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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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日記と言うより妄想記録。時々SS書き散らします(更新記録には載りません)

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カテゴリー「龍龍」の検索結果は以下のとおりです。

[Cat Panic]よく冷まして食べましょう

  • 2012/11/23 18:06
  • カテゴリー:龍龍



以前ならば野菜や茸類を多用していた鍋だが、仔猫を拾って以来、肉を入れる事が増えた。
猫の趣向を思えば、魚肉の方が良いのかと最初は思ったのだが、あの猫は豚肉や牛肉の方が好きらしい。

土鍋に一杯の水を淹れて、昆布で出汁を取り、火が通り難いものから順番に鍋に入れて行く。
いつもはキッチンで行うその作業を、今日は食卓の上で行っていた。
その作業を、テーブルに乗り出してじっと上から覗き込んでいる仔猫がいる。
仔猫は、大きな瞳を常よりもきらきらと眩しく輝かせ、尻尾をゆらゆらと揺らし、ごくり、と何度目か知れない喉を鳴らした。



「もう良いかな?」



呟いた途端、がたたん、とテーブルが揺れた。
音の発信源である仔猫に、危ないよ、と咎めるが、仔猫はまるで聞こえていない。
早く早く、と言うように、尻尾がぐるぐると振られ、箸を持つ手が興奮を抑えられないかのように握り締められる。

つん、と菜箸で野菜と肉をそれぞれ摘まんで確かめる。
白菜は芯まですっかり柔らかくなっており、肉も色が変わって、よく火が通っているのが判った。



「うん、良いね。京ちゃん、器を貸してくれるかな」
「ん」



ごまダレの入った小鉢皿を京一が差し出した。
網のおたまで豆腐と野菜、茸を移していると、むぅ、と京一が不満そうに頬を膨らませた。



「野菜なんかいらねえよ。肉、肉がいい」
「はいはい」
「山盛り!」



京一のリクエストに応えて、火の通った豚肉を小鉢皿に移す。
しかし、沢山の野菜の上にちょこんと乗った肉を見ると、また京一は不満げに眉を潜めた。



「これだけかよ」
「取り敢えず、ね。先ずはちゃんと野菜を食べてから」
「うー……」
「それをきちんと食べたら、今度はお肉を一杯入れてあげるよ」



八剣の言葉に、京一は顔を顰めるばかり。
疑うように睨む切れ長の目に、八剣は笑みを浮かべて食事を促してやる。
八剣の言葉を信じようが信じまいが、取り敢えず、小鉢皿を空にしないと、次が食べられない事は理解したらしく、渋々とした表情で箸をつけた。

京一は、皿の一番上に乗っていた小さな肉を拾うと、ふーふーと軽く冷まして、口の中に入れた。
むぐむぐと頬袋を膨らませて食べる京一に、リスみたいだなと思いつつ、八剣も自分の小鉢皿に箸をつけた。



「美味しい?」
「まーな」
「そう」



素直になれない仔猫だから、正直に「美味しい」と言ってくれる事は少ない。
けれど、不味いとか嫌な事ははっきりと口に出すから、それがないと言う事は、仔猫の満足を得られていると言う事だ。

肉を飲み込んだ京一は、次に茸を口に入れた。
やっぱりもごもごと頬袋を膨らませて食べている。



「温まるね」
「ん」
「やっぱり寒い日はお鍋だね」
「そうなのか?」
「美味しいだろう?」
「まぁまぁ」



素っ気なく言いながら、京一の小鉢皿はもう殆ど空っぽになっている。
白菜やネギも綺麗に食べて、温まった豆腐の柔らかさに四苦八苦しつつ、きちんとした箸遣いで豆腐も食べ切った。



「京ちゃん、器貸して。移してあげるから」



八剣が手を伸ばすと、京一はむっとした顔をして、八剣から小鉢皿を遠ざける。



「やだ。お前、野菜ばっか入れるじゃねェか」
「今度はちゃんとお肉も入れるよ」
「信用なんねェ。俺が自分でやる」



そう言うと、京一は八剣の手からお玉を引っ手繰った。


食卓のテーブルは足の低い座卓であるが、小さな京一が鍋の中を覗こうとすると、座ったままでは無理だ。
京一は膝立ちになって鍋の中を覗くと、お玉でぐるぐると中を掻き回す。
野菜や茸の下に沈んでいた肉が顔を出すと、ぴんっと京一の耳が真っ直ぐになった。
肉ばかりを浚って行く京一の尻尾は、嬉しそうに踊るように揺れている。
それは見ていて微笑ましいのだが、やっぱり野菜もちゃんと食べないと、と八剣は横から菜箸で野菜を取って、京一の小鉢皿に移した。

