[バツスコ]銀に込めた願い
- 2017/08/08 20:35
- カテゴリー:FF
昔から妙に運は良い方で、縁日の出店でクジを引けば、少なくとも三等は当たっていた。
スーパーの出口で月に一度行われるクジ引き大会でも、ハズレクジを引いた事はなく、三等四等、時には一等やら特賞まで当たっていた。
余りに引きが良いものだから、ジタンから「実は裏で何か貰ってんじゃねえの」と言われた程だ(勿論、冗談ではあるが)。
残念賞のティッシュや菓子が欲しくて回す時もあるのだが、そんな時にこそ上位の当たりを引いてしまい、嬉しいやら悲しいやら、バッツ自身は複雑な気持ちになる事もあったりする。
そのクジ運を使って、映画のチケットを手に入れた。
駅前の大きな映画館で上映される、毎日のようにテレビCMも放映されている、流行りのファンタジー映画だ。
露骨なラブロマンスとかでなくて良かった、と思うのは、バッツがその手のものを苦手としているのもあるが、それ以上に、誘った人物がこのジャンルに全くと言って良い程興味がなさそうだったからだ。
愛だの恋だの浮ついたものを嫌う───とまでは言わないが、避ける傾向のある想い人を映画に誘うなら、そんなものはスパイス程度に振り掛けてある位のものが良い。
お陰で、映画でもどう、と誘った時には、いつもの渋い貌が浮かんだが、チケットに書かれたタイトルを見ると、彼は頬を赤らめて頷いた。
それもこれも、チケットに描かれた今回の映画のキーマンである、ライオンのお陰だ。
チケットに描かれた時間指定に則り、夕方に映画館前で待ち合わせをした。
待っている間に小腹が空いて、先に夕飯にしても良かったかな、と思ったが、時刻は五時前で、食事をするには少々早い。
上映前にポップコーンでも買おうか、と割高になるものと判っていながら、しかし映画館の醍醐味と言えばそうである訳で、と考えていると、
「……悪い、遅れた」
「いやいや。時間ピッタリだって」
反対側の横断歩道から駆けて来た少年────スコール。
彼がバッツが恋慕を寄せる人物であるが、彼自身はまだそれを知らない。
ビルの外にいても暑いばかりなので、早速二人で中に入る。
高層ビルを複合施設として利用している為、映画館はエレベーターに乗って上層まで行かねばならない。
休日になると、映画館に向かう客と、下層フロアで買い物をする客とで混雑してしまう為、映画館へは専用のエレベーターが設けられていた。
そのエレベーターは、映画の上映時間と前後するタイミングで乗ると非常に混むのだが、今は丁度上映の真っ最中である為か、利用する人の数は疎らだ。
今の内に、と言うバッツにスコールも頷いて、エレベーターに乗り込む。
映画館のロビーは広々としており、ポップコーンやジュースを売っている館内購買の他にも、ロビーに向かい合わせてファーストフード店も併設されている。
空き腹を思い出し、ちょっと何か食べて行けるかな、と思ったバッツだったが、上映までの時間を考えると微妙な所だった。
やっぱりポップコーンだな、と改めて時間との都合を思い直し、
「スコール、ポップコーン買わないか?おれ、腹減っちゃって」
「……俺は、別に……」
要らない、と言うスコールに、そっか、とだけ言って、バッツは購買へ向かった。
塩味のポップコーンをSサイズで買って、コーラをMサイズで買った。
自分の分だけと言うのも味気ない気がしたので、スコールの為にアイスコーヒーを注文する。
スコールはホットのコーヒーの方を好んで飲んでいるが、映画を見ている内に冷めてしまう事を考えると、アイスコーヒーの方が無難かなと思ったのだ。
紙トレイに乗せられた飲み物と、山盛りのポップコーンを零さないように気を付けながら、購買を離れる。
きょろきょろと辺りを見回し、スコールを探すと、彼はグッズ売り場に立っていた。
「スコール、お待たせ」
「あ……ああ」
「何か見てた?」
「……いや」
バッツの問に、スコールは僅かに間を置いてから、首を横に振った。
それでも存外とお喋りな蒼灰色の瞳は、吊るされたストラップへと向けられている。
スコールが見ていたのは、これから見る映画のグッズで、チケットにも描かれていたライオンがシンボルマークとなって彫刻されている。
ゴールド、シルバー、ブロンズと並んだ配色の中で、スコールが熱烈に見詰めているには、シルバーのものだ。
元々シルバーアクセサリーが好きな上に、ライオンの意匠となれば、スコールが食いつかない筈がない。
「買う?」
「……え?」
パッツの言葉に、スコールは目を丸くして振り返った。
「い、いや……」
「格好良いよな、このストラップ」
「あ……」
「これキラキラしてるの良いな」
バッツはゴールドのストラップに手を伸ばして、しげしげと眺める。
値段は普通に売っているストラップに比べると割高だが、映画グッズとしてはこんなものだろう。
眺める程に、ライオンの意匠はしっかりと作り込まれているのが判る。
金属特融の重みを感じないので、アルミか何かを箔や彩色しているのだろうが、材質なんて気にしていたら気楽に買える値段でなくなるのだから仕方がない。
その代わり、意匠が丁寧に細かい所まで作られている事を思えば、チープな映画グッズとしては上等な類だろう。
スコールもそれに関心しつつ、好きなライオン、シルバーとあって、買おうか買うまいか迷っていたに違いない。
スコールは人一倍人目を気にする性格で、他者から自分がどう見られているかと言う事に敏感だ。
