[オニスコ]無自覚と無防備
- 2014/03/08 22:40
- カテゴリー:FF
3月8日なのでオニオンナイト×スコール!
総勢10名の秩序の戦士の中で、料理が出来るのは約半分。
色々な意味で万能なバッツと、素朴ながらもボリュームのある料理が作れるフリオニール、基本に習った料理を作れるルーネス、簡単なものからレシピと材料さえ調達出来れば幅広く作れるスコール、酒の当てを中心に大衆向けのメニューを網羅しているジタンと言った具合だ。
後の面々は、戦闘以外は日常生活からして何処か抜けた感が拭えないウォーリア・オブ・ライトを筆頭に、料理の基礎は勿論、材料の種類の区別がつかない者が殆どである。
セシルとティーダはある程度出来るのだが、セシルは味付けの基本が何処かズレて(かなりオブラートに包んだ言い方である)おり、ティーダはかなり極端な味付けになり、健康に著しく害を及ぼしそうなので、もしも彼が料理当番になる時は、二人係りで補佐(と言う名の制御)を行う必要がある。
そんな訳で、秩序のメンバーの料理当番は、かなりコンスタンスに順番が回ってくる。
一人で十人分を作るのは相当な重労働となる為、必ず二人以上が当番になるとなれば、尚更順番の回転は早い。
昨日の食事当番は、秩序の聖域で待機番となったルーネスとフリオニールだった。
今日からはルーネスとスコールと言う組み合わせになり、ルーネスは今日の夕飯を作って、ようやく食事当番から解放される。
一週間もしない内にまた順番が回って来るのだが、こればかりは料理を任せられるメンバーが増えない限りは仕方のない事だ。
最近、ウォーリアの発案で、料理の出来ないメンバーにも料理のいろはを教える機会を設けるようにしているが、その成果が無事に功を奏すかどうかは、怪しい所であった。
一先ず、セシルには大多数の意見の味を反映して貰うように説得し、ティーダは"一つまみ"を"一握り"にする癖を直すようにスコールに教わっているようなので、今の所望みがあるのはこの二人だろう。
他の面々───ウォーリア、ティナ、クラウド───に関しては、今は触れるまい。
ルーネスとスコールが預かっているキッチンは、静かなものであった。
話しをしたのは食事の献立を決める時と、レシピの確認をした時だけで、後はそれぞれ分担し、黙々と自分の仕事に従事している。
スコールは元々喋る人間ではないし、ルーネスも話しかけられれば応えるが、必要ではないのなら喋らなくても良いだろうと思うので、二人の間には最低限の会話しかない。
聞こえるのは、トントントン、じゅうじゅうじゅう、ぐつぐつぐつ、と言った料理が出来上がっていく過程の効果音のみ。
(フリオニールとは、色々話をしながら作るけど)
刻んだ野菜をフライパンに入れて、コンロに火をつける。
ボッ、と簡単に火が付くのを初めて見た時は驚いたものだったが、今ではすっかり慣れたものだ。
じゅうじゅうと野菜を炒め、焦げ付かないように菜箸を入れながら、ルーネスは隣で鍋を掻き混ぜているスコールをちらりと見遣る。
(スコールは本当に喋らないから、作業が早くて良いな)
スコールと料理をする度に感心に思うのは、彼の手際と効率の良さだ。
何せ10人分を賄う料理を作るのだから、効率と言うものは大事である。
フリオニールも慣れた手付きで料理をするので、決して効率が悪い訳ではないが、話をする分、多少作業が遅くなるのは儘ある。
賑やかし事好きのジタンとバッツもよく喋り、おまけに遊びながら(楽しんでいるだけだと彼等は言うが)料理を作るものだから、見ていて危なっかしいと思うような場面も少なくない。
そんな面々に比べると、黙々と作業に従事するスコールの姿は、ルーネスにはとても好感が持てるものであった。
作業は完全に分担制で、お互いに邪魔をする事もないので、調理作業はいつも早く終わらせる事が出来る。
今日も二人の手は着々と終わりに近付いており、近々帰ってくる予定の仲間達を待たせる事なく、食事を提供する事が出来そうだった。
よく火が通り、しんなりとしたキャベツの入った野菜炒めを皿に盛る。
その隣で、スコールがスープの入った鍋を掻き混ぜる手を止め、小皿を手に取った。
ルーネスはスコールの邪魔にならないように移動して、冷蔵庫に入れていた食後のゼリーが固まっている事を確認しに行き、ぱか、と冷蔵庫の蓋を開けた時、