肉盛りとなった小鉢皿に、京一は満足そうに笑みを浮かべて、座布団に座り直す。



「へへー。いっただき!」



大きな肉を取って、あーん、と京一が口を開く。
その肉からは、まだほこほこと温かな湯気が立ち上っていて、



「あ、京ちゃ────」
「あっち!!!」



八剣が止める暇もなかった。
大きな口に肉が入ったと思ったら、途端、京一は悲鳴を上げて飛び上がる。
ガタガタッ!と京一の膝がぶつかったのか、テーブルが物騒な音を立てて揺れた。

涙目で口を押えている京一に、八剣は冷えた茶を淹れたグラスを差し出した。
京一は奪うように受け取ると、じんじんと痛む舌を茶に浸して冷ます。



「大丈夫かい?」
「うぇ……」
「よしよし。びっくりしたね」
「ふぐ」



あやすように撫でる八剣を、勝気な瞳が睨むが、その目尻には大粒の雫。

八剣は、京一の手からそっとグラスを取り上げると、口を開けてごらん、と京一を促した。
あー、と素直に口を開けた京一の舌には、火傷のような痕もなく、暫くすれば痛みも引くだろうと思われた。
しかし京一の方は、じんじんとした痛みがとにかく嫌いなようで、麦茶のグラスを奪うとちびちびと飲み始める。


八剣は保温にと点けたままにしていたガスコンロの火を弱めた。
鍋は温かい状態で食べるのが美味いものだが、猫舌持ちに熱いまま食べろと言うのは酷である。
ちょっと失敗したな、と涙目になっている仔猫を見ながら、心密かに反省する。



「落ち付いた?」
「……ん」
「食べれそうかい?」
「……くう」



食事前よりは気落ちした声であったが、京一の食欲には些かの翳りもない。
よしよし、と八剣は京一の頭を撫でると、彼の前に置いていた肉盛りの小鉢皿を手に取った。



「何すんだ、返せよ!」
「大丈夫、取らないよ」
「かーえーせー!」



フシャーッ!と尻尾を膨らませて威嚇する京一。
どうどう、と八剣は京一を宥めながら、大きな肉を箸で摘まむ。
まだほこほこと温かな湯気を立てているそれに、ふー、ふー、と息を吹きかけて冷まし、



「はい、あーん」



差し出された肉と、笑顔の八剣に、京一は目を丸くした。
肉と八剣を交互に見た後、京一の尻尾が更に大きく膨脹する。



「阿呆な事してねェで、オレの肉返せ!」
「だから、ほら。あーん」
「するか!自分で食う!」



奪い返そうと伸びて来た京一の腕を、八剣は小鉢皿を持った手を引っ込めて避ける。
空を切った手に、京一の顔がみるみる不機嫌なものになって行くのが判る。
ぐるる、と損ねた機嫌を象徴するかのように、子猫の喉が不穏な音を鳴らした。

