[サイスコ]ファースト・ステップ
- 2020/08/08 21:40
- カテゴリー:FF
サイスコ企画様に投稿させて頂いた、[オトナの階段]の続きに当たります。
現代パロで二十歳(大学生)の二人。
酔った勢いであろうと、重ねてしまった時間をなかった事には出来ない───したくない。
だからサイファーは、情事の形跡は隠す事なくそのままに、スコールが目を覚ますのを待った。
そうしておけば、幾ら鈍い彼でも、自分たちが何をしたのか悟るだろう。
その際の彼のダメージを慮らない訳ではなかったが、それ位の事をしなければ、スコールはちゃんと真正面から向き合う事をしない。
幼馴染として、彼以上に彼の事を理解しているからこそ、サイファーは腹を括って決めたのだ。
起きてから、彼は判り易く狼狽した。
裸で寝ていたベッド、その隣には同じく裸身の男、そして体に残るあらぬ場所からの鈍い痛み。
次いで、サイファーにとっては幸いと言うべきか、スコールは昨夜の事を辛うじて覚えていた。
何をどうしていたのか明確な所は抜けていたが、自分達がセックスをしたのだと言う事は、きちんと記憶の中に残っていたのだ。
当然、スコールは酔っ払いの愚かな行為であると言った。
反応としては、それが普通のものだろうとは思うので、サイファーも咎めはしない。
しかし、スコールの方はそうだったとしても、サイファーは違うのだ。
酒のお陰で順序をすっ飛ばしてしまったが、サイファーがスコールに特別な感情を持っている事は紛れもない事実である。
スコールを混乱させない為にと胸中で留めていたのが、アルコールの緩みによって露呈してしまったのだ。
自分が酔っていた事を含めて、サイファーはスコールに滔々と聞かせた。
当然、スコールは更に混乱したが、それもサイファーには判っていた事だ。
スコールはまだサイファーが酒に酔っているのだと思ったし、そうでなくてはこんな事───男同士で、それも相手が自分となんて───にサイファーが手を染めるとは考えられなかった。
だからちゃんと酒が抜ければ、サイファーは正気に戻って、昨夜の事は飲み過ぎてハメを外しただけなのだと、そう思う事がスコールにとっては自分の平穏を守る事に繋がったのだろうけれど、サイファーはそれを赦すつもりはなかった。
「良いか、スコール。俺は素面だ。素面で言ってる。俺はお前を愛してるんだ」
逃げようとする蒼灰色を捕まえて、真っ直ぐそれを捉えて言ったサイファーに、スコールが息を飲む。
その目が、腕を捕まえる手が、本気を滲ませている事を、スコールは理解した。
酒の勢いで始まった関係は、しかし、その後は特に大きく変わる事はなかった。
スコールもサイファーもそれぞれの学業で忙しく、偶に食堂や寮で顔を合わせる事もあるが、それも前の日常と同じ事だ。
学年は違えど、同じ学び舎で過ごしているのだから、当たり前の光景である。
今日もスコールは、昼時間の食堂で、サイファーの姿を見付けた。
いつも一緒にいる取り巻きの風神と雷神の姿はなく、四人テーブルに一人で座り、ラーメン定食を啜っている。
その周囲の席は綺麗に空けられており、サイファーの大きな体でも悠々と過ごせるスペースが守られていた。
これもまた、昔からよく見ている、普段と何も変わらない、日常の景色だ。
だが、それでもスコールは、サイファー・アルマシーと言う存在を意識してしまう。
あんな言い方をされて、意識するなと言うのが、土台無理な話なのだ。
(……席…あそこしかないのか)
自分の食事の為に座る場所を探して、スコールは嘆息した。
昼真っ盛りの食堂は、沢山の生徒に溢れていて、どのテーブルも埋まっている。
唯一、サイファーが陣取っている場所だけが、ぽっかりと空いているのである。
トレイを持ったまま、どうしたものかと立ち尽くしているスコールを、碧の瞳が視界の端で捉えた。
