[8親子]今はまだ小さな羽根だから
- 2019/08/08 21:20
- カテゴリー:FF
一家のアイドルが新しい門出を迎えた、春。
末っ子のスコールは、晴れて幼稚園への入園を果たした。
一番上の長男であるレオンは、あまり物怖じしない性格のお陰か、初の登園はスムーズであった。
毎日のように父から登園の練習を促され、彼も真剣に取り組んでいたので、余り不安はなかったようだ。
公園で近所の子供達と遊んでいる時も、その親御と話をしている時も、レオンはすらすらと受け答えをしており、初めて出会うものに対して強く警戒する事はなかった。
好奇心が旺盛、と言う程にやんちゃでもなく、幼いなりに色々と頭の中でシミュレーションをして当日を望むタイプらしく、予定が予定通りに繋がって行けば、彼はあまりパニックを起こさない。
その分、予想していなかった事や、思いも寄らない事が起きると、混乱してフリーズしてしまう事もあった。
幼稚園に入ってからは、そうした出来事にも少しずつ慣れて行く。
そして妹が生まれると、彼女の為に自分がしっかりしなくちゃ、と言う気持ちも芽生え、より慎重に、けれど臆病にはならない性格になっていった。
真ん中の子である娘エルオーネは、レオンよりも賑やかであった。
幼稚園に行くのも特に抵抗はなく、幼稚園と言う新しい場所に行く事を楽しみにしていた位だ。
入園してからも友達が直ぐに出来、クラスの担任の先生にイタズラをしかけるやんちゃ振り。
男の子とケンカをする事もあり、そのケンカに勝った負けたで泣くので、レオンが慰めれば良いのか、叱れば良いのか、褒めれば良いのか、途方に暮れた事がある。
幼稚園で過ごすにあたって、余り不安を感じる事はなかったエルオーネだが、幼稚園の花壇や畑にいる虫だけは駄目だった。
当番制で花壇と畑の水遣りを任される日は、いつもよりも少し嫌そうな顔で登園していたものだ。
そして末っ子のスコールはと言うと、初日から中々大変だった。
兄や姉とは違い、引っ込み思案で怖がりな所があるスコールは、見知らぬ場所に一人で残される事を嫌がり、送った母が家に帰ろうとすると泣いて引き留めた。
スコールがこう行った反応を見せるのは、凡そ想像がついていたので、レインとラグナは予行練習として、玄関を出る時の行って来ますから、園門に着いての行ってらっしゃいまでシミュレーションしていたのだが、当日になるとスコールの不安は一気に膨らんでしまったらしく、慣れない場所に一人にされる事を嫌がって、レインに抱き着いて離れなかったのだ。
生まれた時から母、父、兄、姉に囲まれていたスコールは、幼稚園に行って初めて、家族の輪から離れた場所で過ごさなければならなかったから、余計にスコールは一人になるのが怖かったのだろう。
幼稚園の先生は、優しくスコールを諭してくれていたが、当然ながら3歳の子供に理屈が判る訳もなく、そもそも泣いている子供には中々他人の声は届かない。
幼稚園が怖い場所ではない事、お昼ご飯が終わったら迎えに来るよ、と宥めながら、さり気無く先生にスコールを預けて、レインは家へと帰る日々。
母がいないと気付いたスコールが、門の向こうで大きな声をあげて泣くのが聞こえて、可哀想だと思いもした。
しかしこれは母子ともに一つの試練でもあって、避けて通れる道ではない。
今この道を避けたとしても、小学校に上がる時には同じ事が起きると、レインは簡単に想像できてしまった。
せめてエルオーネが一緒に通園して、同じ場所で過ごせる年齢だったら違ったのかな、と考えたが、もしもは何度考えても現実にはならない。
