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絵:
ゼネテス  レムオン  セラ

小説:
レムオン  /  ゼネテス        /  ベルゼーヴァ     /  セラ    


   軍の総司令と副指令が夫婦となっても、ロストールでは誰も文句など言わない。
豪腕の総司令が夫で、辣腕の副指令が妻。大柄な夫と小柄な妻が並んで歩いていると、なぜか子どもが寄ってくるんだから不思議。夫がよく駆け寄ってきた子どもを抱き上げている様子や、そんな夫を笑いながら見ている妻はロストールでは当たり前に見られる光景だった。
お互いに職務に私情を混ぜる人間じゃないし、何よりどちらも救国の立役者で文字通りの「英雄」。
 そんなふたりだけど、子どもはまだだった。
「…夜のイトナミが足りないのかねー。」
「なに真っ昼間ッから目を開いたまま寝言言ってるんですか。」
 書類の山を目にしながらも珍しく逃げ出さない総司令にすかさずツッこんだのは、当然後始末をひーひー言いながらこなす副指令だった。
この構図は昔からのもので、総司令はすぐに書類をうっちゃって姿をくらまし、いつもツケはその次にえらい副指令に。そのせいかロストールの軍事関係の書類は、女性の流麗な文字で記されたものが多かった。
「でもさ、あれだけいちゃいちゃしてて子どもまだだってのはそーゆーことなんじゃないのかね?
 愛だけはあふれかえってたれ流しなんだけどなー。」
「だから寝言は寝てからにしなさいって言ってるでしょ。
 さっさと書類にサインしてください。そこにあるのはあなたの決済が必要なものばかりです。」
「ん? じゃあ他のは」
「いつまでもためてちゃ他の人に迷惑です。私が片づけました。」
「おー有能な副官様。いつもいつもありがとうございます。」
 パン、と拍手しながら拝む夫は妻よりも9つも年上なんだけど、どこかやんちゃな子どもみたいで妻は許すより他はない。先の総司令と違い無能な男というわけでもなく、むしろ有能なのに、机に縛られるのは苦手らしい。
彼が演習に姿を現すと、兵士たちの士気も空気も段違い。
歳の離れた夫は男に惚れられる男というのが、妻にとって誇らしくもあった。
「じゃあちゃちゃっとやっつけちまうか。シルが本気で怒るとマジ怖ぇからな。」
 そんなごく私的通り越して赤裸々な夫婦の会話をしているんだけど、当然というか他の兵士だっている。
なのにふたりとも悪びれる様子はなく、聞いてる兵士の方が赤面していた。
「…そーいや、お前も新婚だったっけ。」
 総司令がペンを手にしながら、少し顔を赤らめている若い兵士に声をかけた。
「ヨメさんには逆らうなよ、それが夫婦円満の秘訣だ。
 俺を見てみな、剣狼だロストールの守護神だなんて言われてっけど女房には頭上がらねえときたもんだ。」
 手をひらひらさせながら仕事の手を止めておどける総責任者の姿を、次席の責任者が怒った顔でねめつけた。そんな彼女の様子に、総司令が肩をすくめて机に向く。
下品にも思える語調なんだけど、この男はれっきとしたこの国筆頭の貴族。貴族政治から抜け出しつつあるけれど、生き残った数少ない貴族はそれぞれに有能で、結局この国は貴族と呼ばれる階級の人間の手に左右される構図には変わりない。
妻であり軍の副指令でもある彼女も、総司令でこの国の筆頭の貴族の妻なのだから当然というか貴族に名を連ねている。ただ彼女自身はいわゆる平民の出身で、並外れた美貌は高貴ですらあるんだけど、その気性は基本的に穏やかで優しげ。先の戦乱の中で嫉妬のあまりに狂ってしまった婚約者を失った彼だったけど、彼はすでに妻となる女に心奪われ自らの運命を決めていた。
自分以外のすべてを失ったけど、彼には一番大事になっていたこの女だけが残された。
…それで充分、自分はむしろ幸せだと思っている。
一番大切なものが、この手に残された。

「あとな、大事なことだ、浮気は浮気にしとけ。本気になんざなるもんじゃねぇ。
 女房に見捨てられた男ほど情けねぇもんもねーぞ。」

「あなたが一番気をつけることですね。」
 夫の戯れに、また妻の容赦ないツッコミがぴしゃりと叩きつけられた。
夫の女グセの悪さを、妻は目の当たりにしている。
「おいおい…こう見えてもお前と一緒になってから俺は一度たりとも女遊びは」
「しーごーとーしーてーくーだーさーい。」
「…はい。」
 大きな図体なのに、ちっちゃな奥方に頭が上がらない男。またしかられて小さくなった。
だけどすぐにまた長い脚を組んで、にやけながら妻を見やる。
一生懸命仕事をする姿はちっともかわりがなくて、小さいなりに未熟ななりに仕事をいっぱいいっぱいこなして大人の男を助けてくれる。今は厳しい副指令の横顔なんだけど、これが揃って屋敷に戻ると――――

「ゼネテス」
「ん?」
「夕食、どうします? 何か食べたいものありますか?」

 気立ての優しい可愛い妻になるんだから、夫は嬉しくて仕方がない。彼女は書類から視線を上げないけど、帰宅したあとの夫の楽しみを心得ていた。ゼネテスの初恋は料理のうまい女だった、そして成長し料理のうまい女を妻にした。
彼女の笑顔は極上だから、怒った顔だって美しいと思うし何よりも愛しい。
「まかせるわ。何が出てこようとまずいもんなんてないしな。」
 何もかも失っても、この女だけが残されて隣にいる。それだけでいい。
傷つきぼろぼろになった過去も過去に変えられる。彼女が己の名を呼ぶ声が、今の彼の支え。

 ゼネテスは、背筋を伸ばして書類に向かいペンを紙に走らせる。
その意外ですらある凛々しい横顔を愛していること、妻は彼に告げていない。

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