■□ 裏切り □■ ― 6:カウントダウン ―
ヴァイパー、ロクス、アルベリック
                          10   11   12   13   14   エピローグ   あとがき
intermezzo:sotto voce       
アンケート(別窓):   ヴァイパーED後話はあり?なし?  次に攻略してほしいセヴン


 闇の中でじっと息を殺す。
凛と張り詰めた空気は独特の緊張感を持っていて、ヴァイパーは聖なる城へと忍び込んだ。
普段はばくち打ちだけど今回はこそ泥、その前は街のごろつき。つくづくろくでもない自分を痛感させられる。
神聖なる砦の教皇庁の中に闇そのものが隠してあるとは誰も思い及ばないだろうが、初代教皇が国を建ててまで隠し通そうとした秘密、分かたれた穢れし魂を安置しているということは知るものぞ知る事実。安置場所はごくわずかな者、実質的に教皇と副教皇、他は重鎮の高僧たちにのみ語り継がれるらしく、いずれも無力な無能者では到底勤まらないこともあり、安置場所を知る者=秘密の守護者という方程式が成り立つ。
 麗しい美青年の姿を持つ女たらしの放蕩者は、法衣を着ていても教皇候補どころか僧侶という立場さえも怪しいものだったけれど、引きずり出した言葉もその立場も確かに真実だった。
最初の目的は情報だから無駄に戦う必要はない。戦う術はあれどもその代償は彼自身の命というほどに病状が進行してしまったヴァイパーは、自分が与する帝国の兵士どころか騎士でさえまるで未熟な駆け出しどものようにあしらうほどの強さを誇る教皇候補に真正面から挑まずに搦め手で攻め、目的のものが座する場所を戦うことなく、お互い血を見ることなく引きずり出した。
 引き換えに殺した彼の恋心はそこで粉々に砕けて散った。
あろうことか、人間を禁忌へと誘惑する存在である蛇を気取っていた、毒持つ蛇を気取っていた悪魔の手先、小悪党の自分が短い人生の終焉で愛してしまったのは神の娘、天使様。
教皇候補を守護する美しい少女の姿の天使様の表情が悲しみから怒りに変わった瞬間を、ヴァイパーはひとつしかない目だからこそそらさずに。
そこですべてが瓦解するのだからとすべてを焼きつける心積もりで彼女を視線で射抜いた。
闇に生きるものの手で命長らえている自分が天使様に恋をしたなど、あつかましいにもほどがある。
身の程知らずにもほどがある。
ことあるごとに先のない男の苦痛を和らげ捨てたはずの感情を彼の手に戻した罪作りな存在は、所詮どう足掻こうと手の届かない存在でしかない。
奪うどころか彼女のお慈悲にすがることすら許されない関係。自分にその資格などないことぐらいわかっていたはずなのに、からかうつもりで取り込まれてしまった。
愛した女を裏切り引き裂く役目を負わされたなんて、小悪党に似合いの末路。
夢見ることすら許されないほどの大それたたくらみに与した自分自身への因果としか言いようがない。
 ヴァイパーは無明とも言えそうな闇の中深く思案に沈んでも支障はない。教皇庁は隠し場所の入り口の隠蔽によほど自信があるのだろうか、素直なことに秘宝眠る場への通路は一旦入ってしまえば迷うことなどないほどの一本道だった。
それに――――ヴァイパーの懐の中で、奥のモノと共鳴する悪魔のカードが震え続けるみたい。
禍々しい力を秘めたヴァイパーのターコイズブルーのカードは何かと共鳴するかのように当座の所持者の耳に耳鳴りを響かせている。

 それは、闇の中で、確かに息づいていた。

 教皇候補ロクスを搦め手で攻め術中にはめて教皇庁の中に息づく闇のありかを吐かせた。
彼の言葉のとおりに存在した地下に通じる扉を開いただけで、押し潰されそうなほどの圧迫感が襲ってきた。
しかしそれを手にするためだけに生かされているヴァイパーは、圧迫感を感じてもさしたる影響は感じなくて、足音を殺してもむやみに響く闇の中どこまで潜るかすらわからぬほど深い階段を、聖堂から拝借した燭台を片手にゆっくりと降りてゆく。
 足音がやけに響く。規則正しく響くそれがまるで時を刻む振り子のようで、今にも飲まれそうな弱い灯りと単調な音しかない闇の中、彼は当然無言のままで。
考えても詮無い底なしの物思いに沈む。
催眠術に陥った生気のない教皇候補の紫の目と、その向こうで生気にあふれていた彼の天使様の青い瞳が、ヴァイパーのひとつしかない目が捉えた最後の色だった。
あとは誇張ではなく世界が色をなくしたみたいになにもかもが空々しくどうでもよくなってしまった。
信じてしまった男に裏切られ陥れられ毒蛇が牙を剥く様を、己の勇者が目の前で屈服させられた様子を見たあどけない天使様が、ヴァイパーに最後に見せた表情ばかりが彼の中で繰り返される。
 悲しませて憎まれて、関係は破綻した。なにもかもに唾を吐き呪い破滅を渇望する男だった自分が今さら人並みの感情を取り戻したことが間違いだったと、頭の中では一応の理解を示している。
手に入るはずもなく壊すより他はない衝動を抱え続ける自分に言い聞かせ続けている。
 変に綺麗な思い出とやらになり彼女の中に残るより、憎まれて破綻する方がいい。教皇候補ロクス=ラス=フロレスと「毒蛇」ことクラレンス=ランゲラックは天使の勇者と悪魔の手先、どちらかが破滅するまで牙を剥き続けるしかない。
自分も優しい天使様のお慈悲にすがって生きられる存在ではないことぐらいわかっているから、ヴァイパーは憎まれて破綻した関係に満足していた。
 どれほど囚われようと、引力が強ければ強いほど、どうか蛇蝎のごとく嫌って躊躇なく止めを刺して欲しいと自分に向けた破滅の望みは強くなる。すべての破壊を望むものが最後に壊すのは、当然自分自身。