顔を上げたサイファーと、スコールの目線が思い切り交じってしまい、しまった、とスコールが顔を顰めていると、
「良いぜ、相席してやっても」
「……」
「遠慮すんなよ」
にやにやと笑うサイファーの言葉に、スコールの眉間の皺が深くなる。
遠慮とかじゃなくて嫌なんだ、と唇を尖らせても、他の席が埋まっている以上、スコールが選べる選択肢はない。
スコールは、サイファーと斜め向かいになる場所に座る事にした。
正面も隣も嫌だから、選べる場所は此処しかない。
いらっしゃい、等と言うサイファーを無視して、スコールは昼食に箸をつける。
黙々と料理を口に運ぶスコールは、斜め向かいから判り易く向けられる、煩い視線に気付いていた。
(なんだよ……)
じっと見つめる碧眼の所為で、スコールは落ち着けない。
昼食位、誰の干渉も受けずに、のんびりと採りたいスコールにとって、この煩い視線はとても邪魔だ。
それなら「邪魔」「見るな」とはっきり言えば良いではないか、と思ってはいるのだが、最近のスコールは、そう出来ない理由があった。
昔から、サイファーの視線と言うものは、よく感じ取っていた。
幼い頃からサイファーは何かとスコールにちょっかいを出してきて、泣かされたことも一度や二度ではない。
反面、スコールの変化と言うものにも敏感で、落ち込んでいる時に真っ先に声をかけてくるのもサイファーだった。
だからサイファーの視線が煩いことは、スコールにとっては今更の話なのだが、問題はその瞳から滲む色だ。
幼い頃、気弱だったスコールを、サイファーはよく揶揄っていた。
だからサイファーが自分を見ている時と言うのは、揶揄うタイミングを図っていると言うのがスコールの中で定説化していたのだが、最近、どうやらそれだけではないと言う事に気付いた。
気付かされてしまった。
(……露骨すぎるだろ)
碧眼が映すのは、愛しいものを愛でる感情。
愛している、愛していると、何度も繰り返して囁く、まるで恋の歌。
────事の始まりは、スコールの二十歳の誕生日祝いにと、二人で酒を酌み交わした日。
細かな経緯は忘れたが、ともかく酒の入った勢いの中で、スコールはサイファーに抱かれた。
それから目を覚まし、酒も抜けた後で、スコールはサイファーから「愛している」と言われたのだ。
抱いたのは確かに酒の勢いが切っ掛けであるが、単純な過ちなどではないのだと、素面のサイファーから面と向かって告げられた。
順序としては失敗したが、それでも「酒の所為」でなかった事にはさせないと、真摯な碧眼が言っていた。
あれからスコールは、サイファーの視線と言うものが気になって仕方がない。
いや、視線だけではない、“サイファー”と言う存在が、スコールの中に確かな楔を打っていた。
(……それなのに。あれから何もして来ないし…)
あの日以来、サイファーはスコールに対し、一線を引いた態度を取っている。
正確には、距離を取ろうとしているスコールが、反射的に逃げない程度の距離を保っていた。
まるでスコールの返事を待ちながら、かと言って催促はしないように、僅かな逃げ道を残してくれているかのよう。
本当の本当は、ただスコールを揶揄っているのだと、真正直に信じて馬鹿な奴だと、そう言おうとしているのではないかとも思った。
いつネタ晴らしをしてやろうか、このままスコールが気付くまで調子を合わせてやろうか、遊んでいるのではないかとも。
けれど、スコールの事をサイファーがよく知るように、スコールもサイファーの事を知っている。
俺様王様な横柄な態度を取りながら、本当は根からロマンチストである事も、性質の悪い冗談をいつまでも続ける性格ではない事も。
自分を見る時の碧眼が、嘘を吐いているのか、本気なのか、きちんと示している事も。
(……知ってる。判ってる。あんたは……俺がちゃんと答えを出すのを、待ってる)
