う〜〜…………。

 昨日は……いや、凄く良かったんだけど……でも、犯り過ぎた…………。

 気を失っていたのは数分の事で、あの後、もう何ラウンドかしてしまった。
 もうイけないというところまで行って、泥の様に眠りに落ちた。
 腰が痛い。
 身体が怠い。
 かといって理由が曖昧過ぎて保健室にも行けない。
 授業を受けるのも辛い。

 結局、おれの足は屋上に向いていた。

 昭隆様を受け入れた事、郁弥様はどう思われるだろう。
 祝福して頂くのも満更ではないけれど、あまりいい気がしていらっしゃらなかったら……嬉しい。
 なんて、少し倒錯的か。

 昨日の後半なんて、記憶があやふやだ。
 あんな事の真っ最中じゃ……殆ど覚えていない。
 まあ……良かったは良かったのだけど……昭隆様、何か重要な事を言っていらした様な気がするんだけどな……。

 気怠い身体に風が心地いい。

 立っているのもそれなりに辛くて、柵に両腕を乗せる。
 今日は猫、いないのかな……。

 と、後ろで、きぃ……と、金属の触れ合う音がした。

「やっぱここか」
「……仲矢?」
 ドアが開いたのは知っていたけど……声をかけられるまで、てっきり昭隆様だと思っていた。
「また郁弥のお参り?」
「……うん。お前は?」
「お前を捜してた」

「おれを?」
 振り返ると、予想外に仲矢が近くに来ている。
 あと半歩で触れ合ってしまう様な……。

「……何?」
 何だか怖くて少し身を引く。
「怖がらないでくれ」
 言うなり、仲矢の両手ががっしりとおれの肩を掴む。
 行動と言葉が合っていない。

「……授業にはちゃんと……」
 顔が近付く。
 こんな距離……郁弥様と昭隆様以外ない。
「そうじゃない」
 ……郁弥様や昭隆様を見慣れているから少少感覚は麻痺していると思う。
 でも仲矢は、男から見ても多分美形だ。
 しかし……だからって、至近距離で見たい訳じゃ……。
「大丈夫か? 今日は何だかふらふらしているみたいだけど」
「う、うん……ありがとう。でも、大丈夫だから、手を放してくれないか?」

 警鐘が鳴っている。

 仲矢は……危険だ。
 今までの経験が役立っているのだろうか。
 虐めるつもりはないのだろけど……身の危険にだけは聡くなっている。
「厭だ。……なあ、佐藤」

 怖い。
 肩を掴む手に力が入っている。
 真剣な事だけは伝わるけれど、とにかく……逃げなきゃ。
 でも、この状況でどう動けるだろう。

「お前の事が好きなんだ。でも……ずっと我慢してた。お前と郁弥は、とてもお似合いだったし…………でも、郁弥はもういない。俺じゃ、お前を慰めてやれないかな」

 予想外の台詞。
 仲矢は、てっきり郁弥様の事が好きなのだと思っていた。
 だって、いつも、おれ達を見て…………郁弥様を見詰めているのだと思っていたのに。
 しかし、受け入れられない事に変わりはない。

 強く抱き寄せられ、抱き締められる。
 息苦しくなる程、それは激しい抱擁だった。
 仲矢の声が低くて艶っぽいとか、そういう事もある。
 でも、何が一番怖いっておれの下腹部辺りにある堅くて熱い、ズボンを押し上げようとしている出っ張り。

「離せっ」
「昭隆ならいいのに? ……お前の相手は郁弥であって昭隆じゃない。それなのに……俺は駄目で、昭隆はいいのか?」
 この間仲矢とここで会った時、見られていたのだろう。
「昭隆様は……」

 怖い。
 ……怖い。
 …………怖いっ!

 仲矢はずっといい友達だと思っていた。
 それが……そんな目でおれの事を見ていたなんて!