「……っつ……!」
押し殺したような声が聞こえて、かしゃんと何かが落ちる音がした。
ルーネスが振り返ると、スコールが口元を押さえて立っており、足下にステンレス製のおたまが転がっている。
微かに赤らんだ顔で、眉根を寄せているスコールを見て、ルーネスは直ぐに察した。
スープの味見をしようとして、冷まし方が足りなかったのだろう、熱い液体を口に含んで舌が痛んでいるに違いない。
「スコール、大丈夫?」
「……ああ」
問うルーネスに、スコールは顔を逸らして頷いた。
すまない、と言って、足下に落としていたお玉を拾って、シンクの蛇口を捻り、水洗いする。
ルーネスはよく固まったゼリーの入ったキッチンバットを取り出しながら、何気なくスコールの様子を見ていた。
お玉を綺麗に洗ったスコールは、床拭き用の布巾で、スープが零れた床を拭いている。
その口元は真一文字に引き絞られており、スコールは時折、その口元を気にするように指を当てていた。
布巾を洗い絞って布巾干しに戻して、スコールは改めてお玉を手に取った。
もう一度味見をしようと小皿にスープを掬い移し、今度はきちんと冷ましてから、皿を傾ける。
「………」
スコールが無言で眉根を潜め、今一度味見をする様子を、ルーネスはまだ見ていた。
「…………」
スコールの整った眉が、更に潜められる。
眉間に深い皺が刻まれるのを見て、ルーネスは手に持ったままだったゼリーをテーブルに置いて、スコールに声をかける。
「スコール。ひょっとして、舌を火傷したの?」
「……多分」
「大丈夫?」
「少しヒリついているだけだ。時間が経てば治る」
心配されるほどの事ではないと言って、スコールはルーネスに小皿を差し出した。
其処にはスープが少量入っていて、どうやら代わりに味見をしてくれとの事らしい。
何事も慎重なスコールが、珍しい事もあるものだ────そんな事を思いつつ、ルーネスは小皿を受け取った。
スコールのように火傷をしてしまわないように、念入りにスープの熱を覚まして、口に運ぶ。
少し薄味に思えたが、昨日はフリオニールがティーダとクラウドの要望に応え、肉系の濃いスープを作っていたので、今日はこの位で良いだろう(ティーダは不満かも知れないが)。
「うん、大丈夫。美味しいよ」
「少し薄くないか」
「これ位の方が僕は好き」
「……なら、これで良いな」
薄味が好きなのは、スコールも同じだ。
ルーネスが好きと言うなら良いだろう、とスコールは言って、返された皿を流し台に置く。
ルーネスがゼリーを切り分け、一人分ずつに皿に移し、また冷蔵庫に入れて、食事の用意は完了した。
片付けは二人並んで、ルーネスが水洗いをし、スコールが水気を拭いて所定の位置に戻して行く。
その間に、スコールは何度も自分の口元に手を当てていた。
「そんなに痛いの?」
ルーネスが訊ねると、スコールは口の中を気にしながら答えた。
「痛いと言う程じゃないが、少し麻痺しているような感じはする」
「それ、結構重症なんじゃない?」
「………」
「ちょっと見せてよ。具合、確認してみるから」
ルーネスの言葉に、スコールは僅かに眉根を寄せたが、口の中の違和感の方が勝ったらしく、手にしていた計量カップを棚に戻した後、ルーネスに向き直った。
身長差の所為で見えないだろうと、背を屈めるスコールの仕草に些かの悔しさを覚えつつ、ルーネスは開けられたスコールの口の中を覗く。
スコールの口の中は綺麗なもので、予想していたような、爛れや気泡のようなものは見当たらなかったので、ルーネスはほっと安堵の息を吐く。
「火傷って程じゃないのかな。それっぽいものは見当たらないよ」
「そうか」
「でも、気になるのなら、氷とかで冷やしてみる?」
「…そうする」
火傷にならない程だとしても、熱で舌の表面が炎症を起こしているのは確かだろう。
手っ取り早く冷やせば収まるかも知れない、とスコールは冷凍庫から氷を一つ摘まんで、口の中に入れる。
スコールは氷を口に含んだまま、残りの調理器具を拭いて、片付けを終了させた。
出来上がった料理をリビングの食卓用テーブルに運んで、食事の準備は出来た。
ルーネスが窓の外を覗くと、何処かで合流したのだろうか、バラバラに出発した筈の仲間達が揃って戻って来ている。
