[寺院all]元日の暇(いとま)
- 2014/01/01 22:20
- カテゴリー:最遊記
それに伴い、三蔵がせわしなく働かなければならない事も。
こんな時、悟空は大人しく三蔵の私室で寝正月を過ごすか、いつものように裏山に出掛けて一人で遊ぶしかする事がない。
右へ左へ慌ただしく走り回る修行僧逹がいる寺院内では、異端者扱いされている悟空の居場所などない。
悟空としても、誰一人構ってくれる事もなく、忙殺される修行僧逹の露骨な嫌味の混じる目線に当てられるのも、新年早々気分の良くないものであるから、早い内に雲隠れしてしまうのが吉と言うものであった。
今年の新年も、悟空は早速裏山に繰り出して遊んでいたのだが、何分、冬の真っ只中である。
幾ら体温の高い悟空と言えど、流石にいつまでも遊んでいられるほど優しい季節ではない。
体温は走り回っている間は上昇するので良いのだが、立ち止まると吹く木枯らしは冷たく感じるし、背中で滲んだ汗も冷えてしまい、体感温度が余計に低くなったように思う。
動物逹も殆どが冬眠している事だし、自分も大人しく冬眠しようか、と言う思考に行き着くのもそう遅くはなかった。
三蔵の私室へ戻った悟空は、無人の部屋の中で、ベッドに寝転んだ。
此処の主はいつも重役出勤である所為か、昼頃までその温もりが残っている事も珍しくはないのだが、今日は日も上りきらぬ内からベッドを後にした。
そもそも、昨夜の大晦日でも彼は遅くまで出張っており、寝床についたのも深夜過ぎであった筈────その時分、悟空は既に寝ていたので、正確な時間は判らないが、彼が随分遅くまで働いていた事は確かだ。
そんな訳で、今日のベッドはすっかり冷たくなっており、彼が一度は其処に戻ってきていたと言うことすら、幻だったのではないかと思ってしまう程だった。
冷たいベッドに寝転んでから、どれ程時間が経ったか。
冷たかったシーツには悟空の体温がそっくり伝わり、毛布と布団で外気を遮断して、ぽかぽかと暖かい。
これなら、仕事を終えて三蔵が戻って来た時、直ぐに暖かい床に就く事が出来るだろう。
しかし、新年の寺は毎年忙しく、三蔵が解放されるのは早くても夜になってからだろう。
このまま布団に包まったまま三蔵が帰ってくるのを待つとなると、悟空は約半日をベッドの中で過ごさなくてはならない。
じっとしている事が苦手な悟空にとっては、拷問同然だ。
かと言って、折角暖まった布団から出る事も気が進まず、体が温まったお陰が仄かな睡魔もやって来て、このまま寝正月コースかと思った頃。
「おーい、猿ー。生きてるかー」
「お邪魔します、悟空。明けましておめでとう御座います」
耳に馴染んだ二人の声に、悟空は閉じかけていた目をぱちっと開けた。
ミノムシ宜しく包まっていた布団を跳ね退けて起き上がろうとした悟空だったが、その前に何かが悟空の腹に乗ってきた。
重みを知って悟空が思い切ってガバッと勢い良く起き上がるると、きゅう、と言う鳴き声と共に、腹に乗っていたものがコロンと転がり落ちた。
「ジープ!悟浄、八戒、あけましておめでとー!」
ベッドの上で逆さまになっていたジープを抱き締め、悟空は弾む声で新年の挨拶をした。
おめっとさん、と悟浄が言って、ぐしゃぐしゃと悟空の大地色の髪を掻き撫ぜる。
「寝正月とは贅沢だな、猿の癖に」
「猿って言うな!」
「仕方がありませんよ。元旦ともなれば、寺は大忙しですからね。三蔵も真面目に仕事をしてしますから、悟空は退屈でも無理はないですね」
眉尻を下げる八戒の言葉に、そうなんだよ、と悟空は頬を膨らませる。
三蔵が忙しいのも、彼に限らず寺院内が慌ただしく、悟空の居場所がないのは毎年の事だ。
最初の頃は、何か手伝った方が良いのだろうか、と殊勝な事も考えたものだったが、何かとものを壊したり引っくり返したり、そうでなくとも修行僧逹から「仏様に供えるものを妖怪が触るなど汚れが伝染る」と風当たりが厳しくなるばかりなので、悟空は正月の間は大人しくしている事を決めた。
