[8親子]世界で一番きみがかわいい
- 2015/08/08 21:30
- カテゴリー:FF
子供の稚い言葉遣いとは、なんと愛らしいものだろう。
主張される意思を正確に汲み取るには、中々努力を要するが、その労も、意思をくみ取り願いを叶えた時の無邪気な笑顔で、水に流してしまえる。
そんな訳で、最近、レインの家では、末っ子構い大会が毎日開催されている。
話題の中心人物である末っ子は、そんな大会が催されているとは露知らず、寝て起きて泣いて、遊んで貰って笑って泣いてと、すくすくと育っていた。
ぶーぶー、にゃーにゃー、と擬音が主だった声には、少しずつ語彙が増えている。
その変化に気付いて以来、末っ子構い大会は一層の賑わいを見せていた。
小学校から帰った兄と妹は、ただいまの挨拶もそこそこに、台所の流し台で手を洗うと、カーペットの上で遊んでいた弟の下に向かった。
今日も早速、末っ子構い大会の開催を、レインは夕飯の準備をしながら眺める。
「スコール、ただいま」
「ただいま、スコール!」
駆け寄って来た兄と姉に、ラッパのおもちゃで遊んでいたスコールが顔を上げる。
円らな瞳に大好きな二人の顔が映って、スコールはぱぁっと明るく笑った。
「あーう。あう。たーう」
「よしよし。ただいま、スコール」
両手を伸ばして早速抱っこをせがむ弟を、レオンが抱き上げる。
きゃっきゃと嬉しそうにはしゃぐ弟に、妹が羨ましそうに兄の服をぐいぐいと引っ張った。
「レオン、ずるい。私もスコール抱っこしたい!」
「判ってるよ。ほら、落とさないようにな」
「うん。おいで、スコール。おねえちゃんが抱っこしてあげる」
レオンが体を離そうとすると、嫌がるようにむずがったスコールだったが、姉に呼ばれるところりと笑顔になった。
あっちに行きたい、と手を伸ばすスコールをエルオーネが受け取り、落さないようにしっかりと両腕で抱き締める。
「んっしょ…スコール、重いねー」
「そうだな。大きくなったな」
「あーあ。あちゅ。ぷぅ」
「ん?なぁに、スコール」
エルオーネに抱かれたまま、スコールはひらひらと手を揺らす。
何か掴むものを探す仕草に、エルオーネは首を傾げ、レオンはきょろきょろと辺りを見回した。
と、床に転がっているラッパのおもちゃに気付いて、拾い上げる。
「スコール、これか?」
「あう、あー。ちゅ、ちゅ」
頂戴、と言うように、スコールの手がラッパに向かって伸ばされる。
ほら、とレオンがラッパを差し出すと、スコールは直ぐに持ち手をぎゅっと握った。
「あう。はぷ」
「スコール。お兄ちゃんにありがとうは?」
ぷう、ぷう、とラッパを鳴らすスコールに、エルオーネが言った。
スコールはラッパを咥えたまま、きょとんと首を傾げる。
エルオーネはカーペットに座ると、スコールを膝の上に乗せた。
レオンも座ると、エルオーネは弟を兄と向き合わせ、
「おもちゃ、取って貰ったでしょ。ありがとうって言うの」
「ぷぅ」
「ありがとう。ほら、あーって」
ラッパを口から離させて、エルオーネは口を開けて真似るように言った。
スコールはしばらく姉を見詰めた後、あっちあっち、と促されてレオンを見た。
「あ?」
「うん?」
「あーう?あう」
「ありがとうって」
「あー、い?あ?」
口を開けて、横一文字にして、また開けて。
それが今のスコールには精一杯の言葉であった。
よく出来ました、とレオンがスコールの頭を撫でると、スコールは嬉しそうにきゃっきゃと笑う。
膝の重みに耐えられなくなったエルオーネに代わり、もう一度レオンがスコールを抱き上げる。
胡坐にした膝の上に乗せて、柔らかな濃茶色の髪を撫でていると、ぷうっ、とラッパが音を立てた。
