日々ネタ粒

日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

  • Home
  • Login

日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

エントリー

カテゴリー「最遊記」の検索結果は以下のとおりです。

[寺院all]元日の暇(いとま)

  • 2014/01/01 22:20
  • カテゴリー:最遊記
新年の寺が賑々しいのはいつもの事だ。
それに伴い、三蔵がせわしなく働かなければならない事も。

こんな時、悟空は大人しく三蔵の私室で寝正月を過ごすか、いつものように裏山に出掛けて一人で遊ぶしかする事がない。
右へ左へ慌ただしく走り回る修行僧逹がいる寺院内では、異端者扱いされている悟空の居場所などない。
悟空としても、誰一人構ってくれる事もなく、忙殺される修行僧逹の露骨な嫌味の混じる目線に当てられるのも、新年早々気分の良くないものであるから、早い内に雲隠れしてしまうのが吉と言うものであった。


今年の新年も、悟空は早速裏山に繰り出して遊んでいたのだが、何分、冬の真っ只中である。
幾ら体温の高い悟空と言えど、流石にいつまでも遊んでいられるほど優しい季節ではない。
体温は走り回っている間は上昇するので良いのだが、立ち止まると吹く木枯らしは冷たく感じるし、背中で滲んだ汗も冷えてしまい、体感温度が余計に低くなったように思う。
動物逹も殆どが冬眠している事だし、自分も大人しく冬眠しようか、と言う思考に行き着くのもそう遅くはなかった。

三蔵の私室へ戻った悟空は、無人の部屋の中で、ベッドに寝転んだ。
此処の主はいつも重役出勤である所為か、昼頃までその温もりが残っている事も珍しくはないのだが、今日は日も上りきらぬ内からベッドを後にした。
そもそも、昨夜の大晦日でも彼は遅くまで出張っており、寝床についたのも深夜過ぎであった筈────その時分、悟空は既に寝ていたので、正確な時間は判らないが、彼が随分遅くまで働いていた事は確かだ。
そんな訳で、今日のベッドはすっかり冷たくなっており、彼が一度は其処に戻ってきていたと言うことすら、幻だったのではないかと思ってしまう程だった。


冷たいベッドに寝転んでから、どれ程時間が経ったか。
冷たかったシーツには悟空の体温がそっくり伝わり、毛布と布団で外気を遮断して、ぽかぽかと暖かい。
これなら、仕事を終えて三蔵が戻って来た時、直ぐに暖かい床に就く事が出来るだろう。

しかし、新年の寺は毎年忙しく、三蔵が解放されるのは早くても夜になってからだろう。
このまま布団に包まったまま三蔵が帰ってくるのを待つとなると、悟空は約半日をベッドの中で過ごさなくてはならない。
じっとしている事が苦手な悟空にとっては、拷問同然だ。
かと言って、折角暖まった布団から出る事も気が進まず、体が温まったお陰が仄かな睡魔もやって来て、このまま寝正月コースかと思った頃。



「おーい、猿ー。生きてるかー」
「お邪魔します、悟空。明けましておめでとう御座います」



耳に馴染んだ二人の声に、悟空は閉じかけていた目をぱちっと開けた。

ミノムシ宜しく包まっていた布団を跳ね退けて起き上がろうとした悟空だったが、その前に何かが悟空の腹に乗ってきた。
重みを知って悟空が思い切ってガバッと勢い良く起き上がるると、きゅう、と言う鳴き声と共に、腹に乗っていたものがコロンと転がり落ちた。



「ジープ!悟浄、八戒、あけましておめでとー!」



ベッドの上で逆さまになっていたジープを抱き締め、悟空は弾む声で新年の挨拶をした。
おめっとさん、と悟浄が言って、ぐしゃぐしゃと悟空の大地色の髪を掻き撫ぜる。



「寝正月とは贅沢だな、猿の癖に」
「猿って言うな!」
「仕方がありませんよ。元旦ともなれば、寺は大忙しですからね。三蔵も真面目に仕事をしてしますから、悟空は退屈でも無理はないですね」



眉尻を下げる八戒の言葉に、そうなんだよ、と悟空は頬を膨らませる。

三蔵が忙しいのも、彼に限らず寺院内が慌ただしく、悟空の居場所がないのは毎年の事だ。
最初の頃は、何か手伝った方が良いのだろうか、と殊勝な事も考えたものだったが、何かとものを壊したり引っくり返したり、そうでなくとも修行僧逹から「仏様に供えるものを妖怪が触るなど汚れが伝染る」と風当たりが厳しくなるばかりなので、悟空は正月の間は大人しくしている事を決めた。
そんな訳で、悟空が退屈をもてあますのは致し方のない事なのだが、やはり暇が続くのは、少々辛いものがある。

其処へ来て、気心の知れた人物の来訪ともなれば、願ってもないもの。
悟空はジープを腕に抱えて、昼以来、久しぶりに布団から抜け出した。



「悟浄と八戒が来てくれて良かったぁ。すげー暇だったんだもん」
「そりゃお前はな。こちとら挨拶回りやら何やら、やる事が色々あるんだよ」
「って言ってますけど、悟浄もついさっきまで寝正月してましたから。僕とジープが起こさなかったら、今も寝てましたよ、きっと」
「じゃあ、オレの方がまだマシだなー。オレ、朝は山に行ってたもん」



山では一人で遊んでいただけだが、こんな昼過ぎまで堕眠を貪ろうとしていた悟浄の話を聞けば、彼よりは幾らかまともな正月を送ろうとしていたようだ。
八戒の言葉にそんな優越感を感じた悟空が言えば、頭に乗せられていた悟浄の手が、嫌味の仕返しのように悟空の頭を握る。


