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絵:
ゼネテス  レムオン  セラ

小説:
レムオン  /  ゼネテス        /  ベルゼーヴァ     /  セラ    


   それは、決意。

「竜王様、こんなことになったけど、私は普通の女でありたいのです。
 私ひとりでヒトという種族の行先が変わるとは思えませんしそんなことは望んでいません。
 私は、私であるために力を捨てます。」

 結果世界を救い世界の均衡を保つ監視者・竜王すら屠った無限の魂は、監視者の今わの際に静かにそう告げた。世界のバランスを再び崩しかねない力を一度手にしてみたけど、それは彼女が望んでそうしたことではなくて、彼女は自分自身であるために世界すら意のままに操れる力を自らに封じ手放すと決めた。
それはひとり世の荒波に放り出されてからの自分を否定することになるんだけど、力を手にし相当につらい思いをした、彼女自身は物静かな気の弱い娘。
か弱いけどしたたかな女。
 その決意がいくつもの別れにつながることを知りながら、それでも彼女は選んだ。

「…さて、ネメアは見知らぬ土地に旅立つそうです。
 あなたはどうしますか、シルマリル?」

 そう猫屋敷の賢者殿に問われたシルマリルが顔を上げる。
それぞれに運命をともにした戦友たちは、それぞれの望む場所へと旅立ち、戻っていった。――――ただひとりをのぞいて。
「…と、その前に、ベルゼーヴァはネメアは追わないということでしたね。
 エンシャントへお送りします、それでは、ごきげんよう」
「待ってくれ。私は彼女と話がしたい。」
 凛とした冷徹な声に、シルマリルがびくんと肩を跳ねさせた。
おそるおそる彼女が怯える小動物の眼差しを声が聞こえた方に向けると、やっぱり彼が見つめていた。
思わずシルマリルはその視線から逃げるみたいに目をそらしたけど、多分彼はその目をそらした横顔すらも凝視しているのだろう。…そういう男だと、何度も痛感してる。
 ディンガルの若き宰相閣下は、敵対関係にあったロストールでも噂の美姫・ノーブル伯にずいぶんとご執心。それはシルマリルも痛感している。彼のノーブル伯捕獲命令が飛んでいたとかで戦場を荒くれどもに「ノーブル伯・シルマリル=リューガ」がどれだけ追い回されたか、その恐怖は今でも忘れてない。
この男は冷酷そうな容貌にふさわしく、目的を遂げるためには手段を選ばない。
シルマリルがまたおそるおそる視線を上げると、やっぱり彼は目をそらした様子もなくまだ見つめていた。
そんな強い視線にシルマリルがまた目をそらす。
「…何があったか知りませんけど、シルマリルは怖がっているようですよ?」
「狙ってやっているのか!? 気を利かせて場から離れるぐらいしてもよかろう!」
 猫屋敷の賢者殿のすっとぼけたかのような台詞に珍しく語調を荒げた彼の言葉に、シルマリルがびくんとあからさまに怯えの様子を見せる。
「やれやれ…お邪魔のようですね。わかりました、外でお待ちしています。
 シルマリル、何かあったら大きな声を出しなさい。助けに来ますから」
「人を獣のように言うな!」
 切れ者の宰相閣下も年齢不詳のクィーダロアには勝てないらしい、さっきから語調をらしくもなく荒げてばかり。しかし賢者殿は別に彼をからかうつもりはないらしく、言葉を途中で切らされたというのに気にするそぶりも見せずに静かに日の光差し込む方へと歩いて行って、程なく姿が見えなくなる。
