■□ 裏切り □■ ― 13:叛旗と言う名の裏切り ―
ヴァイパー、シータス
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intermezzo:sotto voce       
アンケート(別窓):   ヴァイパーED後話はあり?なし?  次に攻略してほしいセヴン


「……まさかあなたを勇者様方と同格に呼ぶ日が来るとは思ってもみませんでした。」
「俺だって思ってなかったさ。……嫌な顔するなよ」

 天使様のお考えになられていることが時にわからなくなる。
「とはいえもちろんロクスとかと同格じゃない。
 俺はしがないばくち打ちだ、そこら辺気を使わなくてもいいぜ、妖精さん?」
 シータスはシルマリルの補佐として、彼女がアルカヤに舞い降りると決まった時からずっと彼女の右腕を務めてきた。その中で男性の勇者たちが彼女に惹かれてゆく様子もずっと見てきたけれど――――彼女にはとてもいえないが、愛くるしい天使様だと思っていたけど、まさか悪魔の手先だった男まで、とは思ってもみなかった。
そう、目の前にいる銀髪で隻眼の男は悪魔の手先、セヴンの一人であるヴァイパーその人。
シータスは教皇候補のロクスと行動することが多かった、ヴァイパーと言えば何かとロクスに絡んできた人物だから、見間違おうはずなどない。
 しかし、彼の話はシルマリルからも、彼女をアルカヤに遣わすと決めた大天使ラファエルからも聞かされた。もうシルマリルの邪魔をすることはない。
むしろ天使の勇者に近い存在、シルマリルの助力者になったと考えてもいいだろう。
「シータスです。以後お見知りおきを。」
「知ってると思うが、クラレンス=ランゲラックだ。
 出来れば通り名じゃなく名前で呼んでくれ、ちょいと有名になりすぎて通り名じゃ足がつく。」
「わかりました。」
 いろいろと思うところはあるけれど、シータスは天使の補佐として働く妖精の中でも真面目で頼れる存在。彼の姿形はランプの精、いたずら好きなイメージが強い妖精としてはいでたちも顔もいかついし、物言いも声も「妖精」のそれを大きく裏切るような青年男性のもの。
体の大きさだけが妖精なのだけれど、シルマリルは意外と大雑把な性格らしく、シータスについていろいろと口に出したことはなかった。
シータスもそんな鷹揚で焦点が少しずれているお嬢様な天使を気に入っている。
 仕事は仕事、だけれど……シータスは内心ロクスを少し不憫に思っている。
女癖の悪い教皇候補殿が信仰の対象でもある天使様に女を感じ恋していることを彼は知っている。
 シルマリルの態度を見ていると余計にロクスに同情してしまうんだけれど、それは決して口に出すことはない。
アルカヤにいる限りそれは使命に他ならないから、シータスは己の役目を全うするだけ。
「……何か言いたそうだな、妖精さん?」
「いえ、別に……。」
 けれどまさか、よりによって……。
それも胸の中でつぶやくだけ、だけどこの男はどうも見透かしているようで正直シータスは少しやりづらいものを感じていた。

