[絆]ないしょのひ 1
- 2013/03/15 00:47
- カテゴリー:FF
バラムガーデンの春休みは、他国の就学機関に比べると、早く始まるらしい。
レオンは生まれ故郷にいた時でさえ、学校と言うものに入った事がないので、現在のクラスメイトから聞いた話だ。
代わりに春休みの終了も早く設定されているのだが、経営しているクレイマー夫妻曰く、この辺りはまだ調整中の段階らしい。
設立してからまだ五年も経っていない事と、増える生徒達の郷里事情等々を考慮したいと言う気持ちで、今は年毎に細々とした日程が変更されている。
今年の春休みも、例年通り早目に始まり、バラムの街では平日に遊びに出掛ける若者が増えた。
エルオーネもその一人で、ガーデンで仲の良いクラスメイト達とウィンドーショッピングに行っている。
────その時間が一番のチャンスだと、レオンは考えていた。
昼食を食べた後、友達と遊びに行ってくる、と言って出掛けたエルオーネを見送った後、レオンは弟達と一緒に今日分の春休みの課題を片付けた。
うんうん唸るティーダが、きちんと自分で答えを見つけられるまで根気強く教えていたので、終了するまでに少々時間がかかったが、それでも時計は午後3時前。
エルオーネが帰って来るのは夕方なので、これ位なら問題ないだろう、とレオンは判断した。
そして、この日の為にと弟達に買ってやったエプロンを身に付けさせ、自分も手本になるようにと、ガーデンの裁縫の授業で作った自前のエプロンを結び、
「よし。準備は出来たな?」
「はーい!」
「おーっ!」
レオンの確認に、スコールとティーダは元気良く返事をする。
レオンは窓辺のテーブルの上に大きなビニールを広げ、その上に溶かしておいたバター、小麦粉やココアパウダー等の材料の他、ボウルやホイッパーを並べる。
作るのはプレーンとココアの型抜きクッキーで、焼き上がったらチョコペンやアイシングでデコレーションをするのだ。
「じゃあ、最初は材料を量る所から」
「オレ!オレやりたい!」
「あっ、ずるい!」
やる気満々の二人は、先を争ってやりたいやりたいと主張する。
レオンはスコールの頭をぽんぽんと撫でて宥めてやった。
「量るものは一つじゃないから、交代で順番にしよう。早かったから、ティーダが先だな」
「やった!」
「……むぅ」
ぷく、とスコールの頬が不満そうに膨らむ。
レオンは、量り台の上にボウルを置いて、重さで動いた針をゼロの位置へ戻すと、大きめの計量スプーンと一緒に砂糖の入った袋をティーダに渡した。
ティーダはスプーン一杯に砂糖を掬い、ボウルへと移していく。
繰り返していると、目標だった数値をオーバーしてしまったのを、スコールが見付けた。
「ティーダ、ストップ。お砂糖、多いって」
「えっ……えーっと、えっと…」
「うん、確かに多いな。ティーダ、少しずつ砂糖をこっちに戻して」
レオンに言われた通り、ティーダはボウルの中から袋へ、少しずつ砂糖を戻していく。
スコールは、ゆっくりと量り台の針が戻って行くのをじっと見詰め、
「ストップ!」
針がぴったり目標に達した所で、スコールは言った。
ティーダは思わず、砂糖を掬った姿勢でぴたりと固まる。
レオンはそんなティーダにくつくつと笑って、砂糖の袋に最後の一匙を戻すように促した。
次は別のボウルを使って、スコールが小麦粉の分量を量る。
ティーダと同じように計量スプーンを使って移すスコールだが、几帳面に、一匙入れる量る毎に重さを確かめている。
レオンはくすくすと笑って、退屈そうにしているティーダの頭を撫でながら、
「スコール、そんなに毎回、目盛を見なくても良いんだぞ」
「だって、丁度良いのが判んないんだもん」
「そんなに直ぐには丁度良くはならないさ。目盛を見るのはティーダに任せて、スコールは零さないように気を付けて、続ければいい」
レオンの言葉に、ティーダが「オレ?」ときょとんとした顔で見上げる。
スコールがティーダを見て、蒼と青が交じり合い、
「オレ、数字見る!」
「ちゃんとストップって言ってね」
「ん!」
役目を与えられた事が嬉しかったのだろう、弾んだ声で言うティーダに、スコールがお願いする。
しばらくすると、几帳面なスコールらしく、小麦粉は分量ぴったりで止まり、ティーダも其処でストップを言って、材料の量りは終わった。
小麦粉の入ったボウルは横に置いて、レオンは砂糖の中に溶かしたバターを入れる。
ホイッパーでカシャカシャと小気味の良い音を立てて掻き混ぜていると、半透明の黄色だったバターが色を変えて行き、左右それぞれからじっと熱い視線がそれを見詰めている。
こんもりと山を作っていた砂糖が、少しずつバターの中に溶けて行く。
うずうず、うずうず。
左右でそわそわとする気配を感じて、レオンはバターがとろりとして来たのを確認し、
「スコール、やってみるか?」
「うんっ」
「オレは?」
「ティーダは後で、な」
さっきはティーダからだったから、今度はスコールから。
先程とは逆に、スコールは嬉しそうにボウルとホイッパーを受け取り、ティーダは不満そうに頬を膨らませる。
