[ジタスコ]甘えて包んで抱き締めて
- 2015/09/08 21:51
- カテゴリー:FF
日頃の疲れが出たんじゃないかな、と言ったのはセシルだ。
連日の強行軍と共に、降り続いた雨により、スコールは体調を崩した。
他のメンバーが平気なのに───とスコールが思ったのは始めだけで、スコールの為に一日休憩を作った所、ティナ、ルーネス、ティーダも不調を現した。
張り詰めた緊張の糸の中で、知らず知らずに溜めた疲労が、休息により一気に表面化したのだ。
こうなっては仕様のない事で、次いで若い面々への配慮が至らなかったと、今度はウォーリア・オブ・ライトが落ち込んだようだった。
体調不良が四人、落ち込んだのが一人とあって、一日だけでなく二日の休息を取る事が決まった。
丁度良かったんじゃないか、と言ったのはバッツだ。
のんびりもしていられない旅路ではあるが、かと言って、目的地まで止まらずに歩き続ける事が出来る程、人間は頑丈ではない。
襲い来る魔物やイミテーション、不意を突いて来る混沌の戦士、不安定な世界そのもの等、道程は生半なものではなかった。
必然的に、肉体的にも精神的にも疲労は蓄積されて行くもので、何かの折にそれは堰を壊して来る。
体調を崩した面々は勿論、それ以外のメンバーも、疲れていない訳ではないのだ。
一時、留めた足を休ませる時間も必要だろう。
「───って訳だから、今日はゆっくり休めるぜ、スコール」
しょりしょりと林檎の皮むきをしながら言ったジタンに、そうか、とスコールは短い返事を零す。
今朝、野宿明けから熱に浮かされていた頭は、今は少し落ち着いている。
眩暈もあったような気がしたが、横になった状態でその症状が出る事はなかった。
他の症状は特に見られず、体の重さだけが目立つ。
傭兵の癖になんて様だ、と思ったものだが、今のジタンの話を聞いて、不謹慎と知りつつも、自分だけがダウンしたのではない事に、少し安堵した。
普段、三人一組で使用しているテントだが、今このテントにいるのはスコールとジタンだけだ。
他はティナとルーネスがペアで、ティーダがもう一つのテントを使っているらしい。
ティナとルーネスにはバッツが付き添い、ティーダはセシルが看病しているとの事だ。
クラウドとフリオニールは周囲の安全確保と見回りに、ウォーリアは現状で歩き回らせると何が起きるか判らない───彼は仲間達の不調に気付けなかった事に、今も落ち込んでいるらしい───為、見張と称してテント横で火番をしている。
いつもバッツを加えて賑やかなテントが、今日はとても静かだ。
病人がいるのに騒がしくされても困るし、静寂を好むスコールには良いことなのだが、妙に落ち着かない。
その気分を誤魔化すように、スコールは仰向けていた体をごろりと転がした。
「ほい、でーきたっと」
ジタンの声にスコールが目線だけを向けると、緩い螺旋の名残を残した赤い紐があった。
最初から最後まで、一度も途切れさせることなく剥かれた林檎の皮である。
「薄切りの方が良いか?」
「……楽に食えるなら何でも良い」
いつも使っているダガーよりも小さな果物ナイフで、ジタンは手に持った林檎を切る。
くるくるとジタンの手の中を回りながら、芯を避けて切り分けられて行く林檎。
一切れ、二切れと小皿に並べられるそれは、サラダに入っているような薄切りだ。
半分程を切り分けた所で、スコールは起き上がった。
ほい、とジタンが皿を差し出し、受け取ったそれに乗せられた薄切り林檎を、一枚一枚口に運ぶ。
「食欲、出てきたか?」
「…朝よりは」
「じゃ、残りも切っとくぞ」
今朝のスコールは、食事も碌に喉を通らなかった。
吐き気はなかったものの、胃の中がムカムカとしていて、食べる気にならなかったのだ。
