■□ 裏切り □■ ― intermezzo:sotto voce(4) ―
ヴァイパー
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intermezzo:sotto voce       
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 今夜の月明かりは青白かった。
気持ちが落ち着いたら、今夜が満月だったことに気がついた。裸の腕に絡みつく日差し色の髪の感触を愛しく思いながら、クラレンスは疲れきった様子で目を閉じているシルマリルの穏やかな呼吸を腕で感じている。
男の裸の片腕を枕に目を閉じている表情は先ほどまでの焼けるような濃密な時間などまるで嘘のようですらあるのだけれど、クラレンスは先ほど自らぬぐった血と白濁液の感触を忘れてはいない。
 自分はこの小さな体を女として扱い容赦なく3度も抱いた。3度放出したのにまだ物足りないほど。
最初はさすがに大きな男を打ち込まれ、愛する男に抱かれる快楽と太い肉の棒を男も知らぬ未通女の体に受け入れ引き裂かれる痛みの両方を味わい泣いていたけれど、幼い女は愛するろくでなしの肌の感触に男の熱に酔わされて、自分にぶつけられる男の欲望すべてを愛らしく従順に受け入れた。
小さな体で大柄の部類に入るだろう自分の男を受け入れ耐え切った芯の強さはかつての天使シルマリルの強い名残というより彼女の性格だったらしい、クラレンスはその忍耐力に懐かしさすら感じて、ろくでなしの世捨て人だった自分が変わってしまった現実を痛感する。
 この女のもたらす変化と刺激とわずかな屈辱がどういうことか心地よくすらある。
同時に少し申し訳ないのが、年を数える時間ほど女を抱かなかったことですっかり忘れてしまっていたこと。もちろん経験がない、または浅い男から比べれば本能的な部分で長じていてその点は優しくしてやれたとは思う。しかし、今までで一番大事にしてやりたいと思った女なのに、途中から手加減ができなくなったり節操なく溺れたりと、思い出すだけで屈辱的ですらある。
屈辱的な敗北、なのにこの娘のやわらかさと来たら抗えるようなものではなかった。吸いつくような肌の、やわらかい感触の飛び切りの美少女が、ひたすらに己の名を呼び恋しがりその貞操すら捧げたのだから、並の男どころかそれ以下のろくでなしと自分を卑下しているクラレンスには決定打になった。
こんな極上の女などどこにでもいるはずもないのに、彼女はただひとり、己だけを男と認め、すべてを、命すらも差し出しそうなほど恋い慕っている。
これが今までの火遊びのつけならば、確かに神様はいると言うことになるだろう。ろくでなしに気に入られてしまった少女たちのはじめてを弄び楽しみありがたくいただいた刹那の享楽のつけが彼女のはじめてを傷つけることで現れたのなら、反省しなければならないことだらけどころか今までの時間すべてが懺悔の対象になりそう。
……そう、己は到底彼女に、元天使様だった女となど釣り合おうはずもないけちな博打うち。この人界の中でも底辺付近、地べたを這いずり生きていた。
病を得た後も、虫けらは虫けららしく地べたを舐めて塵のようになるよりほかの道などないとばかり思っていた。
そんな自分が極上の女を手に入れてしまったからクラレンスは日々落ち着かない。けれど確かに自分もこの女が愛しくて大事で仕方がない。
かつて天使だったシルマリルが人間を愛してしまい純白の翼を手放してでも添い遂げたいと望み、今でも戸惑い続けるのと同じに、クラレンスも不意に手にした小さな星を手放せなくなりけれど性根はすっかり歪んでしまいこの純粋な少女にどう触れればいいのかわからなくて途方にくれていた。
「……クラレンス、眠れないのですか?」
