[ティスコ]僕だけの海
- 2015/10/08 22:55
- カテゴリー:FF
スコールの目の前に、深い深い海色があった。
それは真っ直ぐにスコールの方を向いていて、時折ぱちりと隠れる事はあっても、逸らされる事はない。
海は母だと、古くから言われている。
これが異世界でも通じるかは判らないが、少なくとも、スコールの世界ではごく自然に浸透していた謂れであった。
命の根幹は海で生まれ、長い年月をかけて地上へ棲家を広げ、現在に至る。
だから海に、或いは水にその身を委ねると、母に抱かれているように感じる事もあるらしい。
生憎、スコールにそうした経験はないし、長い時間を波に揺られるだけで過ごすと言うのは、退屈で死にそうになりそうだったと思う────それいつの経験であったのかは、相変わらず判然としないが。
スコールは海に母を感じた事はないが、海そのものは嫌いではない。
正直に言えば、好きか嫌いかを論じる程興味がない、と言うのが正しい。
しかし、目の前に在る海の色は、嫌いじゃないな、と思う。
思うのだが、こんなにも近くでまじまじとそれを向けられていると、酷く落ち着かない気分にされる。
「…………」
「あっ!逸らしちゃ駄目っスよ!」
耐え切れなくなって、そっと視線を外すと、案の定、抗議が飛んでくる。
がしっと頭を肩を掴んで振り向かせようとする力に、スコールは全力で抵抗した。
「もう良いだろう、いい加減にしろ…!」
「まだ!まだ駄目!もっと見たい!」
「しつこい!」
「そんなにしつこくないっスよ、まだ五分か其処らじゃん!」
「五分もジロジロ見れば十分だろ!」
全力て抵抗するスコールと、どうにかして此方を向かせようとするティーダ。
仲間達が見たら、すわ喧嘩かと割り込んでくるだろうが、今日は二人だけで聖域で待機となっている。
つまり、ティーダにとっては幸運、スコールにとっては不幸な事に、この騒ぎに参入してくる者はいないと言う事だ。
普段なら、人の気配が少ない静寂を好むスコールだが、この時ばかりは仲間達の不在を恨む。
力尽くで振り向かせようとするティーダの腕を振り払って、スコールは力んだ所為で不自然に凝った首を撫で解した。
眉間に皺を寄せ、髪の乱れを直すスコールの前では、ティーダも不満げな表情をしている。
(首が痛い……)
バカ力め、と胸中で恨み言を呟きながら、スコールは溜息を吐いた。
そもそも、どうしてこんな事になったのかを思い出してみる。
仲間達が一組、二組と順番に出発したのは、リビングの時計が十時を指して間もない頃だ。
それからしばらくは二人とも好きに過ごし、昼は朝食の残り物で簡単に作った。
ティーダが作ると味が濃くなる為、スコールが温め直して、味付けは自分で好みに調整して貰った。
準備をしたのがスコールなので、片付けはティーダが担当し、その間、スコールはリビングのソファに座ってトリプル・トライアドのデッキ調整をしていた。
そしてティーダがキッチンから戻って来て、徐にスコールの隣に座り、言ったのだ。
「スコールの目、見せて貰って良いっスか?」と。
デッキに集中していた所に突然声をかけられた事、その内容も余りにも藪から棒だった事もあり、スコールはティーダの言葉を理解するまで、しばしの時間を要した。
理解した後も、何故そんな事を、と言う疑問で頭の中は占められる。
そんなスコールに気付かず、ティーダは「良いっスか?」ともう一度言った。
どうしてそんな事しなければならないんだ、と言う疑問の解決を待たないまま、回答を催促されたスコールは、何だかよく判らないまま「……ああ」と答えていた。
それからスコールは、ティーダに顔を見つめ続けられていた。
まじまじと見つめるティーダに、始めは何がしたいのか判らなかったスコールだが、見ていれば気が済むのならそれまで好きにさせよう、と思った。
しかし、元来、他者の視線を苦手とするスコールが、その状況で長い間耐えられる訳もない。
相手がティーダとは言え、五分も耐えた時点で、随分と我慢したなとジタンとバッツは表彰するだろう。
────と、此処に至るまでの経緯を振り返ったスコールだが、肝心の“どうしてこうなったのか”、もっと言えば“どうしてティーダが「目が見たい」と言い出したのか”は判らないままだった。
「もっと見たかったのに……」
未だ消えない困惑と、じろじろと観察された居心地の悪さを残すスコールの隣で、ティーダは拗ねた顔で呟いた。
それを無視しても良かったのだが、ちらと横目に覗いたティーダが、心底残念そうなのがスコールの胸を抉る。
別段、スコールはお人好しではないと自分を分析するが、人目は非常に気にする性質だし、自分の所為でティーダが落ち込むと言うのも引っ掛かる。
ティーダがこのまま夜まで過ごしていたら、戻って来た仲間達に、何かあったのか、喧嘩でもしたのかと集中攻撃を喰らうのも目に見えていた。
何より、自分の所為で、ティーダの爛々とした海色の瞳が翳るのが嫌だった。
スコールはふう……と細い溜息を吐いて、いじいじとソファを指で突いているティーダを見た。
「……なんでそんなに見たいんだ。面白いものでもないだろ、俺の顔なんて」
「顔が見たい訳じゃないっスよ。……それも見てたけど」