悟空は悟浄の手を振り払って、ベッドを降りた。
抱えていたジープが悟空の肩に乗って、まろい頬に頭をすりすりと寄せる。

─────ぐぅ、と悟空の腹の虫が鳴ったのは、そんな時。



「…そういやオレ、昼飯食ってないや。腹減ったぁ」



いつも悟空の昼食は、三蔵がいるいないに関わらず用意されるようになっているのだが、今日は寺院内が慌ただしい所為か、忘れ去られてしまっているようだ。
午前中、山で見つけた木の実を少し食べたが、それがいつまでも悟空の腹に残っている訳もない。

空腹を自覚した途端、悟空のテンションはすっかり下がってしまった。
鳴き声をあげる腹を撫でてやるが、それでこの胃袋が大人しくなる筈もない。
とにかく、何か詰め込んでおかないと、夕飯───それも寺院内の慌ただしさを思えば、常よりも遥かに遅くなることが予想される───までに体が持たない。


しょんぼりと判り易く落ち込んだ姿を見せる悟空に、八戒がくすくすと笑って、悟浄を見た。
悟浄は呆れたように溜め息を吐いて、手に持っていたものを悟空の前に差し出す。



「ほらよ。八戒お手製の肉まんだ」
「肉まんっ!」



差し出された袋を、悟空は奪うように捕まえた。
袋の中からセイロを取り出して、机に置いて蓋を開けると、まだ暖かな湯気をくゆらせる白山が二つ。

ぱああ、と金色の瞳をこれ以上ない程に輝かせる悟空を見て、八戒がくすくすと笑う。



「この時期ですから、お正月に相応しいものの方が良いかと思ったんですけど、やっぱり悟空はこっちの方が良いみたいですね」
「さんきゅー、八戒。いっただっきまーす!」



八戒への感謝の言葉もそこそこに、待ちきれないとばかりに、悟空は肉まんにかぶりついた。

正月用の食べ物や菓子など、精進料理のような質素なものから豪勢なものまで、色々とある事は知っている。
それらも決して嫌いなものではないのだが、体裁やら作法やらと気にする事なく、腹を満たす為に遠慮なく食べられるものの方が、悟空には喜ばしい。


リスのように頬袋を膨らませながら、肉まんを美味しそうに食べる悟空の姿に、八戒からは満足そうな笑みが溢れている。
悟空の口の端についた食べカスをジープが舐め、くすぐったそうに悟空がきゃらきゃらと笑う。

子供と小動物がじゃれあう姿を眺めながら、悟浄は煙草に火をつけた。
一口目に吸い込んだ煙を吐き出した所で、ガチャリ、と寝室の扉が開く。



「お、三蔵様のお帰りか」
「明けましておめでとうございます、三蔵」
「さんぞー、おかえりー!」



三者三用の出迎えの言葉を受けて、部屋の主────三蔵は判りやすく顔をしかめた。
忙殺された上、久しぶりに部屋に戻ってきてみれば招かれざる客がいたともなれば、眉間の皺が三割増しになるのも無理はない。



「……何故お前らがいる?」
「挨拶回り的な?」
「なら終わったな。今すぐ帰れ」
「えーっ」



睨む三蔵に対し、茶化した返事を突っぱねれば、直ぐに別の方向から抗議の色を含んだ声が上がった。



「良いじゃん、もうちょっと位。暇だし」
「暇してんのはお前だけだ」
「そりゃ判ってるけどさぁ。オレは何にもやる事がないんだもん。外で遊ぶのも飽きちゃったし」
「………」



忙しくしていた三蔵にしてみれば、悟空の言葉は嫌味に聞こえても無理はなかった。
が、養い子にそんな悪意がある訳もなし、一度二度は手伝いを申し出た悟空に「大人しくしていろ」と言ったのは三蔵だ。
三蔵はしばらく悟空を睨んでいたが、悟空の意識は既に八戒手製の肉まんへと移っており、嬉しそうにそれを頬張る子供を見ている内に、俄の苛立ちは溜め息と共に押し流した。

三蔵は机に着くと、取り出した煙草に火を付けた。
昨夜から続く忙殺にうんざりとして、ようやくの一服だったのだろう。



「お疲れ様です、三蔵。お茶淹れましょうか」
「ああ」
「悟空の分も淹れますね」
「うんー」
「聞いてねえぞ」



悟空の意識は完全に肉まんに捕まっており、回りの様子などまるで目に入っていない。
時分の名前が聞こえたので取り敢えず返事をした、と言うおざなりな返事だったが、誰も咎める者はいない。

悟空は二個目の肉まんを食べ終わって、三個目に手を伸ばしている。
流石に特大の肉まんを二つ食べると、それなりに胃袋も落ち着いたので、食べるペースもゆっくりとしたものになった。
しかし、目の前に食べ物があるとなれば、放っては置けない悟空である。
三個目の肉まんは半分に割って、片方はセイロに置いておき、半分をジープと分け合いながら食べている。


八戒が淹れた茶を片手に、四人で机を囲む。
セイロに残った半分の肉まんを悟浄が食べ、取っておいたのに、と騒がしくなる二人を無視して、八戒は三蔵に訪ねる。



「今日は流石に、外に出る暇はありませんか」
「何処かの暇人どもと違ってな」
「明日か明後日はどうです?お鍋しようと思ってるんですけど」
「明後日の夜なら空く」
「じゃあ、明後日にお鍋の用意をしますから、悟空もちゃんと連れてきて下さいね」



八戒にしてみれば、招待したいのは三蔵よりも悟空だろう。
可愛がっている悟空の腹を、自分の手料理で腹一杯にしてやって、悟空が幸せそうにしている所を見るのが好きなのだ。
三蔵への誘いは、保護者への打診のついでと言って良い。

