[レオスコ]熱の記憶を抱き締めて
- 2018/08/08 20:35
- カテゴリー:FF
仕事が仕事であるから、兄が一週間程度の出張に出るのは珍しい事ではない。
有能であるが故に早い出世をした彼は、外国向けの仕事もよく任される為、現地に赴く事も年々増えている。
それは仕事なので仕方のない事と本人も理解しているのだが、それでも無視できないのは、最愛の弟を一人にすると言う事だ。
こと弟に関しては過保護で心配性だと自覚のあるレオンは、出張の仕事が近付く度に、判り易く溜息を吐く。
そう言う所は、やはり父とよく似ている、とスコールは思っている。
カレンダーに書いたバツ印のついた日付は、明日に迫っている。
印は一週間に渡って付けられており、レオンがその日まで帰って来れない事を示していた。
忘れないようにと自ら印をつける事を習慣化させていたレオンであったが、それを見る度、聊か憂鬱な気分に捕まえるのは否めない。
どうにか早く片付けて、一日でも早く家に帰れたらと思うが、往復の航空チケットと滞在先のホテルの予約が既に取られている為、自分だけ好きなタイミングで帰りたいと言う勝手は叶うまい。
明日の午後には、レオンは飛行機に乗らなければいけない。
帰って来るのは到着が夜になる便だから、タクシーで家に帰る頃には、もう夜半になっている事だろう。
「面倒だな……」
ぽつりと零れた言葉は無意識だったが、何よりの本音であった。
真面目な性格なので、回された仕事は過不足なくきっちり終わらせておくタイプだが、かと言ってレオンとて好きで仕事に従事している訳ではない。
父の役に立ちたいと言う気持ちで就職し、彼の助けになればと一所懸命に仕事をして来たが、仕事が趣味と言うようなワーカーホリックではないのだ。
遣り甲斐があれば幸せ、なんて思考は、最初から持ち合わせていない。
何より、仕事の為に愛する者と過ごせる時間が減る事は、やはり腹立たしいものだ。
しかし、レオンの愛する者────弟スコールの反応はと言えば、大抵淡泊なものであった。
「面倒って言ったって、仕事なんだから仕方がないんだろ」
「…それはそうなんだがな」
夕飯の片付けを終え、リビングに戻ってきた弟の言葉に、レオンは眉尻を下げるしかない。
「お前が好き好んで勉強している訳じゃないのと同じさ」
「……やらなくて良い事なら、やりたくない」
「そう言う事だ」
スコールも兄に似て真面目な性格だ。
学校で出された課題は、学校で済ませられるものは其処で済ませ、持ち帰った物も帰宅後直ぐに終わらせる。
夕飯の準備に時間を取られる事もあるが、食後には手を付けて、寝る前には片付けているのが常だった。
更に時間に余裕があれば、授業の予習もするし、テスト前には復習も頻繁に行っている。
こうした努力の甲斐あって、スコールは学年でも首位の成績をキープしているが、だからと言って決して勉強が好きな訳ではない。
知れない事を知るのは面白い事もあるが、教わる事に何もかも興味が持てる訳ではないし、どうしたって眠い授業だってあるし、担当教諭が嫌いで好きになれない科目もある。
宿題は出れば面倒だし、テストの為に自分の自由時間を削って勉強をするのも面倒だし、しなくて良いならしたくない、と言うのが本音だ。
しかし宿題を放置する事、判らない問題を判らないままにしておく事が許せず、どうしても先々に片付けておかなければ、安心して眠れないのである。
そんな弟に、社会人になったら大変そうだな、とレオンは思う。
スコールが良くも悪くも真面目な事、融通が利かず要領も決して良くはない事を、兄はよく知っていた。
大人になる前に、もう少し肩の力が抜けると良いんだが────等と思いつつも、今は弟の心配よりも目の前の問題だと切り替える。