睨む仔猫に対し、八剣は常と変らない笑みを浮かべて言った。



「でも、もう熱い思いしたくないだろう?」
「…もうやんねェよ、あんなの」
「そう言って、この間もラーメン食べてて火傷しかけてなかったかな」



くすくすと笑いながら言った八剣に、京一はぐうの音も出ない。
京一はぎりぎりと赤い顔で歯噛みした。

八剣はそんな京一を宥めるように、大きな肉をかざして見せる。



「ほら、京ちゃん。あーん」



ガキじゃないとか、バカにするなとか。
言いたい事は山ほどあるが、にこにこと上機嫌な顔で笑う男に、何を言っても無駄である事は、京一もよく知っている。

そんな事より、差し出された肉の誘惑の方が、仔猫にとっては大事で。


渋々顔で、それでも素直に口を開ける仔猫。
その日、結局八剣は、京一が恥ずかしさに耐え兼ねて怒り出すまで、延々と仔猫に餌を与え続けたのだった。





鍋が美味しい季節です。

京ちゃんにあーんってさせたかっただけ。
最終的に、いつまでも調子に乗ってんじゃねえ!って引っ掻かれるんだと思います。

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[ちび京一]あまのがわ

  • 2012/07/07 20:49
  • カテゴリー:龍龍


夜こそが本番とばかりに、無数のネオンがギラギラと輝く歌舞伎町で、星空を見るのは少々難しい。
空を見上げる場所がない訳ではないのだが、大抵の場所は光害のお陰で、小さな星など殆ど見付けられないのだ。

それは日々を歌舞伎町で過ごす幼い京一にも、判っている事だった。
だと言うのに、歌舞伎町の片隅で店を営む人々は、幼い京一を連れて、これから営業のピークであろう筈の店を出た。
「天の川を見に来ましょう」と言って。


見に行きましょうも何も、身に行けるような場所なんてないだろう。
そう思いながら、ビルとビルの細い隙間から空を見れば、ぼんやりと雨雲がかかった暗さがあった。
あと少し経てば、泣き出しそうな空だ、と京一は思った。

これでは天の川だの星見だのは愚か、夜の散歩道すらいつまで続けていられるか怪しい。
そもそも京一は、引く手の持ち主達が何処に向かおうとしているのか、それさえも京一は知らないのだ。
「天の川を見る」と彼女達は言っていたが、向かう方角にそんなものが見られる場所があるとも思えない。



「なあ、何処行くんだよ」



手を繋いでいるアンジーを見上げて、京一は尋ねた。
アンジーの視線が落ちて来て、にこり、とピンク色の紅を引いた唇が優しく笑う。



「天の川を見に行くのよ」
「……つったって……もう直ぐ雨降るぜ。天の川なんか見れねェよ」



京一は、もう一度空を見上げて、改めて雲に覆われているのを見て言った。
すると、くすくすと傍らから楽しそうに笑う声がする。



「大丈夫よォ、京ちゃん」
「でも、雨降るぞ。天気予報でも雨だって言ってた」



京一がわざわざこうして繰り返さずとも、彼女達もそれは判っている筈なのだ。
実際、キャメロンとサユリの腕には人数分の傘が抱えられているから、嘘でもこのまま星空を拝めるような状態になるとは思っていないだろう。

それなのに、誰も店に帰ろうとはしない。
大丈夫だからと京一を宥め透かして、小さな手を引き、他愛のない会話をしながら、何処かへ歩いて行く。


別段、京一一人でも、帰ろうと思えば帰る事は出来る。
けれどもそれをしようとしないのは、手を引くアンジー達が嬉しそうに、楽しそうに見下ろして来るからだ。
生意気盛りの素直になれない子供でも、京一は決して人の感情に鈍い訳ではないし、世話になっている人達が楽しんでいる所に水を差すのも気が引ける。

だから結局、京一はアンジーの手を握り直して、彼女達について行くのだ。
薄らと赤くなった顔を俯けて。



「あーあ……ほんと何処まで行くんだよ。オレ腹減った……」
「ふふ。京ちゃん、疲れちゃった?」
「疲れたんじゃなくて、腹減ったんだって。兄さん、団子くれよ」



京一と繋いでいる手とは反対の、アンジーの左手には、ビニール袋に入っている団子がある。
京一が好きな甘味屋で買った団子なのだが、京一はこれをずっとお預けにされているのだ。
夕飯を終えてから数時間が経って、育ち盛りでエネルギー消費の早い子供の胃袋は、既に空っぽになっている。

物欲しそうに見上げて来る子供に、アンジーは困ったように眉尻を下げて、繋いでいた手を放し、京一の頭を撫でた。



「もうちょっとだから、ガマンしてね」
「…もうちょっとって、あとどれ位だよ?」
「そうねェ」



唇を尖らせる京一に、アンジーはしばし考えた後で、進行方向の突き当たりを指差した。



「あそこを右に曲がるまで、かしらね」



──────アンジーが言い終えるか否か、と言うタイミングで、京一は走り出した。

キャサリンの呼ぶ声が聞こえたが、京一は振り返らない。
其処まで行けば団子に有り付けるのだから、頭の中はそれ一色である。
ビッグママの仕方ないねェ、と言う声があって、アンジー達早足になって京一を追う。


