日々ネタ粒

日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

  • Home
  • Login

日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

エントリー

カテゴリー「最遊記」の検索結果は以下のとおりです。

陽が消える朝(三&空)

  • 2012/05/21 23:22
  • カテゴリー:最遊記




太陽が、なくなる。
それを見た瞬間、世界が壊れて行く音が聞こえた気がした。




目が覚めて、なんだかとても寒い気がした。
もう五月になり、日によっては暑く感じる日もあると言うのに、まるで真冬のように寒い、気がした。

目を擦りながら起き上がると、寒さの次は、静けさが気になった。
朝を告げる鳥の声も、木々のさざめきを鳴らす風も、何も聞こえて来ない。
不思議に思って外を見て─────空の光が、消えていくのを見付けた。



「三蔵!」



ベッドで丸くなっている保護者に跳び付いて、揺さぶった。
昨夜、三蔵が遅くまで仕事をしていた事も、後で絶対に怒られる事も、気にせずに。



「三蔵、三蔵!三蔵、起きて!起きてってば!」
「……るせぇ……」



繰り返し耳元で呼べば、三蔵の眉間に皺が寄る。
それも構わず呼び続けて、ようやく、紫電が悟空を見る。



「なんなんだ、朝っぱらから…」
「三蔵、変。空が変」
「あぁ?」



意味が判らない、と三蔵は顔を顰め、悟空が窓の向こうを指差すと、ベッドを下りて其方へ向かう。
悟空はそれについて行き、三蔵の腰にぎゅっとしがみついた。


薄らと雲のかかる、静かな朝の空を見上げれば、其処に在るのは、穴の開いた太陽。


一瞬、眉を潜めた三蔵だったが、直ぐに得心が行った。
それから、傍らの子供が酷く焦燥した表情である理由にも。



「……慌てるな。ただの日食だ」
「…に、しょく……?」



何ソレ、と問う金色の瞳には、不安が滲み、薄らと涙が浮かんでいる。

殊更に“太陽”を特別視する傾向のある子供にとって、太陽に穴が空いている現象は、この世の終わりも同然であった。
知識を知っていれば特に慌てる事もないが、常識的な物事さえろくろく整っていない子供に、それは無理な注文だろう。


三蔵は太陽を直接視した所為で痛む目を摩りながら、空に背を向けた。
しがみ付いて来る子供の背中を押して、ベッドに戻って腰を下ろす。



「三蔵、日食って何?あれ、どうなってんの?太陽、なくなるの?」



煙草を取り出す三蔵の隣で、悟空が矢継ぎ早に問う。
三蔵は煙草に火を点け、一つ煙を吐き出した後で、なあなあ、と揺さぶる子供の頭を掴んだ。



「静かにしろ。別になくなりゃしねえよ」
「…本当?」
「ああ」
「………」



三蔵の言葉を聞いても、悟空は未だに不安の滲む顔をしている。
あれはただの自然現象だ、と三蔵は言おうかと思ったが、どうせ長々と説明しても悟空が理解できる筈もあるまい。
時間が経てば元に戻るとだけ言うと、悟空は「うん……」と沈んだ表情のままで頷いた。


紫煙が揺れて空気に溶ける。
重役出勤が常の三蔵にとって、この時間から起きているのは予定外の事だ。
かと言って、今から仕事に向かう程真面目な性分ではないので、二度寝するか、とも考える。

しかし、ぎゅう、と自分の腕にしがみ付いて来る子供に気付いて、三蔵は溜息を吐いた。
三蔵に縋る丸みのある手が、小さく震えているのが判る。



「どうした」
「…………」



単純に怯えていると言うには、反応が大袈裟に見えて、三蔵は問うた。

悟空は暫く耐えるように唇を噛んでいたが、我慢できなくなったのだろうか。
三蔵の襦袢の袖を引っ張って顔を埋め、呟いた。



「…なんか、ね。なんか、…寒くて、」
「寒い?」
「……うん……」



震えているのは、恐怖心だけではなく、言いようのない底冷えを感じるから。

それが動物の本能的な感覚からくるものなのか、見たことのない現象への無知故の畏怖か。
三蔵には判るべくもないが、青白くも見える子供の顔を見れば、悟空の心中がどれだけ怯えているのかは判る。


