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飼い犬日記

 

 宿命の大戦・桶狭間の戦いから月日は経ち、その際に帰参を許された利家も改めて織田家の一員として馴染んで来たある日の昼下がり。柔らかな陽景を浴びながら、信長の居城の広い中庭で二人の男が他愛も無い会話を交わしていた。
「ンだよ、お前まだお市様のコト諦めてなかったのかよ」
「そう簡単に諦めきれるか! わしゃ、ずーっと恋焦がれておったんじゃぞ? それを長政の奴が横からしゃしゃり出て、お市様のお心を奪いおって…くううううぅっ」
 腕を両目に当てて泣く仕草をする秀吉に利家がお義理でポンポンと肩を叩き、お前にはねねがいンだろうがとお馴染みの慰めの台詞を口にし、それを聞いた秀吉がそうじゃのう…と溜め息を吐き、その後に二人で目を合わせてどちらからとも無く笑い出す。
 何時もと変わらぬ平和な時間が二人の間でゆるゆると流れていた。
 背後に一人の男が立つその瞬間まで。
「此処におったのか利家」
「へ? あ、叔父貴。どうかしたのか?」
 声からすぐに誰が来たのかを察知し、自然と浮かんでしまう笑顔で利家は振り向くが、声の主である勝家は何時も以上の仏頂面で顎を城の方へしゃくった。
「大殿が探しておいでだったぞ。至急、大殿の自室に参れとの事よ」
「信長様が…」
「……」
 平和な雰囲気は一瞬にして壊れ、三人の間を微妙な空気が流れる。勝家は顔に不機嫌の色を加えて腕を組み、利家は小さく唇を噛んで戸惑い気味に向かうべき場所へと視線を向け、秀吉はそんな二人の間でオロオロと目を泳がせた。
「何をグズグズしておる。大殿を余り待たせるでない」
 静かながらもピシャリとした口調で急かす勝家に利家は一瞬助けを求めるような視線を送ったが、結局小さく頷いて薄暗い居城の奥へ早足で去っていった。縁側に手を置いて廊下へと身を乗り出し、心配そうに利家が消えて行った先を覗き込む秀吉の背中に勝家の低い声がかかる。
「サル、わぬしは知っておるのか?」
 不機嫌そうな顔の勝家に向かって小さく頷いた秀吉は恐る恐る問うた。
「柴田殿も…?」
「今の問いをした時点で分かろうが」
 勝家殿も気付いておったのか……。余り知りたくない事実を知ってしまい眉を顰める秀吉の瞳をギョロリと見据えながら、勝家は大きく溜め息を吐いて続けた。
「だが利家は気付いておらぬ。わしが真実を知っている事を。そして何よりもわしに知られる事を恐れておる」
 だから。厳しい眼は瞬く間に父の眼に変わり、綺麗に剃られた頭を深々と下げる。予想だにしなかった行動にギョッとする秀吉ではなく、大地と己の足先に視線を向けたまま、勝家は掠れた声で訴願した。
「どうか、利家には伝えないで貰いたい。実はこの勝家が気付いておると言う事を」
「し、柴田殿! どうかお顔を上げてくだされ! 大丈夫、このサル、柴田殿との約束を固く守り、決して利家にも誰にも言いませぬ!」
「……すまぬ…何とぞ…何とぞ宜しく頼む」
 より深々と頭を垂れた勝家に秀吉は驚きと困惑が一緒くたになった顔で幾度も両手の平を残像が生じそうなまでに素早く左右に振り、顔を上げるように必死に繰り返した。

 居城奥に位置する信長の部屋では主人の足の間に飼い犬が両膝を突き、露出した主人の肉搭を手で撫で、擦り、扱いていた。
 暫くすれば自分を貫くであろうそれから目を逸らせず、無意識の内に息を荒げ始める犬の頭に信長の手が乗った。
「男に触れ、見ているだけで感じ始めたか? 相変わらず盛っておるな」
「………………」
 否定も出来ず、眉を困惑の形に変えて俯く利家の反応に信長は小さく笑う。
「未だ勝家には言っておらぬようだな。先程うぬを呼ぶように命じてみたが、特に表情も変えずに探しに行きおったわ」