あの日から、サイファーは表立ってスコールに何かして来る事はない。
過ごす日々は昔から変わらない距離感を保っているから、傍目には二人の関係が少々ぎこちなくなっている事に気付く者もいないだろう。
それはつまり、このままスコールが黙っていれば、何事もなく日常は続いて行くと言う事。
あの日、「愛している」と言ったサイファーの言葉に返事をしなくても、少なくともスコールの生活が大きな変化に見舞われる事はないと言う事。
混乱極まっていたスコールに、サイファーは返事を急かさなかった。
ただ、酒の勢いで越えてしまった一線を、なかった事にしたくなかったのだと、彼は言う。
初めて抱いた想い人の体温を、曖昧な夢のように溶かして忘れたくなかったのだと。
どうすれば良いんだ、と苦い気持ちが沸き上がって来て、スコールは口の中で箸を噛んだ。
意識が斜め向かいの男に向かってしまって、食事に集中できない。
誰かこいつを他所に連れて行ってくれ、願っていると、
「あ、いたいた、サイファー」
「……なんだ、ヘタレかよ。何の用だ」
聞き覚えのある声にスコールが顔を上げると、アーヴァインが立っていた。
ようやくスコールから外れた視線が、傍らのクラウスメイトに向かい、判り易く機嫌を損ねる。
「そんなに睨まないでよ。邪魔して悪いとは思ってるんだから」
「思ってるんなら早く消えろ」
「そう言う訳にもいかないんだ。ほら、この間貸したノート、そろそろ提出期限だから返して欲しいな~って」
「ああ、あれか。判った判った」
やれやれと、サイファーは重い腰を持ち上げた。
とっくに平らげていたラーメン定食のトレイを「返しとけ」とアーヴァインに押し付ける。
アーヴァインは「え~?」と面倒そうな声を上げるが、大人しく踵を返し、返却口へと向かう。
良かった、これでいなくなってくれる。
ようやく食事に集中できると、スコールが密かにほっと安堵していると、
「じゃあな」
ぽん、とスコールの頭に大きな手が乗って、くしゃりと髪を掻き混ぜた。
唐突な事にスコールが目を丸くしている間に、手はするりと離れて、その持ち主にひらひらと振られながら遠退いて行く。
────あんなに大きな手だったろうか。
あんなに優しく触れる手だっただろうか。
一世一代の告白をしておいて、碌な返事もしない相手に、そんな風に触れられる男だっただろうか。
(……大人の余裕、なのか)
つい先日、二十歳を迎えたスコールと、その一年前に二十歳になったサイファー。
たかが一年、されど一年の差が、まるで幼い子供の成長の差を見ているようで、時々、スコールの胸にじわりと棘が滲む。
それは恐らく、サイファーが大人かどうかではなく、自分の幼稚さが浮き彫りになるからだろう。
そんな差を感じさせてしまう位に、自分と彼の間にある、心の余裕の違いを思い知る。
(……そんなので俺は、あんたの隣に、いても良い?)
熱を宿した碧眼を見付ける度に、辛うじて忘れてはいなかった、あの夜の事を思い出す。
あの日のあれで、スコールはまた一つ“大人”になった。
けれど、同じく“大人”である男を見る度、本当はまだ自分が“子供”なのだと突きつけられる。
それでも、頭を撫でる手を振り払えなかったように、見詰める碧眼を見るなと突き放す事も出来ない。
あの目に見つめられていると、酒を飲んだ訳でもないのに、頭の中が熱くなってふわふわとするのだ。
(────ああ、)
それが自分の答えだと、ようやく気付く。
途端に胸が一杯になって、口の中の物を飲み込む事にも苦労した。
まるであの日飲んでいた酒のように、苦い感覚に襲われる。
同時に顔が熱くなって、アルコールなんてこの食堂では提供していないのに、酔ったみたいに頭が揺れた。
『サイスコ企画に投稿している[オトナの階段]の後日談』のリクエストを頂きました。
酒の勢いで告白も何もかっもすっ飛ばしてシちゃった二人のその後!
