「落ち着いたか」
この王でも、そんな表情をするのか。
部屋に戻ってきたセファンに表情の変化は殆どないが、少し心配げなのが空気で分かる。
「はい。すみませんでした」
睨みそうになるのを抑え、表情を消してセファンを見る。
先程まで豊かだった表情が掻き消されると、妙に冷たく、けれども匂う様なすっきりとした色香が漂う。
記憶の中の老人が持っていた色気を思い出す。
老人が浮かべていた柔らかで落ち着きのある笑みはセファンにも向けられていた。
「笑え」
「……可笑しくもないのに、笑えません」
「道化でも呼ぶか?」
目線はセファンの顔にあるが、セファンを見てはいない。
背筋を伸ばし、視線を彷徨わせることもなく前を見る。
「エイルに教わったか?」
「何をです?」
「私に抱かれる心構えなどを言い含められたのだろう?」
「心構えなんて、しても仕方ないです。触られたらまた多分震えると思います。だけど、少し落ち着いたから……俺のするべき事とか、ちゃんと……考えられたと思いますから」
セファンは静かに微笑む。
「だから堪えられると?」
「…………はい。でも……いきなり触れられるのは、やっぱり厭だし怖いです」
くっと唇を引き結ぶ。
その表情に堪えきれずセファンは吹き出した。
「そう構えてくれるな。エイルからの伝言は受け取っている。急に触れねば良いのだろう?」
「はい。……出来れば、その様にして頂けるとありがたいです」
声まで固い。
「付き合ってやろう、その遊戯に。では、触れるぞ。まずは唇と、背だ」
宣言して、ゆっくりと顔が近づく。
「……んっ……」
啄む様に、触れるだけの口付けを繰り返す。背に手を回し、震えを抑える為か窘める様に撫でた。
間近に迫る顔を見たくなく、リファスはぎゅっと目を閉じる。
反応など返さない。引き結んだ唇も、堪えられるまで開けない。そう心に決めてかかる。
ぬるりぬるりと肉厚の舌が唇の上下を這う。
「う……」
吐き気が込み上げる。どれだけ自制しようにも、身体が震えて止まらなかった。
気持ちが悪い。
ルシェラ相手には感じなかったどうしようもない嫌悪感が、リファスの身体を益々震えさせる。
「……っ…………」
「口を開け」
強く首を横に振る。
「……全く。仕方のない子供だ。口を開かずには居られない様にしてやる。脱がせるぞ」
言うなりリファスの着ているものを手早く脱がし始めてしまう。
リファスには抗う間などなかった。
手間のかかるところは裂かれ、引き千切られ、瞬く間にただ布を引っかけているだけの状態にされてしまう。
辛うじて、破り難かった下穿きだけが取り残される。
「横にくらいなれるだろう?」
ぶんぶんとまた首を横に振る。
「……倒すぞ」
肩がついと押される。寝台に手を付いて倒れない様に抵抗したが、こういう場合圧し掛かる方が強い。
「抵抗は無駄だ。隠し持ったものは、全て取り上げている。これ程震えていては、素手で抗うことも出来まい。さりとて、自ら命を絶つことも出来ぬだろう?」
ついた肱で身体を起こそうと試みるが上手く行かない。
「触れるぞ」
身体が竦む。下履きの前を寛げられ、股間を包み込む様に手が触れる。
「く、っぅ……」
セファンの手首を掴んで手を引き離そうとするが、手を動かされる度に力が抜ける。
閉ざした瞼の間から、じわりと涙が滲んだ。
「強情だな。…………私が手ずからお前を楽しませてやろうというのがそこまで厭か」
妙に口調が優しく、リファスは恐る恐る目を開けた。
目が赤い。
「泣くなと言っているだろう。泣かれては敵わぬ。まだ何もしていないではないか」
「…………どうしても……厭なんです……」
「怖いのか?」
率直に問われ、リファスは身を竦ませる。
怖い、のだろう。恐らく。しかしそう言ってしまうには、僅かばかりの自尊心が妨げる。
「そもそも男色に興味がないなら、それは当然厭なもの、気持ちの悪いものだろうが、お前の反応はそれだけではない様に思える」
親指がぐいとリファスの目元を拭う。