「叔父貴にだけは知られたくないンです。それは信長様もご存知ではないですか。……何故、叔父貴に俺を探させたンですか?」
 自分がこのような行為を繰り返している事実を勝家に知られたくない事は分かっている筈なのに、その辺りの事情を知らぬ小姓は使わず、敢えて巻き込むように勝家を利用する信長に非難を少し込めて問うと、彼は悪びれた様子も見せずに何時もの調子で答えた。
「別に? ただ近くにおったから頼んだまでよ」
「…………」
 やはり、このお方は魔王だ。常人なら戸惑う事も普通にやってのける。
 そう思うと同時に諦めに似た感情が生じ、今は勝家の事は忘れて早々と終わらせてしまおうと、余り得意ではないし好き好んでやりたい行為でもない口淫に取り掛かるべく口を開いて舌を伸ばしかけた時、意外な言葉が降りかかった。
「もう良い。股を開け犬千代」
「えっ…」
 思わず顔を上げると相手の薄い笑いが目に飛び込み、瞬間的に嫌な予感と言うものを感じたが、逆らう事が出来る訳も無い利家は褥に横たわり、恐る恐る膝裏に手を添えて両足を開いた。
 完全に男を誘い込む己の格好に羞恥を覚えて顔を赤らめる利家の足元に手が伸び、慣れた手付きで解かれた帯が腰の下に落ちる。
 直視が出来ずに横を向きつつも自然と息が震えだす利家の紅に染まった横顔を一瞥した魔王は、ニヤリと笑みを深めた後、躊躇いも無く相手の袴を下ろし、そのまま流れる手付きで下着を掴んで強く横に引っ張る。ずらされた布から狙われている窄まりが露出したと知った利家は恥ずかしさの余りに目を固く閉じてしまい、その直後に自分を襲ってくる苦難の瞬間に気付かなかった。
「ッ!? ま、待ってください、信長様っ、や、嫌だ! い、痛…い、や…あぁあ……!!」
 てっきり指で慣らしたり体液やその手の行為用の油で濡らす物と思っていた其処に、いきなり熱り立った肉刀が入り込もうとし、濡れていない二人の接合部位がメリメリといかにも無理をしている音を立て始める。
 当然、準備も整っていない雌役の方には耐え難い激痛が襲い、痛い痛いと泣き叫びながら何とか身体を一度離してもらおうと雄役の肩を掴んで押し上げようとするが、彼はその手を躊躇い無く振り払い、逆にその両手首を掴んで敷布に強く押さえつけつつ、腰を無理矢理前進させた。
「信長、さ、ま……お、お願いっ、やめてくださっ…い、痛い……痛いぃいっ!!」
「何を痛がっておる。まだ先端が入っただけぞ。泣いてる暇があったら力を抜くなりせぬか」
「む、り……無理で…す……! 濡らしてもないのに……そん、なっ! ぃぎいいぃいいっ!」
 力を抜くどころか痛みに耐えようと言う本能のままに逆に奥歯を噛み締めてしまい、それが結果として耐え難い痛みを強め、元々無理な挿入を余計に困難な物にしてしまうが、それに全く躊躇する事無く、より己の腰に力を強めて本体を押し進めようとする信長の残虐さに利家は裏返った涙声で繰り返し懇願する以外、何も出来なかった。
「…あ…あ…お願い…です…どうか…抜いてください……慣らしてから…挿入れてください……!」
 もはや心の内には恐怖心しかなく、身体を震わせながら必死に頼み込むが、当の相手は涼しい表情のまま言い放った。
「今日は急にうぬを辱めたくなったのでな。交わる前の戯れをする時すら面倒だったのよ」
「だ、だからって……こんな、の……ひいいぃっ…!」
「ククッ……駄犬のうぬでも幾度も繰り返せば学ぶであろう? 予に突如呼ばれた時点でこのような事になると言うのは」
 痛みと恐怖でとうとう奥歯の辺りがガタガタと鳴りだした犬の泣き顔を堪能しながら魔王の非情な言葉は続く。
「分かっていた時点で予め自分でこの気の効かぬ穴を解して来れば良かったであろう? 先程、少し信長の物に触れて準備をする時を与えてやった時に早々に口で濡らせば良かったであろう? 自業自得、よ」
