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- 2012/12/25 23:32
- カテゴリー:FF
今日がクリスマスだなどと言われても、特にする事はない。
いつもの通り、紙面と向き合って、予算と予定外の出費の都合を見て、戦士として勘が鈍らないように訓練施設でアルケオダイノスを適当に狩り、また紙面と向き合って、依頼と派遣者を選定する。
魔女戦争が終わってからは、ずっとそんな毎日だ。
それ以前を遡っても、指揮官としての仕事の代わりに、ガーデン生としての授業や訓練が入るだけで、やはり特別に変わった事などなかった。
違うと言えば、この日は大抵冬休みに入った直後であると言う事くらい。
それも指揮官になってしまえば、休日祝日などあってないようなもので、やはり今日が特別な日であると言う認識は薄かった。
────と言うのは、どうやらスコールに限った話であったらしい。
セルフィにせがまれて、缶詰になっていた指揮官室から、数日振りに外に出た。
外の空気を吸わないと石になっちゃうよ、等と言われたが、スコールとて好きで指揮官室に篭っていた訳ではない。
この時期、世間一般で言えば所謂年末進行と言う奴で、年度末決算だの来期のあれこれ+任務でスケジュールがパンパンになっているのだ。
それを期実までに全て仕上げるには、缶詰になって只管紙面と睨み合うしかなかった。
これはスコールだけではなく、魔女戦争で共に戦い、スコールと並んで英雄の誉れ高い幼馴染+諸々あってガーデンに戻る事となった風紀委員も同様である。
とは言え、その中でもスコールの忙しさは群を抜いており、寝る間も惜しんで、ワーカーホリック宜しく仕事に打ち込んでいたのは確かだ。
繰り返すが、好きでそんな生活をしていた訳ではない(そもそもデスクワークを好む人間と言う訳でもない)。
そうしなければならなかった、そうしなければ片付きそうになかったから、そうしていただけの事。
今日もそれは変わらず、今日中にあれを済ませて、明日までのあれを此処までやってと綿密に計算して予定を立てていたのだが、セルフィはそんな事はお構いなしだった。
「ほらほら。皆待ってるんだよ~」
「どうして待ってるんだ?」
「それは行けば判るから。いっそげ~!」
セルフィに背中を押されるまま、スコールは溜息を漏らしながら廊下を歩く。
その傍ら、辺りに目配せをしながら、浮かれてるな、とひっそりと思った。
バラムガーデンの中は、現在、クリスマスムード一色になっている。
あちこちにクリスマスの飾りが飾られ、リボンが巻かれ、電飾がチカチカと点滅している。
飾りを採り付けたのは在籍している生徒達で、授業が終わった放課後に集まった有志が行ったらしい。
ガーデンは傭兵を育成する機関であるが、其処に籍を置いているのは未成年ばかりで、ガルバディアガーデンを除けば生徒の自主性が広く許可されている為、年中行事の都度、こうした光景が見られている。
クリスマスムードに彩られた廊下を黙々と歩いていると、ちらほらと突き刺さる視線があった。
なんなんだ、と思いながら目尻に険を尖らせていると、
「皆スコールの事見てるね~。無理ないか。久しぶりにこっちに降りて来たもんね」
「…久しぶりって言う程のものでもないだろ」
確かに缶詰生活をしていたが、その間、指揮官室から一歩も外に出なかった訳ではない。
キスティスやサイファーから、まともな食事を食べて来いと追い出され、食堂に行かざるを得なかった事もある。
が、その時間は大抵、生徒達が授業を行っている平日の昼間で、廊下を歩いていても誰とも擦れ違わなかった日もあった。
…だとしても、こんなにもジロジロと見られなければならない程ではない、筈。
スコールはそう思っているのだが、周囲はそうは思っていないようで、相変わらず視線が痛い。
鬱陶しい視線を黙殺しながら歩いていると、あそこ、と言ってセルフィが指を指した。
校門へ続く道である。
年間平均気温が高いバラムとは言え、冬ともなれば、それなりに冷たい風が吹く。
そんな中、どうして校庭になんて行かなければならないのだと思いつつ、早く早くと背を押すセルフィに抵抗する気も沸かない(沸いたとして、通用する筈もない)ので、大人しく歩を進めた。