三蔵は何度目かの溜息を紫煙に交えて吐き出すと、震える子供の襟首を掴んだ。
ふえ、と驚いた声が漏れたのも聞かず、ベッドに転がしてやる。
その上に覆いかぶさるように横になれば、体の下でもぞもぞと暴れる小柄な体があって、



「じっとしてろ、猿。ったく、下らんことで起こしやがって」
「だって、太陽が」
「知らん。寝ろ。起きれば元に戻ってる」



日食など、起きているのは精々一時間から二時間程度。
もう既に殆どが影になっている今からなら、二度寝して坊主達が起こしにくる頃には、既に影も消えているだろう。
それまで、延々と怯える子供の聲を聞き続ける程、三蔵は気が長くない。

下敷きにした子供は、しばらく唸って暴れていたが、一分もすると静かになった。
代わりにぎゅう、と三蔵にしがみ付いて、熱を欲しがるように密着する。





大丈夫、大丈夫。
世界の太陽が隠れても、たった一人の太陽は、ずっとずっと此処にいる。

だから世界は、まだ壊れない。







日食とか月食って、100年に一度とか、珍しくて凄い現象だって言われても、知識がないと天変地異の前触れに思えるんだろうなあ。“太陽”に特に思い入れのある悟空なら、尚更。
成長して八戒に色々教わった後なら、もうちょっと落ち着いてるかも知れない。でも、寺院時代はやっぱり怖いと思う。

……岩牢に500年もいたんだから、一回二回ぐらい日食や月食見てそうだな、悟空って。
手が届かないものでも、光を運んで来てくれる太陽が目の前で消えて言ったら、怖い所の話じゃなかったかも。
  • この記事のURL

[寺院オール]空知らぬ日の“特別”

  • 2012/05/06 22:37
  • カテゴリー:最遊記
一日遅れになりましたが、こどもの日ネタ。皆でほのぼの


いつものように、三蔵の執務室で暇を持て余していた悟空にとって、悟浄と八戒の来訪は幸いだった。

悟浄に遊び相手をして貰うでも、八戒が持って来てくれたおやつを食べるでも良い。
延々と仕事に耽る三蔵の傍で、構って貰える時間が来るのをぼんやりと待つより、ずっと有効的な時間だ。




「悟浄、八戒、いらっしゃい!」
「はい、お邪魔してます」
「相変わらず煩ぇ猿だな、お前は」




ぐりぐりと悟浄の手が悟空の頭を撫でる。
やめろよ、と悟浄の手を払おうとする悟空を、八戒が微笑ましそうに眺めている。

静かだった執務室が俄かに騒がしくなったのを受けて、三蔵が眉間に皺を寄せる。
しかし、此処にいる面々に何を言おうと無駄であるのは判り切った事なので、三蔵は溜息を一つ吐いただけだった。
次いで集中力も斬れたのか、手に持っていた筆を置き、取り出した煙草に火を点けた。




「で、お前ら、何の用だ?」




じろりと睨む紫電には、暗に「用がないなら帰れ。要があるならさっさと済ませて、とっとと帰れ」と言うオーラが滲んでいる。
それも目の前の男達には無駄なものでしかないが。

三蔵の言葉に、八戒は手に持っていたバスケットを見せてにこやかな笑みを浮かべる。




「今日は、悟空にこれを渡しに来たんです」
「ふえ?オレ?」




悟空は悟浄を押し退けて、なになに、と期待に満ちた眼差しで八戒に駆け寄る。
何せ、八戒が持って来ているバスケットには、いつもクッキーやパイなどの食べ物が入っているからだ。

それは大抵、八戒の手作りで、悟空の土産の為にと作られたものでる事が殆どである。
わざわざ“悟空に”と八戒が明言しなくても、食べ物の類は須らく悟空の胃に収まるものなのだが、それでも明言される事で、悟空にとっては特別感が増したように思えるのだ。