そんな訳で、悟空が退屈をもてあますのは致し方のない事なのだが、やはり暇が続くのは、少々辛いものがある。
其処へ来て、気心の知れた人物の来訪ともなれば、願ってもないもの。
悟空はジープを腕に抱えて、昼以来、久しぶりに布団から抜け出した。
「悟浄と八戒が来てくれて良かったぁ。すげー暇だったんだもん」
「そりゃお前はな。こちとら挨拶回りやら何やら、やる事が色々あるんだよ」
「って言ってますけど、悟浄もついさっきまで寝正月してましたから。僕とジープが起こさなかったら、今も寝てましたよ、きっと」
「じゃあ、オレの方がまだマシだなー。オレ、朝は山に行ってたもん」
山では一人で遊んでいただけだが、こんな昼過ぎまで堕眠を貪ろうとしていた悟浄の話を聞けば、彼よりは幾らかまともな正月を送ろうとしていたようだ。
八戒の言葉にそんな優越感を感じた悟空が言えば、頭に乗せられていた悟浄の手が、嫌味の仕返しのように悟空の頭を握る。
悟空は悟浄の手を振り払って、ベッドを降りた。
抱えていたジープが悟空の肩に乗って、まろい頬に頭をすりすりと寄せる。
─────ぐぅ、と悟空の腹の虫が鳴ったのは、そんな時。
「…そういやオレ、昼飯食ってないや。腹減ったぁ」
いつも悟空の昼食は、三蔵がいるいないに関わらず用意されるようになっているのだが、今日は寺院内が慌ただしい所為か、忘れ去られてしまっているようだ。
午前中、山で見つけた木の実を少し食べたが、それがいつまでも悟空の腹に残っている訳もない。
空腹を自覚した途端、悟空のテンションはすっかり下がってしまった。
鳴き声をあげる腹を撫でてやるが、それでこの胃袋が大人しくなる筈もない。
とにかく、何か詰め込んでおかないと、夕飯───それも寺院内の慌ただしさを思えば、常よりも遥かに遅くなることが予想される───までに体が持たない。
しょんぼりと判り易く落ち込んだ姿を見せる悟空に、八戒がくすくすと笑って、悟浄を見た。
悟浄は呆れたように溜め息を吐いて、手に持っていたものを悟空の前に差し出す。
「ほらよ。八戒お手製の肉まんだ」
「肉まんっ!」
差し出された袋を、悟空は奪うように捕まえた。
袋の中からセイロを取り出して、机に置いて蓋を開けると、まだ暖かな湯気をくゆらせる白山が二つ。
ぱああ、と金色の瞳をこれ以上ない程に輝かせる悟空を見て、八戒がくすくすと笑う。
「この時期ですから、お正月に相応しいものの方が良いかと思ったんですけど、やっぱり悟空はこっちの方が良いみたいですね」
「さんきゅー、八戒。いっただっきまーす!」
八戒への感謝の言葉もそこそこに、待ちきれないとばかりに、悟空は肉まんにかぶりついた。
正月用の食べ物や菓子など、精進料理のような質素なものから豪勢なものまで、色々とある事は知っている。
それらも決して嫌いなものではないのだが、体裁やら作法やらと気にする事なく、腹を満たす為に遠慮なく食べられるものの方が、悟空には喜ばしい。
リスのように頬袋を膨らませながら、肉まんを美味しそうに食べる悟空の姿に、八戒からは満足そうな笑みが溢れている。
悟空の口の端についた食べカスをジープが舐め、くすぐったそうに悟空がきゃらきゃらと笑う。
子供と小動物がじゃれあう姿を眺めながら、悟浄は煙草に火をつけた。
一口目に吸い込んだ煙を吐き出した所で、ガチャリ、と寝室の扉が開く。
「お、三蔵様のお帰りか」
「明けましておめでとうございます、三蔵」
「さんぞー、おかえりー!」
三者三用の出迎えの言葉を受けて、部屋の主────三蔵は判りやすく顔をしかめた。
忙殺された上、久しぶりに部屋に戻ってきてみれば招かれざる客がいたともなれば、眉間の皺が三割増しになるのも無理はない。
「……何故お前らがいる?」
「挨拶回り的な?」
「なら終わったな。今すぐ帰れ」
「えーっ」
睨む三蔵に対し、茶化した返事を突っぱねれば、直ぐに別の方向から抗議の色を含んだ声が上がった。
