まもるためのきまりごと
- 2016/07/01 23:58
- カテゴリー:FF
マンション裏の小さな庭で遊んで以来、其処はレオンとスコールのお気に入りの場所になった。
まだまだ人馴れしているとは言えないので、遊ぶのは専ら平日の昼間、其処に誰もいない時に限られる為、頻繁に行ける訳ではないのだが、それでも週に一度は必ず其処で遊べるように、ラグナは努めていた。
ラグナが二人を引き取ってから、直に十ヶ月が経とうとしている。
動物であれば、一年も経てば子供から大人へと成長している所だが、獣人である彼等の成長速度は、人間のそれとほぼ同じだ。
引き取った頃に比べ、身長体重は増えつつあるものの、それこそ人間の子供の変化と違わない程度だ。
頭身もまだまだ三歳児か四歳児に相当しており、まだまだラグナが一人ずつ両腕で抱える事が出来る。
生活面での変化については、ラグナと二人のコミュニケーションが少しずつ増えている事が挙げられる。
人間に近い“猿”モデルの獣人として生まれたジタンは、早い内からヒトの中で暮らしていた為、尻尾さえ隠せば人間と変わらない程に喋れるが、“ライオン”モデルであり、野生に生まれてから数年は経っていると見られるレオンとスコールの声帯は、動物のものと同じような発達をしているらしく、彼等が人語を発するには至らない。
しかし知能の発達は著しい所があり、毎日ラグナが話しかけ、幼児向けの番組を見ていたお陰か、簡単な単語から始まり、幾つかの会話文なら、その意味を理解する事が出来るようになった。
食事の準備や後片付けから始まり、掃除や洗濯と言った家事も手伝うようになっている。
ラグナが頭を悩ませていた爪研ぎは、ジタンとバッツによる爪切り作業を訓練した後、定期的にラグナの手で施される事となった。
爪切りは初めは嫌がる傾向が強かったが、爪きりの後に外へ連れ出したり、良い子にしていたご褒美にとおやつを用意すると、段々とその習慣が身に着いたようで、大人しく身を任せるようになって来た。
兼ねてより課題ともされていたスコールの噛み癖も、大分加減が出来るようになり、ラグナの生傷も減りつつある。
まだまだ課題やトラブルはあるが、野生から保護された“ライオン”モデルの獣人の育成記録としては、順調なものだろう。
────と、此処でまた一つ、ラグナに考えるべき壁にぶつかった。
ラグナ達が暮らしているマンションには、他にも獣人と同居している者がいる。
主はセフィロスと言う名の美丈夫で、彼は警察機構に所属しており、同居している獣人は二人、どちらも“犬”モデルであった。
将来的には、従来から採用されている警察犬とのコンビネーションを期待されているらしく、普通の獣人よりも遥かに難しい訓練を熟していると言う。
年齢で言えばレオンより年下、スコールよりは年上に当たるそうだ。
ラグナがセフィロスと“犬”の獣人に逢ったのは、つい最近の事だ。
レオンとスコールを庭で遊ばせている所を、訓練から帰って来たセフィロス達が見付け、声をかけられた。
身近に獣人と同居している人物がいたと知り、ラグナは諸手で喜んだ。
獣人保護機関に所属してはいるものの、子供を育てた経験もなければ、動物と過ごした事もなかったラグナである。
良ければ色々教えて欲しい、と言うラグナに、セフィロスは勿論だと頷いてくれた。
そして何度か交流を重ね、レオンとスコールも、セフィロスの下の獣人と顔馴染み程度になった頃、セフィロスはラグナの家を訪ねて、こう言った。
「あの二人、首輪はしていないのか?」
セフィロスの問いは、獣人との関わりのみならず、動物を飼っているものにとっても、当然のものだった。
獣人は人間と動物の特徴を持ち合わせ、特殊な“獣人”として扱われているが、やはり“ヒト”とは一線を隔すものがある。
動物に比べると、知能が高く、器用な獣人であるが、理性よりも本能が強い所、爪や牙と言った特徴は、人間よりも動物に近い。
こうした事がトラブルを呼ぶ事も少なくない為、区別の枠は簡単には外せない。
これはジタンのように、人間社会にほぼ溶け込んでいる獣人には色々と複雑なものがある(実際に、ジタンの兄は、尻尾を隠して人間と同じように振る舞っているらしい)ようだが、この枠によって、獣人が庇護されている所も少なくなかった。
この枠によって定められたルールの中に、“ヒト”と共存する獣人は、自分がヒトの下で暮らしている事を示す為、何某かのアクセサリを着ける事が義務付けられている。
アクセサリには、自分の保護者となる人物の名前、住所、そして本人の名前が記されたシール等を貼る。
飼い犬や飼い猫に首輪をつけるのと同じ事だ。
それらを簡潔に説明して、セフィロスは続けた。
「家の中にいる時は外していても構わないが、外出時は必須だ。公共空間では特に、な」
「そんなのがあったのか……俺、全然知らなかったな」
