[8親子]空の浮橋
- 2020/08/08 21:20
- カテゴリー:FF
家から車で一時間弱の距離を走った所に、森林公園がある。
一家が其処に行くのは、頻度としては半年に一度、あるかないかと言う所。
そう言う場所へのお出かけと言うのは、まだ幼い子供達にとって、ちょっとしたプチ旅行のようなものだった。
春か秋の過ごし易いタイミングで、レインとレオンが作った弁当を持って、ピクニックに行くのだ。
毎回行かなくてはいけない、と言うような恒例行事にしている訳ではないのだが、レオンが生まれた時から足繁く通っているのも確かで、エルオーネの方はすっかり習慣として覚えていた。
スコールはようやく森林公園に“前も行った”と言う事を覚えて来た所で、姉や兄の「ピクニックに行くよ」と言う言葉にも喜ぶ仕草を見せるようになった。
街の真ん中にある家を出発し、ラグナの運転で郊外へと向かう。
立ち並ぶビル群を抜け出して、窓の向こうに畑の景色が増えて行き、それも通り抜けて緑一杯の世界に入って行く。
森林公園が近い事をアナウンスする看板を見付けて、エルオーネが弟に「もう直ぐだよ!」と言った。
スコールもわくわくとした顔で窓の外を見詰め、まだかな、まだかなぁ、と待ち遠しそうに兄に話しかけている。
レオンはそんな弟と妹の頭を撫でて、もう直ぐだから良い子にしていような、と言った。
くねくねと不規則に曲がる坂道を上り、拓けた場所に出る。
駐車場のマークがついている其処に車を停めて、一家は車を降りた。
一時間の運転に凝った躰を伸ばすラグナを、お疲れ様、とレインが労わる。
その間にレオンが車の後部トランクを開け、それぞれの荷物を取り出して、妹弟にも自分のリュックを背負わせた。
早く早くと遊びに行きたがる妹を宥め、こちらもそわそわとしているスコールとお互いに手を繋がせる。
それからレオンは、ラグナとレインに荷物を届ける。
「これで全部かな」
「ええ」
「じゃあ行こうぜ!」
「わーい!」
「わぁい!」
号令をかけたラグナの声に、エルオーネが弾んだ声を上げた。
この森林公園は自然体験を目的とした設備が揃えられており、都心で暮らす子供達の自然との触れ合い、学習を目的として運営されている。
キャンプ場やバーベキュー広場の他、木材でオモチャを作る体験学習の為の教室付きの建物や、土産売り場もある。
レオンは小学生の頃に授業でこの体験教室に行った事があり、その時に彼が作った木製のペン立ては、今もラグナの部屋で現役に働いていた。
時期的にエルオーネもそろそろ同様に授業が計画される頃で、エルは何を作って来るのかな、と言うのが両親の密かな楽しみであった。
休憩所が併設された建物のゲートを潜ると、その向こうは広い芝広場になっている。
子供達の目には何処までも続きそうな程の開放的な光景に、早速エルオーネが駆けだした。
「わーい!広い広い!」
「あ、あ、おねえちゃんまって!」
活発な姉が駆けだせば、手を繋いだままの弟も引っ張られる。
慌てて短いコンパスを動かして、スコールはエルオーネの後を追った。
エルオーネは自分が引く手がある事を思い出すと、走るスピードを落として、スコールの貌を見ながら芝の真ん中へ向かって走った。
「エル、前見ないと危ないぞ!」
「俺が行くよ。エルー、スコールー!」
弁当箱の入ったバスケットを抱えて、いつものように妹たちを追い駆けられないレオンに代わり、ラグナが小さな二人を追い駆けた。
大人の長い脚で追えば、小さな子供達はあっという間に射程距離に捉える。
ラグナが追って来た事に気付いたエルは、きゃあきゃあと楽しそうに声を上げながら、ラグナの手に捕まった。
「よいしょお!」
「きゃあー!」
「ふあう」
二人の子供をそれぞれ右腕と左腕を胴に回して、ラグナは気合の声と共に抱き上げた。
ふわりと宙に浮く感覚に、エルオーネがはしゃいだ声を上げ、スコールは慌てて父の腕に掴まった。
ラグナは子供二人を抱き上げで、ぐるんぐるんとその場で回転する。
エルオーネとスコールは、遠心力で振り回されるのを、ラグナの肩に掴まりながら楽しんだ。
「やー!目が回るー!」
「おとうさーん!」
「ぐーるぐるぐる~~~っ!」
「あははは!」
ぐるんぐるんと回る視界に、子供達がはしゃぐ声を上げた。
