[ラグスコ]シークレット・タイム
- 2019/08/08 21:10
- カテゴリー:FF
エスタ大統領がバラムガーデンを公式訪問したのは、公的教育機関の視察の為だった。
エスタにも学校と言うものは勿論存在しており、機関としての責務も十分に果たしてはいるが、長い間同じ体制での教育形態を続けているので、マンネリ化とでも言うのか、そうした問題も起こっていると言う。
所謂学級崩壊だとか言われるような大きな社会問題こそ起きていないものの、教育内容の見直し等は考えられており、しかし鎖国していたが故に新たなモデル形態も見付からなかった為、長く先延ばしにされていた。
其処へ魔女戦争の終結と共にエスタの開国となり、これからはエスタも変わって行かなければならない、とした宣言した上で、ラグナは各国の様々な公的機関の視察を行っている。
バラムガーデンは傭兵を育成する為に創られたものだが、その根幹は普通の学校と差して変わらない。
まだ幼児と呼ばれる年齢の幼年クラスから、国際的に成人として扱われるようになる20歳までの、エスカレーター式の一貫校である。
最終目標はSeeDとなる事、ではあるものの、中にはSeeDになる事を諦めて(或いは忘れて)自分の趣味趣向に邁進したり、別の道を見付けて方向転換する者もいる。
勿論、そうした少年少女たちに対してもバラムガーデンは何らかの標を用意するようにと努めており、SeeDにはなれなかったもののフリーランスの傭兵として活動したり、何処かの街にある工場に就職したり、新進気鋭の会社を立ち上げて独立を図る者にも様々な伝手を紹介したりと、某かの形で若者達を応援していた。
時にはガーデンで培った知識や技術を悪用する者も出て来る為、そう言った時にはガーデンや勤める大人達が槍玉に上げられる事もあるが、そう言った問題は何処の国、何処の機関であっても、起これば当然問題視される事である。
そう言った事件が起きない事が最も良いのだが、如何せん、人の心とは移ろいやすく愚かなもので、難しい事だ。
ガーデンは教育機関である為、こうした事件が起きないよう、“傭兵”を育成する為の場所でありながらも、道徳や倫理の授業もカリキュラムに加えられている。
それ故に相反した教育内容にぶつかる事で、SeeDを目指す事、傭兵になると言う事に疑問を持つ生徒も出て来る。
バラムガーデンの学園長であり、ガーデンと言う形態の創始者であるシド・クレイマーは、それもまた一つの道であるとして、ガーデンに入学したからと頑なにSeeDを目指す必要はない、と言った。
────きっと教育者として正しい言葉なのだろうけれど、スコールは酷く上滑りした言葉のように聞こえたが、それは彼一人の胸中に秘されるのみである。
エスタ大統領が視察に来た訳であるから、スコールはその護衛として彼に付き添っていた。
平時はガーデン内を私服で過ごす所を、要人警護の一環であるとする為、SeeD服を着ているので完全に任務モードだ。
そんなスコールと、此方もまた一応公的な視察であるからと、スーツを着たラグナが並んで歩いている。
其処から一歩下がった所に、エスタ高官の独特の衣装を身にまとったキロスとウォードがいた。
最近はエスタならば見慣れた並びであるが、バラムでは初めての事である。
ガーデンの日常を崩さない為にと、生徒の授業がある平日に行われた視察であったが、任務帰りのSeeDであったり、サボタージュの生徒であったり、午後の授業のない年少クラスであったりと、廊下を歩く人目が全くない訳ではない。
普段は執務室に籠り切りになり勝ちなスコールが付き添っている事も含めて、四人は非常に目立っていた。
目立つ事は嫌いなスコールだが、指揮官としてあちこちに連れ出されるようになった所為で、多少は慣れた────と言うよりも諦めた。
下手なパーティとは違い、こう言った警護任務の最中なら、自分から喋る必要もないので、黙って時間が過ぎるのを待てば良い。
……のだが、今日は流石に終始沈黙している訳にも行かない。
初めてバラムガーデンを訪れたラグナに、校内施設の説明をしなくてはならないからだ。
こう言う事はキスティスかセルフィが向いている、と思うのだが、生憎どちらも任務で出ている。
ロビーから順に時計回りに施設を巡り案内し、一周して戻って来た所で、やっと終わった、とスコールは聊か疲れた表情で安堵した。
「……以上が、バラムガーデン全体の説明になります。何か他に気になる所はありますか?」
「うーん……」
スコールの確認に、ラグナは案内板を見ながら唸る。
目を細めながら記載されている文字を睨むのを見て、老眼か、とスコールはこっそりと思った。
眼鏡は手元に用意していなかったのか、ラグナは眉間に皺を寄せつつ、案内板を一頻り眺め、
「図書室ってさ、本の貸し出しもやってる?」
「はい」
「ガーデンの生徒じゃなくても、貸し出しして貰えるのか?」
