[ラグスコ]他にはなんにもいらないから
- 2014/08/08 22:13
- カテゴリー:FF
体調管理は何事に置いても、基本中の基本である。
それを、体が資本の傭兵が判っていない訳がない。
増してスコールは気真面目な性格であるし、元々が傭兵としてそれなりに鍛えられているので柔な体は持っていないし、半裸で寝る習慣がある訳でもないから、体調不良に見舞われた時には、それなりの理由があるものだ。
その“それなりの理由”と言うのは、突然降り出したゲリラ豪雨に見舞われたとか、作戦任務中に止むを得ず水場を強行する必要があったとか、キャパシティを越えた疲労に見舞われたか、と言う具合だ。
が、今回のスコールの体調不良は、彼一人の責任ではなかった。
と言うよりも、ほぼ全面的に、ラグナに責任があると言って良い。
久しぶりの連休が取れたと言うスコールが、エスタにやって来たのが昨日の事。
連休の為に仕事を前倒しで片付けたと言う彼は、来国した時点で少々疲労が見えていた。
そんなスコールを出迎え、今日の所はゆっくりお休みと私邸に送り届けた後、ラグナは再び仕事へと戻った。
そして夜の帳が下りる頃、ようやく全てのスケジュールを終えて、ラグナが私邸に戻ってみると、スコールが夕食を作って待っていた。
スコールは終始言葉少なであったが、代わりに彼にしては珍しく積極的にスキンシップ───と言っても、手を触れようとしたり、寄り掛かって来たりと言う些細なものではあるのだが───をして来た。
珍しいなとラグナが言えば、駄目なのかと赤い顔で問う。
大人びた顔をしていても、英雄だの指揮官だのと大層な肩書を持っていても、根は寂しがり屋の子供だ。
ずっと焦がれていた温もりを、彼は何よりも欲しがっていた。
そんな可愛い息子兼恋人を前にして、ラグナの理性はぷつりと切れた。
ラグナの翌日は早かった。
しかしその時、既に後の事などラグナの頭にはなく、無我夢中でスコールを抱いた。
久しぶりの睦み合いに、スコールも箍が外れたようで、甘えて縋って、必死になってラグナにしがみ付いていた。
いつにないそんなスコールの様子が可愛らしくて、ラグナも一層燃えたものである。
最後にはスコールが気を失い、その寝顔を見ながら、ラグナも意識を手放した。
……その結果、スコールが風邪を引いたのである。
昨夜はエスタでは珍しい熱帯夜で、バラム育ちのスコールでも参ってしまう程だったので、寝室ではずっと冷房をつけたままにしていた。
先日までの疲労が未だ回復し切ってなかったのも、悪い原因だったと言える。
行為の後、汗だくのまま、裸身で繋がり合ったまま眠ってしまったのも。
とにかく、アフターケアについては、きちんと自分がするべきであった事を、ラグナも深く反省している。
体調を崩したスコールを私邸に一人残す事には抵抗があったが、スコールから「平気だ」と押し切られた。
後は一日休んでいれば治るから、あんたは気にせず仕事をしろ、と言われ、ラグナも止む無く官邸へ向かった。
しかし、やっぱり手伝いの人くらい呼ぶべきだった、とラグナは思った。
食事は昨夜の残り物があったが、体調不良で食べるには少々重いものばかりで、粥を作るにも自分一人では辛いだろうと、そんな気持ちが拭えなかったのだ。
そんなラグナの胸中を、旧い友人達は言葉なくとも察したようで、各市長との会談が詰まった午前のスケジュールが終わると、そのままラグナは私邸へと送り届けられる事となった。
(持つべきものは、優しい友達ってな)
寝室へと向かう廊下を歩きながら、ラグナは察しの良い友人達に感謝する。
溜まる書類の事が少々頭を擡げるが、それも幾つかは彼等が捌いてくれるだろう。