日常生活や色恋でパニックになると逃げる癖のある宅のスコールですが、実はちゃんと答えは決まっていたって言う。
ただ本人が自分の気持ちに気付くのと、それが恋だと消化するまでに時間がかかるのです。
それを確信持ちで待ってあげてるサイファーの大人の余裕。
現代パロで二十歳(大学生)の二人。
酔った勢いであろうと、重ねてしまった時間をなかった事には出来ない───したくない。
だからサイファーは、情事の形跡は隠す事なくそのままに、スコールが目を覚ますのを待った。
そうしておけば、幾ら鈍い彼でも、自分たちが何をしたのか悟るだろう。
その際の彼のダメージを慮らない訳ではなかったが、それ位の事をしなければ、スコールはちゃんと真正面から向き合う事をしない。
幼馴染として、彼以上に彼の事を理解しているからこそ、サイファーは腹を括って決めたのだ。
起きてから、彼は判り易く狼狽した。
裸で寝ていたベッド、その隣には同じく裸身の男、そして体に残るあらぬ場所からの鈍い痛み。
次いで、サイファーにとっては幸いと言うべきか、スコールは昨夜の事を辛うじて覚えていた。
何をどうしていたのか明確な所は抜けていたが、自分達がセックスをしたのだと言う事は、きちんと記憶の中に残っていたのだ。
当然、スコールは酔っ払いの愚かな行為であると言った。
反応としては、それが普通のものだろうとは思うので、サイファーも咎めはしない。
しかし、スコールの方はそうだったとしても、サイファーは違うのだ。
酒のお陰で順序をすっ飛ばしてしまったが、サイファーがスコールに特別な感情を持っている事は紛れもない事実である。
スコールを混乱させない為にと胸中で留めていたのが、アルコールの緩みによって露呈してしまったのだ。
自分が酔っていた事を含めて、サイファーはスコールに滔々と聞かせた。
当然、スコールは更に混乱したが、それもサイファーには判っていた事だ。
スコールはまだサイファーが酒に酔っているのだと思ったし、そうでなくてはこんな事───男同士で、それも相手が自分となんて───にサイファーが手を染めるとは考えられなかった。
だからちゃんと酒が抜ければ、サイファーは正気に戻って、昨夜の事は飲み過ぎてハメを外しただけなのだと、そう思う事がスコールにとっては自分の平穏を守る事に繋がったのだろうけれど、サイファーはそれを赦すつもりはなかった。
「良いか、スコール。俺は素面だ。素面で言ってる。俺はお前を愛してるんだ」
逃げようとする蒼灰色を捕まえて、真っ直ぐそれを捉えて言ったサイファーに、スコールが息を飲む。
その目が、腕を捕まえる手が、本気を滲ませている事を、スコールは理解した。
酒の勢いで始まった関係は、しかし、その後は特に大きく変わる事はなかった。
スコールもサイファーもそれぞれの学業で忙しく、偶に食堂や寮で顔を合わせる事もあるが、それも前の日常と同じ事だ。
学年は違えど、同じ学び舎で過ごしているのだから、当たり前の光景である。
今日もスコールは、昼時間の食堂で、サイファーの姿を見付けた。
いつも一緒にいる取り巻きの風神と雷神の姿はなく、四人テーブルに一人で座り、ラーメン定食を啜っている。
その周囲の席は綺麗に空けられており、サイファーの大きな体でも悠々と過ごせるスペースが守られていた。
これもまた、昔からよく見ている、普段と何も変わらない、日常の景色だ。
だが、それでもスコールは、サイファー・アルマシーと言う存在を意識してしまう。
あんな言い方をされて、意識するなと言うのが、土台無理な話なのだ。
(……席…あそこしかないのか)
自分の食事の為に座る場所を探して、スコールは嘆息した。
昼真っ盛りの食堂は、沢山の生徒に溢れていて、どのテーブルも埋まっている。
唯一、サイファーが陣取っている場所だけが、ぽっかりと空いているのである。
トレイを持ったまま、どうしたものかと立ち尽くしているスコールを、碧の瞳が視界の端で捉えた。