京一は、角を曲がった先の川の前で振り返って、アンジー達に手を振る。
早く、と急かす子供の腹はすっかり限界に達しており、呼ぶ声の合間にぐぅう、と気の抜ける音を鳴らしていた。



「兄さん、早く団子!」
「はいはい。じゃあ、其処に座ってね」
「ん!」



団子に有り付く為とばかりに、京一は言われた通り、指差された川岸の土手に腰を下ろす。
その隣をビッグママとアンジーが座り、三人を挟む形で、両端にキャメロンとサユリが座った。

アンジーが団子の入った袋を膝に乗せると、素早く子供の手が伸びて、パックに入った団子を攫う。
ビッグママが「誰も奪りやしないよ」と言ったけれど、そんな事には京一には関係ない。
散々お預けを食わされて、空腹も我慢して歩いて、やっと有り付けるタイミングになったのだから、がっつくのも無理はない。


ころころと丸い団子の一つに、京一は取り付けられていた楊枝を挿した。
あーん、と大きく開けた口に、白い団子が消えていく。



「美味しいかい?」
「ん」



ビッグママの声に、むぐむぐと顎を動かしながら頷いた。

其処へ、ぽつり、と京一の鼻頭に何か冷たいものが落ちる。
顔を上げてみると、とうとう空が泣き出した所だった。



「うげっ、雨!」
「あらあら。傘差さなくっちゃ」



顔を顰める京一の横で、アンジー達が持って来ていた傘を開いた。

アンジーが開いた傘は紳士用の大きなものだったが、彼女の体格はとても大きく、京一と並んで入ると食み出てしまう。
自分の所為で彼女が風邪を引いてしまうのは嫌だったから、京一はアンジーの膝の上に移動した。
膝の上に座っているなんて、正直恥ずかしかったりするのだが、この時ばかりは大人しくする。


─────それにしても。



「雨降るし。傘なんか差してちゃ、空なんか見えねェよ」



天の川なんて到底見れる状況ではない、と顔を顰めて団子を頬張る京一に、頭上からくすくすと笑う気配。

何が可笑しいのか。
頬を膨れさせて見上げた京一と、アンジーの目が合った。



「何笑ってんだよ」
「ふふ、ごめんなさいねェ。京ちゃん、なんだかんだ言って、天の川楽しみにしてたのね」
「違ェよ!兄さん達がやけに自信満々に言うから」
「あら、期待してくれてたんだ。んもう、京ちゃんたらカワイイ~!」
「可愛くねーし苦しいっつの、離せよ!」



ぎゅうう、と力一杯抱き締められて、京一は逃げようとじたばたと暴れる。
しかし、アンジーの腕力に子供の京一が叶う筈もなく、京一は不貞腐れた顔でまた団子を頬張った。

剥れた子供の頭を撫でながら、アンジーが言った。



「お空の天の川は、見れないけど。此処からならもっと近くの天の川が見れるのよ」
「……もっと近くの、天の川?」



そっくりそのまま、言葉を繰り返した京一に、アンジーは頷いて。
ほら、と彼女の指差した先を、子供の丸みのある瞳が追い駆ける。


其処には、海へと続く大きな川と、その上を一直線に渡す橋。
橋の上には沢山の明かりが灯り、川を渡る人々の道標となっている。

その沢山の明かりが、川面に映り込んで、波に揺れてきらきらと光る。




空にあるから“天の川”だと言うのなら、其処に有るのは“天の川”ではないけれど、

きらきらと水面に揺れる光の川は、背中に触れる温もりと一緒に、少年の心に光を零した。







アンジー兄さんに膝抱っこされてる京一が書きたくて(其処かよ)。
『女優』の皆が、ちび京一を連れて手を繋いで、夜の散歩に行くって言うのが好きなんです。
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太陽が堕ちた場所(八京)