しみじみと呟きながら、ラグナはセフィロスの下で暮らしている獣人たちを思い出す。
外で彼等を見る時、確かに二人の首には、首輪のようなものが装着されていたように思う。
野生の獣人とは度々向き合ってきたラグナであったが、ヒトの社会で過ごす獣人と向き合う事になったのは、レオンとスコールが初めての事だった。
野生の社会に関与してはならない、と言う規則は判っていても、ヒトの社会でのルールについては、やや鈍い所がある。
勉強し直さないと、と遅蒔きに自分の無知を自覚する。
「でも、首輪かあ。なんだか無理矢理従わせてるみたいで嫌だなあ」
「飼われている犬猫に首輪を付けるのは、無理矢理従わせる事になるか?」
「うーん……違う、かな……」
「首輪やタグには、保護者や飼い主の情報も記載される。それを身に付けている事で、正式な手続きを踏んで此処にいる事、法的にも守られていると言う証になる。要は、身分証明書の代わりと思えば良い」
セフィロスの言葉に、そう言う事か、とラグナは考えを改める。
「俺、今まで危ない事してたんだな。何も考えずに外に連れて行ってたよ」
「まあな……トラブルがなかったのは、幸いだと言えるだろう。だが、今後もそうでいられるとは言えない」
「そうだな。じゃあ、急いで用意しなきゃいけないのか」
ラグナの視線は、リビング横の寝室へと繋がるドアへと向けられる。
その向こうで、ぱたぱたとじゃれ合っているのであろう物音が聞こえていた。
レオンもスコールも、マンション裏の庭で遊ぶのを楽しみにしている。
ラグナはそれ以外にも、色々な場所に連れて行って、沢山のものを見せてやりたいと考えていた。
となれば、多少彼等に窮屈な思いをさせるとしても、トラブルによって彼等を不幸にさせない為、ルールは守るべきである。
「普通の首輪で良いのかな?普通のペット用とかでも?」
「使うものに細かい指定はなかった筈だ。それより、今まで装備していなかったものなら、当分は嫌がる可能性があるから、それはどうにかしないとな」
「嫌がる事はあんまりしたくないんだけど……でも、外に出るなら必要なんだよなあ。これも訓練か…」
「獣人の生活訓練施設に所属している知人がいるそうだな。相談してみたらどうだ?俺よりももっと専門的に知っていると思うが」
「そうだなあ……うん、そうしてみるよ」
忘れない内に、とラグナは早速携帯電話を取り出し、メールを打ち込んで行く。
送信先は、スコールの生活訓練に協力してくれているバッツだ。
彼はすっかりスコールの事が気に入ったらしく、相棒として一緒に訓練に携わっているジタン共々、頻繁に連絡を取り合う仲になっている。
スコールも彼等に逢うのは吝かではないようで、警戒心の強いスコールが懐いている、数少ない人物であった。
ラグナがメールを打っている間に、セフィロスはコーヒーを傾ける。
少し冷めていたが、コーヒーの香りは損なわれてはいない。
何処の豆だったか、とセフィロスがぼんやりと考えていると、キィ、と蝶番の鳴る音がした。
そっと開かれたドアの隙間から、ひょこり、と蒼灰色が二対覗く。
トーテムポールのように上下に並んだそれは、此処で暮らしている二匹の獣人のものだ。
二対の蒼が銀色を見付けると、細い瞳孔がじいぃっとセフィロスを見詰める。
警戒と観察の視線にセフィロスに、セフィロスが微かに唇を持ち上げてやると、下の蒼がドアの陰へと引っ込んだ。
「相変わらず、警戒されているようだな」
「ん?ああ、スコールか。やっぱり人見知りみたいでなあ」
携帯電話から顔を上げ、養い子達に気付いたラグナは、眉尻を下げて言った。
陰に隠れてしまったスコールに比べると、レオンは余り物怖じしない。
警戒はしているものの、逃げる事はなく、じっとセフィロスの方を見詰めていた。
その瞳が、微かに何かを探すように動いているのを見て、セフィロスは苦笑する。
「すまないな。ザックスとクラウドは留守番だ」
「残念だったなー、レオン。また今度、一緒に遊んで貰おうな」
「……がう…?」
ザックスとクラウドとは、セフィロスの下にいる“犬”モデルの獣人だ。
恐らくレオン達は、セフィロスの匂いがしたので、彼等も来たのだと思って覗いていたのだろう。
しかり、彼等は今日の午前中、セフィロスと共に訓練を熟し、今は昼寝の時間だと言う。
レオン達に比べ、セフィロスに引き取られてから長く暮らしている彼等は、二人だけで過ごしていても特に問題は起こさない────らしい。
時折、落ち着きのないザックスが、遊んでいる時に物を落とす事がある程度だった。
レオンはしばらく此方を覗いていたが、遊び相手が来たのではない事を知って、ぱたりとドアを閉じた。
引っ込んでしまったスコールを構いに行ったか、宥めに行ったのだろう。
まだまだ気難しい子供達を、これからも守って行く為。
ラグナは、先ずは彼等に似合うものを探さなければと、改めて気合を入れた。
また一つ、越えなくてはならない壁。