「そ、そ…そンな……いくら信長様でもそれ…は……ッ…! ひっ…! ひああぁああっ!!!」
 辛うじて出そうだった非難の言葉を封じ込めんが如く、信長の下半身が一気に突き出され、亀頭の先しか入っていなかった本体は準備の殆ど整っていない箇所(相手が言う所の“気が効かぬ穴”)に勢い任せに奥まで捻じ込まれた。普段なら瞬く間に自分を淫猥な雌犬に変えてしまうその感触は今回はただの激痛でしかなく、身体を股から引き裂かれているような錯覚さえ覚える。
 閉じる気配の無い口の両端から殆ど泡に近い涎を流して、肢体を大きく痙攣させる犬の焦点の定まらぬ涙目を、暫し動きを止めて面白そうに眺めていた信長だったが、無性に利家を辱めたくなったと言うのは嘘ではなかったらしく、観察もそこそこに己の快楽の為だけに接合した雄を強制的に荒々しく動かし始めた。
 相変わらず律動の準備もまともに出来ていない其処からはギチギチと決して滑らかさを感じさせない音が漏れ出、音のままに引っ掛かり引っ掛かり擦れる度に増していく痛みに利家は喉も嗄れよと絶叫し続ける。
「こ…壊れ……る…!! し、尻穴が駄目になっちま…うぅっ!! 許し、てっ…信長様っ、許してくださいいっ!!! ああ゛あぁあ゛あ゛あ゛っ!!!」
 気を失いかけているのか半ば白目を剥いて獣の吠え声のような悲鳴を上げる利家の反応を心底愉しんでいるのだろう、魔王は例の笑顔を崩さぬまま、遊ぶように腰を軽く揺すった。

 真っ赤な陽が一日に別れを告げるかのように静かに沈んでいく中、勝家は差し込む橙色の光を浴びながら憮然とした顔で廊を歩いていたが、ふと立ち止まって中庭の方へと目をやった。
 手入れが行き届いた多くの木々や職人の技を感じる灯篭、色鮮やかな草花が咲き浮かぶ池など観る者を和ませる穏やかな空間に場違いな啜り声が確かに聞こえた。
「……」
 無言で草履を突っ掛け、音がした方へ進むと、少し入り組んだ場所にある巨大な松の木の根元で見慣れた背中がしゃがみ込んでいた。思った通り、啜りの正体は彼だったらしく、小さく肩を震わせてしゃくり上げながら腕で目の辺りを何回も擦っているのが背後から見ても窺える。
「? あ、何だ叔父貴かぁ!」
 背中が自分の気配を察知して振り向くと同時に立ち上がりながら屈託の無い笑顔を見せる。彼が子供の頃からずっと自分に見せ続けてくれた無垢な顔を。
「泣いておったのか」
「へ? あ、バレてた? はぁ…駄目だなぁ俺」
 長い事泣いていた所為か真っ赤になっている目をグシグシと擦って明るく振舞う利家だったが、勝家は表情を変えずに思い切った問いを口にした。
「わぬしは大殿に呼ばれ、用を済ませて戻って来た後はよく泣いておるよな。何故?」
「……」
 問いはある意味望みだった。
 実は、信長様に辱められている。そう素直に告白して泣き付きでもしてくれれば楽になる。
 信長に幾度も汚されている事。
 その事実を本当は知っていても相手の為に知らない振りをしている事。
 互いが持つ隠し事と言う枷から解放されるのを願っての問いだった。
 だが、利家の口から出た答は枷を外す鍵ではなかった。
「何か信長様、最近凄ェ碁に凝っててさ。で、何故か俺が相手にさせられてンだよ」
「…………」
 自分も利家と碁を交わした事はあるが、それはもう稚拙この上ない腕前であり、信長が彼の相手ともなれば数手も打たぬ内に派手な癇癪を起こして碁盤を引っくり返し、場が混沌と化しそうな気がするのだが…
「そうか。ならば、何故泣いておる? わぬしは負けず嫌いではあるが、碁の勝ち負けくらいでは泣くまい?」
「え? あ、あぁ、信長様さ。俺が考えてる時に頭ン中乱そうってのか泣ける話ばっかするんだぜ? 酷いよなぁ」
「そうか…」