  • 2012/05/21 23:30
  • カテゴリー:龍龍
日食ネタで、今回は八京です。毎度のことだけど、時事ネタ無視の内容…





見ないのかい、と言われて、何の話かしばらく判らなかった。
だるさの残る躯で、ぼんやりと目を開けると、窓のカーテンを開けている男がいた。


月曜日の朝と言う、出来れば目覚めてしまいたくない日に、何をこの男は早起きなんて不毛な事をしているのだろうか。
あまつさえ、昨晩は散々体を重ね合わせた後なのだ。
京一が起きたくないと思うのものも無理はなく、あわよくば、次の休みの日まで眠り続けていたいとも思う。

しかし、学生のそんな憂鬱などに興味のない男は、平然と無視してくれる。
襦袢姿のまま、開け放ったカーテンの向こうを眺めて目を細めていた。




「……何かあんのかよ」




じ、と空を見上げている男────八剣右近に、京一は言った。
すると、右近はぱちりと不思議そうに京一を見て、ああ、と得心したように笑う。




「今日、日食なんだよ」
「に……」
「太陽が欠ける日、って言ったら判るかな?」




暗に“日食”が理解できなかった事を馬鹿にされていると察して、京一は顔を顰めた。
体が動けば、今直ぐベッドを飛び出して、スカした顔を殴ってやるのに、と。


日食か、と京一はシーツに顔を埋めて、先週の級友達の遣り取りを思い出す。
学校では、ニュースで散々持ち上げられていたらしい、今日の日食の話題で持ちきりだった。
特に遠野は古い新聞や雑誌の切り抜きまで持ち出し、今回の日食が如何に珍しい現象であるか語っていたのだが、その内容はまるで京一の頭には残っていない。

それよりも京一は、日食が近付くに連れ、鬼の、或いは何某かの不穏な気配が増えている事が気掛かりだった。
如月に言わせれば、陽が食われる日は、陰に潜む者達にとって、絶好の活動の機会であると言う。
特に日食が起きている時間帯は要注意だと、彼は言った。

……が、こんな早朝から都内のパトロールをする程、京一は真面目ではない。
躯も重いし、腰も痛いし、月曜日で憂鬱だしで、この部屋を出る事はおろか、ベッドを抜け出る気にもならなかった。


見ないのかい、と八剣がもう一度言った。
京一はシーツを寄せて包まり、男と窓に背を向ける。




「興味ねェな。お日様見たって、腹ァ膨れねェし」
「ま、確かにね。でも太陽エネルギーってのも案外馬鹿に出来ないよ。生き物は一日の朝に日の光を浴びる事で、代謝が……」
「知らねえ知らねえ、生物は嫌ェなんだよ、オレは」




生物の授業となると、真っ先に浮かんで来るのは、隣のクラスの担任教師。
顔を思い浮かべるだけで、苦虫を噛み潰しているような気分になる。

話を遮って布団に顔を埋める京一に、八剣は肩を竦めて苦笑した。
カーテンは開けたまま、ベッドに歩み寄り、腰を下ろす。
ぎし、とスプリングの鳴る音がした。




「今日の日食は、ちょっと特別なんだよ」
「……ふーん」
「普通の日食や、完全に太陽が隠れる皆既日食とは異なって、光が輪になって見えるんだ。金環日食って言うんだよ」
「……へー……」




延々と続く薀蓄など、京一は聞く気はない。
どうせあと数分もすれば嫌でも起きて学校に行かなければならないのだ。
頭に残るか残らないか判らないような(多分残らない)話を聞いている暇があるなら、もう少し眠っていたい。




「京ちゃん?」
「……ぅー……」




八剣がベッドの少年を見れば、強気な瞳は瞼の内側に隠れている。
時計を見れば、彼が活動を始めなければならない時間まで、あと十分を切っていた。

窓の向こうの空では、少しずつ、太陽の影が動き始めている。
綺麗な金色の輪を作っていた光は、今は細い三日月の形をしていた。


シーツに包まった少年から、すぅ、すぅ、と規則正しい寝息が聞こえて来る。
そっと首の後ろに手を伸ばし、かかる髪を避けてやれば、其処には赤色の華が咲いている。
それは昨夜、八剣が彼を貪っている時に作った、独占欲の証。




「特別な日だから、京ちゃんと一緒に見れたらと思ったんだけどね」




囁いてみても、常の警戒心を落としてしまった猫は、もう目覚めそうにない。
暗がりに沈んでいた世界が、少しずつ光を取り戻しつつあっても、自分中心の少年はお構いなしだ。

