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絵:
ゼネテス  レムオン  セラ

小説:
レムオン  /  ゼネテス        /  ベルゼーヴァ     /  セラ    


   穏やかな昼下がりのこと。
総司令と副指令はそろってとある物体を見上げながら
「…どうしましょう、これ?
 ふたりの肝臓の限界に挑戦されているんでしょうか??」
「さぁてねぇ…純粋に好意と言うか俺らがどれだけ愛されてっかって話なだけだと思うんですけど?」
 少々困った様子でそう言った。彼らのそばには、若い仕官がかしこまった様子でついている。
「これってやっぱり綺麗なカラフェを欲しがった私に責任があるんでしょうか?」
「ならおねだりだと解釈してさっくりあげちまった俺も同罪だな。」
 かしこまった表情の若い士官なんだけど、よーく注意してみてみると口元、頬のあたりがひくひくふるえている。大柄で逞しい体格と太い腕を持つ総司令と、若く美しい(むしろ可愛らしい)小柄な副指令はあまりに対照的なんだけど、ふたりとも貴族政治が色濃く残るこの国の重要役職に座る有能な軍人で、実は夫婦だと言うことは国の人間に限らず誰でも知っている。
性格すら対照的なんだけど豪放磊落なほどに開けっぴろげな総司令と、穏やかで優しく朗らかなんだけど生真面目な副指令はどちらも元・冒険者。共に「剣狼」「竜殺し」の異名を持つ。
信じられないことに、ふたりが戦ったリベルダムの闘技場の記録では、勝者として記されているのは妻の名だった。それゆえなのか、夫は仕事している限り、妻に頭が上がらない。
机に縛られるのが少々つらい様子の彼だから、時折妻にたしなめられ、たまに雷落とされてうまくやってる。
 しかし、今日は仕事中なのに素顔のふたりで会話をしている。差し当たってふたりが話題にしている目の前の物体は――――ぶどう酒の山。ボトルはもちろん、銘すらない小さな樽もある。

 事の起こりは、話を数日前にさかのぼる。
「…お前ら、ぶどう酒に詳しいのはいねぇか?」
 副指令の留守を狙った総司令が、部下に相談したことがきっかけだった。
「…は?」
「いやね、ウチのがワイン入れるアレ、ガラスの入れモン欲しそうに見てたからって買ってやったんだよ。
 モノ欲しがる女じゃないのにそのわがままひとつ聞いてやれねぇ甲斐性なしにはなりたくなくてさぁ。
 そしたらアイツ、毎日大事そーに磨くだけなの。ワイン入れてなんぼのガラスをさ。
 俺バカだよな、中身も一緒にあげなきゃな。」
 …のろけというか、何と言うか。ため息つきながら困ったみたいに語る総司令はどう見ても傍目から見てのろけてるだけに過ぎないんだけど、誰もそこにはツッこまない。しかし三十路男が困ったみたいに若い女房の気を惹こうとする姿は実は大事なことでもあって、男として、そして所帯持ちとしては笑えるんだけど、男性諸君が見習うべきものでもあった。

「もちろん買うからさ、いいワインの話聞いたら教えてくれや。
 俺はワインはジュースみたいなもんだからってあんま飲んだことねえんだよな、これが。」

 …その台詞から数日。軍指令所の執務室の中から噂は伝い流れ出して、総司令宛にこれだけのぶどう酒が届けられた。酒が山ほど届いた、という話を聞いて駆けつけた副指令だったけど(亭主に雷落とす気満々だった)、山積みされていた現物を見て、怒るよりも先に困ってしまった。
だって、彼女のご主人は、ぶどう酒はほとんどたしなまない。疑うのならそれを入れる入れ物をちょっと欲しいと思って見つめた自分の方だろう。ちなみに、彼女もあまり飲める口ではない。
「あの…」
「ん?」
「毒見、どうしましょうか?」
 まだ悩んでいるふたりのそばに控えていた仕官が、部下として当然の懸念を口にする。
その言葉に、腕を組みながら悩んでいた総司令が、先に口を開いた。
「いいよ、別に。それで当たったらそれまでの運命さ。」
「大丈夫ですよ、簡単な呪文の応用で開けたり飲んだりしないでも調べることは出来ますから。
 あなたにいなくなられてはこの国も困りますし、私をこんな若さで未亡人にするつもりですか?」
「あ、そっか。お前を未亡人にしちまうのはダメだな。うんうん。」
「………おばか。」
 総司令の単純さにあきれながら副指令がそうつぶやくんだけど、実は、調査済みのお墨付き。
副指令がその山を見たなりに水の精霊に呼びかけて一度に調べていた、みんなファーロス夫妻への贈り物。総司令は豪腕の剣士、副指令は対極にいる辣腕の術者。
このふたりが一度は瀬戸際にまで追いつめられたこの国を、首の皮一枚でつなぎとめて滅亡の淵から引き摺りあげた。国がなくなろうと人々の暮らしは続くんだけど、やっぱり生まれ育った背景と言うものにはみなそれぞれに思い入れがあるもので、少々暮らしにくかったこの国でも大きな被害を出さずに争いを収束させた彼らは、掛け値なしのこの国の英雄だった。
そんなふたりがそれだけにとどまらず、ふたりとも国に残りさらに尽力している様子を、みなよく見知っていた。その気持ちの現れが、このぶどう酒の山。
 国が困窮しているからと屋敷以外の私財をほぼすべて手放した総司令は先代の総司令とはこれまた正反対の気風のいい男で、己が美しい妻を飾る結婚衣裳一着用意できぬほどにすってんてんになっても笑っていた。
『悪ィ、口約束だけになっちまったけど許してくれっか?』
 そうばつが悪そうに片手で謝ったやんちゃな少年みたいな男の言葉に、歳の離れた美しい妻はあっさりと笑ってうなずいた。
『人生には暮らしていけるだけのお金があれば充分です。
 大きな家があるだけ幸せです、がんばって働きましょう。
 最初に指輪、くださいね?』
 そして約束をくれない不実な男が、程なく永遠の約束を形にした指輪を彼女に手渡した。
それは金で買ったものではなくて、彼が材料になる貴金属がまだ探せる地と、彼女の白い滑らかな指を飾るにふさわしい輝石が眠る場所に自らの足で出向いて探し、ふたりの仲睦まじさをよく知っているドワーフの名工に指輪にしてくれるよう頼み込んで手渡したもの。
『お前を飾るモンは俺の手で用意したいのさ。…バカって笑うか?』
 繊細なまでに美しくすらある妻は、照れている彼の言葉は口説き文句にしか聞こえなくて…泣きながら、笑った。
その笑顔があまりにも美しくて幸せそうで、男は照れくさそうにそれ以上何も言えずにはにかんだ。
 家だけ、後は妻がしばしの生活費に、と大事にとっておいたささやかな貯えがあるぐらい。ロストール一の名家、筆頭貴族のファーロス家は先代の落とし胤とその妻と家屋敷だけに、裸同然になっても、ふたりともあまり気にしない様子で笑っていた。