「身元の証明がはっきりとしていれば、可能です。ガーデンの外への持ち出しは、生徒のみですが」
「そっかそっか。じゃあ何か借りて、このガーデンの中で読む分には構わないんだ。食堂とかに持って行っても良いんだよな?」
ラグナの言葉にスコールが頷くと、ラグナは嬉しそうに目を細めた。
そう言えば、ラグナは元々はジャーナリストを目指していたし、雑誌への寄稿もよく行っていた。
エスタに辿り着いてからは、様々な事情が絡み合い、色々なものを諦めざるを得なかったラグナだが、旅した景色の記憶は褪せていないのだろう。
エスタの大統領官邸には、エスタで流通している様々な本が集められており、その多くがラグナが私物として買い集めた本だと聞いた。
鎖国していたと言う背景もあり、殆どがエスタ国内、エスタ大陸にある風景に限定されてはいたものの、街の中からだけでは見えない景色と言うものに、ラグナの心が憧れていた事は想像に難くない。
ラグナは本の虫ではないが、外に出られない分、こう行った情報を追う欲は反動のように大きくなって行ったのかも知れない。
バラムガーデンにはエスタにはない本もあるだろうし、それを見て見たい、と思ったのかも知れない。
「図書室は夜間以外は出入り自由です。流石に、大統領が行かれるのであれば、念の為に司書に確認を取ってからと言う形にはなりますが……」
「ああ、うんうん。それはしゃーないもんな。後で一回行きたいから、その時に頼んで良いか?」
「了解しました」
後で、と言う事は、今すぐには行かなくて良いと言う事か。
とは言え、行きたいからと言うそのタイミングに司書に伝えるのでは遅いので、事前に連絡だけでもしておくか、とスコールが考えていると、
「その前にさ、寮をもう一回見たいんだけど、良いか?」
「はい」
「あと、お前の部屋も見たい」
「は……、」
流れを惰性でスルーしそうになって、スコールは寸での所で留まった。
何を言い出すのか、とラグナの貌を見れば、にこにこと楽しそうだ。
「学生寮って言うの、俺は初めてでさ。エスタにもそう言うのを作ってる学校はあるんだけど、こっちの寮はどうなってうんだろうと思って」
「……は、あ……」
「寮の中って言うか、部屋の中って言うか。そう言う所って、やっぱり生徒の生活環境として大事な所だろ?エスタの学生寮はさ、飯とかが携帯食みたいなのだったり、栄養補助食品みたいなのも多くて、こう、あんまり生活感がないって言うか。エスタは割と何処でもそんな感じもあるんだけど。でも、他の国はそうじゃないだろ?食育ってのも大事だし、教えることはそりゃカリキュラムあれば出来るけど、その後の意識とかは自分であれこれしたりって言うのは、環境がないとだし、蔑ろにしちまう事も多いだろうし」
「……」
「此処は大きな食堂があるから、その辺は大丈夫な気もするけど。あそこのおばちゃん達も良い人達だったしな!後は、えーと、そうそう、やっぱり学校なんだし、勉強に集中できる造りなのかとか、それとももっと皆とワイワイしてられるのかなとか……」
早口で喋るラグナに、何処かしら言い訳めいた雰囲気を感じたスコールであったが、彼の言っている事は的を射ている部分もある。
寮はガーデンに在籍する生徒達にとって家であり、スコールも含め、生徒達の生活のあらゆる場面に根付いている。
寝起きをするのは寮の部屋だし、食堂はあるが一人で食事をしたい者は此処で食べるし、課題をするのも此処だ。
SeeDになれば個室が与えられるが、候補生までは共同生活であるし、それでもきちんと個々の生活が回るようにと配慮して作られている。
公的教育機関の視察に来た大統領が、そのモデルケースを増やす為にも、しっかりと見れる所は見て置きたい、と思うのは当然か。
「……それなら、確か空き部屋があったと思うので、其方を」
「んあっ。いや、それはちょっとなぁ……」
スコールの言葉に、ラグナは微妙な反応を返す。
何か不都合でも、とスコールが視線で問えば、
「空き部屋って、誰も其処にいないんだろ?それだとちょっと、こう、生活してる気配がないだろ。それよりもうちょっと具体的な雰囲気が知りたいなと思って」
「………」
確かに、空き部屋は誰も使っていないので、生活臭は全くない。
しかし、誰かに自分の部屋を見せてくれなんて言われて、そう簡単にはいどうぞと見せられる者は少ないだろう。
ガーデンの生徒の多くは思春期の真っ只中であるから、色々と他人に見られたくない物だって転がっている。
自分の親でもいざ知らず、況してや他国の大統領にそんなものを見付けられるかも知れないなんて、絶対に嫌だ。
自分の部屋に他人を上げる事を厭うのは、スコールも同じだ。
幼馴染の面々は遠慮なしに入って来るが、それはスコールが少なからず気を許している事と、彼等がスコールの地雷を踏まない場所を弁えているからだ。