母としては、一日でも早く、スコールが幼稚園に馴染んでくれる事を祈るばかりであった。
初めての幼稚園の一日を終え、母が迎えに来ると、スコールは泣きながら母に抱き着いた。
レインはそれを受け止めて、先ずは一日を頑張ったであろう息子を褒めてあやした。
明日も行くのよと言うと、いやいやと首を振った幼子に、なんと言って宥めたものかと考えながら帰路を歩いたのを覚えている。
次の日から、スコールの朝は憂鬱になった。
起きると幼稚園へ行く準備をしなければならないから、行きたくないスコールはいつも駄々を捏ねた。
少し収まって来ていたおねしょも再び始まって、全身で嫌がるスコールに、母も毎日工夫を凝らす。
怖い所に行く訳ではないのだから、楽しい気分でいられるように、行く道を歌いながら歩いたり、今日のお昼ご飯のお弁当の話をしたり。
一番最初に迎えに行くからね、と約束をして、指切りげんまんをして、ようやくスコールは母から手を離す。
お迎えの時間になると、レインは諸々の家事を切り上げてスコールを迎えに行くように努めた。
幼稚園に行くと母と離れるけれど、ちゃんと迎えに来てくれる事を覚えれば、スコールの不安も段々と落ち着いて行くだろう、と願って。
スコールの幼稚園への順応は、先の兄姉と比べてしまうと、どうしても長い時間がかかると思った。
それは予想通りで、一日を泣き暮らす日もあり、そう言う時は家に連絡があった。
その日の様子によって、少し迎えを早くしたり、直ぐには行けないけどちゃんと迎えに行くから良い子で待てる?と宥めたり。
友達が増えて、楽しい思い出が増えれば、スコール自身が幼稚園を億劫に感じる事も減るのだろうけれど、何をするにも引っ込み思案な性格が足踏みをさせていた。
けれど、時間が経つに連れて、ぽつぽつと話をする子は増えたらしい。
一番話をする子と言うのが、一つ年上の年中クラスの子で、スコールとは正反対のやんちゃな子だと聞いた時は少し驚いたが、その子を中心にして、スコールの交流の輪も広がって行ったようだ。
そうなると、段々と朝の大泣き行事は減り、夏を迎える頃には、門前での「行ってらっしゃい」「行って来ます」の挨拶も出来るようになって行った。
スコールが幼稚園に慣れた頃から、スコールの送り迎えは家族皆で交代制になった。
基本的にはレインが送り迎えをしているが、兄と姉が送り、母が迎え、父が送り、兄と姉が迎えに行く日もある。
レオンとエルオーネが通っている小学校は、スコールが通う幼稚園とは少し道が違う。
だから弟を幼稚園へ送る日、二人は早めに起きて家を出なければならないのだが、それは余り苦ではないらしい。
二人も元々は卒園生であるし、レオンはエルオーネの送り迎えをしていた事があるから、少し懐かしい気持ちで弟を送り出しているようだ。
ラグナが専ら送るばかりなのは、仕事の都合なので仕方がない。
代わりにラグナは、家に帰ると、いの一番に末息子を抱き締めて「今日もお互い頑張ったな!と」頬擦りするのが日課になっていた。
一日のお勉強が終わり、最後に終わりの会をして、子供達は親の迎えを待つ。
待ち方はそれぞれで、友達と一緒に園庭で遊ぶ子もいれば、教室で本を読んでいる子もいた。
スコールはお絵描きをするのが習慣になっていて、教室の隅で丸くなってクレヨンを握っている。
幼稚園に通い始めた頃、スコールは此処で過ごす事が嫌で嫌で仕方がなかった。
知らない大人がいて、知らない子供が沢山いて、此処は兄も姉も、父も母もいない。
まるで異世界に一人で突然放り込まれてしまったかのような感覚で、スコールは幼稚園に来るのが怖くて堪らなかった。