シルマリルが怯えるのには単純に大声が苦手というのももちろんあるけど、それ以外に…彼女には、明らかな思いあたりがあった。
「…今さらふるえが来たのか?」
 さっきまでの荒い調子はどこへやら、ベルゼーヴァの声の調子は元に戻っていた。
いや、元に戻ったというのとは少し違うんだけど
「君が怯えるようなものはこの世界にはほとんどないと思うが。「竜殺し」の名すら欲しい侭にする君が…」
 少しだけトーンを抑えた声は、出会った瞬間から変わりないどこか優しげにすら聞こえる声。
その声で何度とんでもない台詞を吐いてくれたか、シルマリルはほとんど覚えている。
「もっとも、彼らが勝手に君を排除しようとして、君は身を守るために応戦しただけの話だ。
 君が守り手を必要とするほどのか弱い術者ということには変わりない。」
 そこまで言って、ベルゼーヴァは言葉を切り愛用の双剣をかちゃりと鞘走らせるみたいに鳴らした。
「実質的に竜王を屠ったのは君を取り巻く男たちだ。
 その称号が恐ろしいと思うのだろうが、言いたい者には言わせておけ。」
 その細い手に似つかわしくない、重い金属の塊。それを舞わせこのか弱い女を守り抜いた。
彼女自身は弓を扱うが、いつしか男たちが先を争い彼女を守るためにその剣を振りかざした。
ベルゼーヴァもそのひとりで、竜殺しと呼ばれる術者を、か弱い女だと認識してそう扱っている。
…そう、伝説にすら謳われる大それた存在である前に、シルマリルという女は小さくてどこか儚げですぐに涙で瞳を揺らす。彼女は伝説の中にいながら、ベルゼーヴァの目の前に立ち泣き、笑い、いろんな表情を見せている。
そして、今は、困惑。彼女の表情を曇らせるすべてから守りたいと宰相閣下が望んだ女が、眉を曇らせている。
彼は自分が原因だと気がついているのだろうか? 目をあわせようとしない彼女の表情を、ベルゼーヴァは長身な体をかがめてまで覗き込んだ。
 唐突に覗き込まれて、シルマリルがびくんとひときわ大きく跳ねて思わず後ずさった。
「気にするなと言っているのだ、何か言うことはないのか?」
 そんな彼女の様子と、思いあたりがないのに目をそらされてばかりのこの構図に、さすがのベルゼーヴァも焦れたみたいに意地悪に問いかけた。彼は大胆不敵で結構せっかちで、少し待たされると焦ってはまずい状況でない限りすぐに痺れを切らして行動を起こす。
だからシルマリルの顔を覗き込んで、また避けられたのを見て苛ついたみたいな台詞を口にした。
「え…と……特には……」
「そうは思えない態度だから訊いているのだ。言いたいことがあるなら言えばいい。」
 有能な男だけど、デリカシーは期待できない。シルマリル相手にも何度も自分の都合を押しつけてきた。
シルマリルは正反対、相手のことを思い自分を殺してしまうことが多い。
ベルゼーヴァはそんな彼女が気がかりで、いつしか強く引きずられてこの剣で守るとまで思いつめるようになっていたことを、彼女だけが知らない。
彼は口に出さず、彼女は疑惑を自意識過剰で片づけるからすれ違いばかりを繰り返す。
「ベルゼーヴァさんの話って」
「私の話は重要な用件だ。君の話の後にする。」
「わ…私だって…大事な話なんですけど……」