 悪魔とやらに命を奪われるくらいなら、愛しい女の手で息の根を止めて欲しい。
かなわぬ望みは百も承知。

 かび臭い風が吹き抜けて、燭台の炎が大きく揺れた。わずかな空気の動きもこの闇の中では大きな変化で、ヴァイパーが思案の淵から一瞬で浮上し風が吹いてきた方向を見る。
その先には、まだ続いている通路。灯りを吸い込む底なしの闇。
それでも目的のものがまだ手にできない以上進むしかないヴァイパーがしばらく歩くと、突然闇の中で呼吸するかのような圧迫感に襲われた。
 目の前にあるのは、重厚な扉。それにはかなり大掛かりな魔方陣が描かれている。
それを目にした瞬間、ヴァイパーは背中に寒いものを感じ圧迫感は彼から脂汗を搾り出した。誰に教わるでもなくてもそれが封印のしるしだと察することが出来るほど、この場所、そしてその向こうからあふれ続ける瘴気と言う名の圧迫感は尋常なものではない。
けれど――――ヴァイパーは無表情で、白い手袋に包まれた利き手を魔方陣に近づけ、夜光虫のような気持ち悪い青白い光を放つ掌で、魔方陣に触れた。
 ガラス細工がいくつも破裂するような鋭い破裂音が響き、扉が忽然と姿を消した。
ゆっくりと手を下ろしたヴァイパーの手に、いつの間にか彼のターコイズブルーのカードが握られていた。それは彼の武器、悪魔の息吹が吹き込まれ強烈な闇の力を内包している。
聖なる封印と正反対の力をぶつけ、彼は扉を、教皇庁が施した封印を破壊した。
一介の不良に過ぎなかった彼が教皇候補などという力ある男に相対するために渡された武器は人知を超えた強大な力の代償に持つものを侵食するのだけれど、ヴァイパーは命を侵食されてはいるが精神は彼のままでいる。
……だから、残酷にも天使様に恋をした。そして当然関係は破綻して舞台の上の寸劇、アドリブはそこで終わり。当初の筋書き通りそれぞれの役を演じ続ける。
ヴァイパーは「天使の勇者を陥れる悪魔の手先」を演じるべく本来の役目へと戻りこうしてここにいる。扉の向こうは炎さえかき消されそうな、さらに深い無明の闇だけど、どこにそれがあるか、手に取るようにわかる。
灯りは必要ないほどにそれがヴァイパーに語りかけてくるかのよう。
 再び足音が、先ほどよりゆるい調子で闇に響く。頼りない灯りに照らされるヴァイパーの表情に、感情はない。
 そしてほどなく「それ」は現れた。
地中の闇がすべてそれから生まれ出でているかのような錯覚を与える、遊色が美しい宝玉。それはかつて地に落とされ封じられた存在の魂のかけら。1000年の間息絶えることもなく薄れることもなく霧散することもなく縛られ続ける魂のかけら。
限られたものしか触れられないそれに、ヴァイパーは躊躇なく手を伸ばす。意外にも手にしたそれは重さを感じさせぬほどに軽く、あれほど大きかった圧迫感も嘘のように消えてしまった。
長身の男にふさわしい手に抱えられても大きさを感じさせるほどの質量、しかしそれに見合った重量感は感じない。もっと劇的に何か……不幸や痛みの類に襲われるとばかり思い続けていた、顔に出さなくても身構えていたヴァイパーだったが、手にした途端感じた占い師の水晶球のような手軽さに正直拍子抜けしそうだった。
しかしのんびりしていては誰が来るかわからなくて、ここでぼんやりしている余裕などないことを思い出しそれを手早く用意していた皮袋に無造作に詰めて顔を上げる。
恐怖に麻痺してしまった己の諦念を利用して夜中に忍び込んだけれど、聖なる城は祈ってばかりではないことぐらいわかっている。見つかれば侵入者と発見者の間でひと悶着あって当たり前だから、ヴァイパーは逃げおおせるまでが仕事、と圧迫感の消え失せたそこに背を向けた。
彼が持参した皮袋は、謀略の中心である魔女殿が用意した曰くつきの代物だから、人ごみにまぎれてしまいさえすれば後はどうとでもなる。
まずは逃げることが先決。



 翌朝、教皇庁は未曾有の事態に震撼する。
1000年もの間封印されていた悪魔の魂を封じた宝玉が、何者かの手によって盗まれた。
封印の間に続く地下への扉の前に大量の血痕が残されていたけれど、それ以外の痕跡は何もない。しかし確かに聖なる封印は破壊され「魔石」は盗まれた。
――――教皇庁の存在意義が、根幹から揺らぐ。


                          10   11   12   13   14   エピローグ   あとがき
intermezzo:sotto voce       
アンケート(別窓):   ヴァイパーED後話はあり?なし?  次に攻略してほしいセヴン

2008/12/02