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絵:
ゼネテス  レムオン  セラ

小説:
レムオン  /  ゼネテス        /  ベルゼーヴァ     /  セラ    


  「ごめんなさい、私の私用に皆さんをつきあわせちゃって。」
 日差し色の髪の美しい女が、若い士官たちを連れて廃墟の塔の前で申し訳なさそうに笑った。
士官たちは何事なのかほうきだのなんだの、つまりは掃除道具をその手にみな携えていて、彼らに守られている美しい女は、大きな花束を。
「いえ、お気遣いなく。市中の清掃も我らの仕事となっております。」
「けどそれって、入りたてでお仕事まかせられない新人さんがすることでしょ?
 宰相閣下おつきの生え抜きの皆さんを、廃墟の掃除、かぁ…またしかられるかな?」
「補佐官殿を護衛するのが我々の仕事です。補佐官殿が魔道の塔跡を片づけたい、とおっしゃられるのでしたら、我々は補佐官殿を御守りして補佐することが本日の任務となりました。」
「私どもから補佐官殿とご一緒すると申し出ました、否も応もありません。
 みな喜んでお手伝いしておりますよ、これでも。」
「みなさん優しいなぁ。りすさんうれしくて涙ちょちょ切れる。」(泣きまね)
 終始おどけて、最後には涙を拭くまねまで見せた彼女の言葉に、一同がギョッと顔を見合わせた。
(どうやら自分の通称が「りすさん」だということを彼女は知っていたらしい)
明るい笑顔が可愛らしい、緑がベースカラーの女性仕官の制服を身にまとう彼女は、この国を立て直している最中多忙を極めている宰相閣下の補佐官殿で、そして彼の妻女でもある。
有能で冷徹ですらある宰相閣下は以前から時に憎まれるほど己にも他者にも厳しくて、以前はそれで部下泣かせですらあった。けど今は、多少のことなら手の抜きどころも心得ていて亭主の操縦法も心得ている可愛らしい奥方が補佐していて、不満たらたらだった部下たちは、宰相閣下ではなく補佐官殿に懐いていたりする。
彼女は夫に釣り合い真顔ならば冷たいほどの美貌の女性なんだけれど、どこかやわらかくて笑顔でいることがほとんどで、やはり男が多い城の中ではそれは目立つ存在なんだけど…ディンガル政庁の中にいる女性は、彼女を含めみな美しい。彼女らを統べる女帝陛下など、緑の黒髪の鋭い美女。
それぞれに若い男たちは好みがある様子なんだけど、その中でも宰相閣下の補佐官殿はすでに夫君があるというのに男たちの目を集める存在だった。
「しかし補佐官殿、こちらへは、何用で?」
「お墓参りです。」
 美しい女はそれだけ言うと、崩れて中へ入れなくなった塔を見上げた。
仕官たちは、ここに誰ぞ幽閉されていたなどと言う話は聞いたことがない。



「…シルマリルの姿が見えぬようだが?」
 さて。所変わって宰相殿の執務室。
いつも飄々としながら有能な様子を見せずにてきぱきと仕事を片づける妻の姿が見えない、と思いながら仕事をしていた宰相閣下だったけど、どうにも気になった様子で落ち着かなくて、不運にも残されてしまった仕官に静かに問うた。
彼らとしては言いつけられたように仕事を配分し時間を区切りながらこなして、当然休憩時のお茶も忘れていない。けれど仕事ができる補佐官殿とはやはり違うのか惚れたゆえのことなのか――――宰相閣下は、不機嫌そう。
いつもは腰を下ろしたら、補佐官殿からお茶のコールが入るまでは執務に没頭するのに、今日はうろうろと席を何度も立ったり座ったり、無駄にうろついているのではないんだけれど、どこか落ち着かなさそうにする。
そして今は、手に数枚の書類を持ったまま、立ったままで忙殺されている仕官に声をかけた。
「補佐官殿は、市街地の清掃作業に向かわれました。」
 少々気難しい宰相閣下の操縦法は補佐官殿からマニュアル化されているの?
忙殺されながらも仕官は姿勢を正してはっきりと質問の答えをよどみなく返した。
…まるで、最初からそう答えるように用意されているみたい。
 しかし、それを見抜けぬようなら、30前の若さで軍事大国を切り盛りするような並外れた真似はできるはずもない。宰相閣下が、怪訝そうに仕官を見ながらさらに矢継ぎ早に問い掛ける。
「…担当の者がいるはずだが? 何故にシルマリルが、自ら出向いたのだ?」
「そ、それは…その……」

