[セフィレオ]いつもと違う日の終わりに
- 2020/08/08 21:55
- カテゴリー:FF
[平日、とあるアンティークカフェにて]、[非日常空間の日常]の続き
何年ぶりかに足を運んだ水族館は、思いの外、大人二人を満足させてくれた。
客の趣向を凝らした展示の仕方や、子供だけでなく大人も興味を惹くような触れ合いコーナー等、よくよく観察すると中々面白い。
展示された動物の生態に則った水槽の形、水底のような深い広さを感じさせる背景の色や岩場の設置、視線誘導の動線────各所に配置されたスタッフの、年齢層に合わせた解説の仕方など、人を飽きさせない工夫が随所に施されている。
顧客の満足度が高いのも頷ける、と言うセフィロスに、全くだとレオンも頷いた。
一頻り水族館を見回った後は、フードコートで休憩した。
交わされた雑談にレオンは笑みを交えながら、折角こんな所に来たのだから、何か土産でもないかと思い始めていた。
そう考えたレオンの頭にあったのは、歳の離れた弟の顔だ。
誰が何処其処に行ったなんて話は、弟の興味には触れないだろうとは思うが、折角なので報告次いでに渡せるものでもあれば良い。
そんな気持ちで、弟向けの土産を買いに行きたいと言うと、セフィロスは快く付き合ってくれた。
都会の真ん中にある巨大な複合型施設のビルの屋上に、水族館は設置されている。
それ以下のフロアは、上層は会議として借りられる部屋がありつつ、他にもイベント事が催される際に利用されるホールもあった。
幾つかのフロアには、広さとしては小規模ながら、観客席のある劇場も入っている。
そして中層から下層にかけては様々なテナントが入る商業フロアとなっており、此処に水族館の客向けの土産物屋も加わっていた。
水族館内にも土産物屋はあるが、此方は家族連れ等で混雑している事も多く、それを厭った客や、もっとマニアックに海洋生物を好む客向けの商品が置かれている。
レオンは其処で、アザラシのぬいぐるみを買った。
50cmのビッグサイズのぬいぐるみを、大の大人が買うのは少々恥ずかしかったが、土産なのだから良いだろうと思った。
高校生の弟がこんなものを貰っても困惑するだけだろう───とは思うのだが、どうにも手触りが良くて気に入ったのだ。
弟もきっとこの手触りは好きだろうから、何かとストレスを溜め勝ちなあの子の癒しになれば良い。
ついでに目に付いたスノードームを買って、部屋の何処かに飾ってみる事にした。
こっちを渡した方が弟は素直に喜ぶんじゃないか、とセフィロスは言ったが、さてどうだろう、とレオンは苦笑いする。
実用物ではないだけに、どちらを渡しても、弟は先ず微妙な顔をするだろう。
幅を取らない分、ひょっとしたらスノードームの方がマシかも知れないが、彼には是非ともふかふかとしたアザラシのぬいぐるみの感触を味わって貰いたかった。
レオンとセフィロスがこの複合施設のビルにプライベートで入ったのは、今日が初めての事だった。
仕事で来る時には、専ら上層の会議フロアの他、昼食の為に予約していた飲食店フロア以外は利用する事がないので、折角だからと店舗フロアも見回ってみる事にする。
多くは女性客にターゲットを絞ったブティックが占めていたが、男性向けのフロアもあった。
同僚であり友人であるザックスやクラウドが好みそうな店もあり、来ているかも知れないな、と思ったが、特に見知った影と逢う事は、最後までなかった。
広さもあり、店舗の種類もありと、そんな中を一通り見て回ると、流石に疲れた。
折角だからと遊びに来る弟が好みそうな服やらアクセサリーやらを購入した事で、レオンの荷物は増えている。
ぬいぐるみ然り、中々に嵩張っているので、何処かのロッカーボックスにでも預けるか、或いは帰るかと言う選択肢になった。
普段ならこんなに歩き回る事などしないから、そう言う意味では十分に休日を満喫したと言える。