悟浄に取られた半分の肉まんに代わり、まだ手をつけていなかった四個目の肉まんを確保している悟空は、二人の会話をしっかり聞き留めていた。



「何々?鍋?すき焼き?」
「お前、ほんっとすき焼きハマッたな」
「それは良かった。でも、残念ながらすき焼きじゃなくて、今年はしゃぶしゃぶですよ」
「しゃぶしゃぶ?」


聞き慣れない新しい単語に、悟空がきょとんと首を捻る。
ジープまで一緒に首を傾げて見せるその仕草が、どちらも小動物じみていて可愛らしい。

そんな一人と一匹の反応に、悟浄がにやにやとヤニの下がった笑みを浮かべ、



「生の肉をしゃぶるんだよ」
「しゃぶる?何?」
「だから──────」



何を言わんとしたのか、それ以上悟浄の言葉は続くことはなく、代わりに銃声が響き渡る。
籠められた弾丸が全て放出される数の銃声が鳴り響いて、同じ数だけの弾痕が壁に刻まれた。



「あっぶねーな!何しやがんだ、この生臭坊主!」
「煩悩を祓ってやろうと思ってな」
「駄目ですよ、三蔵。大掃除で折角綺麗にした壁に、新年早々穴を開けては」
「そういう問題じゃねえだろ!」
「ねー、しゃぶしゃぶって何ー?」



新年からの物騒なやり取りに、扉の向こうで修行僧達が戦々恐々としている事など、四人の知る由もなく。
例年通りの一年になる事を予期するかのように、三人の男達の隙間を塗って、無邪気な子供の声が響いていた。





すき焼き知らなかった悟空なら、しゃぶしゃぶも知らなくてもおかしくないなーと。
三蔵に拾われて、悟浄と八戒と逢って、いろんな初体験をしたんじゃないかなあ。

めっきり最遊記ジャンルを書く機会が減ってしまいました(汗)が、まだまだ悟空を愛してますので、今年もどうぞ宜しくお願いします。
  • この記事のURL

[三空]星明り、ひかり

  • 2013/03/09 01:04
  • カテゴリー:最遊記


ジープの上で夜を過ごす時、不寝番を立てる事は滅多にない。

三蔵や八戒が今後のルートを相談する為に起きている時もあるが、終われば彼らも就寝する。
夜半の妖怪の襲撃の可能性は十分あったが、それを逐一気にしていては、この旅では幾らも身が持たない。
ついでに言えば、来るか来ないか判らないようなものを警戒し、神経を張り詰めさせていなければならない程、戦々恐々とするような繊細さは持ち合わせていないのだ。
若しも襲撃があった場合は、各人それぞれ、勝手に自分の身を守る為に動けば良い。

野宿の際、一行にとって重要なのは、如何にして効率的に体力の回復を図るか。
行路によっては、ジープで安穏と過ごしていられない場合もあるので、下手に体力を浪費するような事はせず、短時間でも脳と体を休め、明日に備えるのが得策だ。


……そう思っていながら、悟空は眠る事なく、頭上の星空を眺めていた。
その視界の端で、ゆらり、と紫煙が揺れて立ち昇る。

悟空の隣にいる男は、眠っている。
そんな男の前に座っている男も、身動ぎ一つする事なく、眠っている。
起きているのは、悟空と、悟空の前に座っている男だけだ。



「な、三蔵」



星空を見上げたまま、悟空は彼の名を呼んだ。
煙を吸い込み、吐き出すまでの沈黙があって、「…なんだ」と静かな声が返る。



「寝ないの?」
「終われば寝る」



何が、と悟空は尋ねなかった。
ジジ、と小さな火が燃える音が聞こえる。


吐き出された煙が、悟空の視界の端を覆って、直ぐに消えた。

あれの“旨さ”と言うものを、悟空は知らない。
煙で腹が満たされる訳でもないし、たまにうっかり吸い込む煙は苦くて不味いばかりだ。
けれど、三蔵や悟浄は何事かあっては「煙草が旨い」と呟いている。
何がどうして、あんな不味いものが旨く感じられるのか、悟空はいつも首を傾げる。

とは言え、どうしても知りたい訳ではないし、八戒が二人の煙草代についで「馬鹿にならないんですよねぇ」と満面の笑みを浮かべていた事を思うと、自分は知らないままの方が色々と良いのだろう、と悟空は思う事にしていた。


無言で煙を燻らせる三蔵の後姿を眺めながら、機嫌が良いな、と悟空は思った。

彼が微かに頭を揺らす度、細い線を描く金糸がさらりと揺れる。
悟空は徐に手を伸ばして、金色の隙間に指を通した。


くるり、振り返った紫闇と、近い距離で目が合う。



「何してんだ、猿」
「別に?」



指から逃げた金糸。
悟空はそれに頬を膨らませつつ、答えた。

三蔵は悟空を見詰めたまま、唇に煙草を噛ませる。
一秒少々の間が空いて、三蔵は煙草を指に挟むと、ふうっ、と悟空に煙を浴びせた。



「うえっ!げっほ、げほっ」
「意味の判らねえ事してる暇があったら、さっさと寝ろ」
「三蔵こそ早く寝ろよ、いつも十二時前には寝てる癖に」
「俺がいつ寝ようと、俺の勝手だ」



だったらオレだって勝手にして良いじゃないか。

そんな心境で唇を尖らせる悟空を、三蔵は見ていない。
三蔵はさっさと正面へと向き直ると、また紫煙を燻らせた。


直ぐ間近にある金糸をじっと見詰め、悟空は尖らせていた唇を、ひっそりと緩ませる。



(まだ寝ない)



そっと、腕を持ち上げて、金糸の端に触れる。
絡まって引っ張ってしまう事のないように、ほんの少し届くだけに留めておけば、三蔵が振り返る事はない。


空には月はなかったが、宝石箱をひっくり返したように、無数の星が散りばめられている。
悟空は星座だとか星の名前だとかに興味はなかったが、暗闇の中できらきらと光る星は好きだ。

