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絵:
ゼネテス  レムオン  セラ

小説:
レムオン  /  ゼネテス        /  ベルゼーヴァ     /  セラ    


 それは総司令と副指令の休日のお話。

「風が気持ちいいなぁ。」
 ゼネテスはそう言いながら、若緑の芝の上にごろりと横になった。
「そうですね。」
 シルマリルが昼食のバスケットを片づけながら彼の台詞に答える。
ふたりは大きな大きなロストールのシンボル・千年樹の根元でゆったりとした時間を過ごしている。
リューガの変や第二次ディンガル−ロストール戦争で街に刻まれた大きな爪痕は、ゆっくりと、しかし確かに癒されている。月の光のごとき穏やかな女王陛下と、春の日差しのごときあたたかな軍副指令殿の意図により、以前は貴族ぐらいしか大きな意味を持たぬ、市民にとっては町の象徴程度の千年樹を、守りながら切り離して偶像化していた象徴だった門を開いた。
日を重ねるに連れて、そこは復興を目指す日々に疲れた市民の休む場となり、目の前には子どもの戯れる噴水がある。今日では「千年樹と噴水広場」といったら、街の者だけでなく旅人までもが足を止め憩う場となりつつあった。
木は相変わらず、優しい光を己がふもとに憩う者たちにそそぎ続ける。
 門を開いたひとりのシルマリルは、隣に横たわる夫と永遠の約束を交わす前に、彼が何度かこっそりと連れてきてくれたこの場所から空を眺める景色が好きだった。ヒトがどんな愚行を繰り返そうと、この木は静かにそれを見守り、分け隔てなく日差しを降り注ぐ。
ヒトの意思が善い方向に向いている今だからその力を享受したい、背中を押して欲しいと望んだ彼女だったから、人から切り離していたモノを開いた。
取り払わなかったのは、木を守り続けたモノの存在まで否定できなかったから。門とそれを守る兵士がいたから、この木は神聖なものとして象徴の力を強めることができた。
「…ここから空見上げてると、少々の問題にぶつかろうとまたがんばろうって気になれるな。
 たぶんここで休んだり遊んでる連中も、似たようなこと思うんだろう。
 お前と女王陛下の先見の明ってヤツには、ホント頭が下がるわ。」
 しかしこの国の筆頭貴族の嫡子として生まれ育ったゼネテスにとって、この木は血塗られた闇の象徴にも見えていた。貴族が我が欲のために神聖化してしまい、聖樹の元に貴族が誓いを立てれば、時にそれは暴力になり不要な血を流し聖なる存在のはずの木に捧げられる。
戦のたびにこの木を守ろうと身を投げた兵の命を糧に、この木だけが人の気持ちを無碍にして生き延び続ける。
ゼネテスも千年樹の法のもとに不当に裁かれ命を落しそうになった。
 そんな彼に手をのばしたのは他でもない、今は妻となった隣の美しい女。彼女は木はただの木で、静かに物言わずヒトだけでなく世界の、時の行く先を見守る存在だと言う、当たり前のことを胸に抱きながら大人になった。
ヒトを裁くのはヒトだけ、そんな当たり前のことすら忘れていたゼネテス含むこの国の貴族たちに、シルマリルと言う女は実に鮮烈な光だった。ヒトが行うことはすべてヒトに責任がある、木やその他の存在に責任はもちろん、罪はない――――森の女神は、自らも人でありながら、ヒトの罪はすべてヒトにあると語った。
その静かな言葉が、ゼネテスの耳の奥に焼きついている。
「どうしたんですか、ここが気持ちいい場所だって教えてくれたのはあなたじゃないですか。
 それまでは柵越しに眺めてただけでしたよ。」
「でもなぁ、開放するなんて思い切ったこと言い出すたぁ思ってなかったもんでさ。」
 まわりを見渡さなくても、子どものはしゃぐ声が聞こえる。人々の談笑する声が聞こえる。
心地良いざわめきがここを中心にして広がっている。
ゼネテスもその妻のシルマリルもこの国に限らず、大陸に名を轟かすほどの有名な腕自慢なんだけど、木陰で憩う夫婦の様子はただの若夫婦にしか見えない。大柄で少し年長らしい夫は暑くすらある気温にシャツのボタンを多めに外し、少し汗ばんだ逞しい胸板を初夏の風と木陰で冷まそうとしていて、妻は対照的にひじまで覆うゆるめの服と裾の長いスカートを新緑の芝の上にふわりとかぶせている。
日に焼けた肌の夫と透き通るみたいな白い肌の妻は、互いに男前と美女と言う以外はごく普通の夫婦に過ぎなかった。
「私はですね、ここってあなたとの逢引の場所って印象がものすごく強いんです。
 女の人にだらしなくてなかなか本当のことを言わないあなただったけど、ここで横になって、私をちっとも見ないで話すあなたが、私とても好きでした。
 何回かそう言うことがあって、この木の根元って人を素直にさせる力があるんじゃないかって思うようになったんですよ。…もしそうだったら、こういう大変な時だから肩の荷をおろして素直になれる場所を閉じておくのは、って思ったんです。」
「…そんな話、初めて聞いた。」
「初めて話しました。
 だってあなたにもらわれる前にこんな話しても、催促してるみたいで重荷にしかならないでしょ?」
 途中から恥ずかしくなったのだろう、ゼネテスは程なく目を閉じて話し始め、シルマリルはそんな彼がまるで子どもみたいでつい笑いながら答えている。
幼い恋ながら、重荷になりたくないなんて女としていっぱしのプライド。そんな恥ずかしい昔の自分の話だって、さらりと語れる空気がここにはある。シルマリルと言う女はせまい村から出てすぐに、冒険者としての腕より先にその美貌が人の口の端にのぼるようになり、彼女の名が知られるようになるよりも前にゼネテスと出逢ってからもうずいぶん経つ。
国すら傾けるとさえ称された美貌の女は逞しい剣を持つ狼の腕の中へ、彼女はそうして大人になり、彼はそんな彼女を腕に抱きながら英雄へと祀り上げられた。
そうなるまでの時間の中では、当然お互いに様々な思いを胸にしまいながらすごしている。
 ゼネテスも彼女が語るとおり、この木には不思議な力があるような気がして来た。
だって彼女は今までこの木に対してそんなことを思っていた、感じていたなんて億尾にも出さなかったけど、久しぶり、一緒になって初めてふたりでゆっくりとここに来た今日、今みたいな話を聞いたら…彼女の言葉がとても重く、真実味を帯びてゼネテスの胸の奥まで飛び込んだ。
そんな素振りすら見せなかったのに、彼女の真実はこの木のように鮮やかで、世の濁った部分を見すぎた男の目にはまぶしすぎて少々痛くすらある。
「…じゃあ俺も、なんか白状してみっかなぁ。」
「いいですよ、別に無理して白状しなくても。
 一緒になる前に恋した女の人の話なんてされたら、私本気で泣いてしまいますよ。」

「お前の前の恋は、叔母貴ただひとりさ。
 これっぽっちもかなわなかったから言えるけどな。」

 その台詞で彼女が泣いたかどうかは、彼しかわからない。

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