となると、今度はゆっくり休みたいかな、と言うレオンに、では帰るとしよう、と二人はビルを後にする。
太陽が西へと大きく傾く時間帯だった。
恐らくこのままセフィロスはうちに泊まる事になるだろうと、レオンは駅から最寄のスーパーで二人分の食料を買い込んだ。
食材で手が埋まるレオンに代わり、土産等の荷物はセフィロスが持つ。
その帰路の間、セフィロスがあのふわふわもこもことしたアザラシのぬいぐるみを抱えているのだと思うと、レオンは無性に面白くて堪らなかった。
家に着くと、レオンは一心地ついた後、夕飯を作り始めた。
窓から差し込む光は、オレンジ色に染まって熱を帯び、都会のコンクリートジャングルは沢山の影が落ちている筈なのに、気温は一向に下がる様子を見せない。
この時間まで外を歩き回らなくて良かった、と言うのが二人の正直な気持ちである。
何せ、帰ろうと決まってから、ビルから駅へと向かう道すがらだけで、汗が止まらない程に暑かったのだ。
その汗が染み込んで気持ちは良くないだろうと、レオンにシャワーを使って良いと言われたので、セフィロスも遠慮せず汗を流させて貰った。
その間にレオンは手際良く夕食を作り終え、食卓の準備を整える。
珍しく歩き回った所為だろうか、普段のレオンを思えば少々ボリュームの多い夕飯でも、二人は容易く平らげた。
どうにもそれだけでは足りないような気もして、レオンは酒と摘まみを用意する。
珍しいなと言ったセフィロスに、今日一日のテンションに乗せられてるんだと言えば、セフィロスはくつくつと笑った。
あちらも大分、浮かれた気分のようだと、その表情でレオンは覚った。
「……偶には良いな、こんな休みも」
グラスに注いだ一杯目のワインを飲み切って、レオンは天上を仰ぎながら言った。
背中をローソファの背凭れに乗せて、体の力を緩めているレオン。
何処か無防備さを曝け出しているように見えるのは、セフィロスの気の所為ではないだろう。
元々アルコールに強くはない体質に加え、歩き回った心地の良い疲れもあり、今日は回るのが早いかも知れない。
だが、セフィロスはグラスに二杯目を注ぐレオンを止めはせず、自身もいつもよりも少しペースの早いリズムでグラスを傾ける。
「満足しているなら結構だ。此方も連れ出した甲斐がある」
「ああ、感謝してる。久しぶりに羽を伸ばした気分だ。少し羽目を外し過ぎてる気もするが」
「この程度で羽目が外れているのなら、ザックス達は年中外れっ放しだぞ」
「あいつらは、ほら。若いから」
老成じみた事を冗談に交えつつ、レオンは摘まみに手を伸ばす。
チーズと生ハムを乗せた一口サイズのクラッカーを齧って、またワインに口を付けた。
今日一日の出来事を振り返り雑談を交わす二人の横では、見ているのか判らないテレビが喋り続けている。
バラエティのゴールデンタイムとあって、芸能人が賑々しくしていたが、二人はあまり見ていなかった。
その内に番組が一つ終わり、次の番組が始まって、其処に見覚えのある紺碧色が映ったのが二人の興味を引いた。
「ん。あれは今日の───」
「そのようだ」
レオンがテレビに視線を向ければ、セフィロスも画面に映し出されたスポットを確認した。
番組趣旨はこの夏に注目されているスポットを紹介する、と言うもので、水族館をピックアップしている。
普段なら大して興味もなく聞き流している内容だったが、見覚えのある場所が映ると、不思議と興味が惹かれた。
スタッフのオススメや、客に人気のショーなど、沢山の注目ポイントが紹介されていく。
きっとこの番組を見て、明日も沢山の客が水族館を訪れるのだろう。
夏休みとあって一層混雑するであろうことを想像し、今日の内に行けて良かったな、とレオンは思った。
華やかなショーの様子を流すテレビをじっと見ていると、隣の男が言った。
「見ておけば良かったか?」
「ん?……いや、まあ、余り気にはならないかな。見れば面白かったんだろうけど」