 普段の彼なら億尾にも出さないような優しい眼差しで目を閉じた愛らしい顔を眺めていたら、不意にあの品のあるか細い声が聞こえ、シルマリルがゆっくりと目を開きすぐそこにあったクラレンスの顔を見た。まさに不意打ちで思わずビクンと身じろいでしまったクラレンスを不思議に思いながらも、彼女はわずかにできた視線の距離を詰める代わりに汗の残る胸板に擦り寄った。
 日差し色の腰のない髪と蒼い瞳、情交の余韻、クラレンスが教えた快楽の残り火で丸い頬はほんのり染まっている。彼女と同じに従順な美しい髪が細く筋張った男の腕に従っている様子は男の征服欲と嗜虐心をくすぐるのだけれど、クラレンスはそれを堪え続ける。
けれど、どこか冒し難い高潔な印象を与える天使だった少女が一人前に男に甘え擦り寄った様子に徹底的に抗うのは無理で、完璧な敗北を感じたクラレンスが生来の諦めのよさを見せ彼女の枕になっている腕を曲げ大きな手で細い髪をそっと抱いた。極上の女のこんな姿を独占できる自分と言う今の境遇が、今まで味わったどの勝利の味より美味に感じるから、自分自身おそらく死ぬまで勝ち負けに振り回されるのだろうなんて詮無いことを考えるけど、もちろん口に出すわけなどない。
その中でもシルマリルと言う女は文字通り特別、名うての博打うちがどう足掻いても泣いても喚いても勝ち目のない存在。それは彼女の立場や種族がどれほど変わろうと変化しない本質らしい。
かつて背に純白の翼を持っていたから、人間より上の存在だったから勝ち目がないと言うのは言い訳にすらならなくなった。
「悪い、痛かったろう?」
 か細い問いかけには答えず、クラレンスは肌の感触で答える。手のひらで小さな頭を撫でるとシルマリルは裸の胸に擦り寄り自ら白い脚をクラレンスの脚にそっと絡めてきた。彼女ほど純粋な存在でも惚れた男は欲しいらしいしおねだりの仕草は一人前で、クラレンスはまた誘惑に負けそうになる。
「……少しだけ。でもむしろ切なかった…………。」
「切ない、ね。俺はこのとおりがさつだからそういうのはわかんねえが、苦しそうだったのがどうにも申し訳ない。」
「いいえ、……はじめてがあなたでよかった……。」
「おいおい、そのくらいにしてくれよ。処女に無理させたくなくて切り上げたのに仕切り直させるつもりか?」
 そんなクラレンスのくだらない葛藤を知っているのかいないのか、シルマリルは誘惑の波状攻撃で無意識に畳み掛ける。
押されながらもそう口に出しているのは牽制ではなく本心で、かつては言いくるめ好き勝手やってきた男なのに、かつての彼を知っている者が見れば笑いが止まらないほど別人のようですらある。最中も小さな体は壊れてしまいそうでふるえる様が痛々しいほどだったから、自分が少し我慢して少しずつ仕込めれば御の字、なんて思惑を胸にクラレンスはやわらかな髪にそっと口づけを落とした、けれど――――
 クラレンスの胸板に豊満な乳房を押しつけながら。シルマリルが一人前に妖艶な笑みを見せる。
「あなたが私に命をくれると言ったのと同じに、私を好きにしてください。
 恥ずかしいけど……あなたになら壊されても」
 その言葉は最後まで紡がれない。クラレンスの指が唇に触れてシルマリルが我に返り頬を染め、羞恥心で真っ赤になってしまった少女の髪に男がもう一度口づける。

「壊れちまったらそこで終わるじゃねえか。こうなったら死んでも手放さねえよ。」

 そして今度は唇に触れ、少しだけ絡みついた白い脚を再び割り大柄な体躯が覆いかぶさり少女の丸い体を月明かりから隠してしまう。
 けちな博打うちは小娘にまた負かされた。月明かりの海の中に濡れた音がまた満たされる。
持ち前の飄々とした口調で聞かされた珍しい彼の本音に、睦言に慣れてないシルマリルが一瞬惚け、しばらく後に感激の笑顔をこぼしたのは仕方ないのかもしれない。
気持ちが先走る少女は再び挑みかかってきた男を拒むはずなく欲しがられるまま欲しがるまま溺れるばかり。