エルオーネがカーペットの上でころんと横になり、ぱたぱたと足を遊ばせる。
捲れるスカートを気にしない妹に、兄が苦笑して、さり気無く彼女のスカート裾を直してやった。
スコールは兄の膝上で、見下ろす位置にある姉の顔を不思議そうに見ている。
丸い頬にエルオーネが手を伸ばすと、その手を握ろうとしたのだろう、スコールの手からラッパが滑り落ちて、エルオーネの顔に落ちた。
「いたっ」
「大丈夫か?」
「うん。へいき」
玩具は軽い素材だから、当たっても衝撃は大した事はないが、全く痛くない訳ではない。
丁度ラッパが当たった額を摩るエルオーネに、レオンは、膝の上で掴む筈だった手を探している弟を見た。
「スコール。お姉ちゃんにごめんなさいは?」
「……お?」
「ラッパ、落しただろ。お姉ちゃん痛かったって」
「たぁう」
「ほら、ごめんなさいって」
レオンはゆっくりと口を動かして、スコールに真似をするように促した。
スコールはきょろきょろと兄と姉の顔を交互に見て、兄を見上げて「こ?」と言う。
あっちだよ、とレオンが促すと、スコールは素直にエルオーネを見て、もう一度口を開けた。
「こー。え?えん」
「ごめんなさいって?いいよー、スコール」
言葉は全く足りないが、兄の真似をしているのは判る。
エルオーネは起き上がって、きゅっとスコールの手を握った。
レインは煮込み終えた鍋の火を消して、子供達のいるリビングに出た。
母が来た事に真っ先に気付いたのはスコールで、レオンの膝から降りようとする。
落としてしまうと思った兄が抱き直すと、スコールはいやいやと兄の腕から逃げようと身を捩った。
弟のその様子と、聞こえるスリッパの足音で、兄姉も母が来た事に気付く。
「スコールは母さんが一番好きだな」
「いいなー。私もスコールの一番になりたい」
嬉しそうな兄の言葉と、可愛らしい焼き餅を焼く娘に、レインも頬が綻んだ。
レオンがスコールを捕まえる腕を解くと、スコールはバランスを崩して、ぽてっと兄の膝に座り込んだ。
少しの間きょとんとしていたスコールだが、自由の身になった事に気付くと、兄と姉に掴まりながら立ち上がる。
ぽてっぽてっと、まだまだ危なっかしい足取りで近付く末息子を、レインは膝を折って待った。
「あーう。あ、ちゃ」
「はい、頑張りました」
広げられた母の両腕に飛び込んで、スコールは嬉しそうに笑う。
レインがそのまま抱き上げやれば、高くなった視界に、スコールはきょろきょろと辺りを見回した。
「あ、ちゃ。あ、ちゃ」
「あっち?何かあるの?」
「あ、ちゃ」
リビングのドアを指差す息子に、レインは首を巡らせる。
と、まるでタイミングを図ったように、カチャリとドアノブの回る音がして、
「ただいま~!レイン~スコール~、パパ帰ったぞー!」
この家で誰よりも朗らかな笑顔と共に帰ったのは、一家の長である父ラグナであった。
それまで穏やかだった家の空気が、太陽が上ったように燦々と明るくなる。
ひょっとしたらスコールは、リビングのドアが開く前に、その明るさを感じ取っているのかも知れない───とレインは時々思っていた。
ラグナは、スコールを抱いたレインを見付けると、真っ先に抱き締めに来た。
暑い中を外回りしていたのだろう、汗と日焼けの匂いのする夫に、レインは眉尻を下げて笑う。
「お帰りなさい。ねえ、ラグナ、暑いわ。スコールも暑がってる」
「あや、あう」
「おっと。ごめんな~、スコール」
妻の言葉に、ラグナは慌てて体を離した。
母の腕の中でむずがる末息子に、ぽんぽんと頭を撫でてあやし、にっこりと笑い掛ける。