ショーに行くか行かないかと言う話をしていた事を思い出し、レオンは改めて、どちらでも良かったと言った。
言葉の通り、見ればそれなりに楽しんだとは思うが、どうしても見たいと言う程興味は惹かれない。
やはりレオンは、並べられた展示をのんびりと自分のペースで見る方が性に合っているのだろう。
そう答えたレオンに、セフィロスは肩を竦め、「俺もだ」と言った。
映像は次のVTRへと移り、水族館内のオススメ撮影スポットを紹介していた。
そのスポットで、カメラや携帯電話を使い、子供の記念写真や友人とのグループショットを撮影する様子が映される。
それを眺めつつ、そう言えば、とレオンはセフィロスの方を見て、
「写真は撮らなかったな」
「ああ。撮りたかったのか?」
「いや、そういう訳でもないんだが」
テレビで言っているからとレオンが言うと、セフィロスの視線がレオンへ向けられ、またテレビへと戻される。
テレビには自撮り棒に携帯電話を固定し、友達とのツーショット撮影をする女子高生の姿。
レオンは、顔を近付けあい、ピースサインをした写真をカメラに見せる若者の様子に、弟の友人から送られてくるメール画像を思い出す。
嫌々そうな顔をしつつも、友人にねだられて仕方がなさそうにレンズを見上げる弟の顔を思い出し、若者ならば今は当たり前の光景なのかも知れないと思っていると、
「試してみるか」
「何を」
「写真だ」
「カメラなんてうちにないぞ」
「携帯で十分だろう」
唐突なセフィロスの言葉に、レオンは目を丸くした。
ぽかんとしている間にセフィロスは自分の携帯電話を取り出し、カメラ機能を起動させた。
が、滅多にそんな機能を使わない所為だろう、アプリケーションを起動させたまま、セフィロスは首を傾げる。
「……よく判らん」
「くっ」
携帯電話を裏表返して眉根を寄せるセフィロスに、レオンは我慢できずに吹き出した。
くくく、と喉を震わせるレオンに、セフィロスは諦めた様子の溜息を漏らし、
「お前は判るか?」
「あんたよりは」
「任せた」
携帯電話を手渡されて、人のはよく判らないんだが、と思いつつ、取り敢えず触ってみる。
基本の機能はそう変わりはしないだろうと、内向きレンズに切り替わりそうな場所をタッチした。
一瞬画面が暗転した後、自分の顔が映り、これで良いと腕を伸ばしてレンズとの距離を測る。
携帯電話を寄せて離してと繰り返してみるレオンだが、何をどうすれば良いショットが撮れるのかは判らない。
しかし、弟が幼い頃には、父を交えて三人で一つのカメラに収まっていた事もあった。
その頃を思い出し、レオンは隣に座るセフィロスへと体を寄せて、
「セフィロス、もうちょっと顔を寄せてくれ」
「こうか」
「…もうちょっと」
「む」
「もう少し……ああ、いや、携帯を横にすれば良いのか。これなら」
縦に持っていた携帯電話を横向きにして、レオンは液晶画面を確かめる。
なんとか二人の顔が画面に収まった所で、レオンはアプリの撮影ボタンを押した。
カシャ、と音が鳴って、撮影後プレビューが三秒ほど映ってから、元の画面へと戻る。
これで良いかな、とレオンが右隅に映っている撮影記録の画像を触ると、それが拡大表示された。
「うん、まあ上手く撮れたか」
「…こう言うのが良いのか」
「そうらしい」
触れそうな程に顔を近付け合い、一枚の写真に半ば無理やり収まっているような画。
それをじっと二対の瞳が見詰めて、ふっとレオンの口元に笑みが浮かぶ。
くすくすと笑い出したレオンに、セフィロスがどうしたと無言で目を向ければ、存外とその笑う顔が近い事に気付いた。
「駄目だ、可笑しい。あんたとこんな事してるのが」
「そう笑う程にか」
「ああ。弟やその友達とはやる事もあるが、まさかあんたとなんて」
一つも想像していなかったと言うレオンに、セフィロスは此方も同じだと思う。
ザックスやクラウドと稀に出掛けた時、彼等がノリで携帯電話のカメラを構えても、セフィロスは大して気にしていなかった。