八戒は、悟空にバスケットを覗き込ませてやりながら、蓋代わりに被せていた手拭を取った。
すると其処には、大きな葉に包まれた、もちもちとした掌サイズの白い塊。




「何、これ?」
「おや、知らないんですか?柏餅です」
「かしわ……もち?」
「今日はお子様の日だからな」
「誰がお子様だ!」




“お子様の日”がどういうものなのか、それと“かしわもち”がどういう関係なのか悟空には判らなかったが、悟浄の言葉が自分をバカにしたものである事は理解できた。

噛み付くように叫んだ悟空を、宥めるように八戒が撫でる。




「まぁまぁ悟空。それより、これ、早めに食べちゃって下さい。固くなると美味しくありませんからね」
「マジ?じゃあ急いで食う!」
「待て、バカ猿。てめえ、さっきまでクレヨン触ってただろうが。手洗って来い」
「うえ~………うー…」




三蔵の言葉に、悟空は面倒臭いとばかりに顔を顰めた。
が、それをじろりと睨まれて、渋々従う事にする。
実際、悟空の手は画用紙に落書きしていた時に触っていたクレヨンの所為で、色とりどりに染まっていた。

悟空は急ぎ足で寝室に向かうと、洗面所で手を洗い、丁寧にクレヨンの汚れを落とす。
三蔵に見て貰っても怒られないくらい、きちんと綺麗にしてから、執務室へと戻った。




「ただいま!食べていい?」




手を見せて三蔵に問うと、無言で紫電が瞼裏に伏せられる。
無言の了承を貰って、悟空は早速、八戒の手から一つ貰って口に運ぶ。

むにぃ、ともち米独特の粘りの良さに対抗して、ぐっと顎で強く噛んで引っ張る。
中には餡が入っており、これも八戒が小豆から煮て自らの手で作ったのだろう、しつこくない甘味が口一杯に広がった。
喉詰まらすなよ、と言う悟浄に生返事をして、悟空はむぐむぐと一所懸命顎を動かした。


思い切り頬張った一口を、よく噛んで飲み込む。
さて二口目、と思った所で、悟空はじっと見つめる三対の視線に気付いた。




「何?」




紫電と紅と翡翠。
それぞれ無言で見詰める視線に、何かあるのかと問うてみると、




「いえ、なんでも」
「気にすんな、気にすんな」
「………」




────そう言われても、じっと観察されているようで、なんだか落ち着かない。




「…そういや、皆は食わねえの?」
「ええ。この柏餅は、悟空の為に作ったものですから」
「そうそう。だから気にせずに食えよ」
「葉は食うなよ。食用じゃねえからな」




順々に繋げて言われて、悟空はきょとんと首を傾げた。
食べているのを観察されていたから、てっきり、彼らも食べたいのかと思ったのに、違うらしい。

気にはなるが、気にせずどうぞ、と言うので、悟空は食べる事に集中する事にする。
時間が経つと美味しくなくなると言うなら、美味しいうちに全部食べてしまいたい。





見詰められながら食事をするのは、どうにも気恥ずかしい事だったけれど、

初めて食べた柏餅はとても美味しかったから、来年も食べたいと思った。







うちの三蔵、悟空に行事ごとを教えなさ過ぎだろう……教えても毎年出来るか判らないからね、うん。
悟浄と八戒は、行事に感けて悟空を構いつけたいだけです。
  • この記事のURL

[三&空]小さな世界、小さなウソ

  • 2012/04/01 20:29
  • カテゴリー:最遊記


今日は嘘を吐いて良い日。


悟浄からそう言われた時、悟空は首を傾げた。
嘘は嘘で、言わない方が良いものだから、どうして“嘘を吐いて良い”と言う事になるのか判らなくて。

大体、嘘を吐いて良いと言った悟浄は、その直後、灰皿代わりにした空き缶を八戒に発見され、「どうしてやっちゃうんでしょうね?」と言う八戒に、何も言う事が出来ずにいた。
嘘を吐いて良い日なら、その時こそ嘘でも言って許して貰う事が出来たかもしれないのに、悟浄は嘘を吐かなかった。
どころか、しどろもどろの言い訳に完璧な笑顔(青筋付)を喰らい、真っ青になっていたのである。


