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絵:
ゼネテス  レムオン  セラ

小説:
レムオン  /  ゼネテス        /  ベルゼーヴァ     /  セラ    


   リューガ家の美しい当主が、枯草色の庭を歩いている。
長兄は隠し続けた出自と自らが起こした政変で失敗し、表舞台、人前から姿を消した。
次兄は自らの研究や学問が大事で、貴族の暮らしに興味はなくあちらこちらと飛び回ってばかり。
そうなると当然とばかりにお鉢が回ってきたのはここ数年のうちに存在が公にされた末妹で、先のロストール−ディンガル戦で副指令の副官、後に昇進して副指令として辣腕を振るったこともあり、否も応もなく彼女は当主に祭り上げられた。
 美しすぎる妙齢の当主殿は浮いた噂もなく、何を思うのか既婚女性の装いで、男をまったく近づけない。
彼女は邸宅をロストール復興を目指す女王に貸し、自らは小さな離れを屋敷の外れに構えてそこで暮らしている。
表情には常に憂いをたたえながらも、たおやかな中に芯を持つ男の目を惹く美しすぎる女。
美しすぎて、男は気後れするばかり。
 そんな彼女が、何やらを見つけて唐突に駆け出した。日差し色の髪が美しく揺れる。

「あなた! いつお戻りになられたのですか?」

 彼女はそう言いながら、ひとりの男の前で立ち止まった。
細身で、長身の美丈夫――――ゆるく波を描く銀色の髪は腰にまで届き、繊細ですらある切れ長の瞳は、真紅。抜けるような、病的なまでに白い肌と赤い瞳、銀髪は「ダルケニス」と呼ばれる忌み嫌われる種族だけど、美しい当主殿はその彼を見るなり長いドレスのままで駆け出し、抱きつきそうな勢いでそばまで行くよりも先に「あなた」と愛しげに呼びかけた。
「たった今だ。元気そうだな。」
「あなたがお戻りになられたら、どんな病気も治ってしまいます。
 …お帰りなさい、レムオン。」
「…ただいま、シルマリル。」
 微笑んだ美丈夫と、美しすぎる当主殿はそれぞれ左手の薬指に同じ意匠の指輪をはめている。
「仕事は忙しいか?」
「ええ、軍の副指令ですもの。相変わらず上官は粗忽で遊び好きですからもう大変。
 でもよかった、休日にあなたが戻ってきて。」
 肌寒い木枯らしが吹く中、ふたりは質素な離れに向かいゆっくりと歩き出した。そうしながら、当主――――シルマリルはレムオンの腕にそっと寄り添い手を回した。
「…シルがあなたのお帰りをどれだけ待っていたか、あなたはわかっていてもまた出て行かれるのですよね。」
 さびしげにつぶやいた彼女の言葉に、レムオンは何も返せない。
ダルケニスは迫害と偏見の輪廻の中の種族、レムオンはそんな出自をひたすらに隠し続けた。
その挙句の不安定な心が無謀かつ強引な政変につながって、この美しい末妹までも泣かせてしまったことは記憶に新しい。幼馴染とその婚約者、彼女とその上官、ひとりの男につながる嫉妬がレムオンを追いつめついに壊した。その男と末妹にすべてを許されたからと言って、何もかもをなかったことにはできるはずもない。
末妹が導いた穏やかだけどにぎやかな世界の中に自分の居場所はなくて、彼は多くの同族がそうするように闇に沈み息をひそめている。
「俺がいては、お前にも何かと不都合があろう。
 ただでさえ妙齢の貴族の娘が一人身でいるのだ」
「あら、そんなこと。言いたい人には言わせておきます。
 シルは一人身ではありません、あなたという夫がいます。」
 兄と妹でありながら、夫と妻として契りあった。それもあり、レムオンは日ごろは闇に姿を潜めている。
貴族の当主となった妹の夫が、異母兄であるダルケニスとあっては醜聞しかなくて…レムオンに出来たことは、愛する女のために表舞台へ戻らないと決めたことぐらい。
しかしそれすらも、このたおやかで儚げな女は意に介さずに夫として添い遂げることを決めた男のことを日々思いながら、自分に与えられた役割を全うし続ける。
――――時折夫がこうして姿を現す瞬間を、ただ心待ちにしながら。

「私とあなたに血のつながりがないこと、あなたも私もわかっているじゃありませんか。
 私はそれで充分です、あなた以外の男性なんて男じゃありません。」

 幸せそうに、満面の笑顔でそう言い切ったこの女の強さに、レムオンはいつも救われる。
だから彼女だけは捨て切れなくて、こうして顔を見に戻ってくる。
レムオンは妻の心強い言葉に照れるかのように目をそらし、唇だけで微笑んだ。
「シルはあなたと暮らす日を夢見てがんばります。
 あなたこそ、おばあちゃんになったシルに愛想尽かすようなことはなさらないでくださいます?」
「下らぬ心配などするな。…俺の妻はお前だけだ。」
 儚い人間と、長い時を生きるダルケニス。レムオンが美しい青年の姿でいる間にも、シルマリルは駆け足で老いて、いつか、確実に先に彼の隣から姿を消す。しかし、シルマリルが「夫がダルケニスである」ことを意に介さないのと同じ、レムオンも長い闇の時を生きる己の伴侶として、儚い異種族の彼女を選んだ。
最初から彼女が老いて先に逝くことを承知で、悲しみと残される孤独を受け入れることを心に決めた。
「欲しいものはないか? 出かけて次に戻る際には手土産のひとつも持って来たいのだが」
「あなたとの子どもが欲しいですわ。
 あなたが子どものことを心配しているのはわかりますけど、そのぐらい私がどうとでもします。
 私、これでも辣腕のノーブル伯ですよ?」
「…お前には勝てないな。ノーブル伯というより、母は強し、だろう。」
「早くシルを母にしてください。あなたの子どもをこの腕に抱きたくてしょうがないのですから。」
 そう言いながら細い腕を夫に向け差し出す妻の姿に、レムオンはこらえきれなくなり腕を伸ばして抱きしめた。伴侶を得た女が当然望むのと同じように、彼女は夫の出自などさしたる問題とも思わずにその子を望む。身構えることなく妻であることだけを楽しむ彼女に、どれだけ救われたことだろう?
いや、いつしか初恋の幼馴染を取り上げられたやるせなさを、突然現れた小さな義妹が癒していた。
自らをあれだけ怯え続けた闇に沈める覚悟を迷わずに定められるほどに、この女はレムオンにとって唯一無二の存在になっていた。
この輝きがあるのなら、闇に潜むことなど苦痛ではない。

 たとえ彼女がこの世界から去りひとり残されても、彼女の最後の瞬間までのすべての笑顔が輝き己を照らすのだから、彼女以外は要らないと思っている。

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