気の良い友人同士である彼等が、妙なノリで撮影会を始めても、セフィロスは我関せずである。
いつの間にか隠し撮りされていても気にしない程なので、思い付きであろうと、自分から「撮ってみるか」等と言う事があろうとは、思ってもみなかった。
アルコールが入っている所為で気持ちも緩んでいるのだろう、レオンはしばらく笑っていた。
随分と時間が経った後でようやく落ち着き、返すよ、と携帯電話をセフィロスに差し出す。
それを受け取って、セフィロスがもう一度カメラ機能を立ち上げると、レンズが此方を向いたままだった。
見慣れた自分の顔と、その横で肩に頭を乗せている、心持ち顔の赤い男を見て、
「もう一枚だ、レオン」
「また撮るのか?」
「ああ」
「…まあ、良いか」
強請るセフィロスに、珍しい事もあると思いつつ、レオンはまた携帯電話を受け取る。
先と同じ位置にカメラを構えて、親指で撮影ボタンを押そうとした瞬間、
「────んっ?!」
後頭部に添えられた手で、ぐいっと顔の向きを変えさせられたと思ったら、呼吸を塞がれる。
カシャ、と言う音が鳴った後、携帯電話がレオンの手から零れ落ちた。
ローソファのクッションの上に落ちた携帯電話の液晶には、唇を重ねた二人の顔が映っている。
後で見てから何か言い出すかも知れないとは思ったが、セフィロスは気にしなかった。
柔らかい唇を堪能し、まだ汗の匂いを残す体を押し倒せば、抗議するように髪を引っ張られるが、舌を舐れば直ぐに解けて行った。
堪能した唇をゆっくりと離すと、熱の灯った蒼が見上げて来る。
結局疲れさせる流れになるなと思いつつ、潤んだ唇をもう一度吸った。
『セフィレオ』のリクエストを頂きました。
シチュお任せと頂きましたので、調子に乗って書きたかった水族館デートのその後の二人です。
一日デートを満喫した模様。
自撮りツーショとか撮らなさそうなので、酔った勢いにチャレンジさせてみる。
セフィロスが偶に謎のチャレンジ精神を発揮するので、レオンも飽きないようです。
何年ぶりかに足を運んだ水族館は、思いの外、大人二人を満足させてくれた。
客の趣向を凝らした展示の仕方や、子供だけでなく大人も興味を惹くような触れ合いコーナー等、よくよく観察すると中々面白い。
展示された動物の生態に則った水槽の形、水底のような深い広さを感じさせる背景の色や岩場の設置、視線誘導の動線────各所に配置されたスタッフの、年齢層に合わせた解説の仕方など、人を飽きさせない工夫が随所に施されている。
顧客の満足度が高いのも頷ける、と言うセフィロスに、全くだとレオンも頷いた。
一頻り水族館を見回った後は、フードコートで休憩した。
交わされた雑談にレオンは笑みを交えながら、折角こんな所に来たのだから、何か土産でもないかと思い始めていた。
そう考えたレオンの頭にあったのは、歳の離れた弟の顔だ。
誰が何処其処に行ったなんて話は、弟の興味には触れないだろうとは思うが、折角なので報告次いでに渡せるものでもあれば良い。
そんな気持ちで、弟向けの土産を買いに行きたいと言うと、セフィロスは快く付き合ってくれた。
都会の真ん中にある巨大な複合型施設のビルの屋上に、水族館は設置されている。
それ以下のフロアは、上層は会議として借りられる部屋がありつつ、他にもイベント事が催される際に利用されるホールもあった。
幾つかのフロアには、広さとしては小規模ながら、観客席のある劇場も入っている。
そして中層から下層にかけては様々なテナントが入る商業フロアとなっており、此処に水族館の客向けの土産物屋も加わっていた。
水族館内にも土産物屋はあるが、此方は家族連れ等で混雑している事も多く、それを厭った客や、もっとマニアックに海洋生物を好む客向けの商品が置かれている。
レオンは其処で、アザラシのぬいぐるみを買った。
