[セシスコ]ボーダーライン・オーバー
- 2013/04/08 22:38
- カテゴリー:FF
かりそめの魔女の放った斧によって、切り裂かれた肩。
戦闘中に悠長に治療している暇などない為、放置したまま闘い続けた。
────となれば、戦闘が終わった時には、“大量出血”と言われても仕様のない位には、出血している事になる。
単独で行動している時には、簡単に止血をして、ポーションがあるのなら使うし、ないのであれば近くのモーグリショップへ向かう。
ケアルのストックがあれば良いのだが、スコールにとって、魔法と言うものは基本的に消費物であった。
ティナやルーネスのように、“魔力の消費”とは若干異なる性質なので、使う場面は出来るだけ慎重に選ばなければならない。
しかし、失血死は御免なので、出血が多い時には、躊躇わずに治癒魔法を使う事にしている。
だが、ポーションもケアルもストックがない、と言う場面に遭うのも避けられない。
今が正にその時だったのだが、
「────これで良いかな。動かせるかい?」
スコールの肩に当てていた手を離して、セシルが言った。
その手が触れていた場所には、真っ赤に染まったシャツがあった。
スコールはゆっくりと腕を持ち上げて、肩を軽く回した。
僅かに神経が引き攣りを訴えたような気はするが、動作に支障が出る程ではない。
ケアル一つでこんなにも治るものなのか、と、つくづく自分の知る“疑似魔法”と仲間達の使う“魔法”は種類の違うものなのだと実感させられる。
地面に突き立てていたガンブレードを抜いて、袈裟がけに振るう。
「どう?」
「問題ない」
短い質問に簡潔に答えると、良かった、と柔らかな笑み。
一人で斥候に赴いていた(要は単独行動である)スコールが、セシルと合流したのは一時間前の事だ。
単独行動をするスコールを追ってくるのは、いつもジタンとバッツなのだが、今日は彼が後を追ってきた。
滅多にない事に少々困惑したスコールだったが、それも始めの内だけ。
仲間との距離の取り方をよく知っているセシルは、ジタンやバッツのように激しいスキンシップをするでもなく、静寂が苦ではないので可惜と喋る事もなく、ただ黙々と警戒と探索を続けていた。
何故か賑やかし事好きなメンバーに囲まれる事が多いスコールだが、自身は騒がしさを厭う性質だ。
だから、セシルとの二人での行軍は、馴染みのない事であるとは言え、気を遣う必要のある相手でもないので、気楽であったし、戦力としても信頼できる。
次いで、セシルが回復系の魔法を使用できると言うのが、スコールにとって最も助かる事であった。
血を吸ってべっとりと張り付くシャツは、もう使い物にならないだろう。
こればかりは、回復魔法でもどうにもならない。
帰ったらゴミ箱行きだな、と思いながら、ジャケットを羽織る。
「もう少し見通しの良い所まで出たら、今日は休憩にしよう」
「ああ」
歩き出したセシルの後を、スコールも追って歩き出す。
土を踏む音と、具足の音と。
互いに気遣う程の会話が必要な仲ではないので、ただ黙々と歩を進めて行く。
いつもこうなら楽だな、と思うスコールの脳裏には、何かを見つけてはスコールを引っ張って走り出し、怪しい宝箱を躊躇なく開け、罠に嵌っては大騒ぎする仲間達の顔が浮かんでいた。
思い出しただけで疲労感が襲って来たような気がして、スコールは溜息を吐く。
それは、先行して進む青年に確り聞こえてしまったらしく、
「疲れたかい?」
「……いや」
気遣う色を見せる藍色に、スコールは緩く首を振った。
伺うようにじっと見つめる瞳から、スコールは目を反らす。
「あいつらも、あんた程じゃなくても、もう少し静かだったらと思ったんだ」
「ああ。ジタンとバッツか」
うんざりとしたスコールの表情の意味を察して、セシルはくすくすと笑う。
「確かに、もうちょっと落ち着いてくれると良いなあって思う事はあるね」
「ジタンはまだ良い。悪ふざけが過ぎる所はあるが。それより……バッツとあんたが同じ歳だって言うのが信じられない」
「ふふ。でも、ちゃんと頼りにしてる所もあるんだろう?」
「………」
セシルの言葉に、スコールは判り易く顔を顰めた。
バッツが頼りにならない、とはスコールも思わない。
生粋の旅人であり、自身を“ジョブマスター”“ものまね師”と称するに相応しく、彼はありとあらゆる知識武芸に精通している。