「……なんかいるな。」
「そうですね。」

 しかし、反りの合わないお互いの思惑など一瞬でかき消される。
クラレンスの低い声と鋭く細められた視線の向かう先を、シータスも見ている。
「クラレンス様、戦闘は大丈夫ですか?」
「様はやめてくれ様は。ケツがむずむずする。――――弱いができねぇ訳じゃない。
 麗しの天使様からもらった武器もある、何とかなるだろ。」
「そうですか、では」
 掛け声も合図も何もなく、二人同時に動き出した。
シータスが己の足でもある絨毯を翻し高い場所から敵の全容を把握する。
『貴様……死んだと聞かされていたが、なぜ生きている?』
 鬱蒼と茂る森の中に、背中を這い上がるような不快感しかない女の声が響き渡る。
180を超えるクラレンスと遜色ないほどに大柄に見える、いやそれは髪のせい。
髪が多数の蛇と化している女が全部で5人いた。女の目も蛇の目もぎらぎらと異様な光を放っている。
シータスはその異形の女たちを数日前に相手したばかり。
「シータス、お前の特技は何だ?」
「回復と石化の魔法が使えます。」
「あいつらは蛇女だ、石化に耐性がある。お前は回復に専念してくれ。」
 そう言い捨てるとクラレンスは飛び退った。そして石や木などの足場を巧みに使い、蛇女たちの攻撃の中でも最も恐ろしい石化の眼差しを避ける形で己の体を障害物で隠す。
『そうか……天使に寝返ったか!
 ならばその身引き裂き肉を食らい血の一滴まで啜ってくれよう!!』
「可愛げのねぇ台詞吐くんじゃねえよ。化け物だって女だろうが。」
 ゴーゴンとメデューサの一団、異形としての強さは中、と言ったとことだろうか。
しかし注意すべきは彼女らの特殊攻撃、石化の眼差しだけではなく、男を誘惑し従わせるまやかしも繰り出してくる。
クラレンスは病人だったとは思えない、今も痩せた上背だけ大きな男だけど、そんなことを感じさせない身のこなしでたちまち間合いを詰め、最も近くにいた蛇女――――ゴーゴンの前に突然姿を現した。
その手には、金の縁取りが美しい水仙の意匠のカードが扇形に握られている。
「どっちが毒蛇を頂くにふさわしいか、その二つある目でしっかりと見届けるんだな。」
 金と青のカードが空間を切り裂いた。
限りない薄さを持ちながらそれは金属の質感を持っていて、剃刀と同じに異形の肉を裂き容赦なく蛇の首を落とした。クラレンスの手に握られていたカードは鮮やかに投げられナイフのように彼の敵を切り裂いて、女たちが悶絶の悲鳴をあげている間にクラレンスは情け容赦なく次の手を繰り出すべく、利き手に一枚のカードを握っていた。
「お前らは運がいい。悪魔と違って天使様は苦しまずに一撃で地獄へと送り返してくれるぜ。」
 無骨な男の骨っぽい指に挟まれていたのは、たおやかな天使の描かれたカード。
その天使はシルマリルその人を模したものであることは、彼女の姿を知っているものなら誰でも察しがついた。
 クラレンスがそれを高い場所へと投げ上げると、カードを中心に光の翼広がる幻影が現れた。降り注ぐ光の矢とその場に満ちる祝福の歌声は、異形だけでなく人間にも恐怖をもたらしそうなほどに神々しい。
それは天使の神罰、人間に似ていても異形のものたちには耐えがたい苦痛をもたらす。クラレンスがかつて悪魔のカードを操っていたのと同じで絵柄が象徴する精霊力を封じられた新しいカードには、かつての武器と決定的に違う絵柄、天使の絵が象徴している神罰のような聖属性の攻撃を繰り出す一枚があった。
引きの強い男は見事に最強の札を引き当てた、闇の底から召喚された異形はクラレンスの造反を誰かに伝えることすら出来ずに浄化の光を浴びせられあるべき場所へと叩き落される。
おそらく、這い上がることはかなわないだろう。それが天罰と言うもの。
 シータスは、苛烈ですらあるクラレンスの戦いぶりをただ眺めていただけだった。出番などありはしない。
それもそのはず、クラレンスはシルマリルの勇者の中でも強さを誇るロクスと渡り合った男、病癒えた今では何も制約がなくてその力を存分に発揮できる。武器はナイフよりも間合いの狭い頼りないカードなのだけれど、封じられた力をどう使うかどう繰り出すかどう叩きつけるか、彼の本能に似た判断力が武器でもある。
数撃で異形を屠った男はひらりひらりと舞い降りてきた新しい武器、最強のカードを指先に捉え鮮やかに手の中に収めそのまま懐に戻した。
「……これの欠点は、終わったあと拾わなきゃならねぇところだな。」
 苛烈なまでの戦いぶりと正反対の台詞を吐きながら、クラレンスはどこか暢気にカードを拾い集めて回っている。
本気か冗談か境界線のわからない男だけれど、その腕は確かだと言うことだけはシータスも思い知らされた。
しかし………………。



「天竜? あー……そんなことを魔女殿が言ってたっけか。
 それを片付けないとお前の望む筋書きじゃないってんなら、俺に選ぶ余地なんてあるはずないだろ。
 ……体が砕けるまで戦うまでだ。お前のためにな。」