「何で……いきなり、そんな事っ……」
「いきなりじゃない。一年の頃からずっと想ってた。まあ……郁弥がいなくなる迄は、俺だってこんな事言うつもりはなかったさ。お前は、郁弥といる時が一番綺麗で可愛かったから。……でも、郁弥が死んで、お前の側にいるのが昭隆になってから……お前、ずっと辛そうな顔をする様になった。俺だったら、側にいて全ての事から守ってやる。お前にあんな顔させない。だから……俺と一緒にいてくれ」
 片腕で腰を抱かれ、もう片方の手で顎を掬い取られる。
「昭隆の取り巻き達にだって、お前をいい様になんてさせない」

 何をされるか簡単に予測が付く。
 だてに嫌々抱かれ慣れてない。
 きつく唇を引き結んだ。
 後は目を瞑っていれば過ぎる。
「力、抜いて」
 首を横に振り、睨み付ける。
 顔が近付く。
 おれの視線なんて何でもないのだろう。
 ……仕方なく目を閉じた。

 優しく唇が触れる。
 何度も触れ、焦れた様に舌で唇を辿られる。
「寛希……頼むから」
 手が頬を包む。
 腰は抱かれたまま。

 ……おれの両手は自由だった。

 おれにキスして、あわよくばその続きをする事しか考えていない仲矢の隙なんて直ぐに見つかる。

 薄く目を開け、仲矢の頬目掛けて拳を叩き付ける。
 腕が緩む。
 それを逃さず、仲矢の腕から抜け出た。
 そして、十歩以上離れる。
 仲矢は、確か何か体育系の部活に入っていた筈。
 おれの貧弱な腕力で何とか出来たのは、不意を突いたからだろう。
 あまり近くにいると危ない。

「いい加減にしろ! おれらは、友達だろ!?」
「……友達……ね。それで満足出来てたらどんなによかったか」
 拳が当たる瞬間、歯を噛み締め損ねて切ったのだろう。
 口の端から滴った血を手の甲で拭い、凄味のある表情でおれを睨む。
 一瞬足が竦んだけど……まだ大丈夫。
 昭隆様の方が怖い。

「おれには郁弥様一人いればいい」
「……もういない」
「いなくても!…………いなくても、おれは、他の誰もいらない」
「だから、郁弥を殺したのか?」
「えっ?」
 思いもかけない一言。
 誰が、誰を……。

 分からなくて仲矢を見た。
 仲矢は真っ直ぐにおれを見詰めている。
 感情が読みとれない。

 ひどく不安になる。

「何……言って…………」
「郁弥が死んだあの時、お前だって一緒に屋上に上がってたろ?」
「知らない」
 首を横に振る。
 仲矢は何を言っているんだ?
「俺、見たんだぜ。郁弥が上がってって、それから少ししてお前が……」

「知らないっ!」

 そんな事、ある筈ない。

 仲矢は困惑した顔でおれを見詰めた。
「見間違い……はあり得ない。おれがお前を見間違える筈ない」
「でも、おれは、あの時……」

 何処にいたかなんて明確なところまでは覚えていない。
 二週間近くも前の行動なんて、一々覚えちゃいない。
 でも……郁弥様と一緒にいたという事だけはあり得ない。

 仲矢が歩み寄る。
 おれは数歩引いた。

 まずい。
 出入り口が遠くなる。

 仲矢の両側を見ても、これ以上の隙はない。
 おれが走っても高が知れてる。
 おれの足は、自慢じゃないがクラスで一、二を争う程遅い。
 仲矢はその逆だ。

 ……どうしよう…………このまま押し切られたら、後で昭隆様にどんな目に遭わされるか…………想像するだに恐ろしい。

「ね、ねえ……仲矢……」
「別にいいんだよ。お前が郁弥をどうしてたって。……先生達や警察に言うつもりもないし」
「本当に分からないんだってば!」
 じりじりと追い詰められる。
 このまま下がり続けると柵に当たる。
 柵の向こうは…………それも一つの選択肢だけど……。