ラグナが一頻りその賑やかな声を楽しんでいる間に、レインとレオンも追い付いて、
「はあ~。回った回った。俺の目が」
「父さん、大丈夫か?」
「うん、平気平気。んじゃ先ずは昼飯かな?」
「そうね。時間もそれ位だし。木陰が良いけど、何処にしようかしら」
レインが芝広場の周囲を見渡すと、他にもピクニックに来たのであろう家族連れの姿。
午前をのんびりと出発し、正午も少し回った今になって到着したから、木陰の良さそうな場所はもう先客が着いている。
が、レオンが「あそこは?」と指差した場所にはまだ空きがあった。
若芽の目立つ木の下にレジャーシートを敷き、レオンが抱えていたバスケットを下ろす。
蓋を開ければ綺麗に並べられたサンドイッチと、タッパーに詰めたポテトサラダが現れ、エルオーネとスコールがきらきらと目を輝かせた。
頬にジャムをつけながら食べるスコールを、レオンが甲斐甲斐しく世話をしながら自身も食事を進めていく。
エルオーネは終始お喋りで、昨日ね、学校でね、とラグナとレインに日々の報告を伝えた。
毎日事件が起きて忙しいエルオーネの報告を、ラグナはうんうんと相槌を打って聞いている。
そんな賑やかな食事は、綺麗にバスケットを空にして終わった。
食事が終われば、遊びの時間だ。
一番活発なエルオーネがレジャーシートを離れたので、レオンも直ぐに後を追う。
「レオン、あれ見て、あそこ」
「なんだ?」
「川!橋!」
生い茂る木々の向こうを指差すエルオーネ。
其処には彼女が言う通り、澄んだ川が横たわり、その上を一本の長い橋が横断していた。
「…吊り橋かな?」
「吊り橋!渡れる?」
「多分。ほら、人がいる」
レオンが吊り橋の向こうに見える親子の人影を指差せば、エルオーネの黒い瞳が益々輝いた。
「行きたい!ね、行こう」
「待って。父さんと母さんに言ってからだ」
「はーい。ねえ、吊り橋あるよ!吊り橋行こう!」
レオンに行きたいのなら伝えてからと促され、エルオーネは両親に駆け寄りながら、その間も惜しいと大きな声で希望する。
昼ご飯を終えて、母の膝で日向ぼっこをしていたスコールをあやしつつ、今日は何処で子供達を遊ばせようかと相談していたラグナとレインが顔をあげる。
「何?吊り橋?」
「あっちにあるの!ねえ、行きたい!」
「人が歩いてるから、渡れるみたいなんだ」
「そんな所あったんだな。よし、ちょっと行ってみっか」
「スコールも行こ!」
「おにいちゃんとおねえちゃんもいく?」
「ああ、行くよ」
兄と姉の真似をしたい盛りの末っ子は、頷くレオンの言葉を聞いて「いく!」と言った。
母の膝から降りて靴を履く傍ら、レオンとレインでレジャーシートを簡単に畳んで鞄に詰めた。
その間にラグナとエルオーネが広場の隅に立てられていた案内板で地図を確認する。
芝広場から吊り橋のある場所まで、道なりに進んで二本目の矢印案内の所で、上り坂を選べば良いとのこと。
上り坂と言っても緩やかなもので、芝広場のあった場所から、それ程勾配差はないようだ。
途中で親子連れと擦れ違い、怖かった、面白かった、と言う子供の声を聞く。
それを聞いたエルオーネが、早く早くとラグナを急かし、大きな手を引いて坂道をどんどん上って行った。
強い日の光を遮ってくれる木々に守られながら進み、辿り着いた吊り橋は、幅二メートルの大きなもの。
川を挟んだ反対側の山へと繋がるそれは、元々は木と綱で造られたもので、森林公園が整備されるに当たって鉄筋で補強された橋だった。
「すごーい、吊り橋だ!」
「こりゃ中々年代モンだなぁ。でも、ロープも太いし、補強されてるし。きちんと手入れされてるみたいだから、大丈夫かな」
「すごいすごい、レオン、スコール、見て!川が見えるよ!」
後ろを追う形で近付いて来る兄弟を、エルオーネが呼ぶ。
姉に呼ばれたスコールがぱたぱたと走って行く───が、橋まであと一メートルと言う所で、その足がぴたっと止まった。
追い付いた兄が「どうした?」と声をかけると、すすす、と小さな体が兄に身を寄せる。
「スコール?」
「おちちゃいそ……」
「ああ……はは、そう見えるよな」
スコールが俄かに感じた恐怖を、レオンも直ぐに理解した。