故に、仲間達の技をものまねし、独自にアレンジを加える事が出来るのだ。
野草や薬草にも詳しいので、野宿の際には彼の知識はとても役に立つし、戦闘後の応急処置も的確だ。
魔法もティナやルーネス、セシルに負けず劣らずの腕を持っている。
しかし、それを簡単に認めてしまう事は、スコールには出来ない。
平時、自分から罠に嵌りに行くような真似をして、本当に罠に嵌ってトラブルを呼び込むのも、彼なのだ。
そんな彼に、ジタンともども毎回のように振り回される身としては、素直に彼を褒める事が出来ない、複雑な心情があった。
眉間に皺を寄せて唇を噤んだスコールに、セシルは眉尻を下げて笑う。
「大変だね、スコールは」
「……そう思うなら、替わってくれ」
「それは無理かな。バッツもジタンも、あんなに構いたがるのは、君だけだから」
遠慮も何もなく、抱き着いたり引っ張り回したり。
バッツもジタンも、人懐こい性格ではあるが、あそこまで遠慮も躊躇もなく飛び付いて行くのはスコールのみだ。
どうして俺ばっかり────と言わんばかりに、眉間の皺を深くするすスコールに、セシルは柔らかい表情を浮かべ、
「バッツもジタンも、君の事が好きなんだよ」
「……意味不明だ」
益々顔を顰めて行くスコールだったが、その白い頬が微かに赤らんでいる事に、セシルは気付いていた。
あんなに判り易いのにね、と言えば、益々頬が赤くなって、知らない、とスコールは吐き捨てるように言った。
にこにこと笑みを深めるばかりのセシルから目を反らし、スコールは歩を再開させた。
心持早足になってしまうのは、立ち話をして遅れた分を取り戻す為だ、と、誰に対してか判らない言い訳を胸中で呟く。
そんなスコールの後ろを、カシャ、カシャ、と鎧具足の音が追って来た。
「羨ましいね」
聞こえた言葉に、スコールは肩越しに背中を振り返り、
「だから、そう思うなら────」
「いや、其処じゃなくてね」
同じ言葉をもう一度言おうとしたスコールを、セシルが遮った。
其処じゃなくって、其処って、何処だ。
それがまず理解できず、スコールが訝しんでいると、
「ジタンとバッツがね。あんな風に君に接して、拒否されないから。二人もそうだって信じてるし」
「言ってもあいつらが聞かないだけだ」
拒否した所で、彼らはスコールへのスキンシップを止めない。
振り落とそうが、蹴り飛ばそうが、彼らは諦める事なく、スコールを捕まえに来る。
半ば根気勝負となったスコールと彼らの遣り取りは、疲労したスコールの方が負けた形となり、以来、彼らのスキンシップを(本人の心情はどうあれ)受け入れるようになったのだ。
容認ではなく諦めなのだと、スコールは言った。
何度も何度も、懲りずに飛びついてくる彼らを振り払うのは、とても疲れる事なのだと。
それなら、気が済むまで好きにさせておけば、その内飽きて離れて行く筈────と思っているのはスコールのみで、ジタンとバッツがスコールに飽きるなどと言う事はないだろうと、セシルは思う。
溜息を吐いて前に向き直るスコール。
セシルは、その隣へと並んで、僅かに自分のよりも低い位置にある青灰色を覗き込んだ。
「それなら、僕も二人を見習ってみたら良いのかな」
「……は?」
突然のセシルの言葉に、スコールは「何が?」と目を丸くする。
直後、スコールの世界は淡い銀色に包まれる。
ほんの一瞬、柔らかなものが唇に触れて、離れて行く。
離れて行くと、銀色だけで包まれていた世界に藍色と白い肌が映って、それがセシルの顔だと知る。
─────今、何が。
何が起こったのか判らず、立ち尽くすスコールを見て、セシルの唇が緩く弧を描く。
細められた藍色には、目を丸くした、常の大人びた顔を忘れた少年が映っている。
「好きだよ、スコール」
隠さず、明け透けに、判り易く。
真っ直ぐに向けられた言葉と、触れた場所の意味に、スコールは呆然とするばかりで、思考は完全に停止しているのが見て取れる。
そんな言葉を、そんな行為を、冗談でもするような相手ではないと思っていたから、混乱は尚深く。
固まった動かなくなったスコールに、可愛いなあ、と思いつつ。
セシルはもう一度、柔らかな唇に己のそれを押し当てた。
4月8日でセシスコです。
大人に翻弄される青少年って良いですね。
最初はジタンとバッツがスコールを追い駆けようとしたけど、セシルがさり気無くブロックしたと言う裏話があったりなかったりする。