嘗て、バラムガーデンが移動要塞として機能した時に使い物にならなくなった校庭は、今はすっかり元の様相に戻っている。
そして今、其処には、スコールの見慣れた面々が勢揃いしていた。
「お、来た来た」
「遅いよ、スコール~」
「ほら、何処でもいいから早く座って」
「スコール、スコール!ここ空いてるよん」
「って、俺を落とすんじゃねえよ!」
ゼル、アーヴァイン、キスティス、リノア、サイファー。
彼らは何処から持って来たのか、キャンプなどで使う簡易折り畳みのテーブルに、校庭の端に並べられていたベンチを運んで来て坐っている。
彼らの傍らには、バーベキューセットが広げられ、ぱちぱちと火の弾ける音が聞こえていた。
一体、何をしているのだろう。
仲間達の意図がいまいち理解出来ず、校門と渡り廊下の境目で立ち尽くすスコールの背を、セルフィが押した。
ほらほら、と押されるままに歩を踏むスコールの下へ、待ちきれなくなったのか、リノアが駆け寄って来た。
「ほら、スコール!」
「な、ちょっ…」
ちょっと待て、と言う言葉は、いつだって最後まで言えない。
グローブ越しに繋がれたリノアの手がとても暖かくて、結局口を噤み、されるがまま。
テーブルまで連れて来られると、スコールはベンチの真ん中に座らされた。
其処へゼルがグラスを置き、アーヴァインがワイン色の飲み物を注ぎ(アルコール独特の香りがないので、恐らくジュース類だ)、キスティスが火に当てていたバーベキューから良い具合のものを選んで皿に取り、スコールの前に置く。
右隣にはサイファー、左隣にはリノアが座って、リノアは冬空の寒さを嫌うように、スコールに密着する。
腕に絡む柔らかさと温かさがどうにも慣れなくて、スコールの眉間に皺が寄ると、ゴツ、と右肘をサイファーの左肘が押した。
「久しぶりだね~、皆が揃うのって」
「皆結構忙しいからね~」
テーブルについたセルフィに、アーヴァインがバーベキューのを差し出しながら言った。
「俺、昨日までデリングシティにいてさ」
「僕はエスタだよ~」
「私達は缶詰だったわね」
「ったく、なんで俺が書類整理なんかしなきゃなんねえんだよ」
「リノアはどうしてたの~?」
「昨日は実家に帰ってたよ」
「あ、ゼルのデリングシティ任務ってそれ?」
「そうそう」
「パパがたまには帰って来いって言うから。でも、またやっちゃった」
「ケンカ?」
「大したことじゃないけどねー。あ、仲直りは今朝したから」
「そう。なら、私達が特に気にする必要はなさそうね」
「お世話様です」
「どういたしまして」
賑々しい声がする。
それを聞きながら、これは何なんだ、とスコールは自問を繰り返していたが、答えてくれる者はいない。
自問した所で、自分がその答えに行き付く情報を何一つ知らないのだから当然だ。
それぞれ自分のグラスに飲み物を注ぎ、バーベキューを確保して、席に着く。
「それじゃ、音頭は我らが指揮官に取って貰いましょうか」
キスティスがそう言ったのを聞いて、それまで呆然と座っていたスコールは、はっと我に返った。
はいどうぞ、と言うキスティスに、スコールは慌てて制止をかける。
「ちょっと待ってくれ。これ…一体、何なんだ?」
訝しげな顔をして問うスコールに、一同はそれぞれ顔を見合わせる。
それから、スコールを指揮官室から此処まで先導[押して)来た人物────セルフィを見て、
「言ってなかったのか?」
「見たら判るかな~と思って」
「判らない事もないけど~、判るとも思えないかなぁ、この状況…」
「それでも、一言位は言っておくものでしょう…」
「誰だ、こいつに行かせた奴」
「セルフィが、私が行く~って」
一同が溜息を吐くのを見て、セルフィはえへ、とちょろりと舌を出す。
やっぱり俺が行った方が良かったかな、と呟くゼルに、今更仕方がないわと首を横に振ったのはキスティスだった。
そんな仲間達の様子を、相変わらず眉間に皺を寄せて見ていたスコールに、隣に座ったリノアが言った。
「あのね、今日はクリスマスなんだよ、スコール」
「……知ってる」
つい先程まで、そんな事は欠片も意識してはいなかったが。
認識だけは一応、していたので、そう言った。
「でね、今日は皆でクリスマスパーティやりたいねって話になって」