しかし、大統領のこの要請に対し、誰に許可を求めるでもなく応じる事が出来るとすれば、スコール自身の部屋を使うしかない。
仕方ないか────と仕事として割り切り始めた所で、
「それに、なあ。見て見たいんだよな、お前がいつも過ごしている部屋っての」
ぽつりと零したラグナの言葉は、独り言だったのかも知れない。
そうでなければ、意地の悪い言葉だ。
声に伴う感情が、スコールだけが知る“ラグナ”の色を含んでいたのだから。
場所も時間も弁えず、じわりと熱くなる体に、スコールは素知らぬ顔をした。
大統領の視察の為だから、その要請に応えるだけだからと、そんな顔で踵を返す。
「……では、私の部屋にご案内します」
「それなら、我々は食堂で待機していますよ」
「一緒には来られないのですか?」
いそいそとスコールの後を追うラグナに対し、キロスの言葉に、スコールは向かおうとした足を止める。
見ればキロスだけでなく、ウォードも此処で別れて待機するつもりである事が判った。
「指揮官殿の私室が気にならない訳ではないが、余り他人が大勢で詰めかけるのも良くないでしょう。何か異変があれば、連絡を頂ければ直ぐに向かいます」
「…判りました。視察が終わりましたら、大統領を食堂へお送りします」
「了解しました。では、後程」
短い挨拶をして、キロスが背を向ける。
ウォードも頭を下げる仕草を見せてから、キロスと共に食堂へと向かった。
最初にラグナを案内した時と同じく、学生寮は静かなものだった。
直に午前の授業が終わり、昼休憩に入るだろうから、そうなれば多少は人の気配が増えるが、多くの生徒は食堂へと向かうだろう。
そう思うと食堂にいる二人が目立ちそうだったが、彼等ならば卒なく躱すのも難しくあるまい。
ラグナを人の輪から引き離し、ランチタイムが終わるまで、自分の部屋に隔離して置く方が安全と考えると、ラグナが寮を見たいと言い出したのは、案外丁度良かったのかも知れない。
自室に入ってラグナを招き入れると、ラグナは「おお~」と何に対してか判らない感心の声を上げて、きょろきょろと部屋を見回した。
その傍らで自分も改めて自室を見回して、物が少ないな、と思う。
普段、執務室にいるか任務に出ているかで、部屋では寝起きする位なので、どうしてもスコールの部屋は殺風景だ。
出しっぱなしの私物と言えば、仕事に使うパソコンがデスクの上にあるのと、デッキ構成中のカード、読んでいる途中の月間武器くらいのものだろうか。
後はガンブレードケースを立てかけている位のものだろう。
備え付けのキッチンに至っては、前に其処を使ったのはいつだろう、と思う程度である。
ラグナは生活の気配がある部屋を参考にしてみたかった筈なので、これでは何の参考にもならないな、と思っていると、
「ふぅん。スコールはいつも此処で生活してるんだな」
「…はい」
「奥見ても良い?」
「はい」
一応の断りを入れて許可を貰うと、ラグナはいそいそと奥へ向かう。
デスクと並ぶベッドと、少しの本棚があるだけのシンプルな部屋を見回して、デスクに備えられた端末を見付ける。
「これでいつも俺と話してる?」
これ、と端末を指差すラグナが言っているのは、依頼や情報の遣り取りをする時の話ではない。
大統領と傭兵の指揮官と言う立場を忘れ、“ラグナ”と“スコール”として話をしている時。
その時にのみスコールが使うのが、自分の部屋に備えられている、私的利用の為と使い分けた端末だった。
スコールが沈黙して応えずにいると、ラグナは何かを勝手に解釈したか、にっこりと笑って見せた。
どう言う意味だ、と表情の奥底が読み取れずに眉間に皺を寄せるスコールに構わず、ラグナはデスクチェアを引く。
すとんと腰を下ろしたらラグナは、スコールに向かって両手を広げて見せた。
「スコール」
名前を呼ぶ声に、今は仕事中だ、とスコールは無言で睨む。
しかしラグナは笑顔のままで、
「大丈夫だって」
「……」
「おいで」
誰も見ていないから、と言うラグナに、そう言う問題じゃないとスコールは思った。
今は一時の視察の為に部屋に戻って来ただけで、ラグナの気が済めばキロス達と合流しなければいけない。
そう思った所で、午後の授業が終わるチャイムが聞こえた。
まだ寮は静かなものだが、五分としない内に食堂は腹を空かせた生徒達で溢れ帰り、好奇心旺盛な彼等の目にはキロスとウォードが捕まるだろう。
もしもゼルやアーヴァインがその場にいれば、遠巻きに見ている生徒達を他所に、気安い雰囲気で声をかけるに違いない。
そんな所にスコールを伴ったラグナも合流したら、どうなる事か。
もう一度、おいで、とラグナは言った。
瞳の奥にある熱が、ゆっくりと絡み付いて来るのを感じながら、ふらりとスコールの足は歩き出した。
ほんのり狡い大人と、判っているけど拒めないし本当は欲しいスコール。
昼の休憩時間が終わってからもう少ししてから食堂に……行けたら良いね。