結局、どうして“嘘を吐いて良い日”なのかは教えて貰えないまま、悟空は悟浄宅を退散した。
お説教モードになった八戒の、身が縮まるオーラに当てられるのは御免だった。


寺院に戻り、三蔵の執務室に入ると、彼は相変わらず大量の書類と向き合って、不機嫌なオーラを撒き散らしていた。
このオーラは、慣れてしまえばそれ程気になるものではない。
少なくとも、仕事の邪魔さえしないようにすれば、八つ当たりされる事もないのだ。

構ってほしい気持ちはあったものの、此処でまとわりつくと拳骨が落ちるので、悟空は大人しく部屋の隅で丸くなっていた。
八戒に買って貰った落書き帳を開いて、ぐりぐりと黄色のクレヨンで描いて、塗って。


──────そのまま、暫くは静かな時間が過ぎていたのだが、



「失礼します、三蔵様」



僧侶が一人、また大量の書類の追加を持って部屋に入って来た。
その声を聞いた瞬間、三蔵の筆を持つ手が動きを止め、眉間の皺が三割増しになる。

僧侶は、書類を机に置くと、いそいそと部屋を出て行った。
その様は忙しそうと言うよりも、三蔵の不機嫌な空気に飲まれ、恐れ戦いていると言った方が正しい。
悟空はそれを横目に見ながら、まだしばらく遊んで貰えないな、と小さく溜息を吐いた。


しかし、悟空の予想に反して、三蔵は筆を置いた。

カタン、と固い木の音を聞いた悟空が顔を上げると、三蔵は目を閉じて椅子に寄り掛かっている。
悟空は落書き帳を床に置いて、恐る恐る、三蔵に近付いた。



「さんぞ、仕事」
「終わってねぇよ」


言い終わる前に返されて、だよなあ、と悟空は唇を尖らせる。

とは言え、今の所、三蔵は執務を再開させるつもりもないようで、煙草を取り出して火をつけている。
一服する時間くらいは、構って貰えるかもしれない、と悟空は考え直した。



「なあ、三蔵。今日って、ウソついて良い日なんだって。知ってた?」
「ああ……四月馬鹿か」
「しがつばか?」
「何処の国が発祥だか知らんが、四月一日はエイプリルフールっつって、嘘を吐いて良い日って言われてる。そのエイプリルフールを訳すと、“四月馬鹿”」



ふーん、と悟空は机に顎を乗せて漏らす。



「変な日だな」
「そうだな」



ふ、と紫煙が吐き出されて、ゆらゆらと浮かんで消える。

そのまま、しばらく部屋の中は沈黙して─────ふ、と悟空は思った事を口にする。



「なあ、三蔵。そのエイプリルなんとかって、誰でも嘘吐いて良いの?」
「一応な」
「オレも?三蔵も?」


悟空の問いに、三蔵はまた煙を燻らせて頷いてやる。


嘘を吐いて良い人間と、吐いてはいけない人間がいる、と言う事はない。
ただし、嘘の内容に程度は弁えるべき。

三蔵のその言葉を聞いて、ふぅん、と悟空は呟いた後で、



「じゃあ三蔵が腹痛になったってウソでも良いの?」
「………はあ?」



片眉を上げて顔を顰める三蔵に、悟空はやっぱ駄目か、と机に俯せる。


腹痛でも、頭痛でも、理由は何でも良い。
嘘が許される日なら、嘘でも良いから三蔵が仕事を休みになってしまえば、少しは構って貰えるかと思った。

しかし現実はそんなに簡単なものではない。
大体、腹痛だの頭痛だの、そんな理由で仕事を休める程、三蔵は自由な立場ではないのだ。
今こうして雑談しているのも、単なる小休止の間の事なのだし。