幼い頃からそうだったのだが、最近は思春期特有の背伸びや虚栄心も相俟って、一層複雑化している所がある。
好きなものを好きと素直に言えない事や、流行りには興味がなくとも、周りがそれ一色になっていると気になって来るし、かと言って周りに流されるのも良しとは出来ない。
映画グッズのストラップなんて子供っぽい事、と思って、気になるけれど買う事に抵抗を覚えているのも、バッツは簡単に想像できた。
そんなスコールに対して、バッツは余り人目と言うものを気にしない。
自分の欲求を我慢する事も少ないし、自分の気持ちに正直に生きるのが、バッツであった。
「よし、おれこれにしよっと。スコール、ちょっとこれ持っといてくれ」
「あ、ああ…?」
「スコールはやっぱシルバーだよな」
「ああ……!ちょっと待て、あんた、」
スコールにトレイを押し付けるように渡して、バッツはゴールドとシルバーのストラップを手に、レジへと向かう。
慌ててスコールが追いかけて来た時には、ストラップは既にレジカウンターに置かれていた。
「おい、バッツ」
「ん?」
「別に俺は欲しいなんて」
「いらない?」
「…いや……」
真っ直ぐに目を見て問うバッツに、スコールは口籠る。
其処で、いらない、とはっきり言えない所が、素直だよな、とバッツはくすりと笑った。
それぞれ袋詰めされるストラップの中身が、どちらがどちらのものであるかを忘れないように注意して、支払いを済ませる。
バッツは手渡された袋の一つを上着の胸ポケットに入れて、もう一つをスコールに差し出した。
スコールの手に預けていたトレイを片手で受け取ると、スコールは空になった手で、おずおずとストラップ入りの袋を受け取る。
「……」
「多分そっちがシルバーの方だよ。間違ってたら後で交換しよう」
「……」
スコールはじっと袋を見詰めて、良いんだろうか、と言う表情を浮かべている。
バッツはそれに気付いていたが、構わずにっかりと笑った。
それを見て、突き返した所でバッツが受け取らない事を悟ったのだろう、スコールは小さな声で「……ありがとう」と言って、袋を鞄の中に入れた。
時計を見ると上映十分前となっており、入場が始まっていた。
バッツはスコールにチケットの一枚を渡し、受付へと向かう。
切られたチケットの版権をトレイの上に置いたまま、バッツは指定のスクリーンへと進んで行った。
やはり流行りの新作映画とあってか、一番大きなホールのスクリーンを使うらしい。
バッツ達の他にも続々と客が集まっており、並んだ椅子の前列はあっと言う間に埋まって行った。
「何処にする?」
「……ゆっくり出来る所が良い」
「んじゃ真ん中辺りに行こっか」
近過ぎると画面の全体が見えないし、後ろ過ぎれば人影が視界にチラつく。
画面全域が無理なく見える位置が良いな、と思ったバッツだったが、考える事は他の皆も同じようだ。
前列と同じく、中央部分もさっさと埋まってしまい、バッツは真ん中列から少し後ろに座る事にした。
スコールは選択は完全にバッツに委ねているようで、何も言わずに後をついていき、バッツの隣に腰を下ろす。
「ほい。これ、スコールのコーヒーな」
「……ん」
「ミルクも貰って来た」
「…ああ」
スコールはコーヒーを好んで飲むが、其処にはやや大人への背伸びがある。
人前で飲む時にはブラックを飲んでいるが、その実、まだコーヒーの苦味を苦手としている所があった。
それを知っているのは、彼の家族の他には、バッツのみである。
バッツがポップコーンを齧る傍ら、スコールはプラスチックカップの蓋を開けて、フレッシュミルクを流し入れた。
蓋を閉じて軽く揺らして撹拌し、ストローから一口飲む。
好みの味になったのか、ほっと息を吐くのが聞こえた。
客入りの時間が終わるまでは、まだ僅かながら時間がある。
パンフレットでも買っとけば良かったかな、と考えるバッツの傍らで、スコールが鞄を開けていた。
ちらりとバッツが其方を見遣れば、ストラップの入った袋を見詰めている。
控えた光量の間接照明の下、本人の自覚以上にお喋りな蒼灰色の瞳が、嬉しそうに輝いている。
(可愛いよなあ)
大人びた顔をしていても、落ち着いた表情を作っていても、彼はまだ17歳の少年だ。
見た目とのギャップもあってか、折々に見られる年齢相応の表情や仕草が、幼さを助長させる。
スコールがこのストラップを使ってくれるのかについて、バッツは余り期待していない。
中々凝ったストラップではあるが、スコールがこの手のものを使う所を見た事がないのだ。
元々流行り物に興味がある性格でもないし、可惜に持っていても煩わしく感じるらしく、好んで買ったアクセサリー以外をに身に着ける事はない。
けれども、身に着けないからと言って、直ぐに捨ててしまうような事はあるまい。
飽きるまででも良い、その内記憶に埋もれてしまうでも良い、少なくともそれまでは手許に持っていてくれる筈だ。
それでバッツは満足している。
館内に上映を報せるアナウンスが流れ、電気がぽつりぽつりと落ちて行く。
スコールが大事そうに袋を鞄に入れ直すのを横目に見て、バッツは緩む口元を気付かれないように引き締めた。
────後日、スコールのクラスメイトが、彼のスクールバッグに光る銀色の獅子を見付ける事を、バッツは知らない。
『バッツ→スコールなバツスコ』のリクエストを頂きました。
バッツ→スコールで、実はスコールの方もバッツが好きで、両片思い。
ジタンとかティーダとかから、早く言えば良いのにって言われてる。