良いタイミング、と思いながら、彼等が入って来るまでの束の間の休憩に浸ろうと、リビングのソファへと向かったルーネスは、一足先に其処で休んでいたスコールが、また口元に指を当てているのを見て、
「氷、もう溶けた?」
「ああ」
「まだ痛む?」
「少し。さっきよりは引いた」
そう言いながら、スコールの形の良い指が、薄淡色をした唇をなぞる。
痛みが気になる所為か、薄く唇を開いて、視線を定まらせずにいる横顔は、何処か無防備で憂いを孕んでいるように見える。
「……そんなに気になるなら、ケアルで治しちゃう?」
「この程度の事で魔力を使うのは感心しない」
「僕もそうは思うけど。でも、僕は昨日も今日も待機だったから、魔力は有り余ってるし。ちょっと位、贅沢したって平気だよ」
スコールの言葉にはルーネスも同意見だが、この二日間、ルーネスは全く力を使っていない。
有り余っている、と言うのは語弊がありそうだが、エネルギーを持て余し気味なのは確かだ。
ケアル一回程度で空になるような魔力ではないし、たまには良いだろう。
ルーネスの思考が伝染したか、スコールはしばし考えた後、「……頼む」と言った。
どうやら、先の見た目に反して、口の中の痛みは存外とスコールを不愉快にさせているようだ。
「口、開けて」
ルーネスの指示に、スコールは素直に従った。
間近で目を合わせる気まずさを避けてか、スコールは目を閉じて口だけを開いて見せる。
此処にいるのがジタンやバッツなら、きっとこうは行かないのだろうな、とルーネスは思う。
良くも悪くもスコールに対して遠慮のない二人は、スコールが少しでも無防備な姿を見せようものなら、即襲撃して来る。
最近はスコールもそんな二人の扱いに慣れて来たのか、飛び掛かって来た彼等の気配を察して回避行動を取る事も増えたが、二対一では分が悪いのか、よく押し倒されている場面を見る。
そんな二人を相手に、無防備に目を閉じて口を開ける姿など、彼等が余程上手く誘導しなければ───それが出来てしまう辺り、彼等は本当にスコールの扱いと言うものをよく知っている───見せる事はないだろう。
ルーネスがもう一度スコールの口の中を確認してみるが、全容は先程と特に変わらなかった。
あれから悪化した様子もないので、軽い炎症だけで済んでいるのだろう。
その炎症を抑えるべく、ルーネスはスコールの口元に手を翳して、ケアルを唱える。
(これでよし)
多分、痛みは消えた筈。
その証拠のように、潜められていたスコールの眉が微かに緩んでいる。
「……もう良いか?」
ルーネスとの距離感を気にしてか、スコールは目を閉じたまま言った。
それに、良いよ、と答えようとして、ルーネスの口が止まる。
目を閉じて無防備になったスコールの表情は、ルーネスがいつも見ているものと雰囲気が違う。
そう感じるのは、自分が彼を見下ろしているからだろうか。
まだまだ小さいルーネスと違い、上背がある事もあって、ルーネスは専ら彼───に限らず、この世界にいる者全て、ジタンでさえも───を見上げる側だ。
きっとどんなに背伸びをしても、この世界で彼と一緒にいる間に、ルーネスがスコールの身長を追い越す事はあるまい。
そんなスコールが、今は座っているお陰で、目の前に立っているルーネスよりも頭の位置が低くなっている。
スコールの口元に翳していたルーネスの手が、まるで何かに操られるように動き、その指先がスコールの唇に触れる。
色が薄い所為か、肉も薄いのかと思っていたが、案外と膨らみがある。
「……ルーネス?」
まだ終わらないのか、と問うスコールに、ルーネスははっと我に返った。
それから、自分の指とスコールの唇が触れている事に気付いて、慌てて手を引っ込める。
「も、もう良いよ。どう?痛みは治まった?」
「ああ。ありがとう」
思わず声が震えたが、スコールには気付かれなかったらしい。
短く感謝を述べて、スコールは先と同じように唇に指を当て、咥内を舌で確認しながら頷いた。
スコールの形の良い指が、スコールの唇を撫でている。
その動きを目で追って、ルーネスは自分の行動に気付き、ぶんぶんと首を横に振る。
それを見たスコールが不思議そうに首を傾げ、どうした、とでも問おうとしてか唇を開いたが、その声は雪崩れ込んで来た空腹の仲間達の声に掻き消されてしまった。
3月8日と言う事で、無自覚ルーネス×無防備スコール。
