ここにいるためのきまりごと
- 2016/07/02 00:04
- カテゴリー:FF
生まれ育った地から離れ、いつの間にか見知らぬ場所にいて、どれ程の時間が流れたか。
此処はとても不思議な場所で、狩りをしなくても食べるものが手に入り、長い間歩き回らなくても水を飲む事も出来る。
目覚めた時には戸惑い、警戒したものだったが、次第にそれも慣れて行き、今の環境がとても良い事も理解した。
あの日、硬い牙に噛まれた足は、しばらくじゅくじゅくとした痛みに苛まれたけれど、時間が経つ内に消えて行き、それがいつもの傷よりもずっと早く治った事に気付いた時、此処は危険な場所ではないのだと判った。
何より、大切な弟と離れ離れにされる事もなく、彼が空腹で苦しむ事もない。
母と暮らした場所は、何処にあるのか判らず、戻る道も判らない。
二度と戻れないのかも知れないと思うと、酷く寂しくなったけれど、あのままあそこにいても、弟は腹が減るばかりだっただろう。
そして、いつかきっと、動けなくなって、冷たくなってしまったに違いない。
それを考えると、きっと此処にいる方が良いのだろう。
兄弟に食事を持って来てくれるのは、あの日、兄を助けた“人間”だった。
毎日を共に過ごす“人間”は、とても優しく、何かあると話しかけて来て、様々な事を教えようとする。
それを吸収し、真似をして見せると、“人間”はとても喜んだ。
喜ぶ“人間”の顔を見ると、兄は胸の奥がぽかぽかと暖かくなって、記憶に霞んだ母に褒められた時の事を思い出した。
ああ、きっとこの“人間”は恐くない。
弟はまだまだ恐がり癖が抜けないけれど、兄の自分が守れば良い───そう思った。
それから兄弟は、“名前”をつけられた。
兄の名前はレオンと言い、弟はスコールと呼ばれている。
今までは兄弟だけで暮らしていたから、呼ぶ名前など無くても困らなかったけれど、名を呼ばれると嬉しいのだと言う事を初めて知った。
兄が人間を真似て、弟の名前を呼んでみると、弟が振り返って首を傾げる。
弟も真似て兄を呼ぶと、呼ばれた兄が振り返るので、弟も嬉しくなった。
一緒に暮らしている“人間”は、“ラグナ”と言う名前らしい。
呼んでも直ぐには反応してくれなかったが、何度も呼ぶと振り返って、「どした?」と笑い掛けて来た。
腹が減った時には食事を、喉が乾いたら水を、催促してみると、ラグナはそれを準備してくれる。
時々、見当違いのものを出される事もあり、どうやら彼に自分達の言葉は通じていないようだと知った。
けれど、理解しようとしてくれているのは判ったから、伝わるまで何度でも彼の名前を呼ぼうと思った。
そんな生活が始まって、戸惑って、慣れて来て。
スコールの恐がり癖も少しずつ形を潜めて来た頃に、彼等に出逢った。
故郷で犬や狼は見た事があったけれど、自分達と同じ、後足だけで歩く事が出来る犬は初めて見た。
犬の名前はザックスとクラウドと言い、彼等はセフィロスと言う人間と一緒に暮らしている。
彼等は随分前から人間と共に過ごしており、今はセフィロスの下で色々な訓練をしていると言う。
訓練と言うのは、人間と一緒に生活する為のものだと思っていたら、二人はもっと難しい訓練を受けているようだった。
そんなに色々な事をしてどうするんだ、と訊ねると、ケイサツになるんだ、とザックスは言った。
ケイサツとは何だと訊ねると、悪い人間を捕まえたり、困っている人間を助けたりするんだ、と言う。
二人はその為に、一等難しい事が出来るように特訓しているのだと。
ザックス達の棲家で、スコールにじゃれつくクラウドをザックスが止め、逃げるスコールを宥めながら、そんな話を何度か交わしていた時だ。
ザックスがふと、不思議そうな顔をして言った。
お前ら、これ付けないのか?
そう言ったザックスが指差したのは、自分の首輪。
それを見た瞬間、自分の顔が歪むのが判った。
首の周りに沿って一周しているもの。
最近、似たようなものを、ラグナが自分達に付けさせようとしている事を、レオンは確りと覚えている。
ラグナが「大事なものだから」と言うので、何度か大人しくつけていたが、どうしても落ち着かなくて爪を立ててしまった。
スコールに至っては、全身で拒否し、自力で外した上に噛み千切ってしまう。
脆いもので作られているので、簡単にボロボロになってしまうそれを見付かる度に、スコールはラグナに叱られていた。
此処で生活していく上で、あれが必要なものだと言う事は、何度も何度も言われたので、判っているつもりだ。
けれど、身に付けていると、首の周りが締め付けられるような感覚に襲われて、酷く落ち着かない。
スコールも同じようで、大事なものだと判らない訳ではないようだけど、どうしても我慢できずに外してしまうようだった。
つけたくないんだ、と正直に言うと、ザックスはそりゃ駄目だ、と言った。
俺達がこれをつけてないと、セフィロスが困るんだってさ。
他の皆もつけてるぞ。
お前らもつけなくちゃいけないんじゃないのか?