「いざとなったらこの腕でちょいと稼いでくるわ。」
「一緒に行きましょ、私たちなら目的地さえ同じならふたつみっつの依頼を同時にこなせますよ?」
「おう、そうだな。たまには憂さ晴らしにいくか。」

 貴族政治の色濃く残る軍の人事に誰も口を出さないのは簡単なことで、この夫婦の「体ひとつあればどうにかなる」と言う持論を体現している数々の逸話を、いろんな人間が知っているから。
総司令は大雑把なんだけど、副指令は生真面目すぎて息苦しくすらあるんだけど、己を犠牲にするわけでもなく、生きてることを楽しみながら日々をすごすふたりの横顔に、たたずまいに感じている人々に、すべてを楽しむ総司令の悪いクセが伝染した結果みたい。
ようやく不自由しない程度の余裕をふたりで手にして、夫が妻に少々高価とも思える品を手渡せるほどになって――――そして、今日の騒ぎ。
妻は困ったみたいな表情に嬉しさを隠せない様子で目を伏せた。淡い紅を引いたなめらかな唇の端が、わずかに上がっている。
「おーし、今夜から晩酌はワインだ。
 しかも日替わりで違う銘柄と来たもんだ、そう思ゃなんつーか、すげぇゴージャスな話じゃねぇか。
 シル、ワインに合うメシ、頼むぜ。」
「じゃあ酒場のマスターに相談して、いいお乳分けてくれる所紹介してもらいましょう。
 いろんなチーズ、仕込んでおきます。」
「さっすが我が頼れる女房殿、お前さんのちっちゃいおつむは恐ろしいキャパしてんなぁ。」
「うふふ、ほめてくださってありがとv」
 ふたりにはこの贈り物の山を家屋敷まで運ぶと言う重労働が待っているんだけど、些細なひと言がいろんな人間を動かした結果だと思えば――――ふたりとも気恥ずかしくはあれども、気が重いことなどない。
しかし………
「…総司令。」
 副指令が、唐突に仕事の顔に戻った。そんな妻を見て総司令がギョッと身構える。
「この話、どこでしたんですか?
 私の記憶が間違ってなければ、あなたの執務室だって聞いたような気がするんですけど。」
「あ、えーと」
 しまった。「情報漏洩」についてお説教される。そう勘付いた総司令の笑顔が引きつった。
そんな夫の顔を見て、妻が今日は雷を落さずに、しかしねちねちと、お説教開始。
「開けっぴろげなのはあなたの魅力ですけど、軍はそれじゃよくないってのはわかってます?」
「…はい、一応。」
「今はそんなに隠すようなことありませんけど、これから困ることもあるってことはわかります?」
「はい。
 そ、そう、アレだよなほら、チラリズム!
 見せびらかしてるとそんなに気になんないけど隠されたら気になるっつーアレ」

「このバカたれ! そのどぴんくに染まった脳みそ虫干ししてきなさい!!」

 …おふざけのタイミング、最悪。とうとう副指令の雷が落ちた。
言った直後にしまった、と思ってももう遅い、正面から食らわされるそれのダメージは、けっこうキツいものがある。しかし夫も結構やり手で、
「俺の脳みそはグレーだと思うんですけど、経験上?」
 女性が苦手としがちな話題で切り替えした。ちなみに、これが彼の精いっぱいの切り札でもある。
「…じゃあ現物を見てみます? これでも多少なら剣も扱えますよ。」
「あ、すんません。ごめんなさい。」
 だが職場では妻の方が数段上手、それは別に仕事に限った話ではない。彼のブラックジョークをさらに上回るどす黒いジョークにならない話を笑顔で(けど目は笑ってない)返されて、夫はあえなく白旗を挙げた。妻を怒らせると、後が怖い。

 だけど結局、このふたりがどれだけ仲がいいかという話に行き着くと思っているのは、また笑いを噛み殺しながらそばに控えている若い兵士だけじゃなく、おそらくいろんな人間がそう思っていることだろう。
少なくとも夫は、叱られているこの瞬間すら楽しんでいるに違いない。


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