年下だと思って警戒心が薄いスコールと、年下権限でひっそり役得だったルーネスでした。
総勢10名の秩序の戦士の中で、料理が出来るのは約半分。
色々な意味で万能なバッツと、素朴ながらもボリュームのある料理が作れるフリオニール、基本に習った料理を作れるルーネス、簡単なものからレシピと材料さえ調達出来れば幅広く作れるスコール、酒の当てを中心に大衆向けのメニューを網羅しているジタンと言った具合だ。
後の面々は、戦闘以外は日常生活からして何処か抜けた感が拭えないウォーリア・オブ・ライトを筆頭に、料理の基礎は勿論、材料の種類の区別がつかない者が殆どである。
セシルとティーダはある程度出来るのだが、セシルは味付けの基本が何処かズレて(かなりオブラートに包んだ言い方である)おり、ティーダはかなり極端な味付けになり、健康に著しく害を及ぼしそうなので、もしも彼が料理当番になる時は、二人係りで補佐(と言う名の制御)を行う必要がある。
そんな訳で、秩序のメンバーの料理当番は、かなりコンスタンスに順番が回ってくる。
一人で十人分を作るのは相当な重労働となる為、必ず二人以上が当番になるとなれば、尚更順番の回転は早い。
昨日の食事当番は、秩序の聖域で待機番となったルーネスとフリオニールだった。
今日からはルーネスとスコールと言う組み合わせになり、ルーネスは今日の夕飯を作って、ようやく食事当番から解放される。
一週間もしない内にまた順番が回って来るのだが、こればかりは料理を任せられるメンバーが増えない限りは仕方のない事だ。
最近、ウォーリアの発案で、料理の出来ないメンバーにも料理のいろはを教える機会を設けるようにしているが、その成果が無事に功を奏すかどうかは、怪しい所であった。
一先ず、セシルには大多数の意見の味を反映して貰うように説得し、ティーダは"一つまみ"を"一握り"にする癖を直すようにスコールに教わっているようなので、今の所望みがあるのはこの二人だろう。
他の面々───ウォーリア、ティナ、クラウド───に関しては、今は触れるまい。
ルーネスとスコールが預かっているキッチンは、静かなものであった。
話しをしたのは食事の献立を決める時と、レシピの確認をした時だけで、後はそれぞれ分担し、黙々と自分の仕事に従事している。
スコールは元々喋る人間ではないし、ルーネスも話しかけられれば応えるが、必要ではないのなら喋らなくても良いだろうと思うので、二人の間には最低限の会話しかない。
聞こえるのは、トントントン、じゅうじゅうじゅう、ぐつぐつぐつ、と言った料理が出来上がっていく過程の効果音のみ。
(フリオニールとは、色々話をしながら作るけど)
刻んだ野菜をフライパンに入れて、コンロに火をつける。
ボッ、と簡単に火が付くのを初めて見た時は驚いたものだったが、今ではすっかり慣れたものだ。
じゅうじゅうと野菜を炒め、焦げ付かないように菜箸を入れながら、ルーネスは隣で鍋を掻き混ぜているスコールをちらりと見遣る。
(スコールは本当に喋らないから、作業が早くて良いな)
スコールと料理をする度に感心に思うのは、彼の手際と効率の良さだ。
何せ10人分を賄う料理を作るのだから、効率と言うものは大事である。
フリオニールも慣れた手付きで料理をするので、決して効率が悪い訳ではないが、話をする分、多少作業が遅くなるのは儘ある。
賑やかし事好きのジタンとバッツもよく喋り、おまけに遊びながら(楽しんでいるだけだと彼等は言うが)料理を作るものだから、見ていて危なっかしいと思うような場面も少なくない。
そんな面々に比べると、黙々と作業に従事するスコールの姿は、ルーネスにはとても好感が持てるものであった。
作業は完全に分担制で、お互いに邪魔をする事もないので、調理作業はいつも早く終わらせる事が出来る。
今日も二人の手は着々と終わりに近付いており、近々帰ってくる予定の仲間達を待たせる事なく、食事を提供する事が出来そうだった。
よく火が通り、しんなりとしたキャベツの入った野菜炒めを皿に盛る。
その隣で、スコールがスープの入った鍋を掻き混ぜる手を止め、小皿を手に取った。
ルーネスはスコールの邪魔にならないように移動して、冷蔵庫に入れていた食後のゼリーが固まっている事を確認しに行き、ぱか、と冷蔵庫の蓋を開けた時、
「……っつ……!」