「………ふん」



じゅ、と三蔵の煙草が灰皿へと押し付けられる。
仕事再開だ。

─────と、悟空は思ったのだが、



「……あれ?さんぞ?」



執務椅子から腰を上げて、隣の寝室へ向かう三蔵を見て、悟空は首を傾げた。
三蔵はそれに答えないまま、寝室へ入って行く。

悟空は床に投げていた落書き帳とクレヨンを拾って、三蔵を追い駆ける。


寝室を覗いてみると、三蔵は法衣を脱いで、ベッドに横になっていた。



「三蔵、どうかしたの?」



駆け寄ってベッドに登り、三蔵の顔を覗き込む。
すると三蔵は、目を閉じたまま、覗き込んでいる悟空の襟首を掴んで、ベッドに引き倒した。



「わぷっ!」
「煩い。寝てろ」
「だって三蔵、仕事」
「腹痛なんだ。やってられるか」



周囲の雑音を遮断するように俯せて呟いた三蔵に、え、と悟空はぱちりと瞬き一つ。

三蔵は、悟空を抱き枕のように抱えたまま、動かなくなった。
抱えられたままで保護者の顔を覗き込めば、目を閉じていて、完全に寝る姿勢。



「……三蔵、腹痛ぇの?」



問いかけに返事はない。
しばらくして、聞こえて来る呼吸が寝息に変わったのが分かった。





小さな世界の、小さなウソは、壊されるほど大きくはない。


開け放たれた窓から、柔らかな風が吹いていた。







うちの三蔵様って仕事サボってばっかな気がする。
  • この記事のURL

[三空]包み込んだ声は、音にはならない

  • 2012/03/14 20:16
  • カテゴリー:最遊記


ぽい、と投げるように寄越されたそれを受け取って、悟空はぱちりと瞬きを二つ。
まだ幼い、丸みを帯びた掌には、小さな小さな洋菓子が一つ。




「三蔵、これ」
「やる」




これ何、と問おうとする言葉を遮って、短い二文字。
またぱちりと瞬きをして、悟空はもう一度、手の中の洋菓子に視線を落とす。

英字の描かれた包み紙の中身を、悟空は一月前にも見た事がある。
今日と同じように、名前を呼ばれて振り返ったら途端に投げつけられたものと、全く同じ物だった。
大切そうに包み込まれているのは、甘い甘いチョコレート────目の前の男とは到底結びつかないような、甘味。


なんで、と問おうとして、悟空は止めた。
開け放った窓辺で煙草を吹かす保護者の背中から、不機嫌なオーラを感じ取る。
下手な事を喋って取り上げられるのは御免だった。


経緯はよく判らないものだったが、悟空は余り気にしない事にした。
やる、と言ってくれているのだから、遠慮なく貰う事にする。

包み紙を開くと、茶色のパウダーで化粧をした、真ん丸のチョコレートが出て来る。
ぽいっと口の中に放り込んで、ころころと転がせば、口一杯に幸せな味が広がった。




「ん~っ」




ウマい。
甘い。

どっちも悟空の大好物だ。


ころころと口の中で転がしている内に、チョコレートはどんどん小さくなって行った。
後ちょっとでなくなってしまう────それが勿体なく思えたけれど、かと言って消える早さが遅くなる訳もなく、チョコレートは一分も経つと溶けてなくなってしまった。
後に残ったのは、口の中の甘い味だけ。




「うー……なくなっちゃった」




食べ物なのだから、それで当たり前なのだけれど、悟空は惜しくて仕方がない。
もっとあれば良いのに、と思いながら唇を尖らせていると、




「……悟空」
「何?」




呼ばれて振り返ると、ひゅん、と視界に落ちて来る何か。
反射でそれを両手で捕まえるようにキャッチする。

包んだ手を開いてみると、其処には先刻と同じ、包み紙に包まれたチョコレート。




「やる」
「う?……うん」




あるなら、さっき一緒に渡してくれれば良かったのに。
この出し惜しみは何だろう、と思いつつ、悟空はまた包み紙を解いて、パウダーコーティングされたチョコレートを口の中に入れた。




