[クラレオ]まるで真綿で絞めるような
- 2017/08/11 21:20
- カテゴリー:FF
急に優しくされると、戸惑ってしまう。
レオンからクラウドに対する態度は、やや辛辣なものである事が多い。
幼馴染の面々の中では、年長に当たる彼は、基本的に年下の人間に対して多分に甘い所があった。
最年少であったユフィには判り易いもので、彼女の判り易いおねだりにも応えてやるし、ちょっとした我儘や失敗なら寛容する。
エアリスはしっかり者であり、時にはレオンさえ食ってしまうような大胆さを持っているが、彼女に対しては“女性相手”と言う意識が働くのか、ユフィ相手程ではなくとも、やはり甘い。
世界を駆け回るキーブレードの勇者に対しても、これは同じで、自分よりも十歳近く幼い彼に、時に標を示す為に、時にただただ甘えたがる少年を保護者のような気持ちで、甘やかしている場面はよく見られるものだった。
ついでにシドに対しては、自分の養父的存在であると言う点から、頼りにしている所はありつつも、やはり甘い所も少なくない。
例えば飲み明かした翌日、シドが二日酔いで起きて来た時は、少々の咎めは口にしつつも、長々とした説教はなく、最終的には「次は気を付けてくれ」と締めくくるのが殆どであった。
そんな中にあるから、余計に、だろうか。
レオンはクラウドに対してのみ、言葉も態度も当たりが少しきつい事がある。
それは多少の事でクラウドが動じないと判っているからであり、クラウドの方も自分に対しては遠慮なく接しているからだった。
相手が傷付くまいと言葉を選ぶ必要も、機嫌を損ねないように配慮する意味もないので、ストレートな表現が出て来るのだろう。
言い換えれば、レオンが最も素で接しているのがクラウドである、と言っても可笑しくはあるまい。
────それだけに、急に判り易く優しい態度を見せられると、クラウドはどうして良いか判らない。
(……お陰で寝床にすんなり入れたのは有難かったが……)
昨夜、クラウドはいつものように、予告なくレオンの家を訪れた。
泊まらせてくれ、と藪から棒に要ったクラウドを、レオンは一つ溜息で「入れ」と言った。
其処までは、いつも通りの流れである。
いつもなら、その後はシャワーだけを借りて、ソファをベッド替わりにさせて貰う事になっていた。
しかし、昨日はクラウドが来た所で、レオンが「風呂を入れて来る」と言った。
クラウドはシャワーで十分だと言ったのだが、そんな会話をしている間に、レオンはバスタブに湯を出し始めていた。
溜まるまで少し待てと言われ、いつにないレオンの様子に首を傾げつつも、機嫌が良いのだろうと思う事にして、暇潰しの方法を探していた。
すると、レオンが冷蔵庫から作り置きの酒のツマミを持ってきた。
食って良いぞと言われ、腹が減っていたので有難く貰ってから、そこそこ溜まった湯船に入らせて貰った。
折角入れて貰ったので、ゆっくりと浸からせて貰ってから風呂を出ると、着替えに使えと綺麗に洗濯され畳まれたレオンの部屋着が置かれていた。
肩幅は足りないが、裾や袖は若干余ると言う事に密かな悔しさを滲ませつつ、服を借りた。
思いの外のんびりとした夜を過ごせた事に満足しつつ、ソファで眠ろうとすると、レオンに「お前はあっちだ」とベッドを指された。
流石に困惑し始めたクラウドであったが、レオンはお構いなしで、自分がソファに横になって、直ぐに寝息を立て始めた。
眠られては起こす訳にもいかず、使えと言われたのだから良いか…と言う精神で、クラウドはレオンのベッドを借りて眠った。
これが昨夜の一連の出来事である。
昼に近い時間になって目を覚ましたクラウドは、自分がまだベッドで寝ていた事に驚いた。
褥を共にした夜ならともかく、バラバラに眠っているのにベッドとは何故、と先ず其処からだ。
自分がベッドで眠るまでの事を思い出して、改めて常と違う夜を過ごした事を認識し、今更ながら混乱した。
(……どれだけ機嫌が良かったんだ?)
