[バツスコ]遠い記憶の君と今
- 2017/05/08 23:22
- カテゴリー:FF
バッツとスコールの出会いは、12年前まで遡る。
バッツが8歳、スコールは5歳の時の事だ。
転勤の多い父に連れられてやってきた街に、スコールは住んでいた。
小さなアパートの一室に、両親と三人で暮らしていたスコールは、とても人見知りが強く、よく泣く子供だった。
隣室に引っ越して来たバッツと父ドルガンが挨拶に行くと、朗らかな笑みを浮かべた女性に迎えられ、スコールはその腕に抱かれて、恐々とした様子でバッツ達を見ていた。
物怖じしないバッツがにっかりと笑いかけると、スコールはさっと目を逸らし、母に縋りついた。
挨拶しなさい、と母に言われたスコールだったが、ふるふると首を横に振って、母の首にしがみついているのみ。
ごめんね、と眉尻を下げる女性に、バッツは気にしていないと頷いた。
翌日、バッツは小学校に向かう途中で、小さなカフェを経営している、隣家の女性を見付けた。
その傍らには子供────スコールもいて、幼気な手にゾウの如雨露を持ち、ちょろちょろと店先の花に水をやっていた。
学校が終わって夕方になり、カフェの前を通ると、カウンター席に座っている小さな子供を窓越しに見付けた。
出入り口に背中を向けている子供の顔は判らなかったが、女性がうんうんと頷いていたので、何か話をしている事は判った。
その時、女性がバッツの存在に気付き、入っておいでと手招きした。
バッツは少し迷ったが、好奇心が勝って、店の玄関を開けた。
途端、スコールはぴゃっと逃げるようにカウンターの向こうへ隠れてしまい、母に「いらっしゃいませ、は?」と促されたが、彼はその日はもうカウンターから出て来る事はなかった。
丁度客のいない時間だったお陰で、店内は至って静かなもので、バッツは其処で一杯のミルクを貰った。
砂糖入りの甘いホットミルクを飲んでいると、じっと視線を感じて、見るとスコールがカウンターの向こうから羨ましそうにバッツを見ていた。
母の入れたホットミルクがスコールの大好物であった事を、その時のバッツは知らない。
けれども、言葉よりもずっとお喋りな瞳に見詰められ、存外と聡いバッツがその内側に気付かない訳もなく、「飲むか?」と言ってミルクを差し出した。
嬉しそうに、けれどもまだ緊張の解けない顔で、そろそろと手を伸ばすスコールを、母は「お客さんのはダメよ」と叱った。
スコールは判り易くしゅんとしたスコールの為、母はもう一杯のミルクを作り、きっと息子専用なのだろう、ライオンマークの可愛らしいマグカップをスコールに渡した。
ミルクを受け取ったスコールが、嬉しそうにそれを口に運び、こくこくと夢中になって飲んでいたのを、バッツはずっと忘れない。
その日から、バッツとスコールの交流は始まった。
後でスコールの父にも逢い、ドルガンも交えて家族ぐるみの付き合いとなる。
出逢ってから間もなく、気丈に見えたスコールの母が、病気で他界した事には驚いた。
生活の中心とも言えた母の急逝により、火の消えたように静かな隣家に、バッツは度々押し掛けるようにやって来て、スコールを構い倒してやった。
一人ぼっちが嫌いなスコールは、そんなバッツに甘え、時には一緒に眠る日もあった。
このままずっとスコールの傍にいたい、とバッツは思ったが、父ドルガンの転勤はやって来た。
離れ離れになる事を嫌がり、わんわんと泣いてしがみつくスコールに、彼の父もドルガンも困り果てていたものだ。
けれども、バッツ一人がこの地に残る訳には行かない。
最後に手紙を出す、と言う約束をして、二人は別離を余儀なくされる。
代わりにバッツは、約束の通りに手紙を出し、スコールはその返事を送り、二人の絆は遠い地に離れて尚、12年の歳月もの間、途切れる事なく続いているのだった。
バッツが18歳になった年に、父ドルガンは急逝した。
病気の節は前々から見られており、治療も施したが、遂に、と言う具合であった。
寂しかったが、不思議とバッツは落ち着いていた。
ドルガンの死は、手紙を通して、遠く離れた地にいるスコールにも伝えた。
その返事の手紙には、スコールだけでなく、彼の父ラグナからの手紙も添えられ、バッツの労う言葉と、父の冥福を祈る言葉が添えられていた。
ラグナはバッツの今後の生活についても訪ね、バッツさえ良ければうちに来ても良い、と言ってくれたが、バッツは丁重に断った。
当時、スコールは15歳で、日々の生活は勿論、高校受験を前にしており、勉強にも何かと入用な頃である。