……それからしばらく、同じやり取りが続き。

遂に悟空は「なんで?」と聞いたのだが、三蔵は何も答えてはくれなかった。






もうちょっと素直に甘やかせないのか、うちの三蔵は。
  • この記事のURL

[悟空総受]心知らずに罪はなし

  • 2012/02/14 01:25
  • カテゴリー:最遊記
バレンタインで悟空総受。



街中から甘い匂いがする。
それに万年欠食児童の子供が、気付かない訳もなく。



「いいニオイする~」



甘ったるさにうんざりとした表情の三蔵の傍らで、悟空が涎を垂らしている。
だらしのない顔をした養い子にも呆れるが、それよりも三蔵には、漂う匂いの方が鬱陶しくて仕方がない。

三蔵は饅頭や葛きりなど甘味は好きだが、チョコレートのような洋菓子の匂いは好まない。
そんな彼にとって、この街中で漂う匂いは、拷問に等しかった。


あちこちから漂う匂いに誘われるように、悟空の足がふらふらと彷徨い出す。
それを悟浄が襟首を掴んで引き留め、しかし彼の紅い瞳もにやにやと笑みを浮かべていて、心なしか何かを期待しているような表情を浮かべている。
悟浄も三蔵と同じように甘いものは得意ではないのだが、年に一度、この日だけは別だ。


悟浄に襟首を掴まれたままの悟空が、微笑ましそうに眺めている八戒を見た。



「八戒、このニオイ、何?」
「チョコレートですよ」
「チョコ?」



八戒の言葉に、悟空の表情がぱっと弾む。

世界中の子供の多くが甘いものが好きである事に違わず、悟空も甘いものは大好物だ。
街中から漂う香りが、大好きな甘いものだと聞いて、心躍らない訳がない。


悟空は直ぐ様、保護者である三蔵の下に駆け寄る。



「さんぞ、さんぞー!」
「喧しい。静かにしてろ」



ぐいぐいと法衣を引っ張る悟空の要求は、三蔵には考えるまでもなく判ることだった。



「三蔵、チョコ食べたい!」
「ふざけんな。ンな無駄な金はない」
「えー!」



悟空は街中に響き渡るのではと思う程の大声で、保護者に不満を訴える。
不機嫌な最高僧はそれをすっぱり黙殺し、今日の宿屋を探すべく歩き出した。

一切の無視を決め込んだ背中を睨む子供。
それを遠目に眺めながら、悟浄と八戒は顔を見合わせて苦笑する。



「猿の事だから、知らねえだろうな」
「三蔵がわざわざ教える事もないでしょうし、ね」



肩を竦めた八戒の言葉に、悟浄も同意した。
二人が再び子供を見れば、それが真実である事を示すように、今一度保護者におねだりしようと駆け出している所だった。


─────もしも、悟空が今日と言う日の意味を知っているのなら、ああして保護者にチョコレートをねだる事もないだろう。
いや、今日と言う日の恩恵に(本来とは別の意味で)あやかろうと、結局はおねだりしたかも知れないが。

三蔵が今日と言う日を悟空に教えていなかった事は、特別、不思議な事ではない。
本人が神を信じていようがいまいが、彼が仏教徒である事、それに置いて最高位の人間である事は事実であるから、他宗教───八戒に言わせれば、これは宗教的な習慣とも異なるのだが───の行事など関係のない話だ。
そうでなくとも、世俗の浮付くような行事は、三蔵が基本的に嫌うものであった。
おまけに、子供が喜ぶような事となれば尚の事、後々の面倒臭さもあって、三蔵が養い子に知らぬ存ぜぬを貫くのも無理はない。