そんなスコールに真っ先に気付いたのがジタンで、次いでバッツが気付き、ウォーリアの下に今日の休息を提案したと言う経緯がある。
あれから数時間、スコールは寝て過ごしていた。
体の回復だけに集中させていたお陰か、胃の違和感は消え、林檎の水分がすんなりと体に浸透して行くのが判る。
シャク、シャク、と鳴る音をぼんやりと聞きながら、スコールは林檎を食べ薦めた。
「これで食えなかったら、擦りおろしにしようと思ってたんだけど、大丈夫そうだな」
「……ああ」
「無理はすんなよ。食い過ぎで吐いちゃ意味ないもんな」
「そんな馬鹿な真似はしない」
「だよなー」
あはは、と笑いながら、ジタンは残り半分の林檎も皿に乗せる。
綺麗に切り分けられたそれらを食べながら、スコールはぽつりと呟いた。
「……悪いな」
「ん?」
扱く小さな呟きであったが、耳の良いジタンには十分聞き取れた。
だから多分、今のは独り言ではなく、自分に向けられた言葉なのだろうと思ったのだが、その言葉が出てきた理由が読み取れなかった。
何のことだ?と首を傾げて尻尾を揺らすジタンに、スコールは摘まんでいた林檎に視線を落としたまま、続ける。
「あんたも、疲れてるんだろう」
「んー……まあな。此処んとこ、日中ずっと歩き通しだったし」
スコールやジタンに限らず、誰一人として、疲れていない訳ではないだろう。
変わらない顔で先を見詰めるウォーリア・オブ・ライトとて、ロボットではないのだから、疲労は蓄積されている。
仲間達の不調を慮る余裕がなかった事や、体調不良を知って狼狽していたのも、そうした疲労から来たものと言えるだろう。
「……俺がこんな状態じゃなければ、あんたもゆっくり休めたのに」
俯いたスコールの呟きに、ジタンはぱちりと瞬きを一つ。
空色の瞳に映った蒼は、常の不機嫌な色を潜め、何処か頼りなくも見える。
大人びた顔立ちや、常に眉間に皺を寄せている事、ついでに子供のような二十歳が傍にいるので、ついつい忘れてしまい勝ちになるが、スコールはとても繊細だ。
そして、言葉が足りないので中々気付かれないが、仲間のことをとても大切に思っている。
期せずして得た休息で、スコールはゆっくりと休む事が出来た。
だが、自分の世話をしている所為で、ジタンは休息を取る事が出来ていない───と、スコールは考えているようだ。
ジタンは口元を緩めて、傍らに残していたもう一つの林檎を手に取る。
「どーって事ないって。オレも結構のんびりしてるし、十分ゆっくり休んでるよ」
「……そうか」
ジタンの言葉に、スコールの反応は鈍かった。
これは納得していないな、とジタンは察するが、仕様のない事だとも思う。
今のスコールは体調不良で気が滅入っているから、何でもマイナス思考になるのだろう。
やれやれ、とジタンは口角を挙げる。
ゆらっと尻尾が弾むように揺れて、ジタンは手を伸ばした。
俯いたままのスコールの髪に手を乗せて、ぽんぽんと軽く撫でてやる。
スコールからの反応はなく、代わりに固まったような空気を感じたが、ジタンは構わずに濃茶色の髪を撫で続けた。
「……ジタン?」
「ん?」
数秒の間を置いて、ようやく状況に理解が追い付いたらしい。
随分と遅い反応に、ジタンは笑いを堪えながら、いつもと変わらない表情で返事をした。
そんなジタンを見てか、まだ頭がぼんやりとしているのか、スコールは「いや……」と何処か不思議そうな顔で、ジタンの手を受け入れている。
こういう所が可愛いよなあ、とジタンはこっそりと思う。
そして、こんな彼を見る事が出来るのが、自分とバッツだけだと言う優越感。
そのバッツは今はティナとルーネスの所にいるので───それはそれでジタンも羨ましいのだが───、今は独占する事が出来るのが、また嬉しい。