星の光は、月に比べると酷く小さく微かなものだが、それでも、沢山の光が降り注げば、世界は仄かな光に照らされる。
その仄かな光の中で、冴え冴えと光る金色を眺めるのが、悟空は好きだった。



(寺院にいた頃は、こう言うの、時々しか見られなかったんだよな)



星明りは、当然ながら、建物の中にいると届かない。
灯りを消して、カーテンを開けたままにして置けば、微かに届いて来るけれど、それは四角い窓の中だけのもの。
寝床で眠る者の傍まで落ちて来てはくれなかった。

でも、此処は何処までも続く空の下で、星光を遮るものは何もない。
だから、目を閉じて眠ってしまわない限り、柔らかな光を宿した金糸を見ていられる。



とろり、と瞼が落ちて来るのを堪える。
もうちょっと、と誰に対してでもなく呟いて、悟空は指に絡めた金糸を見詰めた。

……溜息交じりに煙を吐き出す音が聞こえたけれど、彼が振り返る事はなかったので、悟空は眠るまでずっと金糸に触れていた。





3月9日なので、三空の日!
…こんなでも三空です。しっとり静かに。
  • この記事のURL

[寺院all+?]I will your wish.

  • 2012/12/26 22:42
  • カテゴリー:最遊記

一日遅れましたが、クリスマス話。


 



別に、特別な事を期待していた訳ではなかったのだ。
今日がクリスマスであるからと言って。


仏教である寺院にクリスマスなど、まるで関係のない事だと言わんばかりに、寺院の中は常と変わりない。
いや、いつもよりも慌ただしい、と言う違いがあった。
しかし、それは所謂年末進行と言う奴の所為で、クリスマス云々とはやはり関係のないものである。

悟空にも、クリスマス云々と言うものは、特に関わりのない話だった。
そもそもクリスマスを知った事自体がつい最近の事で、去年までの今日は、そんな行事があるなど露知らず、冬の寒さに暖を求めて包まっているばかりであった。


だが、知ってしまった以上、やはりその単語はふとした折に脳裏を過ぎる。




「…でも、やっぱり関係ないよなー」




一人きりの部屋の中で、悟空はベッドに倒れた格好で呟いた。


三蔵は朝早くから(と言っても重役出勤なので、他の修行僧に比べると遅いのだが)仕事に出ており、恐らく夜まで帰って来ない。
此処の所、三蔵は忙殺されるかのように忙しくしており、悟空と一日顔を合わせない事もあった。
面倒臭がり屋だが、真面目な性質でもある三蔵は、やれる仕事は一通りこなすようにしている(出来はともかくとして)。
その結果、年末特有の仕事量に埋もれかけた状態になっていた。

悟空は特にやらなければならないような義務がないので、只管暇を持て余している。
裏山に遊びに行っても良いのだが、冬山は動物達が皆巣篭りしているので、何処か心寂しく、いつまでも其処で遊んでいる気にはなれなかった。
何より、寒い。
三蔵や悟浄は、悟空の熱量が高い事を理由に、寒さなんて感じないのだろうと言うが、そんな訳がない。
動き回っているから体が温まり易いだけで、じっとしていれば寒さに蝕まれるし、北風に晒されてすやすやと眠れる程に気温の低下に鈍い訳でもないのだ。

だから悟空は、此処数日、部屋の中でごろごろと転がってばかりと言う不精な生活を続けていた。


本当は外で遊びたい気持ちがない訳ではないのだ。

真冬に入り、降り積もる雪に対する恐怖は、既に消えているから、寒さ以外で悟空を外界から可惜に遠ざけるものはない。
だから外に出る事に抵抗はないのだが、遊び相手────動物達────のいない冬山で、一人駆け回って過ごすのは、流石の悟空とて無理があった。
最終的に冷え切って暖を求めて下山するのであれば、最初から外に出ない方が良い気がする。


けれど、悟空は元々、外遊びを好む性質だ。
いつまでもゴロゴロと過ごしてばかりでは、エネルギーが有り余って仕方がない。

せめて何か、暇潰しが出来るものでもあれば良いのに─────と、思っていると、




「なんだ、随分辛気臭ぇ面してるじゃねえか」




聞き慣れない声と共に、突然視界を埋め尽くした、見慣れない顔。
悟空はぱちぱち、と金瞳を瞬かせ、目の前の“それ”を見つめ続けた。

そうしてたっぷり、数十秒。




「うわっわっ!!誰だよ、あんた!!」




一気にベッドの端へ逃げた悟空の反応に、“それ”はからからと快活に笑った。




「なんだ、元気じゃねえか。そーそー、お子様はそんだけ元気にしてる方がいいぜ」
「ガキじゃない!っつか、誰だって聞いてんの!」




前触れもなく現れた“それ”は、悟空の視界に入ってくるその瞬間まで、僅かもその気配を感じさせていなかった。
正に降って沸いたように、“それ”は悟空の前に現れたのである。


じりじりと軽快するように後退しながら睨む悟空に、“それ”は随分とのんびりした口調で言った。




「俺が誰かなんてのは、どうでも良い話なんだよ」
「良くねーよ……」
「別に俺が悪い奴には見えないだろ?」
「…うー……それは、まあ、うん…」




両手を腰に当てて、泰然とした態度で言う“それ”からは、確かに悪意や敵意は感じられない。
じっと見ていて、ただ佇んでいるだけなのに、一部の隙も見当たらない事や、音も気配もなく突然現れた事が悟空には引っ掛かるが、それだけだ。
今直ぐ“それ”が襲い掛かってくるような気配はないし、何故か、根拠はないが『大丈夫』な気がする。

そして何より、──────




(なんだろ。なんか、懐かしい匂い、する。ような気がする)