「お前は武術を修めていよう。何故抗わぬ。力は若過ぎるお前に劣るものではないが、私に技はないぞ。ルシェラに累が及ぶとでも思っているのか? お前なぞ、その気になれば簡単に処理できる。一矢なり報いようと言うのが男ではないか」
リファスの顔が一際歪む。
泣く、そう思った瞬間、セファンはリファスの頭を自分の胸に押しつけた。
見たくない。この男が泣く姿など。
兄が死んだ時すら、涙など零さなかったくせに。
たかがこの程度の事で泣く姿など、認められない。
「…………知っているのか? ルシェラ以外の男を。それも、寝子として……」
「なっ……んな……ん……」
「躾がなっていないのも無理はないか。厭な、恐ろしい思いしかしていない様だな」
何故分かるのか。
様子を見れば瞭然としているが、混乱している自身にはそれが分からない。
何とか顔を上げ、潤んだ瞳で不安げにセファンを見詰める。
「初手を誤ると改めるのは難しい。怖くないと諭したところで無駄であろうな」
「痛いし、怖いです。ルシェラだけは平気だけど……」
「痛くされたのか? 再会が叶ったらルシェラに聞いてみるがいい。痛いなどとは言うまいよ」
「……痛く……ない? 嘘だっ! 痛いし、血もたくさん出るし、気持ち悪いし、ワケ分かんねぇしっ!」
殆ど絶叫だ。
セファンは一瞬目を丸くし、すぐにそれを細める。
「取り澄ましているより、余程お前らしい」
そう言いながら、セファンは内心気に掛かっていた。
ルシェラに対しても、必要だと思うから抱いただけで、基本的に「犯す」事など出来ないと言うのが持論だ。
今のルシェラはルシェラではない、似ているからこそ苛立つ為にそれに近い抱き方になってしまうのは否めないが、それでもルシェラが拒んだことはなく、むしろ嬉しげに腕を伸ばしてくれる。
兄、国守、それに繋がるもの……乱暴は働けぬものだと思う。
自身の自制の範囲で楽しませて貰うことはあっても、あくまでその程度のつもりだ。
誘って拒まれたのも初めてで、好奇心と共に多少の不安感が過ぎる。
これまでも幾人もの小姓を抱え、後宮よりそちらで多く遊んできたが、初めてなのだ。
「私が抱いた中で痛がる者など、これまでいなかったがな」
「引き裂かれたり、切り刻まれて失血死しかけたり……もう……あんなの……厭だ…………」
「馬鹿な。流れる血潮の色を知ったところで何になる。余程下手な相手に当たったのか?」
ルシェラ相手には翻弄されるばかりで思い至りはしないが、自身が抱かれるとなるとどうしても失神する程の激しい痛みと血の香りばかりが蘇る。
セファンは露骨に眉を顰めた。
血の匂いは苦手だ。兄が苦しげな咳と共に吐き出した鮮血を思い出す。
リファスが言う行為が、自分の考えているものと同じだとは思えなかった。
「よもや、ルシェラにもその様にしているのではあるまいな」
「するわけないでしょう!」
「だろうな。だが、その様でよくルシェラを抱けるものだ」
「……俺からは、どうしていいのか分からなくて全部ルシェラに任せきりだから……」
男として情けない事だと思うが、仕方ない。
「あれは、それが仕事だと認識している。技巧では私も敵わぬ」
「何でそんな……酷い……」
ルシェラは厭がっている。
聞いた生活では、ルシェラ自身に何の選択肢があるわけでもあるまい。それで、何が仕事だと言うのか。
「ではお前は、ルシェラに、お前は人の命を食らわねば生きていけぬ、その食う手段に最も適しているのが男に抱かれる事だから抱かれてやれ、そう言えるのか?」
全く躊躇う事のないその言葉にリファスの顔が更に血の気を失くす。
リファスの身体はセファンの腕の中のまま。
セファンはリファスの髪をよく撫でた。
「快楽を教えてやろう。この行為が痛くも、怖くもないものだと知ったときのお前の乱れ様を見てみたい。私が死ぬまでお前がルシェラに触れる事はないやも知れぬが、ルシェラに必要な術を施してやる知識も必要だろう? お前や私が相手なら、ルシェラは仕事だと思わずにただ喜んで受け入れる。それは、必要な事だと思わんか?」
「思いません。貴方は、ルシェラの心を考えもせずに……!!」
「お前を厭がったか?」