幸い、バッツはアルバイトを探す事には慣れていたし、一人で生きて行く為の手段と言うのも、父から教わっていた。
蓄えもある程度はあったから、それを無駄にしないよう、高校卒業後は大学進学を諦め、働きに出る事にし、バッツは早い自立を決意した。
それから2年が経ち、バッツが一人暮らしにすっかり慣れた頃、ふと、スコールは今どうしているだろうか、と思った。
手紙の遣り取りは続いていたが、お互いの生活背景と言うものは、全く見えていない。
傍にいないのだから当たり前の事だ。
手紙には本当にそれしか入っていないから、写真もなく、スコールが今どんな風に成長したのかも判らない。
見に行ってみようか、と思ったら、バッツは気持ちのままに行動した。
久しぶりに逢いたいからそっちに行くよ、と日付と共に簡潔な一文を添えて手紙を出し、その日の朝に特急列車に乗った。
そして、五時間弱の長い移動を経て、バッツは12年ぶりに、幼子と出会った地へと戻って来た。
(あんまり変わってないなあ)
昔、父と共に初めてこの地を訪れた時と、殆ど光景が変わっていない駅前を見て、バッツは少し安心した。
迎えに行く、と言ったスコールが指定した待ち合わせのベンチも、昔と変わらない位置にある。
違う事と言ったら、以前はなかった筈のコンビニが駅の傍に出来ている事か。
其処で昼のパンを買って、バッツは待ち合わせ時間まで、ベンチに座ってのんびりと過ごす事にした。
パンを齧りながら、スコールはどんな風に成長しているだろう、と想像してみる。
バッツの記憶にあるスコールは、甘えん坊で泣き虫で、ともすれば女の子にも間違えられる事もある、可愛らしい子供だった。
身長も他の子供たちに比べると小柄で、運動も得意ではない為、走るとよく転ぶ。
膝を擦りむいて泣くスコールを、バッツは慰め、負ぶって家まで連れて帰ったものであった。
(流石に泣き虫さんは卒業してるかな。いや、でも判んないな)
バッツの思い出のスコールは、5歳のままだ。
しかし、現実のスコールは、今年で17歳である。
見た目も性格も、大きく変わっていても可笑しくないだろう。
(子供の頃に背が小さいと、後から凄く伸びるって言うけど、どうなのか。おれはそんなに伸びなかったなあ)
抜かれてたらちょっとショックかも、とバッツは思う。
子供の頃は、3歳と言う年齢差は決して小さくはなく、意識にも見た目にもその違いは大きい。
5歳のスコールはいつもバッツを見上げており、甘えたい時けれど言い出せない時の上目遣いが、バッツはこっそりと好きだった。
その目を見た時、おいで、と両手を広げてやると、スコールは嬉しそうに駆け寄って来る。
その瞬間が好きだった。
しかし、17歳になってまで、そんな遣り取りは出来ないだろう。
女の子同士ならあり得るかも知れないが、男では余程のテンションでなければ、抱き着いたりはするまい。
バッツはそれが出来る性格だったが、スコールは果たしてどうだろうか。
以前のように大人しいままか、手紙の文章や文字や生真面目さが滲んでいたような、若しかしたら意外と明るくなっているかも。
膨らむばかりの想像に、バッツは楽しみだな、と笑みを零した。
────と、
「……バッツ?」
自分の名前を呼ぶ声に、バッツはパンを頬張った格好のまま、顔を上げた。
ベンチの傍に立っていたのは、一人の青年───いや、少年だ。
濃茶色の髪に蒼の瞳を持ち、シャープな顎のラインと、落ち着き大人びた雰囲気を持った少年。
すらりと長い手足と、男と判る肩幅でありながら、全体的に細いシルエット。
黒のカーディガンと黒染めされたデニムジーンズに、耳には小さなピアスが嵌められていた。
誰だろう、とバッツが思ったのは、一瞬だけだった。
長い前髪の隙間に見え隠れする眉間の傷を見た後、すぐ傍にある蒼灰色の双眸が、いつか見た子供の色と全く違わない事に気付く。
「スコール?」
ひょっとして、と幼馴染の名を呼べば、少年───スコールはこくりと小さく頷いた。
バッツは思わず、ぽかんと口を開けて惚ける。
小柄で気が小さく、いつも母や父の後ろに隠れていた幼子が、こんなにも成長しているとは思わなかったのだ。
呆気に取られた顔で見詰めるバッツに、スコールはくつりと小さく笑う。
「あんた、ちっとも変わってないな」
「へあっ。そ、そっか?」
笑みを浮かべて言ったスコールの言葉に、バッツはひっくり返った声で返事をした。
バッツの隣に、スコールが腰を下ろす。
子供の頃はいつもぴったりと密着するように座っていたスコールだったが、今は二人の間に隙間があった。
