太陽が堕ちた場所(八京)
- 2012/05/21 23:30
- カテゴリー:龍龍
日食ネタで、今回は八京です。毎度のことだけど、時事ネタ無視の内容…
見ないのかい、と言われて、何の話かしばらく判らなかった。
だるさの残る躯で、ぼんやりと目を開けると、窓のカーテンを開けている男がいた。
月曜日の朝と言う、出来れば目覚めてしまいたくない日に、何をこの男は早起きなんて不毛な事をしているのだろうか。
あまつさえ、昨晩は散々体を重ね合わせた後なのだ。
京一が起きたくないと思うのものも無理はなく、あわよくば、次の休みの日まで眠り続けていたいとも思う。
しかし、学生のそんな憂鬱などに興味のない男は、平然と無視してくれる。
襦袢姿のまま、開け放ったカーテンの向こうを眺めて目を細めていた。
「……何かあんのかよ」
じ、と空を見上げている男────八剣右近に、京一は言った。
すると、右近はぱちりと不思議そうに京一を見て、ああ、と得心したように笑う。
「今日、日食なんだよ」
「に……」
「太陽が欠ける日、って言ったら判るかな?」
暗に“日食”が理解できなかった事を馬鹿にされていると察して、京一は顔を顰めた。
体が動けば、今直ぐベッドを飛び出して、スカした顔を殴ってやるのに、と。
日食か、と京一はシーツに顔を埋めて、先週の級友達の遣り取りを思い出す。
学校では、ニュースで散々持ち上げられていたらしい、今日の日食の話題で持ちきりだった。
特に遠野は古い新聞や雑誌の切り抜きまで持ち出し、今回の日食が如何に珍しい現象であるか語っていたのだが、その内容はまるで京一の頭には残っていない。
それよりも京一は、日食が近付くに連れ、鬼の、或いは何某かの不穏な気配が増えている事が気掛かりだった。
如月に言わせれば、陽が食われる日は、陰に潜む者達にとって、絶好の活動の機会であると言う。
特に日食が起きている時間帯は要注意だと、彼は言った。
……が、こんな早朝から都内のパトロールをする程、京一は真面目ではない。
躯も重いし、腰も痛いし、月曜日で憂鬱だしで、この部屋を出る事はおろか、ベッドを抜け出る気にもならなかった。
見ないのかい、と八剣がもう一度言った。
京一はシーツを寄せて包まり、男と窓に背を向ける。
「興味ねェな。お日様見たって、腹ァ膨れねェし」
「ま、確かにね。でも太陽エネルギーってのも案外馬鹿に出来ないよ。生き物は一日の朝に日の光を浴びる事で、代謝が……」
「知らねえ知らねえ、生物は嫌ェなんだよ、オレは」
生物の授業となると、真っ先に浮かんで来るのは、隣のクラスの担任教師。
顔を思い浮かべるだけで、苦虫を噛み潰しているような気分になる。
話を遮って布団に顔を埋める京一に、八剣は肩を竦めて苦笑した。
カーテンは開けたまま、ベッドに歩み寄り、腰を下ろす。
ぎし、とスプリングの鳴る音がした。
「今日の日食は、ちょっと特別なんだよ」
「……ふーん」
「普通の日食や、完全に太陽が隠れる皆既日食とは異なって、光が輪になって見えるんだ。金環日食って言うんだよ」
「……へー……」
延々と続く薀蓄など、京一は聞く気はない。
どうせあと数分もすれば嫌でも起きて学校に行かなければならないのだ。
頭に残るか残らないか判らないような(多分残らない)話を聞いている暇があるなら、もう少し眠っていたい。
「京ちゃん?」
「……ぅー……」
八剣がベッドの少年を見れば、強気な瞳は瞼の内側に隠れている。
時計を見れば、彼が活動を始めなければならない時間まで、あと十分を切っていた。
窓の向こうの空では、少しずつ、太陽の影が動き始めている。
綺麗な金色の輪を作っていた光は、今は細い三日月の形をしていた。
シーツに包まった少年から、すぅ、すぅ、と規則正しい寝息が聞こえて来る。
そっと首の後ろに手を伸ばし、かかる髪を避けてやれば、其処には赤色の華が咲いている。
それは昨夜、八剣が彼を貪っている時に作った、独占欲の証。
「特別な日だから、京ちゃんと一緒に見れたらと思ったんだけどね」
囁いてみても、常の警戒心を落としてしまった猫は、もう目覚めそうにない。
暗がりに沈んでいた世界が、少しずつ光を取り戻しつつあっても、自分中心の少年はお構いなしだ。
京一にとって、世界の中心は自分自身である。
だから空の上にある太陽など、どうでも良いのだ。
陽光が差して、活動の始まりを告げられようと、自分が起きたくないなら目覚めない。
その世界の中心を、喰らいついて、貪る悦びと言ったら。
空の光が、戻ってくる。
けれど、堕ちた陽の欠片は、光の世界には返さない。
以前の日食では龍冶、月食では龍京を書いたので、今回は八京で。
うちの京ちゃんは、龍麻とや八剣にとっての“太陽”。