「…悪いが、後にさせてくれ。君の態度次第では言わない方がお互いのためだ。」

 ベルゼーヴァはこの女の性格をよくわかっていて、よほどでなければまぜっかえさない女がか細い声でまぜっかえしたことを聞き逃すような彼じゃないんだけど――――それでも、後にして欲しいと望まれては、シルマリルの性格では首を横には振れなかった。
「あ…あなたには悪い…と思ってます、けど…」
 それでも、誰かの期待を裏切る罪悪感を自らの唇から告げる罪悪感、二重の鎖が彼女の言葉をじれったく重いものにしている。しかしベルゼーヴァもせっかちだけど待てない人間じゃなくて、彼女に関しては望むとおりにさせてやって結果自分の思うとおりになればいいと思っているから、何も言わずにただ見つめている。
…それがシルマリルの重荷になっているとも気づかないで。
「さっきも言ったとおり、私は無限のソウルであることに疲れました。
 私が私でなくなっていくみたいで怖いんです。
 あなたはあなたの目標に私が必要だと言いましたけど…もうあなたの望む無限のソウルの力を抱えているのが怖いんです。あなたが、私と一緒にいる理由はなくなってしまいます」
「…そんなことか。」
 今にも泣き出しそうな揺れる青い瞳を見ながら、ベルゼーヴァは何を思うのだろう?
せっかちな彼らしく、シルマリルの語尾にかぶせるみたいなため息、そして彼女の本心のかけらを聞いて立板に水の勢いで語りだした。
「それは君と知り合った当初の話だろう。人は常に変わり続ける。私も例外ではない。」
 そう、彼女が止まらずに変わり続けるのと同じ、頑なだったベルゼーヴァは彼女という存在に触れて変わった。感情を押し殺した人間味薄い男だったが、「男」の彼は欠落していたのではなく彼の中に眠っていただけで、その静かな声で、白く少し冷たい指先で誘い目を覚まさせた。
彼女がいたから、ベルゼーヴァは「ヒト」になった。
「私が君の持つ力でなく、君という存在に固執し始めた頃からおそらく気づいているものだとばかり思っていたが、君は悪い意味で男の気持ちを自分に都合よく無視してくれるな。
 たとえ君がただの女になろうと、さして問題ではない。」
 そこで切れた言葉、彼のブレスが聞こえてシルマリルが思わず顔を上げると、視線を外さなかった彼が、外せなかったのだと初めて気がついた。蒼白にすら見える頬を明らかに紅潮させ、それでも美しい女から目をそらせずにいた。
そして薄い唇が、わずかにふるえている様子を見せながら開いた。

「君の行く先はエンシャントだ。私と共に来てもらおう。
 私を男として完成させた責任を取ってもらう、この世界の中で私を一番理解しているのは君だ。」

「…はい??」
「どこまで鈍いのだ君は…君が何者になろうと私は君を守りたいと望むことに変わりはない。」
「えーっと」
「…どこまで露骨に言えばいいのだ……私についてきてくれ。結婚して欲しい。
 これでも不足か!!」
「ぇえーっ!!?」
 ふたりの大声が、広い洞窟の岩に反響した。
「シルマリル、どうかしましたか?」
 その声を聞き間違えたのかそれとも狙ってのものか、言い継げていたとおり約束したとおりにオルファウスが姿を現した。邪魔者の登場に、ベルゼーヴァがただでさえ紅潮させていた頬を、頬といわず顔全体を真っ赤にした。
「貴ッ様狙ったかのように大事な局面で…」
「何ごともなさそうですねぇ。」
「転送希望だ、エンシャントまで2名!
 シルマリル、続きは向こうで、この男がいない所で話すぞ!!」
「あっずるい私に選択権はなしですか!!」
「だから向こうで話し合うと言っているだろうが! 早くしろ!!」
「にぎやかですねぇ…。」
 ばたばたわいわい、唐突ににぎやかになった中、ベルゼーヴァがシルマリルの小さな手を取り己に引き寄せた。それを見てお望みどおりにオルファウスが転移の術を施すと、たちまちふたりの姿は薄れて消える。
シルマリルが慌てていた残像が一瞬残ったけど――――ベルゼーヴァの「話し合う」は「言いくるめる」の意。すぐにどもり口をつぐむシルマリルは自分が押し切られるのが目に見えていて、オルファウスにいて欲しかったのに…。


 程なく、ディンガルの要職の若者とロストール屈指の家柄の美姫の婚約話が大陸を駆け巡ることになる。
それが政略でも和睦の証の類でもなく、単なる恋愛結婚だということを知る者は少ない。


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