■□ 裏切り □■ ― 4:回り出した歯車 ―
ヴァイパー、ロクス、アルベリック
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アンケート(別窓):   ヴァイパーED後話はあり?なし?  次に攻略してほしいセヴン


 戦場というものは凄惨でしかない。それが街ともなると、市民をも巻き込みさながら地獄絵図を描き出す。
 昨日陥落させたアルクマールの街には、当然ながら帝国兵があふれかえっている。
立ち込める死臭の中にヴァイパーは虚ろな目のまま佇んでいた。多くの騎士たちは騎士の国らしく清廉で硬派なものだけれど、一部のものは家柄だけで成り上がったりで性根が捻じ曲がっていることも多い。加減を知らない連中は人殺しを狩りか何かと勘違いしているように楽しみ、殺すことをただ楽しみ己の獣性を満たしてゆく。
奪うことしか、食らうことしか知らない化け物。それが今のグローサインの騎士の中にまぎれて幅を利かせつつある。
……その際たる者が筆頭騎士などやっているのだから話にならないのだけれど、けちなばくち打ちに過ぎなかった自分が身に過ぎた権力を手にしたのは彼らの悪巧みに加担したからに他ならない。
結局、同じ穴の狢。

「修道女だろうがかまうものか、騎士のお慈悲をその身で受けられるんだから身に余る光栄だろうが!」

 どうやら騎士ではない騎士たちは後悔ひとつさせてくれないらしい。
遠くで下品な声が聞こえる。逃げ遅れた修道女が不運なことに志のない騎士に捕まったらしい、その目的や彼女の末路は考えるまでもなく読める。ヴァイパーの生気のない目に生気が戻り、軽くため息をひとつつき声の聞こえた方を見ると、やはり黒衣の騎士たちがひとりの修道女を捕らえたった今引き倒している様子が見えた。
当たり前のことだが、彼女は泣き叫び暴れている。女にとっては殺人に等しい暴力を受けようとしているのだからその反応はおかしいものではないのだけれど、それにしても嫌な光景――――無体な扱いを受ける金色の髪を見た瞬間、ヴァイパーの目に殺気が満ちる。