自分が見なければならないものは、スコールの風邪が治ってから、死ぬ気で頑張ればなんとかなる筈だ。
寝室の扉をノックして、ドアノブを回す。
「ただいまー……っと、」
二人で眠っても狭くないようにと誂たダブルベッドを見て、ラグナは声のボリュームを絞る。
其処には、顔を赤らめた少年が目を閉じていた。
物音を立てないように、そっと鞄を置いて、ベッドへと近付く。
気配に敏感な彼の事、普段ならば蝶番の音がした時点で目を覚ます筈だった。
しかし、シーツに包まった少年からの反応はなく、心なしか早い呼吸が聞こえて来るだけ。
(悪化しちまったのかな)
ベッドの横に膝を折って、そっと腕を伸ばす。
スコールは広いベッドの真ん中ではなく、端に寄っていた。
これはスコールの癖らしく、ガーデンの寮ではよく壁際を向いて丸くなっていると言う。
この部屋のベッドは壁際に置かれていないのだが、それでも真ん中よりは端に近い方が落ち付くのか、放って置くとよくこの位置で眠っている。
傷の走った額に汗が浮かび、長い前髪が張り付いていた。
頬に触れれば案の定熱く、枕元に置かれた手も、握って見ればいつもよりもずっと高い温度。
(やっぱり、一人にするんじゃなかったな。でもって、キロスとウォードに感謝)
ラグナは音を立てずに、しかし足早に部屋を出ると、風呂場へと向かった。
脱衣所でタオルを、バスルームから洗面器を取って、水を張って寝室へ戻る。
洗面器の水が幾らか零れたが、ラグナに気にする余裕はなかった。
背中で寝室の扉を押し開けて、いつもスコールとカードゲームをしているテーブルに洗面器を置く。
タオルを濡らしてしっかりと搾り、横向きになっているスコールを仰向けに転がして、額に冷えたタオルを乗せた。
……ふるり、と長い睫が揺れる。
「………、……」
ゆっくりと瞼が持ち上がって、濡れた蒼灰色の瞳が顔を覗かせる。
ぼんやりと少しの間彷徨ったそれを、ラグナはそっと覗き込んだ。
「起きちまったか」
「………?」
ラグナの声を聞いても、スコールの反応は鈍かった。
ぱち、ぱち、とゆっくりと瞬きを繰り返した後、「……らぐな…?」と小さく呼ぶ声が零れる。
「ただいま、スコール」
「……おかえり…?」
「うん。風邪、悪化したみたいだな。辛い?」
「……さむい……」
いつも意地を張るスコールが、素直に弱音を吐いた。
大分辛いみたいだな、と判断して、ラグナは布団をスコールの肩上まで持ち上げる。
「ごめんなぁ。昨日、ちゃんと風呂入れてやれば良かった」
「……ん……」
「折角の休みなのにな」
「……ん……」
「あ、俺も今日はもう休みになったから。欲しいものとか、食べたいものとか。作ってやるから、遠慮せずに言えよ」
「………うん……」
何を言っても、スコールの反応は虚ろだ。
無理もない、と思いつつ、ラグナはふとベッド横のサイドボードを見て、目を丸くした。
其処には今朝ラグナが用意して置いた風邪薬と水が、今朝と変わらない状態で残っていたのだ。
そりゃ悪化もするか、と納得して、ラグナは薬を手に取る。
ちゃんと飲めよ、と言った時、言われなくても、と言い返して来たのに、この有様だ。
「スコール。薬、飲まなかったのか」
「……ん…?」
「おーくーすーり。飲まなきゃダメって言っただろ?」
眉尻を吊り上げて、叱る口調で言ってやる。
しかし、スコールは依然として、ぼんやりとした瞳でラグナを見上げているだけだった。
ラグナはしばしスコールの貌を見詰めた後、ふう、と息を吐いた。
こつんと額を当て合ってみれば、手で触れた時よりも明らかに高い温度が感じられる。
寒気もするのか、スコールは小さく体を震わせていた。
今のまま説教をするものではないだろう、とラグナは気を取り直し、薬を飲む為に、粥か何か、軽く食べられるものを用意しようと腰を上げようとした。