「いいえ。俺達は…………愛し合えた……そう、思ってます」
「愛し合うなら尚のこと、お前にはルシェラを満足させてやる義務がある。私に抱かれぬなら、女遊びでもするつもりか? 経験が全く足りぬくせに」
セファンの理屈が理解できない。
「良いから、私に任せるがいい」
「俺が良くないです」
「だが、覚悟を決めたのだろう?」
凄味のある視線のままで微笑まれ、リファスは言葉に詰まった。
「理屈捏ね回して……結局犯りたいだけかよ……」
何とかそれだけを吐き出す。
「何と言われても構わん。私が呼ぶまで助けは来んぞ」
「誰が来ても?」
「ああ。ルシェラが来れば別だがな」
「サディア様でも?」
「ああ。サディア殿でもだ」
セファンの手が背を撫でる。
厭がって身を捩るが、逃れられるわけではない。
「逃げられては困る。枷だけ、させて貰う」
「枷、って……なっ、厭だっ」
金属の擦れ合う音がする。
左手首にひやりとした感触がした。
「片手だけだ。急いで用意させたから作りが甘い。あまり暴れると傷になるぞ」
枷の填った腕が引かれ、枷から伸びた鎖が寝台の枕元の枠へと繋がれる。
「厭だっ!……厭ですって…………!!」
「暴れるなと言うに……」
「くっ……ぅ……ゃ、あ……」
身体が寝台へと押しつけられる。胸と肩口を膝で押さえ込まれる。
「手こずらせるな」
「ふっ……ぅ……ぅえ…………」
動きを封じられ、リファスに恐怖心が再び強く迫る。
一瞬にして表情が変わり、リファスは大きく胸を喘がせた。
「ああ……困るな、泣かれては……。別に、逃げなくてはならない程の行為はしない。お前とルシェラに誓おう」
「いゃ……だっ……てぇ……」
「片手だけだろう? 何故私を殴るだとか、蹴るだとか、そういった反応がないのだ、お前は」
よしよしと頭を撫でる。
リファスは震えるばかりだった。
セファンはリファスの上から退き、寝台から降りた。
「また私を待たせるのだな、お前は。その格好でエイルを呼ばれたいか?」
「……ぅ……や……厭……」
ふるふると首を振るリファスを尻目に、セファンは自らが纏っていた衣類を全て脱ぎ落とした。
ルシェラとの際には自身が全裸になることはあまりなかったのを思い出し、喉の奥で僅かに笑う。
「リファス殿、こちらを向け」
従える筈がない。リファスは自由になる範囲で手足を縮め背を丸めた。
「見ないのなら目は要らないな。目隠しをして触れられるのと、自分を抱く男の身体をしっかり知っておくのと、どちらか好きな方を選ぶが良い」
どちらも選びたくなどない。
答えられないでいると、頭を軽く引き寄せられた。
「っ、ぁ……厭だ……」
強く目を瞑る。
「目を瞑り続けるのも疲れるだろう」
「っぇ……ぁ、何を」
顔に何かが触れた。
目を開けると、視界が覆われている。
「見たくないならそれでいい。何も見なくて構わない。…………そうだ。その方がお前も楽だろう。私の手を、ルシェラの手だと思えばよい」
「出来ません!」
「ではせめて、お前の許容できるものだと思え。私が教えてやるのは、痛みではない。見えなければ、どの様にでも想像できるだろう?」
視界が閉ざされると何をされるのか分からず余計に不安になる。
慌てて外そうとすると、自由だった右の手首まで掴まれたのが分かった。
「悪戯が過ぎる。お前にせめてもの選択肢をやっただけ、ありがたいと思え」
かしゃん、とまた、枷を填める音がした。今度はそれだけではない。
「な、何?」
枷の他に、右の膝を折り曲げられ、太腿と脛を纏める様に何かが巻かれるのが分かる。
「温和しくなれば外してやる」
藻掻く。
右手の枷と、右足首辺りに来る戒めとが繋がれていた。左手と違い余裕がなく、身動きが取れない。
「外して下さい!」
「暫くじっとしているが良い」
恐怖で身の竦んでいる間に、セファンはリファスの下履きも短刀を滑らせて破り去ってしまった。
ついでと言わんばかりに、辛うじて引っかかっていた上半身も全裸に剥いてしまう。
「……ぁ…………ぁ……ゃ……」
離れても分かる程に震えている。
「肌寒ければ、薄布くらいはかけてやるが?」