それで今までは問題なかった。
悟空だけでなく、三蔵も。

けれど、幼い子供の日々を終えて尚、未だに子供の域を脱しない悟空に、三蔵が苛立ちに似た感情を持て余しているのは、悟浄と八戒にとって明らかな事であった。


悟浄がにやりと口角を上げる。



「ま、いいんじゃね?三蔵様は甘いモン嫌いだし?」
「貴方も確かそうだったでしょう」
「今日だけは特別。甘いモン大かんげーい、って事で、おーい猿ー!」
「猿ってゆーな!」



悟浄が軽口で呼んでやれば、いつもの返事が跳んでくる。
そんな子供の反応に笑いながら、悟浄が悟空の頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。



「付き合いの悪い野郎は放っといて、買い物行こうぜ」
「買い物?」



悟浄の言葉に、金瞳がきらりと輝く。

必要な物の買い出しを言い付けられた時、悟空は荷物持ちとしてついて行く事が多い。
小柄だが四人の中で一番力があるのは悟空だし、市場などで買い物をすると、見た目が幼い悟空は気風の良い店主に対してウケが良く、商品をおまけしてくれる事がよくあるのだ。
悟空としても、買い出しに行ったついでに、ご褒美として何某かを買って貰える事を密かに期待しているのだ。


ご褒美目当ての悟空にとって、一番ついて行って美味しいのは、悟浄だ。

財布の紐を握っており、且つ厳しい三蔵は、余程機嫌が良くなければワガママに付き合ってはくれない。
運が良ければ、安い食堂で食事にありつけるが、これはごくごく稀なケースである。
八戒の場合、三蔵よりも比較的ワガママを聞いて貰えるのだが、彼は金銭に関して非常にシビアな思考をしているので、タイミングが悪いと、ご褒美どころではなくなる。

それらに比べると、悟浄は非常にガードが甘い。
彼自身も、言い付けされた以外のものを買うので、気付いた時には言い付けられたものを忘れ、悟空とグルメツアー状態になる事も珍しくない。



きらきらと輝く悟空の眼を見て、悟浄は得意げに胸を張って見せる。



「折角だから、お前がさっきから食いたがってるモンも少しは買ってやるよ」
「ホント?チョコ食っていい?」
「後でちゃんと歯磨きするんですよ?」



八戒の言いつけに、悟空は大きく頷いて、諸手で喜んでいる。



「やった!早く行こ、行こ!……って、そうだ、三蔵」



勢い余って置いて行こうとしていた三蔵の事を思い出し、悟空が慌てて振り返る。
その時には、三蔵は既に遠い場所にいて、不機嫌オーラを背中で振り撒いている状態だった。

保護者の機嫌が最悪の状態である事を察して、呼び止めようとした悟空が凍り付く。



「なんかオレ、三蔵のこと怒らせた…?」
「さあ、どうでしょうねえ」



少しばかり不安そうに眉尻を下げる悟空の言葉に、八戒は曖昧に呟くに留めた。

遠ざかる金糸を見詰める金色の瞳に、微かに寂しさが灯る。
それを遮るように、悟浄が悟空の頭に腕を乗せて寄り掛かった。



「ほっとけ、ほっとけ。それよか、チョコ食いたいんだろ。早く行かねぇと、美味いモンは直ぐなくなるぜ」



悟浄の言葉に、悟空が「それはやだ!」と叫び、走り出す。
先ずは真正面にある洋菓子屋に突入する子供を、悟浄と八戒はのんびりと追い駆けた。




─────今日と言う日を知らない子供に、言葉もないのに察しろと言う方が無理なのだ。

矜持の高さが邪魔をして、自分が子供に、と言う事も出来ずにいて。
それでいて、余計な事をするなと言われても、同じ感情を持つ者として、わざわざ敵に塩を送る真似などする訳もあるまい。


不機嫌を通り越し、射殺すような視線で背中を刺されつつ、悟浄と八戒は思った。







バレンタインで久々悟空総受!
たまには三蔵に苦~い想いして貰おうと。三空の甘々を期待した方、すいませんでした。
  • この記事のURL

ページ移動

  • 前のページ
  • 次のページ
  • ページ
  • 1
  • 2
  • 3

ユーティリティ

2025年07月

日 月 火 水 木 金 土
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
  • 前の月
  • 次の月