 ガシャン

 背に当たる柵。
 もう……逃げ場は他にない。

 踵を柵にかける。
 手を柵の上に置き、セメントの床を蹴る。

「馬鹿ッ!」
柵の向こうへと行く為に浮いた身体を仲矢に抱き止められ、引き擦り降ろされる。

「お前……何て事……」
「離せよっ!」
「出来ない」
「離せったら!」

 密着した身体を引き離そうとどれ程殴っても、仲矢はびくともしてくれない。
 二の腕ごと抱き込まれていては、当然力なんて入らない。
 その上床に尻を着いているから蹴る事も出来ない。
「もう郁弥の事は言わない。だから……死のうとなんてするな」
 この場合、郁弥様の事なんて関係ない。
 だって……結果は同じだ。

「離せよ……」
 昭隆様に知られたら……お叱りを受けたら……同じ事なんだ。
 それなら、郁弥様がいらっしゃる処に行きたい。
「厭だ。手を放したら、逃げるんだろ」
「当たり前だ」
「だったら、絶対に手放さないよ」
 耳元で囁かれる。
 想いの熱さが恐ろしくて、身を震わせた。

 それをどう受け取られたのか。
 そのまま、耳朶に噛み付かれた。
「ひぁっ!」
 耳を舐められ、付け根、そして首筋。
「ぁ……いや……ぁっ……」
 どれ程藻掻いても、強く吸われる度に身体から力が抜ける。
「やめ……仲矢ぁ……」

 ぷち、と小さな音がした。
 胸元がより大きく空気に触れる。
 ボタンが噛み千切られていた。
「お前……ほん……とに、おれの事……?」
「じゃなけりゃこんな事しない。おれは寮生じゃないし、うちの制服着て街に出れば、女なんて向こうから寄って来るさ。不自由してる訳じゃない。……お前だから抱きたいんだ」
「ひっ……」

 三つ目くらいまで、ボタンは既に外されている。
 晒された乳首に吸い付かれ、身体が跳ねた。

 早く……言葉にしなきゃ……。

「だったら……おれが、どんな目……遭っても平気……って訳じゃ、ない……だろ?」
 僅かに乳首から離れてくれる。
「お前に抱かれた事が知られたら……昭隆様が何をなさるか……」
「おれが引き取ってやるよ。お前一人くらい、何とでもなる」

 貧乏人なんて、おれの他はこの学校で特待生、奨学生達くらい。
 仲矢も金持ち。
 ……でも……これ以上、誰かに養って貰いたいなんて思わない。
 舌で乳輪を辿られる。がたがたと身体が震えた。

 ……逃げなきゃ……。

「翌日まで……生きてられるか…………」
「じゃ、当分俺の家に来ればいい」
「やっぁ……!」
 仲矢のシャツに爪を立てる。

 軽く歯が立てられている。
 感じたくなくても、慣れ過ぎて抗えない。
 自分がこんなにも快楽に弱くなっているなんて、考えた事もなかった。
「これ、昭隆が付けたんだろ」
 胸に幾つか散る、昨日昭隆様に愛された痕に吸い付かれる。

 吐き気が込み上げる。

 昭隆様に今までどんな事をされても、堕ちたと思ったって穢れた、なんて思わなかったのに……昨日の全てに泥を塗られた様で、仲矢に対する嫌悪以上のものが込み上げた。

「いや……厭だよ……」
「こんなに感じてるのに?」
「ぁうっ!」
 布地を二枚挟んだ上からの刺激でも、直ぐに張り詰める。
 股間をやわやわと揉みしだかれて力が抜けた。
 勃ち上がりかけていたものが、直接的な刺激に一層の反応を返す。

 何もかもを正視したくなくて、強く目を閉じた。

「もう……戻れないんだよ」
「……どう……し…………」

 どうして友達でいられないんだ?

 でも、もう言葉にはならなかった。
 口から洩れるのは、喘ぎに紛れる制止だけ。
 叩く手にも力は入らず、蹴る事も出来ない。
 おれよりずっと大きな身体に上から伸し掛かられては、隙を縫って腕から抜け出す事も出来ない。
 そもそも、力も抜けて座り込んでいる状態で、そんなに俊敏にも動けない。

 ……もう駄目……。

 後は、昭隆様が来ない事を心の底から祈るだけ。
 そして、今晩おれを抱こうとしない事を祈るだけ…………。

「何をしているっ!」

 ……え?

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