暑い季節だが室内の空調は贅を凝らして効いている。
震えが肌寒さから来ているのかと気を遣っても、リファスの応えはない。ただ震えるばかりだ。
目元を覆った布が濡れている。
セファンはそのまま寝台のすぐ脇に椅子を引き寄せ、座ってリファスを眺め始める。
「お前が落ち着くまで触れぬ」
宣言し、じっくりと視線でリファスを嬲る。
美しい身体だ。
首から下の美しさでは、ルシェラなど足元にも及ばないだろう。
撥条の様に撓やかな筋肉が見て取れる。長い手足は身長や体型に不釣り合いにさえ見えるが、それは若過ぎる為だろう。
骨格はどちらかと言えば華奢な様だが、それを弱さに見せないのはその筋力との均衡だった。
なるほど、布に包まれている時には少々頼りなく見えたのも道理だ。
「……美しいな」
触れはせず、だが耳元にひどく近付いて囁く。
震えが増した。
「触れてはやらぬよ。お前から求めるまで。……ルシェラに関係しない限り、私の気は別に短いわけでもない」
体温を感じる程近く、それでもやはり触れるわけではなく、骨格を辿る様に手を翳す。
「っ……ぅ…………」
紙一重の熱と肌で感じる視線にリファスは身を竦ませる。
並の人間より知覚に優れているのが災いしていた。
逃れたい。けれど、この半端な体勢が全てを許さなかった。
視線で焼かれる様だ。
身を捩る。しかし、当然ながらどちらへ向いても居たたまれないことに代わりはない。
「…………ふ…………ぅ……」
息が乱れる。
セファンがどんな目で自分を見ているのか……それを考えると、脈が不快に波打つ様な気がした。
性的興味を示す目、というものを知っている。
知らなければきっと、こうまで追い詰められはしないのだろう。知らなければここまでの窮地にも立たされなかった、というのは横へ置いても。
知らなければ良かった。
知りたくもなかったのに。
「は……っぁ…………」
手足がひどく冷たかった。しかし、腰の辺りに妙な熱が蟠っていく。
逃れたい。
今のリファスに許される逃げは数少ない。選べるものはもっと少ない。
口を戒められていないので舌でも噛めば簡単だが、ルシェラ一人を残して死ぬわけにはいかない。
「も……やっ……ぁ…………」
熱の正体が何なのか分からない。分からないものは怖い。
「厭……いや、だっ……」
「何もしない、そう言っただろう?」
「してるじゃないですか……っ…………目隠しも、っ……こんな……枷とか……」
「それは、逃げられては困るからだ。ただそれだけのこと。お前が恐れるのは性的な行為だろう? これしきの束縛さえ恐れる様では、ルシェラの付き人としての役割すら果たせまい。厭なら逃れて見せよ」
肌がちりちりする。
セファンの視線に灼かれている。そう感じた。
手足は益々冷え切っていくのに、視線を感じる部分だけが蝋燭の火でも押しつけられたかの様に熱い。
「……ふっ……は、ぁ……」
緩く首を振る。感覚を振り払いたい。
「どうした?」
掛ける声に嗤いが滲む。
「は……ずしっ…………はずして……っ…………」
濡れて目元が透けて見え、睫が分かる。
すっとその上を触れぬ様に指で辿る。
「ぁ、っあ……や…………」
セファンの手が持つ熱が余計に怖い。
触れる、触れられぬ、その空気の流れだけを感じる程の距離に肌が粟立った。
いっそ触れられた方がまだましに思える。
「触れはせぬ。怯えるな」
「………………見な……いで……っ…………」
腕で顔を覆おうとする。距離が足りず、リファスは尻と背中で身体を少し枕の方へずらした。
逃れ損ねた手が、微かに頬に触れる。
「ふぁ、んっ……」
「ああ、済まぬ」
見えないことで余計に神経が過敏になっている。
びくりと大きく背を震わせ、リファスは声を上げた。
その声音の甘さに、リファスは我が事ながら驚いて息を呑む。
自分の声だと思えない。
「あ…………ぁ…………」
右手に繋がる鎖がうるさく音を立てる。左の膝を上げ、顔を隠す様に背を丸めた。
堪えられない。
「……いやだ……もう……厭だ…………っ…………」
「……私は何もしていないというのに、楽しそうだな」
