[レオン&子スコ]色彩の願い
- 2017/07/07 22:00
- カテゴリー:FF
紺色の短冊に滑る、黄色のクレヨン。
この組み合わせだと、黄色の星が綺麗になるんだと、幼い弟は嬉しそうに言った。
行きつけの大型スーパーには、生鮮食品は勿論の事、家電製品や日用品も売られている。
店舗の中央に位置する場所には吹き抜け構造のイベントスペースが設けられており、週毎に様々な行事にあやかったイベントが催されていた。
7月に入ってからは、7日の七夕に向けた企画商品が並べられ、七夕由来の縁起物から、それとは全く無関係ながらパッケージが七夕向けに設えられたものが売れていた。
レオンも毎日の買い物でそれを横目に見ており、幼い弟スコールが喜びそうなものはないか、と探していた。
レオンが購入したのは、小さな笹飾りと、5枚の短冊がセットになっている商品だ。
笹飾りは高さが50センチもない細やかなもので、マンション暮らしの玄関やベランダに飾っても邪魔にはならない。
持って帰ってスコールに見せれば、思った通りにスコールは目を輝かせてくれた。
スコールは早速クレヨンを運んで来て、楽しそうに短冊に願い事を書き、空いたスペースに絵を描いている。
「さーさーのーは、さーらさらー」
「………」
「のーきーばーに、ゆーれーるー」
クレヨンを動かしながら、スコールは楽しそうに歌っている。
少し音の調子が外れている所も、レオンには可愛らしくて堪らなかった。
そんなレオンの手には、1枚の黄色い短冊がある。
セットに入っていた短冊は全てスコールにあげるつもりだったのだが、スコールが「お兄ちゃんも書こう」と言って1枚差し出した。
笹に願う事など、これと言って思いつかないレオンであったが、スコールからの誘いならば断わる理由もない。
差し出された短冊を貰って、さあ何を書こう、と歌う弟を眺めながら考えている。
星を一杯に散らばらせた短冊を完成させて、スコールは満足そうに笑った後、今度は水色の短冊を手に取った。
其処にはもう願い事が綴られているので、描くのは絵だ。
スコールは何を描くか少しの間考えた後、白いクレヨンで綿状の雲を描いた。
それからクレヨンを取り換えながら、七色の虹を完成させる。
(俺も何か書かなくちゃな)
お絵描きに夢中になっているスコールを見ているのは楽しい。
が、折角スコールから貰った短冊を、いつまでも真っ白のままにさせて置くのも勿体ない。
「スコール。クレヨン、借りても良いか?」
「うん。はい、どうぞ」
兄の申し出に頷いて、スコールはクレヨンの入った箱を兄の前へと寄せた。
ありがとう、と濃茶色の柔らかな髪を撫でて、レオンは黒のクレヨンを取る。
丸くなっているクレヨンの先端を紙に押し付けて、離すを繰り返す。
書かねば、と思ったが、未だに書く事は決まっていなかった。
スコールが短冊を書き始めた時、何を書こうか悩んでいる彼に「何でも呼んだぞ」と言った口ではあるが、そんなレオンも特筆すべき願い事と言うものは浮かばない。
自分の事で願う事など尚更少なく、祈るように毎日考える事と言ったら、専ら弟の事ばかりであった。
(……いつも通りでいいか)
悩んだ所で、頭に思い浮かぶものは、きっと何度考えても同じだろう。
そんな結論に行き着いて、レオンは頭に浮かんだものをそのままに書いた。
(スコールが、元気に育ちますように)
レオンの願いは、いつもそれだ。
愛しい愛しい弟が、日々元気に、健やかに過ごしてくれていれば、それが何よりの幸福。
レオンの短冊がシンプルに書き終わった所で、スコールが「できたー!」と嬉しそうに声を上げた。
水色のみだった短冊が、白雲と虹と太陽で彩られている。
他にも、ピンク色の短冊には蝶が、黄緑色の短冊には花があしらわれ、濃い紺色の短冊には幾つもの星が瞬き、華やかに仕上がっている。
