[ヴァンスコ]絡む糸を手繰る
- 2019/12/23 21:07
- カテゴリー:FF
人と触れ合う事は嫌いではない。
ラバナスタの地下水路に張り巡らされたダウンタウンで育ったヴァンにとって、他者の熱と言うものは、自分が一人ではないと知る縁であり、時に自分を寒さから守ってくれる鎧だった。
ダウンタウンは其処に住まう者達の力で、人が住める環境としてそれなりに整ってはいたが、地上の居住区に比べれば、決して優れた環境とは言えない。
ダウンタウンの中にも区域によって治安にも差があり、酷い所は本当に酷い有様で、ダウンタウン暮らしの者達の間でも、あの道の向こうは言ってはいけないと囁かれている場所もあった。
そうした地区で暮らす者達が、治安の悪さに辟易し、区域を変えて少しでも穏やかな場所を探す者もいれば、逆に他の地区で暮らすならず者は、吹き溜まりへと吸い寄せられるように其方へ移って行く事もある。
だがどんな地区であっても、夜の冷え込みと言うのは等しく訪れた。
広大な砂漠の只中に存在する国である為、昼の乾燥した暑さに比べると、夜は驚くほどに冷え込む事がある。
そうなると暖を求めて焚火をする事もあるのだが、石造りの地下水路と言う性質もあり、煙の出る火が焚ける場所と言うのは限られていた。
人の良い者同士が寄り合っている所なら、ヴァンのような孤児でも少しは火に当たらせて貰えるし、運が良ければパンが貰える。
それらを確保できない時、住まいを持たない者や、庇護のない子供などは、只管一所に固まって寄り添い合って熱を求めたものであった。
ヴァンもそうやって亡き兄や幼馴染と身を寄せ合い、冷え切った水路の夜、砂漠の冬を越えて行った。
大きくはない毛布一枚を、兄と幼馴染と分け合って、くっつきあって眠る日は、どんなに外が寒くても暖かかったし、二人の体温と鼓動が感じられて安心できた。
だからヴァンは、人と触れ合う事は嫌いではない。
寧ろ、好き、と言っても良いと思う。
けれど、誰も彼もがそう言う風に、他者の体温を好きではないと言う事も、ヴァンは知っていた。
(────でも、案外嫌だって言わなんだよな)
二人きりのテントの下、まだほんの少し熱の余韻を残す体を、寒さを嫌って身を寄せ合って守りながら、ヴァンはいつもよりもずっと近い距離にあるスコールの顔を眺めながら思う。
今日はヴァンはルーネスと、スコールはジタンとバッツと言ういつものメンバーで、それぞれ散策に向かう予定だった。
しかしルーネスとジタンが前日の戦闘で負った傷の治りが聊か遅く、大事を取って休む事になり、それに付き添う形でバッツも拠点に残った。
この時点でヴァンもスコールも自身の予定が空いた事になり、暇を持て余す一日になるかと思ったのだが、カインから少々不穏な気配のある歪の話を聞き、スコールが一人斥候に向かおうとした所へ、ヴァンも同行(スコールにしてみれば勝手について来ただけと言う所だろう)した。
歪は少し遠い場所にあり、カインのように地形を無視した進軍が出来ない二人は、往復延べ二日を余儀なくされる。
往路は特に問題なく進めた為、陽が沈む頃には目的の歪を確認し、赤く光っていたその紋章を青く染める事に成功した。
そうして仕事を終えて歪を脱出した時には既に空は暗く、深い森の中で一晩を明かし、明日の朝に帰路へ向かうのが無難だろうとスコールが言った。
ヴァンもそれを否定する気はなく、じゃあ、と野営準備を済ませ、食料を調達して腹も満たして、寝る準備に入る。
最初は一人ずつ見張りをする話をしていたのだが、夜になって冷え込んだ空気をどちらも嫌い、流れ流れて褥を共にした。
ヴァンとスコールがそう言う事をする関係になってから、両手では余るが片手では足りない程度の行為を数えている。
それは大抵、二人きりの寒い日の事で、なんとなく誰にも気付かれない方が良いのだろうと、ヴァンは考えていた。
そして冷え込みを感じ始める時間帯から熱を共有し初めて、終わった後は疲労感でうとうとしつつ、直にもっと冷え込むだろうからと一枚布と肉布団で熱の発散を閉じ込めながら、朝を待つ。
くああ、とヴァンは何度目か知れない欠伸を漏らした。
する事をしているので、体は眠りたがっているのだが、スコールが落ちているので、見張りの為に自分はもうしばらく起きていなければならない。
見張り自体は先にスコールが行い、その間にヴァンは寝ていたから、順当なものではある。
とは言っても眠いものは眠いので、ヴァンの意識は見張りとは遠くかけ離れ、半分瞼を下ろして、毛布を共有する仲間にだけ向けられていた。
(睫毛長いな)
眠るスコールの顔を眺めながら、そんな事を考える。
平時であれば絶対にこの距離になる事は有り得ないので、スコールの顔をじっくりと観察するには又とないチャンスだ。
勿論、だからと言ってこの行為に何か意味がある訳でもないのだが。