 わぬしの嘘の内容の方が酷いわ。喉の奥まで出て来た言葉を何とか飲みこみ、当たり障りの無い返事をする。これ以上の追究に危機感のような物を覚えたのか利家はより一層明るい声を出して伸びをした。
「あぁーあっ! 腹減ったなぁ…帰りに団子でも食ってくかぁ。じゃあな、叔父貴」
「あぁ」
 生返事しか出来ぬ自分の横を利家が通っていくが、擦れ違う際にその足を止めて彼は静かに言った。
「俺、大丈夫だから。叔父貴は何も心配しないで良いンだ」
「! 利…」
 横を向くと同時に目に飛び込んで来たのは先程も見せてくれた笑顔。その顔と言葉に思わず呼び止めようとした時には犬は駆け、視界から姿が消えてしまう。無意識の内に宙に伸びていた手をゆっくりと下ろして勝家は溜め息を吐いた。
「…馬鹿な子よ」
 自分の為を思っての優しさから出た言葉なのかも知れぬが、そのような台詞を吐けば余計に心配をかけてしまう事に気付かぬのか。
 思わず心中で説教する勝家だったが、彼の無垢な笑顔を思い出した瞬間に小さく頭を垂れ、やがて意を決したかのように歩み出した。

 夕日の色に染まっている障子戸に一つの影が映った時、信長は薄笑いを浮かべた。また鬼が信長に物申しに来たか。
「大殿。勝家で御座りまする。失礼しても宜しいか」
「構わぬ」
 予想通りの声に短く返事をすると、すっと戸が開いて件の人物が失礼つかまつると口にしつつ部屋に入って来た。
 身を部屋に入れると同時に戸を閉め、胡坐をかいて畏まる勝家の視界に意外な物が入る。
「碁、でありまするか?」
 片手に教本を持ち、片手で碁石を持つその姿に思わず問うと、問われた方も微かに不思議そうに答えた。
「信長が碁を打つのが意外、であるか?」
「い、いえ、そう言う訳では。ただ…」
「ただ?」
 本当に微々たる希望ではあるが、利家の言っていた事が真実なのかも知れない。
 余りにも淡すぎる望みを胸に勝家は己の台詞を復唱する主君に対し、思い切って口にした。
「利家が、その、大殿に頻繁に呼ばれるのは…大殿の碁のお相手をしているから、と言っておりましたゆえ…」
「利家が碁の相手? この信長の? フハハハハハハハ!!!」
 パチン! 
 黒い石が碁盤に叩き付けられ、魔王の哄笑が部屋に響く。予測通りの展開だったとは言え、呆気なく望みを打ち砕かれて小さく呻く勝家に信長は追い討ちをかけるように続けた。
「利家と碁を交わした事はあるが、余りの程度の低さに話にならぬと碁盤を引っくり返してやったら項垂れておったわ。本当にアレは武芸と交尾以外、能の無い犬よ」
「……」
 実の息子を貶されたかのような不快感を確実に覚え、眉間の皺を深くする勝家に対して信長は嘲笑を浮かべつつ新たな碁石を指で挟んだ。
「それにしても、利家がそのような下らぬ嘘を吐いて誤魔化しておると言う事は、まだうぬに事実を伝えておらぬのか」
「はっ」
 短く返事をして頷く勝家をチラリと見た後に信長は碁石を教本通りの場所に置き、からかうような声色で言った。
「うぬが利家に伝えてやれば互いに楽になるのではないか? 全て知っておる、と」
「そうした場合の利家の反応を考えますと、とても出来ませぬ」
 主君の提案に頭を数度振った後、勝家は再度畏まって続ける。
「ゆえに…あの子自身が口にするまで、この勝家は何も知らぬ振りを続ける所存」
「で、あるか」
 口癖で適当に返事をしながら碁石を抓む信長は心中で呟いた。下らぬ、な。互いを思っての事なのだろうが、それ故に己を騙し、相手を騙して何になると言うのか。
「大殿」
 耳に入った低い声にふと我に返り、声の方を向くと頭を垂れたままの勝家が搾り出すような声で懇願して来た。
「無礼を承知でお頼み申す。あの子を…利家を辱め、傷付ける行為をお止めになって頂けぬか」
「…………」
 突然の願いに信長は無表情で勝家の月代を暫し凝視し、その表情を変えずに視線を碁盤に戻し、無言で本が指定する場所に石を置いた。