「お慈悲とかなんだとか寝言が聞こえたが、神に仕えるシスターを犯すのがあんたら流のお慈悲か?」

 金の髪が引き金になり、ヴァイパーは低い声に痛烈な皮肉を込めつつゆっくりと現場に歩み寄る。黒い修道服を引き裂かれ肩を露にしたまま涙と泥と埃で顔をぐしゃぐしゃに汚している修道女はまだあどけなく、皮肉を口にしつつ新たに現れた男にすがるような眼差しを向けた。
「何だ貴様?」
「おやおや、下っ端か。道理で下衆な真似してくれる。
 悪いこたぁ言わねぇからシスター置いて今すぐあったことを上官にご報告しな。」
「なんだと!? 片目のごろつき風情が粋がって騎士に楯突く気か?」
「ごろつき、ねぇ……まあ否定はしないが、見境なく年端も行かないシスターを輪姦そうとしてるあんたらはそれ以下だろ?」
 飄々としたいつもの物言いでのらりくらりと語るヴァイパーが、再び一瞬で殺気を帯びた。
「今虫の居所が悪ぃんだ、……殺すぞ。」
 ただの悪党ではない、悪魔の力を操る7人の人間のひとり・クラレンス=ランゲラック。人間の道理すらわからぬ騎士崩れでは相手など務まらない。ひとつしかない目は鋭く光り、いつ取り出したのかその手にはターコイズブルーの蛇が巻きついた意匠のカードが握られている。
「尻尾巻いて上官殿に泣きつけ。『ヴァイパーに獲物を横取りされました』ってな。
 なんか訊かれたら俺からもお前らがシスターを輪姦そうとしてたことを丁重に報告してやるよ。」
 消えない殺気と怒気のこもったその声で、騎士たちは一瞬で青ざめた。
ヴァイパーといえば筆頭騎士アルベリックとよく話している男、魔女セレニスともつながりがあるということは、どんなに下っ端だろうとグローサインの騎士なら誰でも知っている。
そんな高官同然の男がまさかこんな街中をうろついているとは思わなくて――――彼らの獲物だった修道女は引き裂かれた服を手で合わせながらヴァイパーの後ろに隠れてしまった。
襲われた現場に現れて水をさした男の言葉を聞いている限り、彼が下っ端から女を横取りしようとしているわけではないと彼女が思いすがるのも無理はない。
それ以上何も出来なくなった騎士たちは、捨て台詞すら吐けずに恨みがましくヴァイパーをにらみつけながら立ち去ってゆく。それを見て修道女は表情を明るくし立ち上がり、ヴァイパーに何度も頭を下げた。
「ありがとうございます、ありがとうございます!!」
「いいってことよ、俺は勝手にやっただけ。
 そんなことより、どこに隠れてるかとか訊かねえがさっさと引き払っちまいな。
 あんたもわかったろ、奴らはケダモノ以下だ。神の下僕を相応の態度で扱う奴はこんな戦場には来ねえよ。」
 ひたすらに感謝する、少女のような金の髪の修道女。その面差しはやはりまだ子どものようですらある。
あろうことかヴァイパーは、彼女に金の髪の天使様を重ねてしまった。
昨日裏切ったばかりの天使様を重ねてしまった。
くしゃくしゃの汚れた顔のまま涙をぼろぼろとこぼし笑う彼女の笑顔に、あどけない天使様の笑顔を重ねてしまった。
 これではっきりしてしまった、……他の男に触れさせることなど許せない。許さない。
面影を感じさせる女が無体な真似をされているだけで許せなかったことがすべてを物語っていた。
修道女は早く立ち去るようにと促したヴァイパーに何度も何度もまだ頭を下げながら、彼の忠告を無駄にしないようにその場から去ってゆく。彼女はおそらく地獄で神の存在を彼に感じたに違いない、離れた場所でまた振り返り、彼女は大きく十字を切りヴァイパーに向かって祈りの姿を見せ、そしてやっと振り向かずに走り出した。
自分のやりたいようにやったことで感謝なんてされる経験がほとんどなかったヴァイパーだけど、自分のポリシーで動いただけなのに彼女は大袈裟なほどに感謝した。
その姿に表情に、ヴァイパーは教皇候補の幼い天使を思い浮かべ重ねていた。
昨日裏切った天使様の泣きそうな顔を消し去るみたいに、笑顔ばかりを思い出した。
 今さら笑っていて欲しい女が現れてしまった。

けれどもう彼女の笑顔は望めそうにない。自分は操り人形と同じ、この命は悪党の手で長らえさせられている。その力の源が禍々しいものだろうということは察しているけれど、すべての破滅を望み残り少ない命を売り渡したのもまた自分自身。
誰も恨めない。
 それでも、目を閉じれば未練がましく天使様の笑顔が浮かび上がる。
耳の奥で鈴を転がしたような声が名を呼ぶ幻聴が聞こえる。ヴァイパーはひとり佇むその場で何も言わず目を閉じてわずかに天を仰ぐけれど、風には血のにおいが混じっていて息苦しかった。
 そして彼は不意に目を見開いた。自らに、道など最初から一本しか残されていない。
自分は悪魔に魂を売った。望みすべてを渇望し奪い続け喰らい続けて生き長らえるだけ。
食らえぬのなら、壊すより他になし。それに例外などない。
天使の与える安息に一時ヒトであった自分を思い出そうと、その安息の中で生を終えることなど許されていない。
 ならば奪おう。奪えないなら壊してしまおう。
天使だろうと例外ではない。
自分は破滅を望むもの・ヴァイパーことクラレンス=ランゲラック。

 ヴァイパーの乾いた唇が、笑みの形に歪んだ。


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2008/11/23