けれど今は、其処まで怖いとは思っていない。
良い子で待っていればちゃんと誰かが迎えに来てくれるし、此処でお勉強を頑張れば、誰かが褒めてくれると判ったからだ。
最近のスコールは、帰りの迎えを誰が来てくれるのかを楽しみにしている時もあった。
(今日はおにいちゃんとおねえちゃんがつれて来てくれたから、おかあさんかなあ)
いつものようにライオンの絵を描きながら、スコールはそわそわとお迎えの到着を待っていた。
レオンとエルオーネが弟を迎えに来られるのは、授業の時間が少ない曜日に限られる。
だから二人が迎えに来る日は決まっているのだが、スコールはまだそれを判っていなかった。
偶にはお父さんも迎えに来て欲しいな、と思うのも、幼い期待故の可愛い願いである。
お母さんが迎えに来たら、今日のお弁当は全部食べられたんだよと伝えよう。
お兄ちゃんとお姉ちゃんが来たら、今日はともだちと一緒にお外で遊んだよと伝えよう。
お父さんが迎えに来たら、お絵描きの時間にお父さんの似顔絵を描いたんだよと伝えよう。
話したい事は毎日幾つも幾つも生まれて、皆それを良かったね、頑張ったねと褒めてくれるのが嬉しかった。
まだかな、まだかな、とお迎えの来た子供を呼びに来た先生が、自分の名前を呼んでくれないかとそわそわしていると、
「スコールくん。お迎えが来たよ」
「!」
子供達の賑やかな声が響く中、優しい先生の声を聞き留めて、スコールはぱっと顔を上げた。
急いで鞄にお絵描き帳とクレヨンを片付けて、よいしょと肩にかけて立ち上がる。
小さなコンパスを一所懸命に動かして、靴箱へ向かう先生の後を追った。
お母さんかな、お兄ちゃんとお姉ちゃんかな、とわくわくしながら靴箱に来たスコールをお迎えしてくれたのは、
「おとうさん!」
「おう、パパだぞー!」
その姿を見付けて、スコールは両手を広げて精一杯早く走った。
廊下は走っちゃいけません、と言われている事も忘れて、一目散に。
さあ来い、と両腕を拡げるスーツ姿の父の下に、スコールは思い切り飛び込んだ。
ラグナは小さな息子を受け止めると、そのまま抱き上げて、ぎゅうっと抱き締める。
「おとうさん、おとうさんだ!おとうさんだー!」
「うんうん、パパだぞ。パパが迎えに来たぞぉ~」
初めてお迎えに来てくれた父に、スコールは多いに喜んだ。
そんなスコールの反応が愛しくて、ラグナも満面の笑みを浮かべる。
大きな手がスコールの濃茶色の髪をくしゃくしゃに撫でる。
少しチクチクとした感触のある頬が、スコールの丸くふにふにとした頬に寄せられた。
いつも家で、ラグナが仕事から帰った夜にして貰っている事を、まだ幼稚園にいるのにして貰えて、スコールはなんだか不思議でくすぐったくて堪らない。
子供は勿論、一緒に嬉しそうにはしゃいで見せる父親に、先生がくすくすと笑っている。
それを見付けたラグナが、少し照れたようにへらりと笑った。
「あはは、どうも、今日もお世話になりまして」
「いえいえ。今日はパパがお迎えに来てくれて良かったね、スコールくん」
「うん!」
ぎゅっ、とラグナの胸に抱き着いて、スコールは先生の言葉に返事をした。
それじゃあ今日はさようなら、と手を振る先生に、スコールもばいばいと手を振る。
ラグナは抱いたスコールを落とさないように支えながら、ぺこりと小さく頭を下げて会釈した。
母と同じように優しくて、けれど母より確りした腕に抱かれて、スコールは鼻歌を歌っていた。
ふんふんふん、と楽しそうな息子に、ラグナもついつい頬が綻ぶ。
「スコール、楽しそうだなあ。今日の幼稚園、楽しいこと一杯あったか」