50cmのビッグサイズのぬいぐるみを、大の大人が買うのは少々恥ずかしかったが、土産なのだから良いだろうと思った。
高校生の弟がこんなものを貰っても困惑するだけだろう───とは思うのだが、どうにも手触りが良くて気に入ったのだ。
弟もきっとこの手触りは好きだろうから、何かとストレスを溜め勝ちなあの子の癒しになれば良い。
ついでに目に付いたスノードームを買って、部屋の何処かに飾ってみる事にした。
こっちを渡した方が弟は素直に喜ぶんじゃないか、とセフィロスは言ったが、さてどうだろう、とレオンは苦笑いする。
実用物ではないだけに、どちらを渡しても、弟は先ず微妙な顔をするだろう。
幅を取らない分、ひょっとしたらスノードームの方がマシかも知れないが、彼には是非ともふかふかとしたアザラシのぬいぐるみの感触を味わって貰いたかった。
レオンとセフィロスがこの複合施設のビルにプライベートで入ったのは、今日が初めての事だった。
仕事で来る時には、専ら上層の会議フロアの他、昼食の為に予約していた飲食店フロア以外は利用する事がないので、折角だからと店舗フロアも見回ってみる事にする。
多くは女性客にターゲットを絞ったブティックが占めていたが、男性向けのフロアもあった。
同僚であり友人であるザックスやクラウドが好みそうな店もあり、来ているかも知れないな、と思ったが、特に見知った影と逢う事は、最後までなかった。
広さもあり、店舗の種類もありと、そんな中を一通り見て回ると、流石に疲れた。
折角だからと遊びに来る弟が好みそうな服やらアクセサリーやらを購入した事で、レオンの荷物は増えている。
ぬいぐるみ然り、中々に嵩張っているので、何処かのロッカーボックスにでも預けるか、或いは帰るかと言う選択肢になった。
普段ならこんなに歩き回る事などしないから、そう言う意味では十分に休日を満喫したと言える。
となると、今度はゆっくり休みたいかな、と言うレオンに、では帰るとしよう、と二人はビルを後にする。
太陽が西へと大きく傾く時間帯だった。
恐らくこのままセフィロスはうちに泊まる事になるだろうと、レオンは駅から最寄のスーパーで二人分の食料を買い込んだ。
食材で手が埋まるレオンに代わり、土産等の荷物はセフィロスが持つ。
その帰路の間、セフィロスがあのふわふわもこもことしたアザラシのぬいぐるみを抱えているのだと思うと、レオンは無性に面白くて堪らなかった。
家に着くと、レオンは一心地ついた後、夕飯を作り始めた。
窓から差し込む光は、オレンジ色に染まって熱を帯び、都会のコンクリートジャングルは沢山の影が落ちている筈なのに、気温は一向に下がる様子を見せない。
この時間まで外を歩き回らなくて良かった、と言うのが二人の正直な気持ちである。
何せ、帰ろうと決まってから、ビルから駅へと向かう道すがらだけで、汗が止まらない程に暑かったのだ。
その汗が染み込んで気持ちは良くないだろうと、レオンにシャワーを使って良いと言われたので、セフィロスも遠慮せず汗を流させて貰った。
その間にレオンは手際良く夕食を作り終え、食卓の準備を整える。
珍しく歩き回った所為だろうか、普段のレオンを思えば少々ボリュームの多い夕飯でも、二人は容易く平らげた。
どうにもそれだけでは足りないような気もして、レオンは酒と摘まみを用意する。
珍しいなと言ったセフィロスに、今日一日のテンションに乗せられてるんだと言えば、セフィロスはくつくつと笑った。
あちらも大分、浮かれた気分のようだと、その表情でレオンは覚った。
「……偶には良いな、こんな休みも」
グラスに注いだ一杯目のワインを飲み切って、レオンは天上を仰ぎながら言った。
背中をローソファの背凭れに乗せて、体の力を緩めているレオン。
何処か無防備さを曝け出しているように見えるのは、セフィロスの気の所為ではないだろう。
元々アルコールに強くはない体質に加え、歩き回った心地の良い疲れもあり、今日は回るのが早いかも知れない。