かちゃかちゃ、かちゃかちゃとホイッパーとボウルがぶつかり合う音が響く。
スコールは、たどたどしい手付きで、一所懸命にバターを掻き混ぜていた。
頑張った甲斐あって、バターは更に色を変え、半透明の黄色だったそれは、程なく白っぽいものになった。
「上手いな、スコール」
「ほんと?」
「ああ」
兄に褒められて、スコールが嬉しそうに頬を赤らめる。
白っぽくなったバターに、レオンが卵を入れて、またスコールが混ぜる。
卵が入ると、クリームのように軽く柔らかかった生地が固まり始め、ホイッパーにまとわりつくようになった。
スコールは頑張って生地を混ぜ続けていたが、慣れない作業で腕に疲れが出始める。
それでも気合いで混ぜ続け、何処に力を入れているのか、スコールは顔を真っ赤にしながら、もたもたと腕を動かしていた。
うーうー唸りながら格闘するスコールに、レオンはそろそろ限界か、と眉尻を下げる。
素直に放してくれると良いんだが、と思いつつ、レオンはボウルに手を添えた。
「スコール、変わろう」
「んぅ…」
「疲れただろう?」
「……はぁい」
もうちょっとやりたい、と大きな丸いブルーグレイは言っていたが、疲れていたのも事実。
スコールは眉をハの字にして、ボウルとホイッパーをレオンに渡した。
それを見たティーダが、待ってましたとばかりにレオンに飛び付く。
「レオン、次!次オレがやる!」
「ああ。ほら、落とさないように気を付けろよ」
レオンからボウルとホイッパーを譲られ、ティーダの目がきらきらと輝く。
よし、と気合を入れるようにティーダはボウルと向き合い、
「うりゃあああああああああ!」
ガッシャガッシャガッシャガッシャ、ガッシャガッシャガッシャガッシャ。
やる気を漲らせたティーダのホイッパー捌きは、凄まじかった。
スコールは、なるべく周りにバターを飛び散らせないようにと遠慮勝ちに混ぜていたのに対し、ティーダは遠慮も何もなく、只管腕を上下に振るっている。
長かった退屈の鬱憤を晴らすかのように、ティーダは勢いよく、実に豪快に、ボウルの中の生地を掻き混ぜた。
卵が生地の繋ぎになるので、バターと砂糖だけの時に比べ、もったりと重くなっている。
それを振り払うように、力を入れてホイッパーを操るのは良いのだが、
「やあー!」
「うりゃうりゃうりゃ!」
「ティーダ、ちょっと待て、飛び散ってるから!」
「ティーダ、ストップー!」
白やら黄色やら、どろりとした液体のような固体のようなものが、テーブルのあちこちに飛び散る。
レオンやスコールの顔にも服にも、勿論ティーダの顔も髪もエプロンも、生地でびちゃびちゃだ。
レオンとスコールの声に、ティーダはぴたりと掻き混ぜるのを止める。
きょとんとした表情でレオンを見上げるティーダは、自分のやり方の何が悪かったのか、理解していないようだ。
そんなティーダに、スコールはむぅと眉を吊り上げた。
「ティーダ、遊んじゃダメ!」
「遊んでないよ」
「悪ふざけしちゃダメって、お兄ちゃん言ってたのに」
「悪ふざけなんてしてないよ」
「してた!」
「してない!」
悪ふざけをした、していない、と言い合う二人に、レオンは溜息を一つ。
ティーダは至って真面目であった。
悪気があって生地を撒き散らしていた訳ではなく、ただ勢いが良過ぎて、それが空回りしているだけ。
しかし、スコールにはティーダがふざけて遊んでいたようにしか見えなかった。
レオンは濡らしたタオルをキッチンから持ち出し、ティーダと言い合いをしているスコールの顔を拭いてやった。
それから、やはり言い合いをしているティーダの顔や髪についた生地を綺麗に拭き取った後、
「ティーダがガサツだから」
「スコールがしんけーしつなんだよ!」
「スコール、ティーダ。ケンカをするなら、もう手伝わせないぞ」
滅多に聞かない、怒気を含んだレオンの低い声に、スコールとティーダがぴたっと固まる。
それから、恐る恐る、蒼と青が兄を見上げ、仁王立ちを見下ろすレオンを見て、また固まった。
「ケンカしてたら、美味しいお菓子が作れないぞ」
「……う……」
「エルオーネに、お返しをするんだろ?」
「……ん……」
レオンの言葉に、スコールとティーダが小さく頷き、
「…ご…ごめんなさい…」
消え入るような小さな声で、スコールとティーダは言った。
二人はエプロンの端を握り締めて、泣き出しそうな顔をしていた。
レオンは二人の言葉を聞いても、しばらくの間、眉尻を吊り上げた厳しい目をしていたが、すっかり縮こまった二人の姿に、ようやく頬を綻ばせ、
「皆で一緒に、仲良く作ろう。その方が、エルオーネも喜んでくれるぞ。良いな?」
「はいっ!」
「うん!」
レオンの言葉に、二人の弾んだ声が返る。
良い返事だ、と濃茶色と金色の頭を撫でてやれば、二人は嬉しそうに頬を赤らめた。
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ティーダならやりそうだなって……勿論悪気はありません。真剣です。
スコールなんかは恐る恐る始めて、もっと思い切りやっていいぞって言われるタイプだと思う。