冷たい声がリファスを煽る。
「助けて…………もう……やだ……いや……いやだ……」
「助けて欲しいのか?」
確かめる様に耳元でゆっくりと尋ねる。
リファスは必死で繰り返し頷いた。
「どうすれば助けられる?」
「外して……っ!」
即答だ。
セファンは思わず声に出して笑った。
「何を、外せばよい?」
「枷……と……目隠しを……はずして……」
「それが、王に対する口の利きようか?」
「おねがっ……はず……はずして…………下さい……っ……」
導かれるままに繰り返す。
この状況を是が非でも早く脱したくて、頭が大して働かなかった。
「逃げはせぬな?」
「はいっ……だ、だから……」
「目も、開けるか? 開けぬなら、目隠しを外そうが外すまいが同じ事だ」
早くして欲しい。リファスはただ頷く。
「開けます、だから……だから……っ……」
「仕方のない子だ。……触れるぞ。触れねば外すことが出来ぬ」
身を竦ませる。
一つ一つの反応が分かりやすい。
セファンにはそれが何処かつまらなく思えた。
目隠しを外してやる。
真っ赤に泣き腫らした目と目が会った。
リファスは酷く狼狽して視線を外す。
「私を見ろ。もう一度目隠しをされたいか?」
びくりと身体が怯えを示す。
制御が出来ない、その事にすら思い至れなかった。
自分で目を瞑っていることには堪えられるのに、目元を覆われるのがこれ程不安になるものだと思っていなかった。
人を捉える術も、その束縛から逃れる術も、学んでいる筈なのに何も思い出せない。
ひどい醜態を晒しているのは分かっても、だからどうすればよいのか分からなかった。
自分が全く経験の足りないただの子供だと言うことを突きつけられ、余計に混乱する。
それでも逆らうのは怖く、恐る恐るセファンを見る。
「いっ……ぃた……」
上目遣いの頼りなげな視線が気に障り、セファンはリファスの髪を掴んで半身を起き上がらせた。
「何故諾々と流される」
目の色が読めない。何が言いたいのか分からない。
「何故強く抗わぬ。何故だ」
「……何で……? 何……言ってるのか……分かんない……」
「何故流される。何故罵らぬ。何故怯える。そうまで……泣き腫らす程に」
セファンの言い分はやはり理解できない。
ただ、次第にただ色のなかった目に揺らぎが生じている様に見えた。
リファスはじっとセファンの目を見る。
深い……深い群青は、海の色の様だった。
その印象が、酷くルシェラと近い。
「何故だ……何故……」
「どうして……欲しいんですか、俺に……?」
精々そう問うのがやっとだ。
目をしっかりと合わせていると、それ程の恐ろしさは感じなくなっている。
セファン自身もまた、揺らいでいるのが伝わるからだろう。
「抗え。私の知るお前なら、この程度の戒めなどものともしない筈だ」
「そんな……無茶な……」
「こんなものはただの玩具だ。私でもその気になれば壊せる。お前がその素振りすら見せぬのは何故だ。本気で抗う気がないのは何故だ」
髪をより強く掴む。
リファスの顔が苦痛に歪められる。
身体を起こしているのだから頭突きなり何なり方法はある筈だ。だが、リファスはただ再び泣き出しそうな顔でセファンを見ている。
「抗う…………でも…………俺は…………」
「何だ。犯される事を期待しているのか? その様で」
「…………ルシェラは、どうなりますか? 俺が貴方に抵抗して、全力で……貴方を傷つけてでも逃げたとして……ルシェラは貴方を傷つけた俺を赦しはしないでしょう」
「…………分からぬな。ルシェラの事など」
苦々しい。
苦渋に満ちた顔を、リファスは益々不思議に思った。
頭皮が悲鳴を上げているが、僅かに腰を浮かせると痛みも和らぐ。
しげしげと見詰める。
この王は、何処かおかしい。
否。振る舞いや思考に反して、何処か正常なのだ。だから余計に違和感を覚える。
混乱しながら、何も分かっていない様子の王をただ眺めた。
続
作 水鏡透瀏
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