顔を上げたサイファーと、スコールの目線が思い切り交じってしまい、しまった、とスコールが顔を顰めていると、
「良いぜ、相席してやっても」
「……」
「遠慮すんなよ」
にやにやと笑うサイファーの言葉に、スコールの眉間の皺が深くなる。
遠慮とかじゃなくて嫌なんだ、と唇を尖らせても、他の席が埋まっている以上、スコールが選べる選択肢はない。
スコールは、サイファーと斜め向かいになる場所に座る事にした。
正面も隣も嫌だから、選べる場所は此処しかない。
いらっしゃい、等と言うサイファーを無視して、スコールは昼食に箸をつける。
黙々と料理を口に運ぶスコールは、斜め向かいから判り易く向けられる、煩い視線に気付いていた。
(なんだよ……)
じっと見つめる碧眼の所為で、スコールは落ち着けない。
昼食位、誰の干渉も受けずに、のんびりと採りたいスコールにとって、この煩い視線はとても邪魔だ。
それなら「邪魔」「見るな」とはっきり言えば良いではないか、と思ってはいるのだが、最近のスコールは、そう出来ない理由があった。
昔から、サイファーの視線と言うものは、よく感じ取っていた。
幼い頃からサイファーは何かとスコールにちょっかいを出してきて、泣かされたことも一度や二度ではない。
反面、スコールの変化と言うものにも敏感で、落ち込んでいる時に真っ先に声をかけてくるのもサイファーだった。
だからサイファーの視線が煩いことは、スコールにとっては今更の話なのだが、問題はその瞳から滲む色だ。
幼い頃、気弱だったスコールを、サイファーはよく揶揄っていた。
だからサイファーが自分を見ている時と言うのは、揶揄うタイミングを図っていると言うのがスコールの中で定説化していたのだが、最近、どうやらそれだけではないと言う事に気付いた。
気付かされてしまった。
(……露骨すぎるだろ)
碧眼が映すのは、愛しいものを愛でる感情。
愛している、愛していると、何度も繰り返して囁く、まるで恋の歌。
────事の始まりは、スコールの二十歳の誕生日祝いにと、二人で酒を酌み交わした日。
細かな経緯は忘れたが、ともかく酒の入った勢いの中で、スコールはサイファーに抱かれた。
それから目を覚まし、酒も抜けた後で、スコールはサイファーから「愛している」と言われたのだ。
抱いたのは確かに酒の勢いが切っ掛けであるが、単純な過ちなどではないのだと、素面のサイファーから面と向かって告げられた。
順序としては失敗したが、それでも「酒の所為」でなかった事にはさせないと、真摯な碧眼が言っていた。
あれからスコールは、サイファーの視線と言うものが気になって仕方がない。
いや、視線だけではない、“サイファー”と言う存在が、スコールの中に確かな楔を打っていた。
(……それなのに。あれから何もして来ないし…)
あの日以来、サイファーはスコールに対し、一線を引いた態度を取っている。
正確には、距離を取ろうとしているスコールが、反射的に逃げない程度の距離を保っていた。
まるでスコールの返事を待ちながら、かと言って催促はしないように、僅かな逃げ道を残してくれているかのよう。
本当の本当は、ただスコールを揶揄っているのだと、真正直に信じて馬鹿な奴だと、そう言おうとしているのではないかとも思った。
いつネタ晴らしをしてやろうか、このままスコールが気付くまで調子を合わせてやろうか、遊んでいるのではないかとも。
けれど、スコールの事をサイファーがよく知るように、スコールもサイファーの事を知っている。
俺様王様な横柄な態度を取りながら、本当は根からロマンチストである事も、性質の悪い冗談をいつまでも続ける性格ではない事も。
自分を見る時の碧眼が、嘘を吐いているのか、本気なのか、きちんと示している事も。
(……知ってる。判ってる。あんたは……俺がちゃんと答えを出すのを、待ってる)
あの日から、サイファーは表立ってスコールに何かして来る事はない。
過ごす日々は昔から変わらない距離感を保っているから、傍目には二人の関係が少々ぎこちなくなっている事に気付く者もいないだろう。