「良いじゃん、もうちょっと位。暇だし」
「暇してんのはお前だけだ」
「そりゃ判ってるけどさぁ。オレは何にもやる事がないんだもん。外で遊ぶのも飽きちゃったし」
「………」
忙しくしていた三蔵にしてみれば、悟空の言葉は嫌味に聞こえても無理はなかった。
が、養い子にそんな悪意がある訳もなし、一度二度は手伝いを申し出た悟空に「大人しくしていろ」と言ったのは三蔵だ。
三蔵はしばらく悟空を睨んでいたが、悟空の意識は既に八戒手製の肉まんへと移っており、嬉しそうにそれを頬張る子供を見ている内に、俄の苛立ちは溜め息と共に押し流した。
三蔵は机に着くと、取り出した煙草に火を付けた。
昨夜から続く忙殺にうんざりとして、ようやくの一服だったのだろう。
「お疲れ様です、三蔵。お茶淹れましょうか」
「ああ」
「悟空の分も淹れますね」
「うんー」
「聞いてねえぞ」
悟空の意識は完全に肉まんに捕まっており、回りの様子などまるで目に入っていない。
時分の名前が聞こえたので取り敢えず返事をした、と言うおざなりな返事だったが、誰も咎める者はいない。
悟空は二個目の肉まんを食べ終わって、三個目に手を伸ばしている。
流石に特大の肉まんを二つ食べると、それなりに胃袋も落ち着いたので、食べるペースもゆっくりとしたものになった。
しかし、目の前に食べ物があるとなれば、放っては置けない悟空である。
三個目の肉まんは半分に割って、片方はセイロに置いておき、半分をジープと分け合いながら食べている。
八戒が淹れた茶を片手に、四人で机を囲む。
セイロに残った半分の肉まんを悟浄が食べ、取っておいたのに、と騒がしくなる二人を無視して、八戒は三蔵に訪ねる。
「今日は流石に、外に出る暇はありませんか」
「何処かの暇人どもと違ってな」
「明日か明後日はどうです?お鍋しようと思ってるんですけど」
「明後日の夜なら空く」
「じゃあ、明後日にお鍋の用意をしますから、悟空もちゃんと連れてきて下さいね」
八戒にしてみれば、招待したいのは三蔵よりも悟空だろう。
可愛がっている悟空の腹を、自分の手料理で腹一杯にしてやって、悟空が幸せそうにしている所を見るのが好きなのだ。
三蔵への誘いは、保護者への打診のついでと言って良い。
悟浄に取られた半分の肉まんに代わり、まだ手をつけていなかった四個目の肉まんを確保している悟空は、二人の会話をしっかり聞き留めていた。
「何々?鍋?すき焼き?」
「お前、ほんっとすき焼きハマッたな」
「それは良かった。でも、残念ながらすき焼きじゃなくて、今年はしゃぶしゃぶですよ」
「しゃぶしゃぶ?」
聞き慣れない新しい単語に、悟空がきょとんと首を捻る。
ジープまで一緒に首を傾げて見せるその仕草が、どちらも小動物じみていて可愛らしい。
そんな一人と一匹の反応に、悟浄がにやにやとヤニの下がった笑みを浮かべ、
「生の肉をしゃぶるんだよ」
「しゃぶる?何?」
「だから──────」
何を言わんとしたのか、それ以上悟浄の言葉は続くことはなく、代わりに銃声が響き渡る。
籠められた弾丸が全て放出される数の銃声が鳴り響いて、同じ数だけの弾痕が壁に刻まれた。
「あっぶねーな!何しやがんだ、この生臭坊主!」
「煩悩を祓ってやろうと思ってな」
「駄目ですよ、三蔵。大掃除で折角綺麗にした壁に、新年早々穴を開けては」
「そういう問題じゃねえだろ!」
「ねー、しゃぶしゃぶって何ー?」
新年からの物騒なやり取りに、扉の向こうで修行僧達が戦々恐々としている事など、四人の知る由もなく。
例年通りの一年になる事を予期するかのように、三人の男達の隙間を塗って、無邪気な子供の声が響いていた。
すき焼き知らなかった悟空なら、しゃぶしゃぶも知らなくてもおかしくないなーと。
三蔵に拾われて、悟浄と八戒と逢って、いろんな初体験をしたんじゃないかなあ。
めっきり最遊記ジャンルを書く機会が減ってしまいました(汗)が、まだまだ悟空を愛してますので、今年もどうぞ宜しくお願いします。