エルオーネが言った通り、吊り橋は並べられた踏板に隙間があるし、側面も組まれたロープで落下防止の柵になってはいるものの、子供の体ならするりと潜り抜ける事が出来るだろう。
実際には橋桁も側面も鉄網格子で覆われ、頑丈なケーブルで補強されているので、子供の体でも潜る事は出来ないのだが、遠目に見ているスコールに鉄網は見えなかった。
見えても下が透けて見える事には変わりないから、スコールにとって補強の有無はあまり意味がないだろう。
本能的な落下への恐怖か、動かなくなってしまったスコールを、レオンが手を引いて促してみる。
が、スコールはその場に踏ん張って、いやいやと首を横に振った。
そんな弟とは対照的に、エルオーネはラグナと手を繋いで、そろそろと吊り橋第一歩にチャレンジしている。
「うん、しょっ」
「ほいっ」
大きな足と小さな足と、揃えての第一歩。
補強のお陰で吊り橋らしい揺れる気配もないのを確かめて、ラグナもこれなら大丈夫だと判断し、娘と手を繋いで進んで行く。
「ひゃ~、高ぁい!」
「そうだな~」
「あっ、お魚!」
足元を流れて行く川を見下ろしながらはしゃぐエルオーネに、強いなあ、とラグナは思う。
その一方で、後ろを見ると、スコールがレオンと手を繋ぎ、初めての吊り橋チャレンジをしている所だった。
「ほら、行くぞ、スコール」
「ん、ん」
「やっぱりやめる?」
「うゅ……」
涙目で兄にしがみつく末っ子に、レインがリタイアを提案してみるが、スコールはふるふると首を横に振った。
蒼い瞳が、橋の中央で楽しそうに過ごす父姉へと向けられる。
自分の足では怖くて進めないけれど、家族が見ている景色を、スコールも見たかった。
元々の慎重な性格もあって、中々一歩が踏み出せないスコール。
そんなスコールに、ラグナは大きな声で応援した。
「スコール、大丈夫!スコールなら出来る出来る!」
「スコール、がんばれ~!」
ラグナの声を聞いて、エルオーネも弟を応援する。
橋の真ん中で、こっちにおいでと大きく手を振る父と姉に、スコールはぎゅうっとレオンの手を握って唇を引き結ぶ。
そぉ……と小さな足が伸ばされる。
ちょん、と爪先が踏板を触って、直ぐに引っ込んだ。
それからもう一度足が出て、ちょん、ちょん、と爪先で感触を確かめ、恐々と足の裏が乗せられる。
良いぞ、と励ますレオンも、スコールと同じペースで橋に足を乗せた。
その反対側ではレインがいて、スコールは右手をレオンと、左手を母と繋いで、慎重に一歩一歩を進めていく。
ふとすれば床板が抜けてしまうんじゃないかと、そんな想像と戦いながら新たな世界に踏み入れたスコールを、ラグナとエルオーネはぎゅうと両手を握って見守った。
スコールが橋の四分の一まで来た所で、エルオーネが走って弟の下へ向かう。
「スコール!」
「おねえちゃ、」
「がんばったね~!」
駆け寄って来た姉と、その後ろをついて追って来た父を見て、スコールの表情がほわっと和らぐ。
エルオーネはそんなスコールの頭を両手でくしゃくしゃと撫でて、弟の決死の頑張りを褒めちぎった。
ラグナがスコールの身体を抱き上げる。
ただでさえ吊り橋の上で視線が高かったように思えた世界が、更にもう一段階高くなって、スコールはラグナの首に掴まった。
ラグナはそんな息子の背中をぽんぽんと叩いてあやし、小さな身体をしっかりと両腕に抱いて、遮るもののない自然の景色を見せてやる。
「ほら、スコール。良い眺めだろ!」
「ふぁ」
ラグナに促され、スコールが首を巡らせれば、遠く伸びる川と、山の豊かな緑が世界を覆い尽くしている。
都会の真ん中で生まれ育ったスコールには、テレビの世界でしか見た事のなかった光景だ。
蒼の瞳が丸々と開かれ、焼き付けんばかりに見入るその姿に、頑張った甲斐はあったのだとラグナは思った。
お魚さんがいるよ、とエルオーネが川面を指差して、レオンがその陰を一緒に探す。
橋下を見下ろすのはスコールにはやはり怖いようで、ラグナが見ようと言っても首を横に振った。
代わりに父にぎゅっと抱き着いて、飛び行く鳥を捕まえようと試みる。
届く筈もない小さな手が、それでも嬉しそうに横切る影を追うのを見て、レインは夫と顔を見合わせてくすりと笑った。
初めての吊り橋チャレンジ。
怖いけど置いて行かれたくなくて頑張ったスコールでした。