ソファの上で膝を抱え、ゆらゆらと揺れながらティーダは言った。
じゃあ何を見ていたんだ、とスコールが視線だけで問うと、
「……スコールの目。綺麗な色してるから、見たいって思ってさ」
「……は?」
ティーダの言葉に、スコールは首を傾げた。
これか?とスコールの手が自身の右目に向かう。
触れた所で取り出せるものではないので、瞼越しに目玉を撫でるだけだ。
撫でながら、鏡で何度も見た筈の其処の色を思い出そうと試みるが、何か特筆するような色はしていなかった筈───と、スコールは思うのだが、
「青い目って、俺が知ってる限りじゃ結構あったと思うんだけど、スコールみたいな色してるのって初めて見た気がしてさ」
「……そんなに珍しい色でもないだろ。あんたと似たような色だ」
「全然違うって!」
食い入るような勢いで否定したティーダに、スコールの眉間に皺が寄る。
確かに、美術的な色の差異で言えば同じではないが、カテゴリとしては同じだろう、と。
しかし、ティーダは尚も続ける。
「青なんだけどさ、もっと深い色って言うか。なんか、海の底の方みたいなさ」
「あんたも青で、海の色だろう」
「んー……そう言われるのは嫌いじゃないんだけど、俺の色とは違うんスよ。もっと澄んでて、混じりっけが無い感じの……」
それこそあんたの方だろう、とスコールは思った。
しかし当のティーダは、スコールの瞳こそが海の色だと言う。
「陸から見る海じゃなくて、海の中で見る海って言うのかな。潜って初めて見える海」
「……意味不明だ」
「スコール、海に潜った事ないっスか?」
「………海に入った事はある。多分」
だが、ティーダの言う“海の中で見る海”と言うのは判らなかった。
そもそも、彼の世界に存在する海と、スコールが記憶している世界の海が同じかどうかも判らない。
そう考えると、二人がそれぞれ抱いている色への認識に違いがあっても可笑しくはない。
となれば、これ以上色の違いについて問答するのは不毛だ。
そんな結論に行き着いて、スコールはティーダに“海の色”について訊くのを止めた。
テーブルに放っていたデッキに手を伸ばしたスコールを、ティーダは口を噤んで見詰める。
ひしひしと頬に刺さる視線に、スコールはデッキを捲る手を止めずに、別の疑問を訪ねた。
「それで、なんでそんなものを見たいって言い出したんだ」
「だから、綺麗だから見たいって思ったんだって」
「……綺麗なものでもないだろ、こんな色。何処にでも」
「ないって。バッツも言ってたじゃん、スコールの目の色は珍しいって」
「…そんな事言ってたか?」
「言ってた」
バッツのその言葉を、スコールは聞いた覚えがない。
スコールのいない場所で交わされた会話なのか、其処にいたが興味がなくて聞き流していたのか。
何れにしろ、相変わらずよく判らない所に着眼するな、とスコールは思う。
「スコールの世界じゃ、よくある色なんスか?」
「……青い目はよく見る」
「そうじゃなくて、スコールの色。同じ色、見た事ある?」
「……判らないし、覚えていない」
正直に答えると、それもそうか、とティーダは納得した。
記憶の回復如何に関わらず、友人知人の目の細かい色など、覚えている人間が幾らいるだろうか。
少なくともスコールは、余程親しい人間でなければ認識していないだろうし、そもそも他人の目の色を覚えているかも怪しい。
ティーダの視線は、尚もスコールの横顔に向けられている。
無遠慮な程に真っ直ぐな視線は、スコールには少々喧しい。
「おい……」
「ん?」
「……見るの止めろ。落ち付かない」
「見てるだけなんだから良いじゃないっスか」
「それが落ち付かないって言ってるんだ」
オブラートを捨ててきっぱりと言ってやると、ティーダは渋々視線を外した。
ようやく気になるものが消えて、スコールはほっと息を吐いて、手許のカードに意識を戻す。
ぱらぱらとカードを捲るスコールの耳に、ぼそぼそとティーダの愚痴のような呟きが聞こえる。
「綺麗なんだし、減るもんじゃないんだから、ちょっと位良いじゃないっスか…」
「…そう思うなら、鏡でも見てろ」
「鏡見たって自分の目が見えるだけじゃん」
「十分だろ。俺なんかより、あんたの色の方がずっと良い」
水の中で活き活きと、文字通り水を得た魚のように泳ぐティーダ。
そんな彼の本質を現したように、彼の目は海を映したマリンブルーで、濁りのない海の色。
眩しい蜜色の髪のコントラストと相俟って、夏の海を思わせる、そんな瞳。
スコールは、果てしのない海を、目的もなくぼんやりと眺める事は好きではない。
しかし、其処に在るのがティーダと同じ色だと思えたら、少し長く眺める位は出来るかも知れない。
それこそ、ついさっきまで、彼と見詰め合っていた時のように。
────それきり、二人の間に会話はなかった。
スコールはデッキ作りに集中し、ティーダはソファに背を預けて天井を仰いでいる。
だからスコールは、隣の少年が、真っ赤な顔で自分の目に触れていた事には気付かなかった。
それってつまり、スコールにとって俺の目は─────
10月8日でティスコの日!
無自覚にお互いを褒めてる、憧れ合ってる17歳's。かわいい。