スコールが力を入れて描いたので、ついつい絵に目が行きがちだが、願い事も一つ一つ違うものが書かれていた。
「お兄ちゃん、全部終わったよ」
「ああ。それじゃあ、早速笹に飾ろう」
傍らのソファに置いていた笹を見せると、スコールは嬉しそうに頷いた。
セットに入っていた笹は本物ではなく、プラスチックの造り物だ。
しかし、レオンが幼い頃に見ていた頃に比べると、葉脈や竹の筋まで作り込まれており、遠目に見ると本物と殆ど変わらない。
細いながらに確りしている笹枝に、短冊のモールを引っ掛け、捩じって落ちないように結び留める。
何処に飾ろうかと悩むスコールに、レオンはこの辺はどうかな、と指を差して薦めてみた。
素直なスコールは其処に短冊を吊るして行き、5枚全てを飾り終える。
落ちないかな、とレオンが笹をくるりと回すと、葉と一緒に短冊がさらさらと揺れて、それを見たスコールの蒼の瞳がきらきらと輝く。
「お兄ちゃん、貸して、貸して」
「ほら」
両手を伸ばしてねだる弟に、レオンはくすくすと笑って、笹を差し出す。
小さな手がきゅっと笹の柄を握り、左右に揺らしたり、くるくると回したりと遊びながら、スコールは笹と短冊の踊りをしげしげと見詰めている。
新しい玩具を見付けたような顔で、きゃっきゃと楽しそうな弟の姿に、レオンの頬が緩む。
笹で遊んでいるスコールを抱き上げて、レオンはきょろきょろと辺りを見回した。
笹を飾る場所を探しているのだ。
玄関やベランダでも良いのだが、外は雨雲の気配が濃くなっており、強い風が吹いたら、どうなってしまうか判らない。
明日には処分する方向になってしまうとは言え、折角スコールが頑張って書いた短冊が雨に濡れてしまうのは忍びないし、今日1日だけでも無事に越させてやりたかった。
何処が良いかな、と見回した末にレオンの目に留まったのは、ダイニング上の壁掛け時計だ。
「此処に飾ろうか。スコール、届くか?」
「んぅ……?」
天井に近い高さにある壁掛け時計を見上げて、スコールは首を傾げた。
試しに、とレオンは腕に抱いていたスコールを持ち上げて、肩車をしてやる。
いつもの倍以上に高くなった目線に、スコールはふあぁ、と驚いた声をあげながら、壁掛け時計と距離が近付いている事に気付き、
「うん、届くよ。できるよ、お兄ちゃん」
「よし。じゃあ、テープを取って来よう。ちょっと待ってろよ」
レオンはスコールをダイニングの椅子に下ろし、テレビ台の方へと向かった。
テレビ台の引き出しを一つ開けると、ゴミ等の梱包用にと買っておいた透明テープがある。
少し伸ばし、2枚分を鋏で切り、粘着面がくっつき合わないように注意しながら、レオンはそれをスコールに渡した、もう一度スコールを肩車する。
スコールは短い腕を一所懸命に伸ばして、笹を時計の側面に寄せ、透明テープを貼った。
上部と下部と、ぴったりと隙間のないようにテープを貼ったお陰で、テープは笹の重みに負ける事なく、壁掛け時計に飾られた。
スコールを肩から腕へと下ろして、レオンは笹を見上げた。
クラシックな形をした木造りの壁掛け時計に、短冊飾りは案外と似合う。
短冊に描かれたスコールの絵も、天井の電球に照らされているお陰で、よく見えた。
腕に抱かれている弟が、じっと笹飾りを見上げながらぽつりと呟く。
「お願い、叶うかなあ」
「……ああ。きっと叶うよ」
「…えへへ」
兄の言葉に、スコールは嬉しそうに笑って、レオンの肩に頭を乗せる。
首に回された小さく細い腕が、ぎゅっと抱き着いて来るのを感じて、レオンは胸の奥が暖かくなるのを感じた。
『おにいちゃんとずっといっしょ』
────レオンがそう書かれた短冊を見付けるのは、明日の事である。
七夕と言う事で、お兄ちゃんと子スコ。
見付けた短冊は、処分できずにレオンの引き出しとかに仕舞われるんだと思います。