも上目使いで様子を伺うと、相手は見事に自分の挑発に乗っているようだった。
「……お前、ふざけんなよな。今の自分の状況分かって言ってんのか?」
「あー、もういいや。無理矢理黙らせちまおうぜ。殴り続けときゃコイツも泣いて言う事聞くだろ」
「うっ! げほっ……!!」
 鳩尾を強く打たれ、口の中に溜まっていた血を吐いて咽せながらも早坂は相手を睨む事を止めない。その反応に一部からは「つまんねぇ」とブーイングを食らい、一部からは「いいねその反応」と誉められる。どちらにしても最終的な目的は一致している少年達は身体の自由を奪われている早坂をニヤニヤと見ながら指を鳴らした。

 痛い。何処がどう痛いのか分からなくなって来ている位に殴られた。それでも一言も泣き言を言わず、暴力に屈しない姿勢を貫いている自分がいる。相手が憎々しげに舌打ちをした。
「チッ……コイツ、おかしいんじゃねぇか? 何回殴っても言う事聞かねぇ」
 その一言を聞いた瞬間、もういいやと諦めるのでは……と僅かな希望が早坂の中で生まれる。だが諦めの悪い集団の前にその希望は呆気なく打ち砕かれた。
「何とかして泣き言言わせないと気が済まねぇな。指の一本でもへし折るか? それとも、やっぱエアガンで歯ぁやっとくか?」
「裸にひん剥いて写真撮るってのは?」
「っ!!」
 一体、どうすればそんな発想を生み出すのか。どの提案も少し現実離れしていて馬鹿馬鹿しささえ覚えたが、服を脱がされると言う行為を想像した瞬間、無意識の内に身体が凍り付くのを感じた。
「おっ、もしかして撮影は嫌なのかな?」
 反応を目ざとく見つけた一人に言われ、ギクリと過剰に肩を上下させてしまった事で集団が顔を見合わせる。次の瞬間に浴びせられた嘲笑に早坂は顔が赤くなるのを感じた。
「成る程ねぇ。殴られるよりも裸にされるのが嫌なのか。確かにお前みたいにプライド高そうな奴は、そっちの方が辛いかもなぁ?」
 まだ身体に微妙な痺れが残っているのをいい事に両手両足首を押さえ付けられ、着ていたシャツが捲られる。
「ゃ……」
 口の中で小さく言って首も振るが、相手は気付いた様子も見せずに自分のベルトに手を掛けてガチャガチャとやや苦戦しつつも何とか外してジーンズを足首辺りまで引き摺り下ろして来る。自分を散々殴ったその手がゆっくりと伸びて下着に触れた時、恥辱と恐怖心が一気に爆発した。
「ぃや、嫌だっ……やあああぁぁぁああーーーっ!!」
「やーっと声出したか。長かったなぁ。でも余り騒がれるとこっちが困るから、また黙っててくれよ。な?」
「んぐっ、うぅう…っ!!!」
 余りにも御都合主義な相手に口を塞がれた早坂は暫くは力なくもがいて抵抗していたが、ついに諦めたかのように動かなくなった。目を閉じる。これは夢なんだ。三秒数えて目を開ければ、其処は部屋のベッドで夢だったんだ、って僕は胸を撫で下ろすんだ。……一、二、三。律儀に三秒数えて目を開けるが、勿論視界に入るのは自室の天井ではなく、満天の星空。三秒前と違う事と言えば。
「お前ら、こんなトコで何してんだよ」
「も、望月さん!」
「駿くんっ!!」
 えっ。お互いの反応に思わず早坂と少年が顔を見合わせる中で望月が近付き、ポケットに手を入れたまま集団をジロリと睨むと彼らは慌てて早坂から離れて整列して深々と礼をした。
「答えろ。お前ら何してんだよ」
「え……いや、コイツから小遣い貰おうとしたんですけどね。コイツがちっとも言う事聞かないから何とか脅して……ぎゃっ!」
 恐る恐る答えていた一人が早坂の目の前で派手に吹っ飛ぶ。状況が中々把握出来ずにへたり込んだ状態でポカンとしている早坂の乱れた黒髪を望月の指先が軽く撫でた。
「お前ら勇気あるなぁ。俺の親友から金取ろうとした挙句に滅茶苦茶したのかよ」
「しんゆっ……! え、あ、そ、そりゃ失礼しました。知らなかったもんで……」
「お前ら、今度のミーティングの時覚えてろよ。それに……またコイツに手ぇ出したらぶっ殺すからな!」
 態度が一変して腰が低くなった集団の一人の胸倉を掴んで互いの鼻先が接触するまで顔を近付け、低い声で威圧した後に突き飛ばすと、辺りからヒッと情けない声が聞こえて来た。
「す、すみません!! し、し、失礼します!!」
 突き飛ばされた仲間が起き上がる前に裏返った声を出し、望月の返事を待つ前にバタバタと公園から飛び出して行く。置いていかれた一人が後を追いかけるように半ばバランスを崩しながら駆け去っていく背中が見えなくなるまで公園の出入り口を見詰めていた望月は小さく舌打ちをした。

「大丈夫……じゃなさそうだな」
 怒号一つであの多人数の集団を一掃した後、漸く自分の方を振り向いた親友の顔はさっきまでの厳しい表情ではなく、やや頼りなささえ感じる何時もの童顔に戻っていた。まだ足に力が入らずに地面にへたり込んだままの早坂だったが、目の前の親友と瞳が合った瞬間に耐え続けていた恐怖と痛みが涙となって瞳から溢れ出るのを感じた。
「しゅ、駿くん……僕、ぼくっ……」
 一度流れ始めた涙は中々止まらず、何度も拭う手の甲を瞬く間に濡らしてしまう。泣きじゃくる早坂の両手首をそっと優しく掴んで引き離した望月は、至る所が腫れて右目の周りには派手な青痣まで付けられている早坂の顔を見て悲しそうな表情を浮かべた。
「酷い目に会ったんだな。折角の顔が台なしじゃねぇか」
「……」
 一番最初に打たれた左の頬を押さえて俯く早坂を望月は暫く無言で見詰めていたが、突如涙で濡れた早坂の手を握って立ち上がった。
「とりあえず、此処から出ようぜ。歩けるか?」
「……うん」
 蚊の鳴くような声の返事とは逆に自分の手を強く握って来る早坂の反応に思わず胸の高鳴りを感じた自分を不謹慎に思いながら、辺りを見回した瞬間にある事を思い出す。だが、今は敢えてその思い出した事は口にせず、望月は早坂の手を握り返して公園の出口へと向かった。