京一にとって、世界の中心は自分自身である。
だから空の上にある太陽など、どうでも良いのだ。
陽光が差して、活動の始まりを告げられようと、自分が起きたくないなら目覚めない。


その世界の中心を、喰らいついて、貪る悦びと言ったら。





空の光が、戻ってくる。


けれど、堕ちた陽の欠片は、光の世界には返さない。








以前の日食では龍冶、月食では龍京を書いたので、今回は八京で。

うちの京ちゃんは、龍麻とや八剣にとっての“太陽”。
ただし、明るく道を切り開いてくれるような太陽じゃなくて、暗がりの中で道を進む“堕ちた太陽”。

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[ちび京]端午の日

  • 2012/05/06 22:46
  • カテゴリー:龍龍


のんびりとした朝を迎えて、のろのろとベッドから下りる。
眠い目を擦りながら着替えを済ませ、ベッド傍に立て掛けていた木刀を取り、欠伸を漏らしながら部屋を出た。

洗面所の冷たい水で顔を洗い、ようやく目は覚めたが、頭の芯はまだぼやけている。
昨晩は遅くまで起きていて、ビッグママに言いつけられた算数ドリルの宿題をやっていた。
大嫌いな勉強に勤しんだ事、昼間は師の下で稽古をしていた事もあって、昨夜は直ぐに眠りについたのだが、それだけでは疲れた脳の回復には足りなかったらしい。


稽古は毎日の日課で、怠った分だけ自分にツケが回って来るのは知っているが、今日ばかりは体を動かす気にはならない。
予定としては、今日も師に稽古をつけて貰う予定だったが、それはナシにさせて貰おう。
とにかく、今は頭も体も重くて仕方がない。

朝飯食ったら少しはやる気が出るかな、と思いつつ、京一は店舗へのドアを開ける。
トントンと包丁が打つリズムの良い音が聞こえ、焼き卵の香りが京一の鼻をくすぐった。




「あらァ、おはよう、京ちゃん。今日は随分のんびりねェ」
「んー……」




アンジーの挨拶に、京一はカウンター席の椅子に登って、目を擦りながら頷く。




「寝る前に頭使ったから疲れたんだよ」
「ああ、宿題やってたの。随分、頑張ってたみたいだったものねェ。どう?全部解けた?」




クスクスと笑って問うアンジーは、京一から聞かずとも、答えを察しているらしい。
意地の悪いアンジーの表情に、京一は唇を尖らせた。




「……半分」
「おや。意外と頑張ったね。一ページで止めるかと思ったんだけど」
「オレだってそうしようと思ったけどよ~…」




途中でギブアップした所で、ビッグママが許してくれる訳がない。
溜めた宿題に加算して、次の宿題を出されるので、溜めれば溜めた分だけ自分の損になる。
面倒な物は、出来るだけ早く片付けて置くに限る────結局途中でギブアップしたのは事実だが。


疲労具合を体現するように、京一はテーブルに突っ伏した。
その横に朝食のオムライスが置かれ、京一は潰れた格好のまま、スプーンを取る。
行儀の悪い格好で食事をする京一を、咎める人はいなかった。

砂糖控えめの代わりに、生クリームを混ぜる事で、ふんわり半熟に出来上がったオムライス。
美味しいものは活力になるもので、寝起きからだるくて仕方がなかった体に、心なしか生命力が甦る。


京一はのそのそと身を起こして(けれども猫背である)、改めてオムライスを食べ始めた。
そうして、カウンターの端に置かれていた置物に気付く。




「……なんでェ、こりゃ」




割り箸の上に糸を貼って、糸の先端には紙で作られた魚。
たらんと垂れた糸に釣られた魚は、上から青と赤が一匹ずつ、一番下には短冊状に細く小さく切られた紙が数枚。

腕を伸ばして、それを手元に寄せてみると、ゆらゆらと揺れた。
寄せ終われば、たらんと重力に従って落ちる。
胡乱な目で魚を見詰める京一に、テーブル拭きをしていたサユリが気付いた。