だが、セフィロスはグラスに二杯目を注ぐレオンを止めはせず、自身もいつもよりも少しペースの早いリズムでグラスを傾ける。
「満足しているなら結構だ。此方も連れ出した甲斐がある」
「ああ、感謝してる。久しぶりに羽を伸ばした気分だ。少し羽目を外し過ぎてる気もするが」
「この程度で羽目が外れているのなら、ザックス達は年中外れっ放しだぞ」
「あいつらは、ほら。若いから」
老成じみた事を冗談に交えつつ、レオンは摘まみに手を伸ばす。
チーズと生ハムを乗せた一口サイズのクラッカーを齧って、またワインに口を付けた。
今日一日の出来事を振り返り雑談を交わす二人の横では、見ているのか判らないテレビが喋り続けている。
バラエティのゴールデンタイムとあって、芸能人が賑々しくしていたが、二人はあまり見ていなかった。
その内に番組が一つ終わり、次の番組が始まって、其処に見覚えのある紺碧色が映ったのが二人の興味を引いた。
「ん。あれは今日の───」
「そのようだ」
レオンがテレビに視線を向ければ、セフィロスも画面に映し出されたスポットを確認した。
番組趣旨はこの夏に注目されているスポットを紹介する、と言うもので、水族館をピックアップしている。
普段なら大して興味もなく聞き流している内容だったが、見覚えのある場所が映ると、不思議と興味が惹かれた。
スタッフのオススメや、客に人気のショーなど、沢山の注目ポイントが紹介されていく。
きっとこの番組を見て、明日も沢山の客が水族館を訪れるのだろう。
夏休みとあって一層混雑するであろうことを想像し、今日の内に行けて良かったな、とレオンは思った。
華やかなショーの様子を流すテレビをじっと見ていると、隣の男が言った。
「見ておけば良かったか?」
「ん?……いや、まあ、余り気にはならないかな。見れば面白かったんだろうけど」
ショーに行くか行かないかと言う話をしていた事を思い出し、レオンは改めて、どちらでも良かったと言った。
言葉の通り、見ればそれなりに楽しんだとは思うが、どうしても見たいと言う程興味は惹かれない。
やはりレオンは、並べられた展示をのんびりと自分のペースで見る方が性に合っているのだろう。
そう答えたレオンに、セフィロスは肩を竦め、「俺もだ」と言った。
映像は次のVTRへと移り、水族館内のオススメ撮影スポットを紹介していた。
そのスポットで、カメラや携帯電話を使い、子供の記念写真や友人とのグループショットを撮影する様子が映される。
それを眺めつつ、そう言えば、とレオンはセフィロスの方を見て、
「写真は撮らなかったな」
「ああ。撮りたかったのか?」
「いや、そういう訳でもないんだが」
テレビで言っているからとレオンが言うと、セフィロスの視線がレオンへ向けられ、またテレビへと戻される。
テレビには自撮り棒に携帯電話を固定し、友達とのツーショット撮影をする女子高生の姿。
レオンは、顔を近付けあい、ピースサインをした写真をカメラに見せる若者の様子に、弟の友人から送られてくるメール画像を思い出す。
嫌々そうな顔をしつつも、友人にねだられて仕方がなさそうにレンズを見上げる弟の顔を思い出し、若者ならば今は当たり前の光景なのかも知れないと思っていると、
「試してみるか」
「何を」
「写真だ」
「カメラなんてうちにないぞ」
「携帯で十分だろう」
唐突なセフィロスの言葉に、レオンは目を丸くした。
ぽかんとしている間にセフィロスは自分の携帯電話を取り出し、カメラ機能を起動させた。
が、滅多にそんな機能を使わない所為だろう、アプリケーションを起動させたまま、セフィロスは首を傾げる。
「……よく判らん」
「くっ」
携帯電話を裏表返して眉根を寄せるセフィロスに、レオンは我慢できずに吹き出した。
くくく、と喉を震わせるレオンに、セフィロスは諦めた様子の溜息を漏らし、
「お前は判るか?」
「あんたよりは」
「任せた」