それでも、珍しい物をしげしげと見ていられると言うのは、非常に細やかな楽しみにも思えるので、ヴァンは偶に訪れるこの機会と言うものを気に入っていた。
じっと眺めていると、スコールがもぞもぞと身動ぎして、ヴァンの方へと身を寄せる。
毛布の中で晒されている肌が、ヴァンのそれと密着した。
触れた瞬間、体温差の所為か、一瞬だけ冷たいような気がしたが、次第にヴァンの体温と混じって行き、程無く違いは判らなくなった。
スコールはしばらく動いた後、収まりの良いポジションを見付けると、静かになった。
すぅ、すぅ、と改めて深い眠りに移行しつつあるスコールが落ち着くと、ヴァンも少しだけ体の傾きを変えて、痺れかけていた腕を開放し、スコールの腰に腕を回す。
ヴァンがスコールを抱き寄せる形になると、スコールの眉間に皺が寄って、「んん……」と折角落ち着いたのにと言う抗議があった気がしたが、結局スコールは目を覚まさなかった。
「スコール、起きない?」
「……」
「じゃあこれで良いか」
声をかけてもスコールが反応しない事を確認して、ヴァンはよしよしと遠慮なくスコールの肩口に顔を寄せる。
口元を押し付けるようにスコールの肩に当てると、顔の下半分が温かい。
あまり肉のついていない腰を抱き締める腕も、密着した胸や腹も、とろとろとした熱が伝わり合って、テントの外の寒さを忘れる。
二人の体の間で、丸く縮こまるように挟まれていたスコールの腕が、そろりと動いた。
身を寄せているヴァンの背中に腕が回され、二人は抱き合う格好になる。
二人きりで過ごした後、眠っている時に限って、スコールはこうして甘えて来る。
その事にヴァンが驚いていたのは、こんな関係になってから始めの頃位で、今ではすっかり馴染んでしまった。
(だから多分スコールも、嫌いな訳じゃないと思うんだよな、こういうの)
普段、スコールは他者に触れられる事を嫌う。
挨拶にぽんと肩を突いただけで睨まれるし、手を握って先導したりされたりも嫌がるし、とかく“触れる事”そのものを避けている。
だからヴァンは、この世界で目覚め、スコールと出逢ったばかりの時は、スコールは他者と触れ合う事、近付く事が嫌いなのだろうと思っていた。
その認識も、全く間違っている、と言う訳ではないのだろう。
しかしあの頃よりは確実に距離が近くなった今、スコールは存外と他者の体温を許容する事が多いと言う事も判っている。
ジタンやバッツが飛び付いて行っても避けないし(彼等が避ける暇を与えないのだが)、ユウナが手を握っても振り払わない(治療の為である事が多いのと、彼女の人柄に因る所もあるか)。
そして、ヴァンと二人きりの夜、余程疲れていたり不機嫌でもない限りは、肌を重ねる事を断らない。
なし崩しになっているだけじゃないか、と言われるとヴァンには強く否定は出来ないのだが、無理強いをした事はなかった。
振り払おうと思えば振り払えるし、スコールならその気になれば斬り捨てる事だって出来るだろうに、彼はそれをした事はない。
ほんの少し気怠そうな顔をしながら、ヴァンの好きにさせるのだ。
終わればこうして身を寄せ合い、目覚めるまでは離れようとしないから、スコールも決して他者の体温を毛嫌いしている訳ではないと言う事が判る。
すぅ、すぅ、と眠るスコールの呼吸が、ヴァンの胸をくすぐっていた。
柔らかなダークブラウンの髪も当たるので、なんだか猫に似ていると思う。
「……ふああぁ」
なんだか気持ち良さそうに見えるスコールを眺めていたら、ヴァンも眠くなって来た。
元々が見張りの体の為に起きていただけなので、睡魔を自覚するともう我慢が効かない。
テントの周りに不穏な気配がない事だけを確かめて、ヴァンは毛布を手繰り寄せて、スコール毎その中に包まった。
もそもそと動くヴァンの気配を感じてか、スコールが小さく唸る。
「んん…う……」
「あ」
「……?」
毛布の暗がりの中で、スコールの眉間に皺が寄った。
起きるかな、と思った矢先に、長い睫毛がふるりと震えて持ち上げられる。
夜目に慣れたヴァンの瞳に、潤みを帯びた蒼灰色がぼんやりと浮かび上がって、ヴァンを捉える。
「……」
「まだ夜だぞ」
「……」
「寝るか?」
「……」
ヴァンの声に、スコールは反応らしい反応を返さなかった。
代わりにもぞもぞと体勢を替え、先と同じように収まりの良い場所を見付けると、また目を閉じる。
暖を求める猫のように丸くなってヴァンに密着し、直ぐにすぅすぅと寝息を立て始めた。
スコールと触れ合っている場所が温かくて、気持ちが良い。
その温もりに誘われるように、程無くヴァンも眠りに就いたのだった。
大幅に遅刻しましたが12月8日がヴァンスコの日だったので!
ヴァンスコはいつの間にかそう言う事するようになって、付き合ってるとか付き合ってないとか、好きとかそう言う事を考える事もなく、流れのまま関係が続いて行くのも良い。
何か外部からの切っ掛けがあれば良し悪し含めてはっきりするけど、そうでなければなんとなくそのままの距離感。