『もしもの時のためにどこに行くかは伝えておきますけど、できるだけ宰相閣下には言わないでくださいね?
 そこに行ったって聞くだけで、閣下は機嫌が悪くなりますから。』

 補佐官殿はそこまで気を回して口止めして行った、当然仕官の口は重く、歯切れが悪くなる。
そんな部下の様子に、閣下は細い眉を片方だけピクリと動かした。
「もう一度訊く、シルマリルは、どこで清掃作業とやらを行っているのだ?」
 閣下は、自分に対する隠し事を許さない。それが補佐官殿――――奥方のこととなると、すべてに容赦がなくなることは誰でも知っていて…これだけの立場を持つ男が妻を娶るんだからそこには何らかの思惑があるに違いないとよく思われるんだけど、何のことはなくて彼は妻になった美しく小柄な女性に心の底から、燃えるような恋をして、永遠の誓いを交わした。
人間味が薄い男なんだけど、そんな自分にも他人にも容赦ない男を捕まえて、奥方殿はころころと笑いながら「独占欲が強くて子どもみたい」なんてあっけらかんと言い放つから仕官たちは笑いを堪えるので精いっぱい。
時に、今日みたいに補佐官殿が席を外してしまうと、とたんに仕官たちの中には緊張が走る。
「ほ、補佐官殿から…行き先は……」
「フン、シルマリルめ…生意気に口止めしたか。
 まあよかろう、彼女が口止めするということは、行き先はひとつだ。」
 どういう反応に出る?部屋の中にいた若いエリートたちがピリピリした空気の中で固まったけど、宰相閣下の反応は予想に反したもので、そこまで言うと何かをあきらめたみたいに椅子に腰を下ろし、ふ、と所在無さげなため息をひとつついて、それっきり黙りこんだ。
 彼は伏目がちに机の上に視線を泳がせて、執務の手を止めて、珍しく物思いに沈んでいる。
涼しげな漆黒の目は感情が薄いように見えて何よりも雄弁で、しかし「障らぬ神にたたりなし」、仕官たちはそれぞれに己の仕事に戻ってゆく。
宰相閣下が少々仕事の手を止めようとそのうちに彼はまた仕事に戻る。そこから遅れた分を取り戻す勢いで仕事をこなすんだから、誰かが口出しすることはまずない。
この部屋で宰相閣下に口出しできるのは、補佐官殿以外にはいない。

 シャロームがいた場所に行ったか…あれも父には違いない、と言っていたな。

 両手を、指を組み合わせてそこに唇を押しつけるみたいにしてもたれながら、宰相閣下が私的な物思いに沈んでゆく。
両親をすでに亡くし実兄と義兄ふたりが肉親の彼女は、どのようなつながりであれ家族の絆を大事にする。宰相閣下の実の両親が彼らの故郷とは別に首都エンシャントの墓地に祀られているんだけれど、彼女は3日とおかずにそこに出向いては掃除をし花を供えている。同じように…夫が蛇蠍のごとく嫌っている魂の父・奢れる王シャロームのことも気にかけているらしいのは感じていた。
ただ夫が嫌っている人だから、と今日のようにこっそりと不意打ちのごとくでかけては、何かの仕事のおまけで「魔道の塔」まで足をのばすらしい。
家族に愛され大事にされた彼女らしいおおらかな物事の捉え方は、少々不遇ですらある愛情薄い成長を遂げてしまった宰相閣下には理解しがたい所があるんだけど、そう言う彼女に救われたことが多々ある以上否定はしない、できない。
穏やかな妻の明るさとおおらかさに救われている。
 おそらく、彼女は伝承の中の存在であるシャロームだろうと「夫の父」ぐらいにしか考えていなくて…そんな彼女だから、夫の養父であったゾフォルだろうと何かしらの形で悼み祈りを捧げているに違いない。
たとえこの世に崩壊をもたらした混沌そのものだろうと、もう亡くなった人だから、なんて彼女らしい解釈をして花を供えているのだろう。
 そんな彼女だから、引き摺られた。
たとえ世界にふたりだけで残されようと構わない、そんなことさえ思いつめた。そこまで思いつめてその感情が生々しいまま彼女の手をとった以上、宰相閣下は不機嫌な横顔をいくら見せようと、妻の行動すべてを許すより他はない。
きっといつか、自分にも彼女の行動が間違っていなかったと感謝する日が来るのかもしれない、そう思いながら……。

 だから、今は妻の内緒の行動に見て見ぬふりをしてやろう。

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