「んーんー。ふふ。んー?」
「んー?」
ラグナの言葉に、スコールはふるふると首を横に振る。
しかしにこにこと笑顔なのは変わらず、父の顔をまじまじと見て、首を傾げて見せる。
それに釣られるように、ラグナも顔を合わせながら首を傾けて見せれば、あはは、とスコールは面白がって笑う。
「あはは。おとうさんだぁ」
「そうだぞー」
「あのね、あのね。おとうさんもね、おむかえ来てくれないかなって思ってたの。そしたらね、おとうさん、来てくれたからね。うれしいの」
「そっかそっか。俺もスコールのお迎えしたかったから、お迎え出来て嬉しいぞぉ」
ぎゅう、と喜びを体全部で伝えるように、ラグナはスコールを抱き締めた。
少し苦しいけれど、それよりも父に抱き締めて貰える事が嬉しくて、スコールもラグナの首に腕を回して、ぎゅっと抱き着く。
のんびりとした家路だけれど、大人のラグナの足の一歩は大きい。
レオンとエルオーネに手を引かれて歩くより、レインに抱かれて歩くより、父子が家に着くのは早かった。
初めてお迎えに来てくれたラグナにもう少し抱かれていたいスコールは、まだ降ろさないでとぎゅっと抱き着いておねだりした。
それを感じ取ったのか、スコールには判る事ではなかったが、ラグナにとっては息子が甘えてくれるのがただただ嬉しい。
もうちょっと抱っこしたままで良いか、でも靴は脱がなきゃな、と思いつつ、玄関のドアを開ける。
「ただいまー」
「おかあさん、ただいま!」
「はーい、お帰りなさい」
ラグナとスコールの声に、ダイニングキッチンの方から返事があった。
エプロンで手を拭きながら出迎えに来た母の後ろに、学校を既に終えていたレオンとエルオーネもついて来る。
今日はラグナだけでなく、レオンとエルオーネも学校が早く終わったようだ。
「スコール、お帰り!」
「父さんもお帰り」
「うん、ただいま。スコール、お靴脱ごうな」
息子と娘に返事をしつつ、ラグナはスコールを床に降ろした。
スコールは靴の踵に指を入れて、んしょんしょと頑張って脱いで、シューズクロークに収めてから、手を洗わなきゃと言う兄と姉に連れられて、洗面所へと向かった。
スコールが手を洗い終わった時には、ラグナとレインは既に玄関にはいなかった。
きっとダイニングだろうと向かおうとしたスコールを、レオンが呼び止める。
「スコール、鞄を置いて来ないと」
そうだった、とスコールはくるんと方向転換して、部屋へと向かう兄と姉の後をついて行く。
いつも母と一緒に眠る部屋が、スコールの物を置く部屋でもあった。
肩にかけていた鞄を下ろしてから、その中にあるものの事を思い出して、蓋を開ける。
ごそごそと探って取り出したのは、今日の授業で描いた絵だった。
鞄に入れる為に丸めていた紙を広げると、レオンとエルオーネが覗き込んで、
「父さんだ」
「うん。ぼくがかいたの!」
「スコールすごーい!上手上手!」
ぱちぱちと拍手して褒めてくれる二人に、スコールは照れ臭そうに顔を赤らめながら笑う。
父さんに見せなきゃ、と言う兄に頷いて、スコールは速足でダイニングへと急いだ。
ダイニングでは、ワイシャツの襟元を緩めたラグナと、冷たいジュースを用意した母が待っていた。
おとうさん、と真っ直ぐに駆け寄って来たスコールを、ラグナが腕を伸ばして迎える。
ふわっと浮いた体が、父の膝に乗せられて、スコールは嬉しさいっぱいに抱き着いたのだった。
末っ子が幼稚園に行くようになりました。
慣れるまで大変だったけど、お友達も出来て元気にやっているようです。
でもやっぱり家族と一緒の時間が一番大好き。