携帯電話を手渡されて、人のはよく判らないんだが、と思いつつ、取り敢えず触ってみる。
基本の機能はそう変わりはしないだろうと、内向きレンズに切り替わりそうな場所をタッチした。
一瞬画面が暗転した後、自分の顔が映り、これで良いと腕を伸ばしてレンズとの距離を測る。
携帯電話を寄せて離してと繰り返してみるレオンだが、何をどうすれば良いショットが撮れるのかは判らない。
しかし、弟が幼い頃には、父を交えて三人で一つのカメラに収まっていた事もあった。
その頃を思い出し、レオンは隣に座るセフィロスへと体を寄せて、
「セフィロス、もうちょっと顔を寄せてくれ」
「こうか」
「…もうちょっと」
「む」
「もう少し……ああ、いや、携帯を横にすれば良いのか。これなら」
縦に持っていた携帯電話を横向きにして、レオンは液晶画面を確かめる。
なんとか二人の顔が画面に収まった所で、レオンはアプリの撮影ボタンを押した。
カシャ、と音が鳴って、撮影後プレビューが三秒ほど映ってから、元の画面へと戻る。
これで良いかな、とレオンが右隅に映っている撮影記録の画像を触ると、それが拡大表示された。
「うん、まあ上手く撮れたか」
「…こう言うのが良いのか」
「そうらしい」
触れそうな程に顔を近付け合い、一枚の写真に半ば無理やり収まっているような画。
それをじっと二対の瞳が見詰めて、ふっとレオンの口元に笑みが浮かぶ。
くすくすと笑い出したレオンに、セフィロスがどうしたと無言で目を向ければ、存外とその笑う顔が近い事に気付いた。
「駄目だ、可笑しい。あんたとこんな事してるのが」
「そう笑う程にか」
「ああ。弟やその友達とはやる事もあるが、まさかあんたとなんて」
一つも想像していなかったと言うレオンに、セフィロスは此方も同じだと思う。
ザックスやクラウドと稀に出掛けた時、彼等がノリで携帯電話のカメラを構えても、セフィロスは大して気にしていなかった。
気の良い友人同士である彼等が、妙なノリで撮影会を始めても、セフィロスは我関せずである。
いつの間にか隠し撮りされていても気にしない程なので、思い付きであろうと、自分から「撮ってみるか」等と言う事があろうとは、思ってもみなかった。
アルコールが入っている所為で気持ちも緩んでいるのだろう、レオンはしばらく笑っていた。
随分と時間が経った後でようやく落ち着き、返すよ、と携帯電話をセフィロスに差し出す。
それを受け取って、セフィロスがもう一度カメラ機能を立ち上げると、レンズが此方を向いたままだった。
見慣れた自分の顔と、その横で肩に頭を乗せている、心持ち顔の赤い男を見て、
「もう一枚だ、レオン」
「また撮るのか?」
「ああ」
「…まあ、良いか」
強請るセフィロスに、珍しい事もあると思いつつ、レオンはまた携帯電話を受け取る。
先と同じ位置にカメラを構えて、親指で撮影ボタンを押そうとした瞬間、
「────んっ?!」
後頭部に添えられた手で、ぐいっと顔の向きを変えさせられたと思ったら、呼吸を塞がれる。
カシャ、と言う音が鳴った後、携帯電話がレオンの手から零れ落ちた。
ローソファのクッションの上に落ちた携帯電話の液晶には、唇を重ねた二人の顔が映っている。
後で見てから何か言い出すかも知れないとは思ったが、セフィロスは気にしなかった。
柔らかい唇を堪能し、まだ汗の匂いを残す体を押し倒せば、抗議するように髪を引っ張られるが、舌を舐れば直ぐに解けて行った。
堪能した唇をゆっくりと離すと、熱の灯った蒼が見上げて来る。
結局疲れさせる流れになるなと思いつつ、潤んだ唇をもう一度吸った。
『セフィレオ』のリクエストを頂きました。
シチュお任せと頂きましたので、調子に乗って書きたかった水族館デートのその後の二人です。
一日デートを満喫した模様。
自撮りツーショとか撮らなさそうなので、酔った勢いにチャレンジさせてみる。
セフィロスが偶に謎のチャレンジ精神を発揮するので、レオンも飽きないようです。