「ああ、それはねェ、鯉のぼりの代わりよ」
「鯉……ああ、あれか。ガキの日」
「子どもの日、ね」




くすくすと言い直されて、京一は判り易く頬を膨らませる。
どっちでも一緒じゃんかよ、と。

京一は拗ねた表情のまま、釣られた魚をスプーンの柄尻で突く。


子供の日、と言われて、京一が思いつくものと言ったら、柏餅が精々だ。
鯉のぼりもなくはないが、大きなものを見て単純にはしゃいでいた幼い頃と違って、腹が膨れないものには興味が湧かない。

同じ子供の日────端午の節句云々と言うなら、京一は鎧兜の方が興味があった。
実家の剣道道場では、この日が近くなると、道場の上座に鎧兜が飾られていて、傍には刀も置いてあった。
それが本物なのか、模造刀なのかは知らないが、面白がって振り回し、拳骨を貰ったのはまだ記憶に鮮やかな光景であった。


つん、つん、とつまらなそうに小さな鯉のぼりを突く京一を見て、アンジーが眉尻を下げる。




「京ちゃんには、こっちの方が似合うわよね」
「あ?」




なんの話、と訊こうと顔をあげようとして、出来なかった。
ぱさっと頭の上で軽い音がして、何かが乗せられている事を知る。

京一は、スプーンを咥えたまま、頭の上に乗せられたものを手に取った。




「……なんだこれ」




沢山の文字の羅列で埋められた、薄い紙。
それをあっちへこっちへ折り畳んで作られた、




「兜よォ。京ちゃん、格好良いわァ!」




きゃぁ~!と黄色い感性を上げる『女優』の面々に、京一は顔を顰めた。
こんなチープなもので格好良いと褒められても、あまり誉められた気はしない。
寧ろ、子供扱いされているとしか思えなくて、京一はそれが嫌いだった。

……嫌いだったのだが、此処にいる人々が、芯から京一を好いてくれている事は判る。
だから、顔を顰めて見せながらも、京一の頬はほんのりと赤らんでいた。




「っつーか、鯉のぼりとかコレとか……わざわざ作ったのかよ」




暇なのか、と悪態のように呟きつつも、京一の顔は朱色を帯びている。
耳まで赤くなっている子供を見て、アンジーはにこにこと嬉しそうに笑っていた。

彼女達がそんな調子だから、子供扱いは嫌いだけれど、京一は『女優』の人々を突き放す事が出来ない。





持っていた兜を被って、顔を隠す。

似合うわよ、と言われて、そりゃどーも、と呟くのが精一杯だった。







うちの『女優』の面々が催し物に敏感なのは、京一の為です。
京一の色んな反応が見たいから、行事ごとに託けて、あれこれやってるのです。
京一は子供扱いされてて恥ずかしいけど、どうしても『女優』の面々には弱い。お世話になってるし、好いてくれてるのが判るから。自分も兄さん達が好きだしね。
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[Cat Panic]よそ見厳禁

  • 2012/04/13 16:43
  • カテゴリー:龍龍



帰り道で、塀の上で丸くなっている猫を見付けた。
ぽかぽかとした春の陽気の中、日だまりで眠る姿は、如何にも平和な午後と言った風。


嫌がるかなと思いつつ、手を伸ばして見ると、猫はちろりと片目を開けて此方を見ただけで、また直ぐに目を閉じた。
機嫌が良いのか、慣れているのか、猫はそのまま其処で丸まっていて、背中を撫でても動かない。
お好きにどうぞ、とでも言っているように見えたので、それに甘えて柔らかな毛並を撫でてやった。

しばらくそうしていると、ぴくん、と猫の耳が動いて、顔が上げられる。
何処かを見ていた猫は、ひょっとしたら、自分を呼ぶ声が聞こえたのかも知れない。
猫は、八剣の撫でている手が離れると、すっと立ち上がり、八剣の肩を踏台にして塀を下りた。
足元に降りた猫は、おまけに愛想を振りまくように、すりすりと八剣の足に体を摺り寄せてから、悠然と去って行った。