そんな事を言われても、どうしても受け付けられないのだ。
ザックスの言葉を聞いたスコールも、鼻の頭に皺を寄せて、嫌だ、つけたくない、と言う。
顔を顰めるスコールの首の後ろに、クラウドが鼻を近付ける。
くんくんと匂いを嗅がれて、スコールが止めろ!と怒った。
レオンの後ろに隠れて威嚇するスコールに、物怖じしないクラウドは近付こうとするが、ザックスに留められる。
不服そうなクラウドを宥めながら、ザックスは続けた。
これがないと、俺達、セフィロスと一緒にいられないんだ。
その言葉を、自分達の立場と置き換えると、どう言う事になるのか。
少し考えただけで、レオンにも理解する事は出来た。
大事なものだと言っていたあれを首につけないと、ラグナと一緒にいられなくなる。
今までなくても一緒だった、とスコールが言うと、ザックスはあれ?と首を傾げた。
────だが、最近のラグナの行動を見ると、ザックスの言う事も間違いではないのだろう。
今まではいらなくても、これから必要だから、ラグナは二人の首に首輪をつけようとしているのだ。
レオンは自分の首に、爪を引っ込めた手を当てる。
首輪を嫌って何度も何度も引っ掻いていたら、いつの間にか其処には傷が出来ていた。
風呂に入れられる時に沁みるので、引っ掻かないようにとラグナに言われたが、首を締め付けられるような感覚を思い出すと、どうしても我慢できなくて引っ掻いてしまう。
レオンがカリカリと首を掻いていると、どんっと背中に何かが当たった。
振り返ってみれば、スコールがぐるぐると喉を鳴らしている。
スコールは引っ掻き痕が浮いたレオンの首を見ると、其処に顔を近付けて、赤くなったレオンの喉を舐めた。
首を舐める弟を好きにさせながら、レオンは話をしているラグナとセフィロスを見た。
最近、頻繁にお互いの棲家を行き来しては、二人は何かを話している。
何を話しているのか、レオンにはよく判らなかったが、こうして話をした後、ラグナが新しい首輪を持って来たり、色々と試そうとしているのは判った。
……このまま首輪をつけずにいたら、いつかラグナと一緒にいられなくなるのだろうか。
そう思うと、レオンはきゅううと体の中が痛くなった気がして、レオンは蹲った。
縮こまった兄を見て、スコールが心配そうに鼻を鳴らす。
すりすりと頬を寄せて来る弟。
その毛並はふわふわと柔らかく、気持ちが良い。
生まれた場所にいた時は、幾ら毛繕いをしても傷んで行くばかりだった毛並は、今ではラグナに毎日のように梳いて貰っているお陰で、すっきりと綺麗に保たれている。
レオンの毛並も同様で、ラグナの手で毛繕いが終わった後は、スコールが身を寄せて来ては気持ち良さそうに目を細めている。
こんな弟の姿が見る事が出来るようになったのは、ラグナに拾われてからだ。
以前は日に日に弱って行く姿ばかりを見ていたように思う。
弟も、自分も、毎日を元気に過ごす事が出来、空腹や寒さで辛い思いをしなくて済むのは、ラグナのお陰なのだと、レオンは理解している。
心配そうに覗き込んでくる弟を見て、レオンは頭を上げた。
じぃっと見詰めるスコールの顔を舐めると、弟は少し安心したように鳴く。
其処へ、ひょこりと顔を出したのはクラウドだ。
そんなに首輪をするのが嫌なのか?