懐かしい匂い。
懐かしい。

何がどう『懐かしい』のかは判らない。
どうしてそのように感じるのかも。


違和感のような、それ程でもないような、奇妙な感覚に囚われて首を傾げていた悟空だったが、ずい、と触れそうな程に近付いた顔に気付いて、目を丸くする。




「な、何だよ?」
「いや、な。随分退屈そうにしてんなぁと思ってよ」




退屈─────していたのは、確かだ。

特にやるべき事も、する事もなく、寒いので外に出る気もせず。
ごろごろとベッドの上で虫になって、早く三蔵帰って来ないかなあ、悟浄と八戒遊びに来ないかなあ、とぼんやり考えていたばかり。
これにもそろそ飽きていて、いっそのこと寝ようかな、でも今寝たら夜が寝れないな、と言う思考にシフトしつつあった所だった。


退屈そうと言う言葉に、うん、と頷いた悟空に、“それ”はにやりと笑って見せた。
人を食ったような、楽しそうな、それでいて何処か優しさが滲むその瞳に、悟空はあれ?と首を傾げた。
何処かで見たのかな、と考えてみるが、記憶は薄靄がかかっていて、いまいち判然としない。

ぐしゃぐしゃと、大きな手が悟空の大地色の髪を掻き撫ぜる。
突然の事に驚いて固まる悟空に、“それ”は頭に置いた手をそのままに、再び悟空に顔を近付けて言った。




「今日はクリスマスってぇ日だからな。良い子でご主人様を待ってるお前に、プレゼントだ」




ぱちん、と指の鳴る音が響く。
まるで何かに合図を送ったかのよう。

それからしばしの沈黙があって、悟空は何が起きたのだろうときょろきょろと辺りを見回した。
しかし、特に変わった所は見当たらない。
今の何?と問おうとして前に向き直ると、其処にいた筈の人の姿は何処にもない。




「……?」




窓は閉じている、ドアも開いていない。
人が出入りしたような気配は、何処にも残っていなかった。

音も気配もなく突然現れて、音も気配もなく、消えて行った。
ひょっとして起きたまま夢でもみていたのではないかと思う程、部屋の中には、悟空以外がいた形跡がない。
一体何がどうなったのか、どうにも釈然とせず、狐に化かされたような気分で、悟空は眉根を寄せた。


しばらく、今し方自分に起きた出来事について考えていた悟空だったが、元より頭を使うのは苦手な方だ。
十分もしない内に考える事に飽きて、慣れない考え事をした所為か、いつの間にか悟空は夢の世界に落ちていた。



……それから、約一時間後。

荒々しい音とともにドアが開かれる。
ばたん、と壊すのかと思う程の勢いで開かれたドアに、悟空は思わず目を覚ました。




「ったく、なんだってんだ」
「……さんぞ?」




苛々とした口調で愚痴を吐きながら部屋に入って来たのは、金糸の僧侶─────玄奘三蔵。

もう仕事が終わったのか、と思って窓の外を見れば、まだ外は明るく、彼の仕事終わりの予定時間としては早過ぎる。
おや、と悟空が首を傾げている横に、三蔵が腰を下ろし、懐から取り出した煙草に火を点けた。
ふ、と煙が空気を燻らせているのを見つめながら、悟空は疑問を口にした。




「三蔵、仕事は?もう終わったの?」
「いいや。だが、今日はもう仕事にならん」
「なんで」
「向こうの都合だ」




何を指しての“向こう”なのか、悟空には判らない。
三蔵は其処まで説明をするつもりはないようで、悟空の方も特に確かめようとは思わなかった。
三蔵が今日はもう仕事に行くつもりない、と言う事だけが判れば十分だ。


ばす、と窓の方で何かが崩れる音が聞こえた。
何かと思って窓を見ると、何か白いものが窓ガラスに当たってバラバラになって行くのが見えた。

ベッドを降りて窓辺に駆け寄れば、いつから降っていたのか、一面の白い雪景色の向こうに立つ、二つの影。
冬の最中だからか、全体的に抑え目の配色の中、赤色だけが酷く映えて見える。
──────悟浄と八戒だった。


悟空は窓を開けて、二人に届くように声を大きくする。




「二人とも、何やってんのー!」




窓から顔を出し悟空を見て、悟浄は手に持っていた雪玉をぽんぽんと投げて遊ぶ。
その傍らで、寒そうにマフラーに口元を埋めていた八戒が顔を上げ、




「お鍋、これからやろうと思いまして。悟空と三蔵もどうですか?」
「来るよなぁ?折角俺達が誘いに来てやってんだからよ」
「クリスマスケーキもありますよー」
「お前らが来ねえなら、犬のエサになるけどな」




二人の言葉に、悟空は「だめー!!」と反射的に叫んだ。
しんと静かであった雪景色が、俄かに賑々しさに包まれる。

くつくつと笑う二人の、冗談なのに、と言う言葉など知る由もなく、悟空は踵を返してベッドに寝転んでいる三蔵に駆け寄った。





保護者の手を引き、早く早くと急かしながら、寺院を出て行く子供。
水面に映るそれを見つめて、気紛れな神は小さく微笑んだ。







神様からのクリスマスプレゼント。
うちの菩薩様はかなりの悟空びいき。

三蔵の面倒臭い仕事とか、色々神様権限でドタキャンさせたようです。
後で三蔵の仕事が大変な事になるんだけどw、チビが嬉しそうなので、これで良し。
一応、その所為でまた悟空が寂しい思いしない程度には、配慮はしてくれると思います。多分。

  • この記事のURL

[三&空]君のいない静寂

  • 2012/11/29 21:53
  • カテゴリー:最遊記



いつも通りに過ぎて行く一日の中で感じた、ふとした違和感。
その違和感が何か自分に不都合を齎したのかと言うと、そうでもなく。
どちらかと言えば、その違和感のお陰で一日が順調に、これと言うようなトラブルもなく過ごせた訳だから、良い事であったと言えるだろう。