ただし、明るく道を切り開いてくれるような太陽じゃなくて、暗がりの中で道を進む“堕ちた太陽”。
見ないのかい、と言われて、何の話かしばらく判らなかった。
だるさの残る躯で、ぼんやりと目を開けると、窓のカーテンを開けている男がいた。
月曜日の朝と言う、出来れば目覚めてしまいたくない日に、何をこの男は早起きなんて不毛な事をしているのだろうか。
あまつさえ、昨晩は散々体を重ね合わせた後なのだ。
京一が起きたくないと思うのものも無理はなく、あわよくば、次の休みの日まで眠り続けていたいとも思う。
しかし、学生のそんな憂鬱などに興味のない男は、平然と無視してくれる。
襦袢姿のまま、開け放ったカーテンの向こうを眺めて目を細めていた。
「……何かあんのかよ」
じ、と空を見上げている男────八剣右近に、京一は言った。
すると、右近はぱちりと不思議そうに京一を見て、ああ、と得心したように笑う。
「今日、日食なんだよ」
「に……」
「太陽が欠ける日、って言ったら判るかな?」
暗に“日食”が理解できなかった事を馬鹿にされていると察して、京一は顔を顰めた。
体が動けば、今直ぐベッドを飛び出して、スカした顔を殴ってやるのに、と。
日食か、と京一はシーツに顔を埋めて、先週の級友達の遣り取りを思い出す。
学校では、ニュースで散々持ち上げられていたらしい、今日の日食の話題で持ちきりだった。
特に遠野は古い新聞や雑誌の切り抜きまで持ち出し、今回の日食が如何に珍しい現象であるか語っていたのだが、その内容はまるで京一の頭には残っていない。
それよりも京一は、日食が近付くに連れ、鬼の、或いは何某かの不穏な気配が増えている事が気掛かりだった。
如月に言わせれば、陽が食われる日は、陰に潜む者達にとって、絶好の活動の機会であると言う。
特に日食が起きている時間帯は要注意だと、彼は言った。
……が、こんな早朝から都内のパトロールをする程、京一は真面目ではない。
躯も重いし、腰も痛いし、月曜日で憂鬱だしで、この部屋を出る事はおろか、ベッドを抜け出る気にもならなかった。
見ないのかい、と八剣がもう一度言った。
京一はシーツを寄せて包まり、男と窓に背を向ける。
「興味ねェな。お日様見たって、腹ァ膨れねェし」
「ま、確かにね。でも太陽エネルギーってのも案外馬鹿に出来ないよ。生き物は一日の朝に日の光を浴びる事で、代謝が……」
「知らねえ知らねえ、生物は嫌ェなんだよ、オレは」
生物の授業となると、真っ先に浮かんで来るのは、隣のクラスの担任教師。
顔を思い浮かべるだけで、苦虫を噛み潰しているような気分になる。
話を遮って布団に顔を埋める京一に、八剣は肩を竦めて苦笑した。
カーテンは開けたまま、ベッドに歩み寄り、腰を下ろす。
ぎし、とスプリングの鳴る音がした。
「今日の日食は、ちょっと特別なんだよ」
「……ふーん」
「普通の日食や、完全に太陽が隠れる皆既日食とは異なって、光が輪になって見えるんだ。金環日食って言うんだよ」
「……へー……」
延々と続く薀蓄など、京一は聞く気はない。
どうせあと数分もすれば嫌でも起きて学校に行かなければならないのだ。
頭に残るか残らないか判らないような(多分残らない)話を聞いている暇があるなら、もう少し眠っていたい。
「京ちゃん?」
「……ぅー……」
八剣がベッドの少年を見れば、強気な瞳は瞼の内側に隠れている。
時計を見れば、彼が活動を始めなければならない時間まで、あと十分を切っていた。
窓の向こうの空では、少しずつ、太陽の影が動き始めている。
綺麗な金色の輪を作っていた光は、今は細い三日月の形をしていた。
シーツに包まった少年から、すぅ、すぅ、と規則正しい寝息が聞こえて来る。
そっと首の後ろに手を伸ばし、かかる髪を避けてやれば、其処には赤色の華が咲いている。
それは昨夜、八剣が彼を貪っている時に作った、独占欲の証。
「特別な日だから、京ちゃんと一緒に見れたらと思ったんだけどね」
囁いてみても、常の警戒心を落としてしまった猫は、もう目覚めそうにない。
暗がりに沈んでいた世界が、少しずつ光を取り戻しつつあっても、自分中心の少年はお構いなしだ。
京一にとって、世界の中心は自分自身である。
だから空の上にある太陽など、どうでも良いのだ。
陽光が差して、活動の始まりを告げられようと、自分が起きたくないなら目覚めない。
その世界の中心を、喰らいついて、貪る悦びと言ったら。
空の光が、戻ってくる。
けれど、堕ちた陽の欠片は、光の世界には返さない。
以前の日食では龍冶、月食では龍京を書いたので、今回は八京で。
うちの京ちゃんは、龍麻とや八剣にとっての“太陽”。
ただし、明るく道を切り開いてくれるような太陽じゃなくて、暗がりの中で道を進む“堕ちた太陽”。