カテゴリー

検索

エントリー検索フォーム
キーワード

新着エントリー

[ヴァンスコ]インモラル・スモールワールド
2020/12/08 22:00
[シャンスコ]振替授業について
2020/11/08 22:00
[ジェクレオ]貴方と過ごす衣衣の
2020/10/09 21:00
[ティスコ]君と過ごす毎朝の
2020/10/08 21:00
[ジタスコ]朝の一時
2020/09/08 22:00

過去ログ

  • 2020年12月(1)
  • 2020年11月(1)
  • 2020年10月(2)
  • 2020年09月(1)
  • 2020年08月(18)
  • 2020年07月(2)
  • 2020年06月(3)
  • 2020年05月(1)
  • 2020年04月(1)
  • 2020年03月(1)
  • 2020年02月(2)
  • 2020年01月(1)
  • 2019年12月(1)
  • 2019年11月(1)
  • 2019年10月(3)
  • 2019年09月(1)
  • 2019年08月(23)
  • 2019年07月(1)
  • 2019年06月(2)
  • 2019年05月(1)
  • 2019年04月(1)
  • 2019年03月(1)
  • 2019年02月(2)
  • 2019年01月(1)
  • 2018年12月(1)
  • 2018年11月(2)
  • 2018年10月(3)
  • 2018年09月(1)
  • 2018年08月(24)
  • 2018年07月(1)
  • 2018年06月(3)
  • 2018年05月(1)
  • 2018年04月(1)
  • 2018年03月(1)
  • 2018年02月(6)
  • 2018年01月(3)
  • 2017年12月(5)
  • 2017年11月(1)
  • 2017年10月(4)
  • 2017年09月(2)
  • 2017年08月(18)
  • 2017年07月(5)
  • 2017年06月(1)
  • 2017年05月(1)
  • 2017年04月(1)
  • 2017年03月(5)
  • 2017年02月(2)
  • 2017年01月(2)
  • 2016年12月(2)
  • 2016年11月(1)
  • 2016年10月(4)
  • 2016年09月(1)
  • 2016年08月(12)
  • 2016年07月(12)
  • 2016年06月(1)
  • 2016年05月(2)
  • 2016年04月(1)
  • 2016年03月(3)
  • 2016年02月(14)
  • 2016年01月(2)
  • 2015年12月(4)
  • 2015年11月(1)
  • 2015年10月(3)
  • 2015年09月(1)
  • 2015年08月(7)
  • 2015年07月(3)
  • 2015年06月(1)
  • 2015年05月(3)
  • 2015年04月(2)
  • 2015年03月(2)
  • 2015年02月(2)
  • 2015年01月(2)
  • 2014年12月(6)
  • 2014年11月(1)
  • 2014年10月(3)
  • 2014年09月(3)
  • 2014年08月(16)
  • 2014年07月(2)
  • 2014年06月(3)
  • 2014年05月(1)
  • 2014年04月(3)
  • 2014年03月(9)
  • 2014年02月(9)
  • 2014年01月(4)
  • 2013年12月(7)
  • 2013年11月(3)
  • 2013年10月(9)
  • 2013年09月(1)
  • 2013年08月(11)
  • 2013年07月(6)
  • 2013年06月(8)
  • 2013年05月(1)
  • 2013年04月(1)
  • 2013年03月(7)
  • 2013年02月(12)
  • 2013年01月(10)
  • 2012年12月(10)
  • 2012年11月(3)
  • 2012年10月(13)
  • 2012年09月(10)
  • 2012年08月(8)
  • 2012年07月(7)
  • 2012年06月(9)
  • 2012年05月(28)
  • 2012年04月(27)
  • 2012年03月(13)
  • 2012年02月(21)
  • 2012年01月(23)
  • 2011年12月(20)

Feed

  • RSS1.0
  • RSS2.0
  • pagetop
  • 日々ネタ粒
  • login
  • Created by freo.
  • Template designed by wmks.