それと同じくして、スコールも話の流れを変えた。
「明日出るのは、午後からだよな」
「ああ。空港で昼を食べてからだから、出るのはもう少し早いか」
「帰りは?」
「夜になる。夕飯は先に食べていて良い。空港からの道路の混み具合にも因るが、大方、10時は過ぎているだろうから」
「判った」
レオンの言葉に、スコールは素直に頷いた。
まだレオンも子供だった頃、幼いスコールは一人寝をいつも嫌がっていた。
年の離れた弟がレオンも可愛くない訳がなく、スコールが安心するならと、随分と長い間一緒に眠っていたと思う。
その頃には父もまだ家にいたのだが、子供が眠る前に帰って来る事は少なかった。
だから余計にレオンはスコールに、スコールはレオンから離れたがらない生活を送っており、たまに学校行事で一晩離れ離れになるだけで、スコールは泣いて嫌がったものである。
しかし、それも今となっては昔の話で、中学生になった頃から独立心を急成長させたスコールは、高校二年生の現在、半ば独り暮らしとなる生活でも、特に問題なく日々を熟していた。
レオンは、弟の成長に喜びを感じつつ、いつかのようにくっついて離れなかった幼子の姿を懐かしく思う。
偶にで良いから、またあんな風に甘えてくるスコールを見てみたい。
しかし、思春期に入って、幼い頃の泣き虫振りを黒歴史のように扱っている弟の気持ちも汲めない訳ではないので、そんな気持ちは心の隅にひっそりと置いておく事にしている。
その代わり、もう一つの気持ちについては隠さない。
「スコール」
「ん?」
名前を呼ぶと、なんだ、と青灰色の相貌がレオンを見た。
スコールの瞳に、柔らかく微笑む兄の貌が映って、スコールは「なんだ?」と首を傾げる。
レオンはその問いに答えないまま、こっちに、と膝を叩いて示した。
スコールはぱちりと瞬きを二回繰り返した後、レオンの言わんとしている事を察して、かあっと顔を紅くする。
ぐぐぐ、と何か言いたげに、何かを耐えるように、赤らんだ顔がレオンを睨む。
気にせずレオンがそれを見つめ返していれば、やがて観念したようにスコールはのろのろと歩き出した。
大きめのダイニングテーブルを回って、自分の前に来た弟に、レオンは手を伸ばす。
力なく垂れているスコールの左手を握って軽く引っ張れば、スコールは蹈鞴を踏んでレオンの膝に座った。
いつも僅かに見上げる位置にある兄の貌が、少しだけ低い位置にある事に、スコールは毎回奇妙な気分になる。
距離感の近さにもどぎまぎとしている間に、レオンの唇が頬に当てられた。
くすぐったさに目を細めていると、キスが少しずつ降りて行って、首筋に宛がわれる。
「……んっ……!」
ちゅ、と吸い付いた感触に、スコールの喉から小さく音が漏れた。
ふるり、と微かに震える肩の感触を感じながら、レオンはスコールの腰と背中に腕を回す。
抱き締める腕の檻の中、密着した体越しにスコールの心音がとくとくと早鐘を打っているのが聞こえた。
ゆっくりとレオンの手がスコールの背中を撫でる。
子供をあやすような優しさがあるのに、背筋や脇腹を何度も行ったり来たりとするから、スコールの体は泣き出すように震えてしまう。
しかし嫌な感覚がある訳ではなく、湧き上がるのはじわじわとした緩やかな熱で、それはスコールの意思で抑えられるものではなくなっていた。
「……スコール」
「……っ…!」
名前を呼べば、首筋にかかる吐息に感じて、スコールの体がピクッと跳ねる。
レオンの唇の隙間から覗いた舌が、キスした場所をそっとなぞった。
「……っ、…あ……っ…」
熱を孕んだ吐息が、スコールの唇から零れる。
スコールは喉を差し出すように晒し、天井を仰いで、はっ、はっ…、と息を繰り返していた。