ベッドまで譲り、自身はソファに寝転がった家主を思い出し、クラウドは何の気紛れだったのだろうかと頭を掻く。
その家主はと言うと、近付く昼食に向けて、キッチンでフライパンを手にしていた。
ふあ、と欠伸をしながらベッドを下りて、着替えなければと服を探す。
が、見付けたそれが、ベランダの天日に干されているのを見て、諦めた。
まだこれを借りていて良いのだろうか、とややサイズの合わない服の端を引っ張りつつ、クラウドはキッチンへと向かう。
足音と近付く気配に気付いて、レオンの目がちらりと此方を見た。
「起きたか」
「ん」
「直に昼だ。それまで少し待っていろ」
今作っているから、と言うレオンに、クラウドは頷いた。
「顔を洗ってこい」
「……了解」
眠気眼を擦りながら、クラウドは洗面所へ向かうべく方向転換する。
歩きながら、じゅうう、と言う音を聞いて、肩越しに少しだけ振り返ってみた。
レオンはキッチン台に置いたボウルから白色のとろりとした生地を掬い取り、高い位置からフライパンに落としている。
どうやらパンケーキを作っているようだ。
洗面所で冷たい水道水で顔を洗っていると、寝惚けていた頭が段々とクリアになって来た。
その頭で、今一度昨晩の事を思い出し、
(……俺、死ぬのか?)
妙に優しいレオンの様子を鑑みて、クラウドの思考はそんな結論に行き着いた。
クラウドに対し、いつでも遠慮のないレオンが、昨夜から妙に優しい。
まるで、これで終わりだから最後位は、と終わりの禊をされているような気分だ。
まさかそんな事はないと思いたいが、このまま何かの生贄にでもされるのではないか、と勘繰りたくなる位に、いつもと環境が違う。
洗顔を終えてリビングダイニングに戻ってみると、食事の用意は着々と整えられていた。
レオンは食事の前にと、使い終わった調理器具を洗いながら、クラウドが戻って来た事に気付き、
「遅かったな」
「……寝癖を直していた」
「そんなもの、あっても大して判らないだろう」
詮無い嘘に対して返って来た言葉は、いつもと同じ素っ気無いもの。
それを見て、これはいつも通りのレオンだな、とクラウドは思った。
二脚の椅子の片方に座ると、レオンはキッチン台に置いていたメインの皿をクラウドの前に置いた。
三段重ねにされた、焼き立てのパンケーキ。
其処に蜂蜜と固めに作った生クリームが据えられている。
妙に可愛らしい食卓に、クラウドがぽかんとして見ていると、レオンも自分の分を持って席に着いた。
レオンのパンケーキは二段重ねで、溶け始めたバターが載せられている。
「もう少し高さを出したかったんだが、難しいな。結局重ねてしまった」
「…いや…それは別に良いんだが、随分可愛い昼飯だな」
「不満か?」
「……別に」
作って貰っておいて、不満も何もない。
ただ、いつにない形のメニューであるとは思う。
じっとパンケーキを見詰めるクラウドに、レオンがああ、と思い立ったように言った。
「旗でも立てようか」
「は?」
「オムライスじゃないが、こう言うものにもよくあるだろう」
爪楊枝はあったと思うんだ、と言って席を立とうとするレオンに、クラウドは慌ててストップをかける。
「待て待て待て。子供じゃないんだ、そんなもの」
「なんだ、そうか」
「……つまらないみたいな顔をするな」
心なしか寂しそうな表情で座り直すレオンに、クラウドは呆れるしかない。
「あんた、今日はどうしたんだ。昨日の夜もそうだったが」
「そんなに可笑しく見えるか?」
「……見える」
寝床を借り、食事も用意して貰って、こんな事を言うのは気が引ける。
一応、世話になっている身なのだから。