しかし、あまりにも違和感が過ぎると、歓迎すべき違和感であっても、徐々に気持ちが悪くなってくる。
今日の違和感は、そう言う類の違和感であった。


今日何度目かの小休止と、咥えた煙草に火をつける。
早朝に山積みされていた紙束は、一日の違和感のお陰で、既に残り僅かとなっている。
この後に余計な追加がなければ、後一時間もすれば全て消化されるだろう。
それで今日の予定は空となり、三蔵は自由の身となる。

……それは良い事なのだが、



(……妙に静かだな)



修行僧は相変わらず右へ左へと騒々しいが、それは三蔵にとって、大した問題ではない。
途中で余計な書類追加がなければ。

三蔵が“静か”と称したのは、いつも何かと見付けては(それが下らない事でも)報告にやって来る子供である。
今日は朝から大人しいもので、僧侶に追われているだの、本堂に逃げ込んだの、供物に手を出しただのと言う話すらか聞かない。
別に彼の起こすトラブルを心待ちにしている訳ではないので、それは良い事なのだが、



(…………)



青天の霹靂と言うべきか、鬼の攪乱と言うべきか。
とにかく、常々鬱陶しいと思っているような事でも、日常の一端が唐突に姿を変えると、人は違和感を感じて落ち着かなくなってしまうと言う事だ。

────そんな事を考えながら煙を吹かしていると、



「……さんぞ?」



キィ、とドアを開ける音がして、滑り込んで来たのは、聞き慣れた子供の声。
三蔵が視線だけを寄越すと、子供────悟空はきょろきょろと執務室の中を見渡し、



「三蔵、仕事終わった?」



確認する子供に、三蔵は無言のまま、視線だけで書類の束を指す。
悟空も倣ってそれを見て、獣の耳でもあれば判り易くしょぼくれてしまっただろう、しゅんと詰まらなそうな顔をする。



「……じゃ、オレ、部屋にいるね」
「─────待て」



執務室に入る事なく、早々に立ち去ろうとする子供を、三蔵は制した。
踵を返そうとした中途半端な角度のまま、悟空は止まり、きょとんと首を傾げる。

引き留めた後、何も言わなくなった三蔵に、悟空は悩むように立ち尽くしていたが、暫くすると「おじゃましまーす…」と静かな足取りで執務室に入って来た。
足音すら、忌避したように静かに進む子供の姿は、常の騒々しさを知っている人間であれば、違和感しかない。
やはりこれか、と三蔵は思った。



「さんぞ、なに?」



ことん、と首を傾げて問う悟空に、三蔵は煙を吐き出し、



「お前、何考えてる?」
「え?」



藪から棒の三蔵の問いに、悟空は反対側に首を傾ける。
暫く、ぱちぱちと不思議そうに瞬きを繰り返していた悟空だったが、不機嫌を隠さない紫電に睨まれ、竦んだように肩を縮めると、



「オレ、静かにしてたと思うんだけど。なんか三蔵に怒られるような事、した?」
「……その逆だ」
「ぎゃく?」



鸚鵡返しをした悟空に、三蔵はまた煙を吐き出す。
其処に溜息分の息を混じらせて。

やはり三蔵の言う事が把握できないらしく、悟空はむぅ、と唇を尖らせる。



「いいじゃん、静かにしてたんだから。三蔵の邪魔はしてないだろ?」
「ああ。毎日こうなら良いんだがな」
「オレいつも静かにしてるよ!」
「どの面下げて言う」



いい子にしてる、と言う本人の主張を、三蔵は一瞬で切り捨てた。

悟空が大人しくしていられない性質である事は、三蔵が本人以上によく知っている。
其処に彼の悪意などと言うものがないのは確かだが、それだけに始末が悪いと三蔵は思う。
悟空自身は純粋に、子供らしく遊んでいるだけのつもりなので、他人に迷惑をかけていると言う気がないのだ。

とは言え、叱れば反省はするし、(一応)学習もしているようなので、時折境内に迷い込んでは器物破損等々を引き起こす犬猫に比べれば、まだマシかも知れないが。


拗ねた表情で立ち尽くしていた悟空だが、暫くすると、暇を持て余すように足下をごそごそと遊ばせ始める。
そのまま一分、二分と沈黙が続き、三蔵が短くなった煙草を灰皿に押し付けたのが合図となった。



「んー……さんぞ、なんか…ちょっと最近、疲れてるっぽかったから」
「……まあな」



疲れていると言う程ではないが、溜まった仕事に鬱憤が溜まっていたのは確かだ。
対して重要でもない案件に関する書類が、次から次へと増えて、いっそ煙草の灰で燃してやろうかと思った程だ。
そんな事をすれば、書類の再発行だのなんだのと反って面倒にしかならないので、未遂で済ませたが。

その合間に、無邪気に遊んでトラブルを引き起こす子供の行動に頭を痛めていたのも確か。
逐一報告に来る修行僧にも、きゃんきゃんと喚いて言い訳する子供にも、付き合うつもりはなかったので、悟空をハリセンで叩いて強制終了とさせた。


普段、何も周りの事が見えていないような子供に見えて、悟空は聡い。
身近な人間に関する事は特にそうで、野生の勘のように些細な違和感にも気付く事が出来る。

それで直ぐに対応────と言うべきか、態度を改めると言うべきか────が出来ないのは子供故か。


「で?」と三蔵はもごもごと口ごもる悟空に先を促す。



「…この間、三蔵、オレが煩いから仕事できないって言ってたから」



そんな事を言っただろうか。
言ったかもしれない。

三蔵にとっては酷く曖昧な記憶だったが、悟空の記憶に残っているのならば、言ったのだろう、恐らく。
この子供は、周りの事など見ていない、気にしていないように見えて、保護者の言動だけは逐一覚えている。