そう言ったクラウドに、お前は嫌じゃないのか、と聞くと、嫌じゃない、と彼は言った。
寧ろ気に入ってる、と言って、クラウドは頭を持ち上げて、首輪を見せて来る。
ザックスとクラウドの首輪は、黒い鞣し革製で、セフィロスが特別に揃えてくれたものらしい。
黒の傍らで、きらきらと銀色が光っている。
自慢げに見せて来るクラウドに、本当に気に入ってるんだな、とレオンは思った。
そんなレオンの隣では、スコールが興味深そうに、しげしげとクラウドの首輪を見詰めている。
スコールがクラウドの首輪に顔を近付け、ふんふんと鼻を鳴らす。
その鼻息がくすぐったいのか、クラウドの尻尾がぴくっ、ぴくっと跳ねるように動いた。
スコールの視線は、クラウドの首輪と言うよりも、きらきらと光る銀色に釘付けになっている。
首を右へ左へ傾けては、どんどん首に顔を近付けて鼻を鳴らすスコールに、好きにさせていたクラウドの体がふるふると震え、
「わぉうっ!」
「!!!」
大きな声を上げて飛び掛かって来たクラウドに、スコールが目を丸くして固まった。
どたっ、と音がしてスコールが床に倒れると、クラウドがその上に伸し掛かって来る。
スコールは目を白黒させながら、無我夢中で暴れ始めた。
「ふぎゃーっ!ふぎゃっ、ぎゃーっ!」
首に鼻を近付け、ばたばたと尻尾を回転させるように大きく振りながら伸し掛かって来る犬に、スコールは逃げようと必死になる。
遠目に見れば、犬のクラウドが、ライオンのスコールを食おうと襲い掛かっているようだった。
慌ててレオンが駆け寄り、スコールとクラウドの間に、自分の体を捻じ込ませる。
「ぎゃうう、ぎゃう、ぐぅーっ」
「わふっ!」
「ぐぅっ?」
弟を救出したかと思いきや、クラウドは今度はレオンに飛び付いて来た。
ばったばったと尻尾を振って顔を寄せて来るクラウド。
レオンが何が起きたのかと目を丸くしていると、今度は兄を助けるべく、スコールがクラウドに飛び掛かる。
スコールがクラウドの耳を噛んで、ぐいぐいと引っ張る。
以前なら加減を忘れて、クラウドの耳が千切れんばかりに噛んでいたのだろうが、ラグナやバッツ、ジタンのお陰で、スコールは力加減を守る事を覚えた。
が、この場合は、それで良いのか悪いのか。
甘噛み程度で堪えないクラウドに、スコールはぐるぐると喉を鳴らし、
「ふぎゃーっ!ぎゃーっ!ふぎゃうううう!」
全身の毛を逆立てて、レオンから離れろ!とスコールが叫んだ時だった。
部屋の向こうで話をしていたラグナとセフィロスの声がかかる。
「ありゃりゃ。クラウドくーん、もうちょっとお手柔らかに…」
「ザックス、クラウドを止めてやれ」
セフィロスに言われて、ザックスがクラウドを捕まえる。
ザックスがクラウドの首の後ろに歯を当てると、クラウドの動きがぴたっと止まった。
そのままザックスがクラウドを引き摺り、兄弟から離す。
ようやく解放されたレオンの下に、スコールが駆け寄った。
スコールはレオンの体を隅から隅まで臭いを嗅いで、怪我がない事を確認し、ほっと息を吐く。
それから、ザックスから興奮しちゃ駄目だって言われただろ、と叱られているクラウドに向かって、ぐるぐると警戒に喉を鳴らした。
「レオン、スコール。こっちおいで」
「ザックス、クラウド。お前達も来い」
それぞれ名前を呼ばれたのが聞こえて、レオンはスコールを促した。
両腕を広げているラグナの下へ行けば、いつものように片腕ずつで抱き上げられる。
ラグナは、警戒で興奮し切ったスコールを宥めながら、レオンの首をくすぐる。
首輪は嫌いなレオンだが、ラグナの指に其処をくすぐられるのは好きだ。
同じ場所に触られているのに、何故こんなにも違うのだろう。
セフィロスと会話を終えたラグナが、レオンとスコールを抱いて席を立つ。
ラグナの足が玄関へと向かっているので、どうやら今日はこれで帰るらしい。
ラグナの歩を追って来る匂いを感じ取ったレオンが、ラグナの腕の陰から彼の後ろを覗いてみると、ザックスとクラウドの姿があった。
玄関前で、ザックス達に気付いたラグナが、膝を曲げてしゃがむ。
レオンとスコール、ザックスとクラウドの距離が近くなって、レオンは二人が詰まらなそうな顔をしている事に気付いた。
もう帰るのか、と言いたげな二人に、レオンは手を伸ばした。
届く距離ではなかったのだが、それを見たラグナが床に下ろし、兄を追ってスコールもラグナの腕からすり抜け降りた。
レオンは、背中にくっついている弟と一緒に、クラウドの頬に自分の頬を摺り寄せる。
「……がぁう」
また来る。
そう言った兄の後ろで、また、とスコールも言った。
驚いたように丸く見開かれていた碧眼が、きらきらと輝いたのが、なんだかくすぐったかった。
レオンとスコールにとっても、ザックスとクラウドにとっても、お互いが初めての“友達”。
そしてレオンとスコールにとっては、人間社会の中で生きていく為の先輩でもあるのです。