まあそうだよな、とスコールの成長の証と思いつつ、バッツは微妙な隙間に少しの寂しさを覚える。
「………」
「……えーと」
座ってから、それきり口を噤んだスコールに、バッツは頭を掻く。
妙に緊張している自分がいる事に、バッツは気付いていた。
再会したら、あの話をしよう、この話をしよう、と思っていた。
バッツは生来から好奇心旺盛で、気になった事があれば、思い立ったが吉日と直ぐに行動するタイプだ。
父に連れられた転勤の日々の中、あちこち移動する事や、折角出来た友人と早い別れになっても、然したる苦痛を考えなかったのは、好奇心から来る見知らぬ土地への期待が大きかったからだろう。
お陰でバッツは、様々なものを見る事が出来た。
その内容の多くは、スコールへの手紙にも綴ったが、生憎バッツは国語の成績は宜しくない。
上手く文章にしたためて伝えられていた自信はなく、どうせなら逢った時にもっと沢山話して伝えよう、と思っていた。
しかし、今のバッツの頭の中は、すっかり空っぽだ。
何を言おうとしていたのか、どんな事を伝えたいと思っていたのか、何も思い出せない。
記憶を掘り返すよりも、今は隣の存在が気になって仕方がない。
ちら、とバッツは隣を見た。
春の柔らかな風が、スコールの前髪を揺らし、隠すように被さっている傷が覗き見える。
「……それ、どうしたんだ?」
思った事は、直ぐに聞くのがバッツだった。
スコールもそんなバッツの問いを予想していたのか、ちらりと横目にバッツを見た後、前へと向き直り、
「大した事じゃない。同級生と喧嘩になって出来た。それだけだ」
「喧嘩?スコールが?」
あの大人しくて、怖がり屋のスコールが、喧嘩。
俄かには信じ難い話を聞いた気分で、バッツはまた目を丸くした。
「えーと……大丈夫だったのか?こんなでっかい怪我作って…」
「問題ない。もう痛くもないし」
バッツが聞きたかったのは傷の経過の事だけではなかったのだが、スコールはそれ以上を答えるつもりはないようだった。
彼自身が傷の事を気にしていないのなら───或いは、言いたくないのなら───この話題を続けるのも、どうかとは思う。
結局バッツは、傷について、この場でそれ以上の事は訊けなかった。
ええと、とバッツが次の話題を探していると、
「あんた、それ」
「ん?」
「……食べないのか?」
「……あ。食べる食べる」
手に持ったままの食べかけのパンを指摘され、バッツはその存在をようやく思い出した。
むごむごと口の中に押し込むようにして食べ進め、ぺろりと平らげてやる。
「そんな食べ方して、喉に詰まるぞ」
「大丈夫だよ。平気だったし」
指についたパン屑を舐めるバッツ。
ティッシュかハンカチ位持っておけよ、とスコールが言って、カーディガンのポケットからティッシュを取り出す。
有難く一枚貰って、バッツは唾液のついた指を拭き取った。
空になったパンの包装袋をゴミ箱に捨てて、バッツはスコールに今後の予定について訪ねる。
「えーと。どうしよっか、この後」
「あんたの行きたい所があるなら、案内する」
「行きたい所ねえ」
うーん、と考え込むバッツに、何も決めていないのか、とスコールは言った。
へらりとバッツが笑ってやれば、スコールは呆れたように溜息を吐く。
今後の予定を考える振りをしながら、バッツはちらりとスコールを見た。
記憶に残っていた子供とは、とても思えない程、大人びてしっかりとした雰囲気だ。
座高の高さは殆ど変わらないのに、長い脚を見るに、身長はバッツを抜いているかも知れない。
もう上目遣いに甘える事をねだる子供は、何処にもいないのだ。
その事にもう一度寂しさを感じる傍ら、バッツは道行く人を眺めるスコールの横顔に、密かに息を飲んだ。
(なんか、格好良いって言うか。なんか)
今のスコールを見て思う事を、バッツは一言では言い表せない。
バッツは時間を忘れて、スコールの横顔を見つめていた。
穴が開くほど見詰めるバッツの視線に、スコールが此方を見て、なんだよ、と眉根を寄せる。
その顔が、子供の頃に見ていた、泣き出す手前の顔と同じ事である事に気付く。
何も変わっていない訳ではない。
けれども、全く違うものになった訳でもない。
その心地良さに身を委ね、此処に帰って来ようかな、とバッツは考える
不機嫌な顔をしながら、寂しがり屋の心が滲む、蒼灰色の傍にいたいと思った。
5月8日と言う事で、バツスコ。
12年ぶりにあった幼馴染が凄く美人になっていた件。
スコールの額の傷は、勿論のことサイファーとの喧嘩が原因です。
街に帰ってきたバッツとサイファーが鉢合わせして、バチバチ火花散らすのが見たい。