押し殺したような声が聞こえて、かしゃんと何かが落ちる音がした。
ルーネスが振り返ると、スコールが口元を押さえて立っており、足下にステンレス製のおたまが転がっている。
微かに赤らんだ顔で、眉根を寄せているスコールを見て、ルーネスは直ぐに察した。
スープの味見をしようとして、冷まし方が足りなかったのだろう、熱い液体を口に含んで舌が痛んでいるに違いない。
「スコール、大丈夫?」
「……ああ」
問うルーネスに、スコールは顔を逸らして頷いた。
すまない、と言って、足下に落としていたお玉を拾って、シンクの蛇口を捻り、水洗いする。
ルーネスはよく固まったゼリーの入ったキッチンバットを取り出しながら、何気なくスコールの様子を見ていた。
お玉を綺麗に洗ったスコールは、床拭き用の布巾で、スープが零れた床を拭いている。
その口元は真一文字に引き絞られており、スコールは時折、その口元を気にするように指を当てていた。
布巾を洗い絞って布巾干しに戻して、スコールは改めてお玉を手に取った。
もう一度味見をしようと小皿にスープを掬い移し、今度はきちんと冷ましてから、皿を傾ける。
「………」
スコールが無言で眉根を潜め、今一度味見をする様子を、ルーネスはまだ見ていた。
「…………」
スコールの整った眉が、更に潜められる。
眉間に深い皺が刻まれるのを見て、ルーネスは手に持ったままだったゼリーをテーブルに置いて、スコールに声をかける。
「スコール。ひょっとして、舌を火傷したの?」
「……多分」
「大丈夫?」
「少しヒリついているだけだ。時間が経てば治る」
心配されるほどの事ではないと言って、スコールはルーネスに小皿を差し出した。
其処にはスープが少量入っていて、どうやら代わりに味見をしてくれとの事らしい。
何事も慎重なスコールが、珍しい事もあるものだ────そんな事を思いつつ、ルーネスは小皿を受け取った。
スコールのように火傷をしてしまわないように、念入りにスープの熱を覚まして、口に運ぶ。
少し薄味に思えたが、昨日はフリオニールがティーダとクラウドの要望に応え、肉系の濃いスープを作っていたので、今日はこの位で良いだろう(ティーダは不満かも知れないが)。
「うん、大丈夫。美味しいよ」
「少し薄くないか」
「これ位の方が僕は好き」
「……なら、これで良いな」
薄味が好きなのは、スコールも同じだ。
ルーネスが好きと言うなら良いだろう、とスコールは言って、返された皿を流し台に置く。
ルーネスがゼリーを切り分け、一人分ずつに皿に移し、また冷蔵庫に入れて、食事の用意は完了した。
片付けは二人並んで、ルーネスが水洗いをし、スコールが水気を拭いて所定の位置に戻して行く。
その間に、スコールは何度も自分の口元に手を当てていた。
「そんなに痛いの?」
ルーネスが訊ねると、スコールは口の中を気にしながら答えた。
「痛いと言う程じゃないが、少し麻痺しているような感じはする」
「それ、結構重症なんじゃない?」
「………」
「ちょっと見せてよ。具合、確認してみるから」
ルーネスの言葉に、スコールは僅かに眉根を寄せたが、口の中の違和感の方が勝ったらしく、手にしていた計量カップを棚に戻した後、ルーネスに向き直った。
身長差の所為で見えないだろうと、背を屈めるスコールの仕草に些かの悔しさを覚えつつ、ルーネスは開けられたスコールの口の中を覗く。
スコールの口の中は綺麗なもので、予想していたような、爛れや気泡のようなものは見当たらなかったので、ルーネスはほっと安堵の息を吐く。
「火傷って程じゃないのかな。それっぽいものは見当たらないよ」
「そうか」
「でも、気になるのなら、氷とかで冷やしてみる?」
「…そうする」
火傷にならない程だとしても、熱で舌の表面が炎症を起こしているのは確かだろう。
手っ取り早く冷やせば収まるかも知れない、とスコールは冷凍庫から氷を一つ摘まんで、口の中に入れる。
スコールは氷を口に含んだまま、残りの調理器具を拭いて、片付けを終了させた。
出来上がった料理をリビングの食卓用テーブルに運んで、食事の準備は出来た。
ルーネスが窓の外を覗くと、何処かで合流したのだろうか、バラバラに出発した筈の仲間達が揃って戻って来ている。
良いタイミング、と思いながら、彼等が入って来るまでの束の間の休憩に浸ろうと、リビングのソファへと向かったルーネスは、一足先に其処で休んでいたスコールが、また口元に指を当てているのを見て、