「だから今日は、邪魔しないように静かにしてようかなって」



それは良い事だ。
出来れば一生、そうしていて欲しい位だと三蔵は思う。

思うのだが、



「お前が静かにしてた所で、仕事が減る訳でもねえんだよ」
「そりゃそうかも知んないけどさぁ~…」



ちょっとは気を付けてみようと思ったんだよ、と。
言いながら執務机に齧り付いて、拗ねた顔をする悟空に、三蔵は次の煙草に火をつけて、煙を吐き出す。
顔面を覆った煙に、悟空がけほけほと咽て、何するんだよ、と金色が睨む。



「どうせ静かにしてるなら、此処でしてろ。目に付かない所で何か仕出かさねえか、気にしないで済むからな」



境内の何処ぞで遊んでいるでも、山で一人で遊んでいるでもなく。
いつもと違って大人しくしていられる程、自制が利いているのなら、此処にいたとて邪魔になる事もあるまい。

目に見えない所で、何を考えているか判らないまま、奇妙な違和感に苛まれて過ごすのは、居心地が悪い。
それなら、此処にいれば良い。
大人しくしていられるのであれば。



三蔵の言葉に、悟空はぱちりと瞬きを一つ。
それからくすぐったそうに笑って、三蔵が座る執務椅子の足下に座った。





三蔵の誕生日なので、悟空から気遣いのプレゼント。
…全く誕生日らしくなくてごめんよ三蔵、峰倉先生のツイート見るまで忘れてたとか言わないよ←

  • この記事のURL

[三蔵&悟空]空が閉じた日

  • 2012/09/14 21:44
  • カテゴリー:最遊記


ゴロゴロ、と。
聞こえた音が嫌に大きくて、近いな、と三蔵は思った。

空を見上げれば、今にも泣き出しそうな暗雲。
昼間は残暑が強く、まだ夏の最中なのではないかと思う程に快晴だったのに、一体何があったのかと思うような変貌ぶりだ。
お陰で寺院の中は、急な雨雲への準備に終われ、あちこちでバタバタと騒がしい音が聞こえていた。

右往左往する修行僧達を尻目に、三蔵は常と変らない歩調で、自室へと向かう。
眉間の皺がいつもの三割増しなのは、雨天の前兆時にやってくる、じめじめとした湿気の不快感の所為だ。
腹の内から陰鬱とした気分が滲んでくるのを感じつつ、三蔵は不機嫌なオーラを撒き散らしながら進む。
修行僧達は、そんな三蔵の脇をそそっと通り抜けながら、また走り出してを繰り返していた。


寝室のドアを開けると、其処は暗く静かであった。
三蔵の眉根が潜められる。
今日は養い子が昼頃から此処で落描き遊びをしていた筈だが、途中で飽きて出て行ったのだろうか────そう考えてから、「違うな」と三蔵は呟いた。

部屋の明かりを点け、ベッドを見ると、こんもりと膨らんだ山がある。
三蔵は山を形成している布の端を徐に掴むと、一気に取り上げてやった。



「わわっわっ!うわっ!」



隠れん坊から見つかった子供が、わたわたと慌てて、頭を抱えてベッドに突っ伏した。
そのまま、ベッドを占領した子供────悟空は、ぷるぷると小さく震えて蹲る。

三蔵は判り易く呆れた溜息を吐いて、シーツをベッドの箸に放り投げた。



「何してやがる、このバカ猿」
「……う、ふぇっ……だって…」



恐る恐る悟空が顔を上げた。
そのタイミングで、窓の向こうが白く光り、直後に世界を割らんばかりの轟音が響く。



「ひぃうっ!」
「……落ちたな」



ビクッ!と体を跳ねあがらせた悟空と、窓の向こうを見て呟いた三蔵。
悟空はまるで凍り付いたように固まってしまい、瞬きすら忘れているかのように身動ぎ一つしない。
いや、出来ない、と言うのが、正しいだろう。

三蔵が窓の外を覗くと、ぽつ、ぽつ、と小さな雨粒がガラスを叩き出した。
それから程なく、バケツをひっくり返したような豪雨が降り出し、強風が窓をガタガタと揺らす。


ざあざあと煩い外界から目を逸らし、三蔵は踵を返した。
すると、未だに固まった状態で動かずにいる子供の姿が目についた。



「いつまでそうしてるんだ、てめぇ」
「…だっ、…って……ひわっ!?」



三蔵の背で空が光り、再び轟音が鳴り響いた。
悟空はまたビクッと跳ね上がって、ベッドの真ん中でダンゴムシのように丸くなって震える。

子供が雷を怖がるのは構わないが、三蔵にとって問題なのは、子供が陣取っている場所だ。
小柄であるとは言え、ベッドの真ん中を占領されては、邪魔で仕方がない。



「おい悟空。退け」
「………!」
「無理じゃねえ。退けっつってんだ」



保護者の命令に、悟空はベッドに突っ伏したまま、ふるふると首を横に振る。
何が出来ないってんだ、と三蔵が眉間に皺を寄せると、再三、轟音が鳴り響く。

─────途端、



「ふええっ!」



悲鳴と共に、塊が三蔵の腰に飛び付いて来た。
力の加減など忘れた子供の、全力のタックルに、鳩尾を抉られたような衝撃を喰らう。

腰にまとわりつく子供を、このクソガキ、と睨んで─────ぎゅう、と縋り付いて来る小動物に、三蔵は溜息を吐く。



「何ビビってんだ」
「だって!雷!」
「ただの自然現象だろうが」
「さっき落ちた!」
「ああ」
「ここ平気!?」
「さぁな」



縋り付き、震えながら叫んで問う悟空に、三蔵は呆れたように言う。
大して気にする必要はないとばかりの三蔵の態度だが、悟空は涙を浮かべてふるふると首を横に振る。

ぎゅっと更に強く抱き着いて来る子供は、外からゴロゴロと言う低い音が聞こえる度、小さな肩を跳ねさせる。
何が何でも放さない、と言わんばかりに縋る悟空の力に、三蔵が勝てる訳もない。
終いに悟空は、三蔵の胸に顔を埋めたまま、ぐすぐすと泣き出してしまった。