しかし、くん、とシャツの端が引っ張られて、引き留められる。
「……ラグナ……?」
「…スコール?」
泣き出しそうな声で名を呼ばれ、ラグナの動きが止まる。
どうした、ともう一度スコールの貌を覗き込んで、ラグナは目を丸くした。
「どこ…いくんだ……?」
いつも凛と冷えた蒼の瞳が、頼りなく揺れている。
熱で上気した頬の所為か、眦がいつもよりも柔らかく見えた。
ラグナのシャツを掴んだスコールの手が、微かに震えている。
寒さの所為なのか、もっと別の理由なのか、ラグナには判らなかったが、どちらでも良いと思った。
震える手を握って、もう一度ベッドの傍に膝を折る。
離れかけた距離がまた近くなって、スコールはぼうっとした目でラグナを見詰めた。
赤くなった頬にキスをすると、スコールはぱちりと瞬きをして、ことりと首を傾げている。
いつになく幼い仕草のスコールに、ラグナはくすりと笑みを零して、濃茶色の髪をくしゃりと撫でる。
「何処にも行かないよ」
「………」
「ほんとだって。ご飯作って来るだけ」
「………」
じい、と蒼がラグナを見る。
疑るような視線は、きっと不安な気持ちがそうさせているのだろう。
しばらくじっとしていたスコールだったが、は、と小さく息を漏らした後、のそのそと起き上がり始めた。
熱の所為で平衡感覚が鈍っているのだろう、頭がふらふらと坐らない子供のように揺れている。
ラグナは慌ててスコールの肩を掴んで押さえつけた。
「何してんだよ、スコール」
「……キッチン」
「飯なら俺が作るから。お前みたいに凝ったのは無理だけど、お粥くらい……コラ、スコール!」
ラグナの手を払い除けて、スコールはベッドを降りようとする。
立ち上がろうとして、案の定ふらりとバランスを崩したスコールを、ラグナは咄嗟に抱きかかえた。
頭痛がするのか、ラグナに抱えられたまま、スコールは苦しげに呻いている。
こんな状態でキッチン等に行ける訳がない。
普段なら判っている筈なのに、無茶な事をしようとするのは、熱に浮かされている所為だろうか。
やれやれ、と思いつつ、ラグナはスコールをベッドに戻した。
布団をかけ直し、もう起き上がる様子がない事を確認して、ラグナは今度こそとベッドを離れる。
「あ……」
ドアノブに手をかけようとして、聞こえた声に足が止まる。
そっと振り返ってみると、迷子になった子供のような頼りない表情で、空の手を伸ばしているスコールがいる。
ラグナは数瞬迷った後、踵を返す。
ベッドに戻って来たラグナを見て、中途半端に浮いていたスコールの手が伸ばされる。
それを握って、ベッドサイドに膝を着いて覗き込んでやれば、蒼灰色がほんの僅かに細められた。
「大丈夫、何処にも行かない」
「……」
「本当だって。スコールが寝るまで、此処にいる」
「………寝る、まで……?」
「…寝た後も。ずっと」
くしゃ、とラグナの手がスコールの髪を撫でる。
その手は一頻りスコールの頭を撫でた後、火照った頬に触れた。
いつからこんなに悪化してしまったのかと思いながら、ラグナは本当に帰って来て良かったと思った。
もしも通常通りに仕事をしていたら、こんな状態のスコールを、夜まで一人きりにさせる所だった。
程無くして、すぅ、すぅ、と規則正しい寝息が聞こえて来た。
夕飯の用意しなくちゃな、と思いつつ、ラグナはその場から動かない。
繋いだ手がほんの少しでも離れようとしたら、きっと目覚めてしまうであろう少年を、心から愛しいと思った。
どうかどこにもいかないで。
『夏風邪スコールをパパがよしよし』のリクを頂きました。
弱気になってるスコール可愛い。こんな時しか甘えられないスコールを、ラグナが思いっきり甘やかしてあげれば良いと思います。