スコールは大きな手に撫でられて、ぱちくりと瞬きを繰り返した後、父につられたようにふにゃあと笑った。
「あーもう、可愛いなあ、スコール!」
「あふ。あふ?」
「父さん、お帰りー」
「おう、ただいま。レオンとエルも可愛いぞー!」
「きゃっ」
長男と娘の姿を見付けると、ラグナは彼等に駆け寄ってぎゅうっと抱き締めた。
突然の事にエルオーネが目を白黒させ、レオンは母と同じように眉尻を下げていた。
エルオーネは、突然の父の抱擁に───いつもの事ではあるのだが───不思議そうに首を傾げる。
「なあに?どうしたの?」
「んー。うちの子達は皆可愛いなーって思ってさ」
「エルとスコールは可愛いけど、俺は別に可愛くないよ、父さん」
「いいや、レオンも可愛いぞ。格好良くて可愛いぞ!」
恥ずかしがる兄を、ラグナは妹ごとぎゅうぎゅうと抱き締める。
苦しいよ、と兄妹は言ったが、ラグナは二人をまとめて抱き上げると、ぐるぐると回転し始めた。
ぐるんぐるんと勢いよく周る視界に、兄妹が可愛い悲鳴を上げている。
レインは賑やかな夫と二人の子供にくすくすと笑った。
視線を腕の中へと落とせば、指をしゃぶっている息子がきょとんとした顔で見上げて来る。
「本当に、皆してあなたを甘やかしちゃって」
「う?」
「でも、仕方がないわね。皆あなたが可愛いんだもの」
レインは、スコールの丸い頬を指で突いた。
つるつる、ぷにぷにとした肌は、何度触っても気持ちが良い。
羨ましいなあ、と思いながら頬を突いていると、スコールはむずがるように顔を顰めて、ぷるぷると頭を振った。
ごめんごめん、と謝りながら、レインは目を回した夫と、そんな父に呆れている息子、楽しそうに笑っている娘の下へ近付く。
「もう、ラグナ。何してるの」
「目が回ったんだって」
「あはは。面白かった、ねえもう一回やって?」
「ちょ、ちょっと待って、エル……うぉお、床が壁みたいだ」
「う?うー、う」
母の腕から抜け出したスコールが、とて、とて、と父の下へ向かう。
可愛い末息子の気配に気付いたラグナは、直ぐに顔を上げようとしたが、揺れた脳はまだ落ち着いていなかったらしい。
潰れるように顔面から床に落ちた父に、兄と妹が「大丈夫?」と声をかける。
そんな兄妹に、大丈夫大丈夫、とラグナが力なく笑いかけた時だった。
ぽん、と小さなものがラグナの頭に乗る。
そのまま、それはラグナの黒髪を左右に摩って、ぽんぽん、と柔らかく叩いた。
ようやく眩暈が収まったラグナが顔を上げると、小さな息子が目の前にいて、
「たーい。たーい」
「……すこーるぅううううう!!」
例えば転んだ時、例えば頭をぶつけた時。
優しく頭を撫でられながら、大丈夫?と言われる事を、幼い息子は覚えていた。
拙い言葉で、一所懸命にそれをなぞる息子に、父の感動はメーターを振り切ったようだった。
弟に慰められる父に、いいなあ、とエルオーネが羨ましそうに言った。
そんな妹の頭を、兄がくしゃくしゃと撫でて、散らばった髪を優しく手櫛で梳く。
エルオーネはくすぐったそうにその手を受け止めて、柔らかい頬をほんのり赤く染めていた。
父の頭を撫でていた末息子が、今度は父に頭を撫でられている。
それだけでなく、頬も擦り合わせて可愛い可愛いと繰り返すラグナに、レインは仕様のない人だと小さく笑う。
兄と妹はと言うと、弟を独占している父に抱き付いて、ずるい交代と急かしていた。
─────夕飯の時間まで、後少し。
賑々しい家族に囲まれて、レインはゆっくりと深呼吸して、幸せの空気を吸い込んだ。
末っ子大好き一家。皆で溺愛しまくり。
幸せ一家を書いてると泣きそうになるのは何故だろう。レインさんがいるからかな。