 英雄譚も残すところあとわずか、最後には最強の敵が待っている、と言うのはどの物語でも同じ。
 千年前と同じに、悪魔の象徴である天竜が、砕かれた魔石から瘴気となり復活した。
その話をシルマリルからもたらされる前にクラレンスはひとつしかない目で禍々しい城を目の当たりにした。相変わらず消息を隠しながらの逃走だったけれど、ある日かつての首謀者でもあった魔女セレニスの死の情報をつかみ、彼は身を隠すのをやめた。
 シータスの懸念、ヴァイパーの更なる裏切りは懸念、いやヴァイパーから見れば邪推でしかない。ヴァイパーは死にクラレンスは悪魔の頚木から解き放たれて己の望むままに生きる。
彼の望みは天使シルマリルの望みをかなえることだけだから――――クラレンスの造反は些細なことでしかなくて、すべてを食らい尽くす勢いですべてのお膳立てが整い、ついに彼らの望みは禍々しい竜の形を持つ。
魔女の望みは誰かに受け継がれて破壊衝動はとどまることを知らない。
「元はと言えば俺も加担したことだし、てめえの尻ぐらいてめえでぬぐわねえとさすがにカッコ悪いなんてもんじゃない。とはいえどこまでやれるか怪しくはあるが……。」
 誰が首謀者になろうとこの状況では大差などない、悪魔と呼ばれている存在が新しい宿主にセレニスと同じような力を与えているのだろうから、情況は何も変わっていない。
思えば魔女殿も傀儡だったのかもしれない、なんてクラレンスはセレニスを哀れんでさえいた。
 飄々とした彼らしい物言いをしたクラレンスだけど、不安がないわけじゃない。
しかし今さら死の恐怖を目の当たりにしたからと怖気づくわけにはいかない。幸いと言うべきか、クラレンスは相変わらず自分が恐怖に対し麻痺している、スリルを好んでいる人種だと言うことを理解していて、相変わらず物事を摩り替えてごまかして物事に立ち向かう。
不安に表情を強張らせている美しい少女の天使様を、必要以上に怯えさせたくない。
「ま、運が悪けりゃ死ぬだけだ。シルマリル、俺が死んでも代わりはいるんだろ?」
「……クラレンス…………」
 クラレンスは今とよく似た状況だったと言う千年前のことなど、当然よく知らないし興味もない。目の前の現実を無理に過去に当てはめない。
知識は時に足かせになることをクラレンスは知っている、今と昔は同じじゃない。

「手が尽きたら、お前は空に戻れ。俺を助けようなんてことは考えるな。
 俺は捨て駒でいい」
「クラレンス、私はあなたをパートナーに選び、天竜に立ち向かいたいのです。
 パートナーを見捨てるつもりならば、最初から戦うべきでは……歯向かってはならないんです……。」

 けれど、覚悟を決めたと言う意味ではシルマリルも変わらない。
かつて、そう、彼女のよく知る千年前のことを思い出すだけで恐怖で身がすくむ。千年の前は大天使ラファエルが天竜を封じたが、自分はと言えば相変わらずの頼りない天使。
一番下っ端のまま。
そんな自分が身の程知らずの無謀を行うために、彼女は恐怖に耐えられる存在を選び同行を願い死出への旅に等しい道行を共にしてほしいと彼に請う。だから、どういうことになろうと見捨てられようはずなどない。
見捨てることが前提ではない。
戦うとは、そういうこと。
「……光栄だ。俺みたいなろくでなしにはもったいねぇ。
 だがそれがお前の望みなら、」
 シルマリルの覚悟は潔いけれど、今彼女が一番頼りにしたい男に同行してほしいと申し込んだ積極性は彼女のしたたかさの現れだけど、臆病な男は己の分にとらわれて肝心な言葉を口にしない。
分をわきまえたふりして差し伸べられた女の手を取れないままで、彼女の望みだけを願い己を犠牲にする。
「やめとこう。すべては終わってからの話だ。」
 クラレンスは己の天使様を偶像化しすぎて不遜な物言いで崇め奉るばかり。
彼女が何を望んでいるか、本当の望みなど微塵も考えない。
悲しげな表情は今の状況の不安が与えていると思い込もうとしている。
 ただ、クラレンスの言葉はすべて正鵠を射抜いている。すべては終わってからの話。
目の前の大事に立ち向かうために、クラレンスは邪念につながるものすべてを排除しことに当たるだけ。
大事な女のために闘うと決めるだけなら誰にでも出来る。その望みを現実にして初めて男としての重みが生まれる。
矜持を貫き生きてきたんだから、虚勢は最後まで張り続ける。

「行こうか、シルマリル。」

 そして彼にとって最初の見せ場、最後の幕が開く。

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2009/01/14