それはつまり、このままスコールが黙っていれば、何事もなく日常は続いて行くと言う事。
あの日、「愛している」と言ったサイファーの言葉に返事をしなくても、少なくともスコールの生活が大きな変化に見舞われる事はないと言う事。
混乱極まっていたスコールに、サイファーは返事を急かさなかった。
ただ、酒の勢いで越えてしまった一線を、なかった事にしたくなかったのだと、彼は言う。
初めて抱いた想い人の体温を、曖昧な夢のように溶かして忘れたくなかったのだと。
どうすれば良いんだ、と苦い気持ちが沸き上がって来て、スコールは口の中で箸を噛んだ。
意識が斜め向かいの男に向かってしまって、食事に集中できない。
誰かこいつを他所に連れて行ってくれ、願っていると、
「あ、いたいた、サイファー」
「……なんだ、ヘタレかよ。何の用だ」
聞き覚えのある声にスコールが顔を上げると、アーヴァインが立っていた。
ようやくスコールから外れた視線が、傍らのクラウスメイトに向かい、判り易く機嫌を損ねる。
「そんなに睨まないでよ。邪魔して悪いとは思ってるんだから」
「思ってるんなら早く消えろ」
「そう言う訳にもいかないんだ。ほら、この間貸したノート、そろそろ提出期限だから返して欲しいな~って」
「ああ、あれか。判った判った」
やれやれと、サイファーは重い腰を持ち上げた。
とっくに平らげていたラーメン定食のトレイを「返しとけ」とアーヴァインに押し付ける。
アーヴァインは「え~?」と面倒そうな声を上げるが、大人しく踵を返し、返却口へと向かう。
良かった、これでいなくなってくれる。
ようやく食事に集中できると、スコールが密かにほっと安堵していると、
「じゃあな」
ぽん、とスコールの頭に大きな手が乗って、くしゃりと髪を掻き混ぜた。
唐突な事にスコールが目を丸くしている間に、手はするりと離れて、その持ち主にひらひらと振られながら遠退いて行く。
────あんなに大きな手だったろうか。
あんなに優しく触れる手だっただろうか。
一世一代の告白をしておいて、碌な返事もしない相手に、そんな風に触れられる男だっただろうか。
(……大人の余裕、なのか)
つい先日、二十歳を迎えたスコールと、その一年前に二十歳になったサイファー。
たかが一年、されど一年の差が、まるで幼い子供の成長の差を見ているようで、時々、スコールの胸にじわりと棘が滲む。
それは恐らく、サイファーが大人かどうかではなく、自分の幼稚さが浮き彫りになるからだろう。
そんな差を感じさせてしまう位に、自分と彼の間にある、心の余裕の違いを思い知る。
(……そんなので俺は、あんたの隣に、いても良い?)
熱を宿した碧眼を見付ける度に、辛うじて忘れてはいなかった、あの夜の事を思い出す。
あの日のあれで、スコールはまた一つ“大人”になった。
けれど、同じく“大人”である男を見る度、本当はまだ自分が“子供”なのだと突きつけられる。
それでも、頭を撫でる手を振り払えなかったように、見詰める碧眼を見るなと突き放す事も出来ない。
あの目に見つめられていると、酒を飲んだ訳でもないのに、頭の中が熱くなってふわふわとするのだ。
(────ああ、)
それが自分の答えだと、ようやく気付く。
途端に胸が一杯になって、口の中の物を飲み込む事にも苦労した。
まるであの日飲んでいた酒のように、苦い感覚に襲われる。
同時に顔が熱くなって、アルコールなんてこの食堂では提供していないのに、酔ったみたいに頭が揺れた。
『サイスコ企画に投稿している[オトナの階段]の後日談』のリクエストを頂きました。
酒の勢いで告白も何もかっもすっ飛ばしてシちゃった二人のその後!
日常生活や色恋でパニックになると逃げる癖のある宅のスコールですが、実はちゃんと答えは決まっていたって言う。
ただ本人が自分の気持ちに気付くのと、それが恋だと消化するまでに時間がかかるのです。
それを確信持ちで待ってあげてるサイファーの大人の余裕。