一頻りスコールの頭を撫でて、ジタンは濃茶色から手を離した。
スコールは寝癖と撫でられた所為で乱れた髪を手櫛で宥めた後、気が抜けたように布団に転がった。
「……ジタン」
「おう」
「……大分楽になった」
「そっか。良かったな」
「……ああ」
横になったままのスコールと、その隣に胡坐で座っているジタン。
スコールは目線だけをジタンに向けて、小さな声で言った。
「……だからあんたも、もう休め」
自分の世話をしなくて良いから、と言うスコールに、ジタンは小さく笑みを零す。
世話をしながらでも、十分に休めていると言っているのに、スコールはどうしてもそうは思えないようだ。
逆の立場なら、きっとジタンも同じように考えるだろうから、無理に訂正はさせなかった。
代わりに、ジタンはごろんとスコールの隣に転がる。
「そんじゃ、お言葉に甘えて、俺も一眠りしよっかな」
「…ああ」
「って訳で、お邪魔しまーす」
「……!?」
ごそごそと布団に潜り込んで来たジタンに、スコールは目を瞠った。
思わず起き上がろうとするスコールだったが、一足早くジタンの手がスコールの肩を捕まえる。
そのまま布団に逆戻りさせられたスコールに、ジタンはしっかりと密着した。
「おい、あんた、」
「んー、良い抱き枕」
ぎゅう、と抱き付いて来るジタンに、スコールは固まった。
引っ張り剥がせば良いのにな、と思いつつ、ジタンはそんなスコールに甘えて、抱き付く力を強くする。
布団の端から顔を出した尻尾が、楽しそうに揺れる。
スコールはしばらくの間固まっていたが、その内諦めたのか、面倒になったのか、体の強張りが解けた。
ふう、とジタンの耳元で溜息が漏れて、スコールは布団に体を預けた。
ジタンがちらりと顔を覗くと、蒼灰色は既に瞼の下に隠れていて、このまま寝入ろうとしているのが判る。
今朝は熱の所為で火照っていたスコールの顔も、今ではいつも通りの色を取り戻している。
滲んでいた汗も落ち付いているし、夕食を食べられるようになれば、バッツ特製の薬も飲めるし、明日にはきっと回復している事だろう。
「スコール。スコールも、オレを抱き枕にして良いんだぜ」
「……そんなもの、必要ない……」
「そう言うなって。ほら、ぎゅーってしてみな?」
こういう風に、と手本を示すように、ジタンはスコールに抱き付く腕に力を籠める。
スコールは何故こんな事を、とぶつぶつと呟きながら、ジタンの背中に腕を回す。
ぴったりと密着し合っている事に、スコールはどうにも違和感が拭えない。
不慣れな状態に戸惑うスコールの心中を現したように、ジタンの耳元で、心音が早いリズムで鳴っていた。
その音を宥めてやろうと、ジタンはスコールの背中をぽんぽんと撫でてやる。
「……おい……」
「いーからいーから」
子供じゃない、バカにするな、いい加減にしろ。
そんな言葉が出てくる前に、ジタンはスコールの背中をぽんぽんと叩きながら、濃茶色の髪を撫でてやる。
子守唄も歌おうか、と思ったが、流石に其処までやったら、ふざけるなと怒られそうだ。
そのまま、しばらく静かな時間が過ぎて行き、少しずつジタンの耳元で聞こえる鼓動が静まって行く。
ジタンの背中に回された腕は、少しずつ力が抜けて、添えられているだけになっていた。
ちらりと目線だけを上に向けてみれば、薄く開いた桜色の唇が見える。
心音もゆったりと規則正しいリズムを刻み、彼が眠ってしまった事が伺えた。
すう、すう、と微かに聞こえる寝息に頬を緩めたまま、ジタンはぐっと首を伸ばす。
眠るスコールの唇の端に、己のそれを押し付けた後、抱えるようにスコールの頭を抱いて、自身もそっと目を閉じた。
ジタスコの日なので、体調不良なスコールをジタンに甘やかして貰いました。
小さな男前の包容力は半端ない。