「氷、もう溶けた?」
「ああ」
「まだ痛む?」
「少し。さっきよりは引いた」
そう言いながら、スコールの形の良い指が、薄淡色をした唇をなぞる。
痛みが気になる所為か、薄く唇を開いて、視線を定まらせずにいる横顔は、何処か無防備で憂いを孕んでいるように見える。
「……そんなに気になるなら、ケアルで治しちゃう?」
「この程度の事で魔力を使うのは感心しない」
「僕もそうは思うけど。でも、僕は昨日も今日も待機だったから、魔力は有り余ってるし。ちょっと位、贅沢したって平気だよ」
スコールの言葉にはルーネスも同意見だが、この二日間、ルーネスは全く力を使っていない。
有り余っている、と言うのは語弊がありそうだが、エネルギーを持て余し気味なのは確かだ。
ケアル一回程度で空になるような魔力ではないし、たまには良いだろう。
ルーネスの思考が伝染したか、スコールはしばし考えた後、「……頼む」と言った。
どうやら、先の見た目に反して、口の中の痛みは存外とスコールを不愉快にさせているようだ。
「口、開けて」
ルーネスの指示に、スコールは素直に従った。
間近で目を合わせる気まずさを避けてか、スコールは目を閉じて口だけを開いて見せる。
此処にいるのがジタンやバッツなら、きっとこうは行かないのだろうな、とルーネスは思う。
良くも悪くもスコールに対して遠慮のない二人は、スコールが少しでも無防備な姿を見せようものなら、即襲撃して来る。
最近はスコールもそんな二人の扱いに慣れて来たのか、飛び掛かって来た彼等の気配を察して回避行動を取る事も増えたが、二対一では分が悪いのか、よく押し倒されている場面を見る。
そんな二人を相手に、無防備に目を閉じて口を開ける姿など、彼等が余程上手く誘導しなければ───それが出来てしまう辺り、彼等は本当にスコールの扱いと言うものをよく知っている───見せる事はないだろう。
ルーネスがもう一度スコールの口の中を確認してみるが、全容は先程と特に変わらなかった。
あれから悪化した様子もないので、軽い炎症だけで済んでいるのだろう。
その炎症を抑えるべく、ルーネスはスコールの口元に手を翳して、ケアルを唱える。
(これでよし)
多分、痛みは消えた筈。
その証拠のように、潜められていたスコールの眉が微かに緩んでいる。
「……もう良いか?」
ルーネスとの距離感を気にしてか、スコールは目を閉じたまま言った。
それに、良いよ、と答えようとして、ルーネスの口が止まる。
目を閉じて無防備になったスコールの表情は、ルーネスがいつも見ているものと雰囲気が違う。
そう感じるのは、自分が彼を見下ろしているからだろうか。
まだまだ小さいルーネスと違い、上背がある事もあって、ルーネスは専ら彼───に限らず、この世界にいる者全て、ジタンでさえも───を見上げる側だ。
きっとどんなに背伸びをしても、この世界で彼と一緒にいる間に、ルーネスがスコールの身長を追い越す事はあるまい。
そんなスコールが、今は座っているお陰で、目の前に立っているルーネスよりも頭の位置が低くなっている。
スコールの口元に翳していたルーネスの手が、まるで何かに操られるように動き、その指先がスコールの唇に触れる。
色が薄い所為か、肉も薄いのかと思っていたが、案外と膨らみがある。
「……ルーネス?」
まだ終わらないのか、と問うスコールに、ルーネスははっと我に返った。
それから、自分の指とスコールの唇が触れている事に気付いて、慌てて手を引っ込める。
「も、もう良いよ。どう?痛みは治まった?」
「ああ。ありがとう」
思わず声が震えたが、スコールには気付かれなかったらしい。
短く感謝を述べて、スコールは先と同じように唇に指を当て、咥内を舌で確認しながら頷いた。
スコールの形の良い指が、スコールの唇を撫でている。
その動きを目で追って、ルーネスは自分の行動に気付き、ぶんぶんと首を横に振る。
それを見たスコールが不思議そうに首を傾げ、どうした、とでも問おうとしてか唇を開いたが、その声は雪崩れ込んで来た空腹の仲間達の声に掻き消されてしまった。
3月8日と言う事で、無自覚ルーネス×無防備スコール。
年下だと思って警戒心が薄いスコールと、年下権限でひっそり役得だったルーネスでした。