一時の穏やかな時間を分けて貰って、さて帰ろう、と八剣も帰路を再開させる。



それが、今から約五分ほど前の話。




「ただいま、京ちゃん」




部屋に入って、リビングの窓辺で丸くなっていた仔猫に声をかけた。


開放的な外に比べると、此処は閉じられている世界だけれど、それ故に危険とも切り離されている。
それでいて確りと陽の光は取り込んでくれる空間だから、昼寝をするのは持って来いに違いない。

そんな部屋の中で、すやすやと眠る仔猫に近付いて、八剣は傍らに腰を下ろした。
子供らしく、ぷくぷくとした丸い頬を指先で突いてやると、むずがるように小さく唸る。
瞼がふるふると小刻みに震えた後、ゆっくりと持ち上げられて、




「んぁ……?」
「ただいま」
「……………ぉー……」




寝惚け眼を猫手で擦りながら、京一が緩い返事をする。
ぐしぐしと目を擦る京一の腕を、赤くなっちゃうよ、と八剣はやんわりと掴んで止めた。

───────すると、




「…………………………」




鼻先になった八剣の手を、京一がくん、と嗅ぐ。
途端、寝惚けていて緩んでいた眉根が、ぎゅうと思い切り顰められた。




「………………おい」
「うん?」




不機嫌な声は、昼寝を邪魔されたからだ。
だから八剣は、特別その低い声を気にする事なく、返事をする。

すると、京一はあらん限りの力で、自分の腕を掴む八剣の手を払い退けた。
それ程強い力で掴んではいなかったと言うのに、それもう、物凄い力で。




「どうかしたかい?」
「………………………このッ!」




問いかけに対して、まともな返事は帰って来なかった。
苛立ちをぶつけるように頭突きをされて、鼻柱に鈍痛を喰らう羽目になる。

じんじんとした鼻柱を手で押さえる八剣に対し、ぶつけた京一の方もそれなりに痛かったようで、頭を押さえて蹲っている。




「大丈夫かい?京ちゃん」
「るせー、触んなッ!この軟派野郎!」




撫でようとした八剣の手から逃げて、京一は窓際で尻尾を全開で膨らませ、フギャー!と八剣に向かって威嚇する。
ゴロゴロと不機嫌な音が仔猫の喉で鳴って、此処でもう一度手を出せば、まず間違いなく引っ掛かれるだろう。

京一が気紛れである事や、些細な事で直ぐに機嫌を損ねてしまうのは、ままある事だ。
しかし、昼寝を邪魔されたからと言って、此処まで怒るのも珍しい。
大抵はしばらく眉根を寄せて唇を尖らせているが、あからさまに威嚇してくる事もなかった筈だ。


八剣は、払い除けられた自分の手を見下ろした。
何かやってしまったかな─────と考えた後で、




(──────ああ、)




あれか、と八剣の脳裏に甦ったのは、塀の上でのんびりとしていた猫の事。
そう言えば、あの猫を撫でたのは、この手だったか。

と言う事は、




「何笑ってんだ、このッ!」




投げられた座布団が、ぼすん、頭にぶつかって、床に落ちる。
それを退かせて、八剣は先とは反対の手を京一に向かって伸ばした。




「触ンなーッ!!」




じたばたと暴れて逃げようとする仔猫を捉まえて、抱き寄せる。
すると、途端に仔猫は大人しくなって、八剣の緋色の上掛に顔を埋めて来た。

ふんふん、ふんふん、と鼻を鳴らす音が聞こえる。
それから、上掛の端を握った小さな手が、ぎゅううううう、と強い力を込めるのが判った。
胸に乗せた頭がぐりぐりと押し付けられて来て、可愛いねェ、と八剣は思う。


京一の背中に添えた手に、尻尾がくるんと巻き付いて来る。
それを好きにさせながら、八剣は逆の腕で京一の頭を撫でた。





(ほかのにおい、ちがうにおい)

(そんなのいらない)


(オレのものだから、していいにおいは、オレのだけ!)








デレさせようとして焼きもちさせたら、全力のツンになった。おや?

八京の京一は、基本的に京一の方が八剣に対して素っ気ない態度なので、八剣が女の子と喋っても気にしません。「野郎だしな。あれが普通だろ」ぐらいで。寧ろなんで八剣が自分なんかに懸想してるのかが判らない。
でもちび京は「オレ一番!」気質なので、八剣の興味が自分から逸れると面白くない……だったら可愛いな!
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