「ったく……おい、離れろ」
「……!!」



三蔵の言葉に、悟空はぶんぶんと首を横に振ってしがみ付く。
その頭をぐしゃりと撫でてやれば、きょとん、と金色が見上げて来る。



「………さ、」
「俺が寝る場所がねえだろうが。少しは端に寄れ」



言うと、悟空は震えて強張っていた手を、ゆるゆると離して行った。
外でゴロゴロと音が鳴り、びくっと小さな肩が跳ねる。

三蔵がベッドに横になると、直ぐに悟空が滑り込んで来た。
ぴったりと背中にくっついて丸くなる子供に、三蔵は溜息を一つ。



「蹴るんじゃねえぞ」
「ん、」
「鼾もするな。煩くて寝られねぇ」
「…頑張る、」
「なら良い」



其処にいて良い。
このままで。




──────空が光る、音が鳴る。
その度に、背中の子供が強く強く縋り付いて来る。

それでも、しばらくすると、健やかで安らかな寝息が聞こえて来て、三蔵も誘われるように目を閉じた。







我が家の上空が急にゴロゴロ来たので。
  • この記事のURL

ページ移動

  • 前のページ
  • 次のページ
  • ページ
  • 1
  • 2
  • 3

ユーティリティ

2025年07月

日 月 火 水 木 金 土
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
  • 前の月
  • 次の月

カテゴリー

検索

エントリー検索フォーム
キーワード

新着エントリー

[ヴァンスコ]インモラル・スモールワールド
2020/12/08 22:00
[シャンスコ]振替授業について
2020/11/08 22:00
[ジェクレオ]貴方と過ごす衣衣の
2020/10/09 21:00
[ティスコ]君と過ごす毎朝の
2020/10/08 21:00
[ジタスコ]朝の一時
2020/09/08 22:00

過去ログ

  • 2020年12月(1)
  • 2020年11月(1)
  • 2020年10月(2)
  • 2020年09月(1)
  • 2020年08月(18)
  • 2020年07月(2)
  • 2020年06月(3)
  • 2020年05月(1)
  • 2020年04月(1)
  • 2020年03月(1)
  • 2020年02月(2)
  • 2020年01月(1)
  • 2019年12月(1)
  • 2019年11月(1)
  • 2019年10月(3)
  • 2019年09月(1)
  • 2019年08月(23)
  • 2019年07月(1)
  • 2019年06月(2)
  • 2019年05月(1)
  • 2019年04月(1)
  • 2019年03月(1)
  • 2019年02月(2)
  • 2019年01月(1)
  • 2018年12月(1)
  • 2018年11月(2)
  • 2018年10月(3)
  • 2018年09月(1)
  • 2018年08月(24)
  • 2018年07月(1)
  • 2018年06月(3)
  • 2018年05月(1)
  • 2018年04月(1)
  • 2018年03月(1)
  • 2018年02月(6)
  • 2018年01月(3)
  • 2017年12月(5)
  • 2017年11月(1)
  • 2017年10月(4)
  • 2017年09月(2)
  • 2017年08月(18)
  • 2017年07月(5)
  • 2017年06月(1)
  • 2017年05月(1)
  • 2017年04月(1)
  • 2017年03月(5)
  • 2017年02月(2)
  • 2017年01月(2)
  • 2016年12月(2)
  • 2016年11月(1)
  • 2016年10月(4)
  • 2016年09月(1)
  • 2016年08月(12)
  • 2016年07月(12)
  • 2016年06月(1)
  • 2016年05月(2)
  • 2016年04月(1)
  • 2016年03月(3)
  • 2016年02月(14)
  • 2016年01月(2)
  • 2015年12月(4)
  • 2015年11月(1)
  • 2015年10月(3)
  • 2015年09月(1)
  • 2015年08月(7)
  • 2015年07月(3)
  • 2015年06月(1)
  • 2015年05月(3)
  • 2015年04月(2)
  • 2015年03月(2)
  • 2015年02月(2)
  • 2015年01月(2)
  • 2014年12月(6)
  • 2014年11月(1)
  • 2014年10月(3)
  • 2014年09月(3)
  • 2014年08月(16)
  • 2014年07月(2)
  • 2014年06月(3)
  • 2014年05月(1)
  • 2014年04月(3)
  • 2014年03月(9)
  • 2014年02月(9)
  • 2014年01月(4)
  • 2013年12月(7)
  • 2013年11月(3)
  • 2013年10月(9)
  • 2013年09月(1)
  • 2013年08月(11)
  • 2013年07月(6)
  • 2013年06月(8)
  • 2013年05月(1)
  • 2013年04月(1)
  • 2013年03月(7)
  • 2013年02月(12)
  • 2013年01月(10)
  • 2012年12月(10)
  • 2012年11月(3)
  • 2012年10月(13)
  • 2012年09月(10)
  • 2012年08月(8)
  • 2012年07月(7)
  • 2012年06月(9)
  • 2012年05月(28)
  • 2012年04月(27)
  • 2012年03月(13)
  • 2012年02月(21)
  • 2012年01月(23)
  • 2011年12月(20)

Feed

  • RSS1.0
  • RSS2.0
  • pagetop
  • 日々ネタ粒
  • login
  • Created by freo.
  • Template designed by wmks.