しかし、それを加味しても、今日のレオンはいつもと違い過ぎて、クラウドは戸惑いを隠せない。
あまりにも違い過ぎて落ち着かず、クラウドがそれを正直に口にすると、レオンはくつくつと笑った。
「俺もそんな気はしていた。やっぱりいつもと違う事をすると落ち着かないな」
「…判っててやっていたのか…」
「ああ。今日くらいは、これ位してやっても良いかと思ったから、それで」
「今日?」
何かあったか、とクラウドが首を傾げると、レオンは含みのある表情を浮かべるのみ。
自分で気付けと言わんばかりに、彼は食事を始めた。
クラウドは頭を捻りつつ、自身も久しぶりの昼食に手を付ける。
三段重ねのパンケーキは、一枚ずつが二センチ程度の厚みがあるお陰で、そこそこの高さになっている。
其処にナイフとフォークを入れて切り分けると、中は空気を含み、ふっくらとした焼き上がりになっていた。
蜂蜜と生クリームのお陰で、随分と甘味が強いが、お陰でサラダと一緒に添えられたベーコンの塩気が旨い。
食事を終えると、レオンがコーヒーを淹れた。
甘いパンケーキの後だったので、ブラックのまま貰う。
クラウドがのんびりとコーヒーカップを傾ける傍ら、レオンは食器を洗っていた。
手伝った方が良いんだろうか、と思ったが、自分では力加減を間違えて割ってしまうのが関の山だろう。
折角、妙に優しいレオンから、蛇を出させるような真似はするまい。
(それにしても、今日が一体何だと────)
取り立てて気になるような事などない筈だ、とクラウドが見たのは、日めくりカレンダーだ。
8月11日と記された数字をしばし見詰めて、その意味を考える。
考えて、考えて、────あ、とようやく思い出した。
(……誕生日。それでか)
すっかり忘れていた自分の事を、ようやっと思い出して、クラウドは全てに納得した。
昨晩、クラウドがこの家を訪れた時には、日付は既に変わっていたのだろう。
だからレオンは、寝入ろうとしていた目を擦りながら、風呂を入れたり、食事を用意してくれた。
本人の意識するしないはともかく、折角今日と言う日に帰って来たのだから、少しは優しくしてやろう、と。
昨晩から続く疑問が解消されると、クラウドの口から零れたのは、安堵であった。
どうやら自分の命日になる訳ではなさそうだ、と言う気持ちから出て来たものだ。
食器を洗い終えたレオンが、ベランダへと向かう。
朝から干していたのであろう、クラウドの服を取り込んで、きちんと畳んでから、ソファの端に置いた。
その間にクラウドはコーヒーを飲み干し、レオンへと近付いて、彼の腕を掴む。
なんだ、と問う蒼灰色に、クラウドはぐっと顔を近付けて、
「あんた、今日一日、俺に優しいのか?」
「まあ、そのつもりではあるな」
絶対とは言わない、と言いつつも、それでも十分な譲歩なのだろう。
「だったら、これからスるのは?」
「少しは慎め」
「明日から努力する」
露骨なクラウドに言い方に、レオンは呆れたが、それを指摘してもクラウドに反省するつもりはない。
レオンもそれは判り切っていたので、やれやれ、と肩を竦めるのみに留め、
「後でお前を連れて来いと、ユフィ達に言われているんだ」
「……そうか」
「行かないと言うなよ?お前の為に準備しているんだから」
「判っている」
無駄にしてくれるな、と釘を刺した上で、蒼が窄められ、
「だから、夜なら付き合ってやる」
それまでは我慢しろ、と言う台詞の後、柔らかいものが掠めるようにクラウドの口端に触れた。
クラウド誕生日おめでとう!
と言う事で、クラレオも。
うちのレオンはクラウドに色々と容赦がないので、誕生日は甘やかし成分を増やしてみる。