「……クリスマスパーティって、これか?」
「うん、そう」
寒空の下、ガーデンの校庭でバーベキュー。
今は体育授業のクラスがないのか、校庭は自分達以外に人の影はない。
春夏であれば、選択授業などで空き時間の出来た生徒の姿が見られる事もあるのだが、今は真冬である。
そんな生徒の姿は見られず、故に尚の事、何故こんな場所でパーティなんてするんだと、スコールの疑問は尽きない。
無言で見つめるスコールの疑問が感じられたのか、リノアはだよねえ、と言うように眉尻を下げて笑う。
それにスコールが益々眉間の皺を深くしていると、ごつ、とスコールの側頭部に大きな拳が当てられた。
リノアとは反対隣りを陣取っていたサイファーである。
「此処以外にバーベキューなんざ出来る場所なんかなかったからな」
いや、他にも場所はあるだろう。
SeeD就任記念の時に使用したパーティ会場だってあるし、訓練施設でも良いし(魔物は出るし鬱蒼としているので、のんびりは出来ないが)、寮の裏にあるスペースでも良い筈。
建物内でも探せば何処かあるだろうし、そもそも、こんな寒空の下でやらなくても良いだろうに。
溜息愚痴疑問諸々を、噤んだ口の中でのみ零していたスコールを、リノアが覗き込んできた。
笑みを浮かべた彼女の表情に、スコールが相変わらず口を閉じていると、
「あのね。皆の暇な時間が重なってるの、今日しかないの。今しかないの」
「…そう、だな」
「たまたまなんだよね、これって」
「…そうだな」
特に意図して、そのようなスケジュールを作った覚えはない。
頷いたスコールに、リノアはやっぱりね、と言った。
「スコールはさ。お休みって訳じゃないとは思うんだけど。でも、折角のクリスマスなんだもん。ちょっとでいいから、一緒にいて欲しいんだ」
指揮官であるスコール、それを支えるキスティスとサイファーの多忙は言わずもがな。
セルフィは復興の最中であるトラビアとバラムガーデンの連絡係を担っており、ゼルとSeeD資格を取ったアーヴァインは、人員不足を補う為に任務に追われている。
リノアは現代唯一の魔女として、バラムガーデンに監視と言う名目で保護されている傍ら、イデアを師としてマリョクコントロールの修行に励んでおり、時折、父の顔を見にデリングシティに足を運んでいる。
此処にいる皆が、忙しい日々を送っている。
皆が落ち着いて顔を突き合わせられる時間など、無いに等しい。
今日も、夜になれば皆それぞれの仕事に戻らなければならない。
指揮官室に缶詰になっていたスコールも、明日はエスタに赴いて、大統領────ラグナの警護任務に当たらなければならない為、今晩から準備をする必要がある。
年末、年明けまでのスケジュールもぎっちりと詰まっていた。
他のメンバーも似たようなものだから、仲間全員が揃っていると言う今の時間は、とても貴重な物であった。
「だから、今やるの。皆がいるから」
「………」
「だからね、スコール。忙しいの、判ってるけど。ちょっとだけ、此処にいてくれないかな」
一時間なんて言わない、30分だけで良い。
お願い、と両手を合わせて頼み込んでくるリノアに、スコールは短い溜息を吐いた。
「……あまり根を詰めても、能率が下がるだけだからな……」
息抜き程度の時間なら。
それ位なら、仕事に支障を来す事もないだろう。
呟いたスコールに、リノアの目がきらきらと輝いて、
「スコールぅ!」
「…!!」
「でぇっ!重てっ!」
勢いよく抱き着いていたリノアに押され、スコールは隣に座っていたサイファーを押し潰す形で倒れ込む。
どたんばたんと賑やかな音がして、グラスが倒れてジュースが零れる。
あーあー、とアーヴァインの気の抜けた声がした。
さっさと退け、と背中で喚く男の声を聴きながら、スコールは嬉しそうに抱き着いている愛しい魔女を見下ろす。
それから、ちらり、と周囲を見渡してみれば、片付けに勤しみながら楽しそうに談笑している幼馴染達の姿。
ふ、と零れる息。
寒空の下、触れた温もりが優しくて、愛しい。
響く笑い声と怒鳴り声が、こんなにも心を安らかにしてくれるなんて、言わない。
クリスマス色が全くないけど、メリークリスマス!
スコリノ+皆できゃっきゃしてればいい。
うちのサイファーは苦労性かも知れない。