天井の電球を見詰める瞳はゆらゆらと頼りなく揺れ、薄らと水の膜を浮いている。
恐る恐る、おずおずと、スコールの腕がレオンの首に絡められると、レオンはひっそりと笑みを浮かべて、スコールの喉に食い付いた。
すらりとした白い喉に、レオンは甘く歯を立てる。
それだけで、スコールは感じ入ったようにビクッ、ビクッ、と躰を震わせていた。
「レ…オ……っ…」
「……は……っ」
「あ……っ!」
震える声に名を呼ばれ、その音が情事の色を纏っているのを聞いて、レオンの吐息も熱が籠る。
それが薄らと唾液に濡れた喉をくすぐって、スコールは思わず甘い声を上げた。
ゆっくりとレオンがスコールの喉から離れると、スコールはぼんやりとした瞳を彷徨わせる。
その頬にもう一度キスをすると、スコールは日向の猫のように目を細め、ふや、と眦を下げた。
レオンはスコールの雫が浮かんだ眦にキスをして、細い体を横向きで抱き上げる。
熱の煽りを貰ったスコールは、嫌がる事も恥ずかしがる事もなく、レオンの胸に体を預けていた。
レオンは自分の部屋へと移動すると、電気もつけないまま、ベッドへとスコールを運び込んだ。
レースカーテンだけが閉じられた窓の向こうから、青白い月の光が差し込んで、情に染まった二人の貌を映し出す。
「……明日から、しばらく触れないからな」
そう言って、レオンはシャツを脱ぎ捨てる。
薄暗闇の中に浮かび上がる男のシルエットに、スコールは小さく息を飲んで、癖のように緊張していた躰の力を抜いた。
ぎし、とベッドの軋む音が鳴って、レオンがスコールの上に覆い被さる。
「一週間分、感じさせて貰うぞ」
「………っ」
耳元で囁かれた言葉に、スコールの心臓が大きく跳ねた。
どくどくと早い鼓動を打つ心臓を隠すように、スコールはシャツの胸元を握り閉めて、頭上にある兄の顔を見上げる。
「……明日も学校がある」
「判っている」
「…テストが近いから、休みたくない」
「ああ」
「…だから」
「悪いな」
手加減して欲しい、と言おうとしたスコールの唇は、短い詫びの言葉と共に塞がれる。
無防備にしていた咥内に、艶めかしいものが侵入して来るのを、スコールは拒む事が出来ない。
舌を絡め取られ、たっぷりと唾液を塗すように舐られている内に、明日の心配は溶けるように消えて行く。
距離のない近さにある青灰色の瞳が、何も考えるな、と言っているのをスコールは聞いた。
それじゃ駄目なのに────と微かな理性が正気を取り戻せと言った気がしたが、頬を撫でる手がそれすらも容易に忘れさせる。
ゆっくりとレオンの唇が離れる頃、スコールの顔はとろりと緩み切っていた。
ほんのりと頬を赤らめ、うっとりとした表情で見上げるスコールに、レオンも満足気に双眸を細める。
「……レオン……」
「ん?」
「……もっと……」
スコールの両手がレオンの頬を包み込み、ねだる声で兄に催促する。
相手に触れる事が出来ない一週間が辛いのは、レオンだけではないのだ。
幼い頃のように、離れる事を泣いて嫌がる事はなくなったけれど、一人きりで過ごす夜よりも、兄と共に迎える朝の方が良いのは変わらない。
兄弟と言う関係に、その枠を越えた関係が追加されても、スコールのそんな気持ちは変わらなかった。
それでも子供の頃のように聞き分け悪く、自分の気持ちに正直に泣く事は出来ないから、せめて離れる前に目一杯“レオン”と言う存在を感じたい。
彼が帰って来るまで、その声を、温もりを、熱を忘れない為に。
もっと撫でて欲しい、もっと触れて欲しい、もっとキスして欲しい。
言葉で言い尽くせない程のものを、短い言葉で欲しがるスコールに、レオンは小さく頷いた。
いちゃいちゃレオスコ。
レオンとしては、許されるならスコールを連れて仕事に行きたい位。
学校が連休や長期休みだったらやりそうな勢い。