人間の汚れた快楽かもしれない。けれど天使様はそれで満たされる人間の心を少しずつ確かめる。
また打ち込まれた男の熱に甘えた声を返しながら、別の体温をかき抱きながら人間の体を確かめる。
理詰めでは表せないものを積み重ねてそれを見直しシルマリルはひとり微笑み満たされる。



「……歩けるって言ったのに。」
 明けて次の朝。クラレンスとシルマリルは馬車に揺られ次の町を目指していた。
「怪我でも病気でもないんですから、馬車でなくても……しかも乗り合いじゃなく個室なんて」
「なんだ、今日は文句が多いな。いらついてるのか?」
「お金を大事にしましょうって言いたいだけです。」
「不自由しねえくらいは持ってるって知ってるだろうが。お前は気にしなくても」
「お金は使い続ければいつかなくなります。そのくらい私でもわかってます。」
 轍が延びるのに合わせ車輪が大きな音を刻み続ける中、たったふたりの口喧嘩が混じる。
「……女房みたいな口ぶりだな。お前、意外としみったれか?」
「クラレンスにお金の感覚がないだけです!」
 クラレンスは小窓の桟に頬杖を突きながら、珍しく少しだけ声を荒げたシルマリルの言葉にため息をついた。言われるとおりそこそこ勝てる博打うちならではというか、普通に働いても手にできない金を手にし続けたせいで金銭感覚は崩壊していてシルマリルの心配はある意味当然で、けれどあまりにも率直にぶつけられて珍しく憮然とした様子を隠さずに口を閉ざす。
「とにかく、私、薬草の知識なら自信がありますから、それを役立てられそうな伝を探します」
「くだらないこと考えなくてもいいって。お前とふたりならどうやってでも生きていけるって何度言ったか」
「誰かを不幸にしたお金で私を幸せにすると言うつもりですか!?」
 あまりにも他愛ない口論の最中、シルマリルがクラレンスに痛すぎる現実を刃のように彼の胸に突き立てる。考えるまでもない正論を口にしている女相手にのらりくらりとかわすばかりの博打うちの言い逃れが通じるはずなどない、あの口が達者な「毒蛇」が小娘の舌先三寸にまた負かされて口を閉ざす。
惚れた弱みもあるし、なによりクラレンスはこの分け隔てない慈しみの心に救われたのだから逆らえるはずもない。
正論を口にし真っ直ぐに見つめる蒼い瞳がまぶしすぎるから、クラレンスはなかなか視線を合わせられず、離れられず。
けれどシルマリルは時に理屈抜きでクラレンスを大事に思う気持ちをぶつけてくるから始末に終えない。
「……軽く考えてるわけじゃないよ。でも俺にはたいした能はないし」
「あなたは機を見るに敏です、その証拠に、私たちを何度も出し抜いたじゃありませんか。
 それが生かせる機会がきっとあります。それを待つ間、私もできることをやりますから。」
「……買いかぶりだ。俺はけちな博打うちに過ぎない。」
 そして、クラレンスは膝を折り丸裸にされる。
思い返せばシルマリルに虚勢や嘘が通じたことはなくて、嘘が通じる相手ではないことはクラレンス自身本能に近い直感で感じていたから煙に巻くより他はなかった。
見透かされているような揺らぎを常に感じていた。
それは思い過ごしなどではない、シルマリルには嘘が通じないことを痛感させられたのは、皮肉にも彼女の虜になった後だった。
 強がることもできず虚勢すら張れずにクラレンスは鼻だけでため息をつきシルマリルから視線をはずして薄暗い床を見つめるけれど、シルマリルは真っ直ぐにクラレンスを見つめ続ける。
たおやかでか弱い女の姿を持ちながらの豪胆さと芯の強さにクラレンスはやられてしまった。
「かつてはどうであれ、今の私はただの小娘に過ぎません。
 ですから、ふたりで生きていきましょう?
 私はあなたのそばにいられればそれで充分です。あなたのそばにいるためなら何でもやります。
 だからクラレンス」
「あーあ、負けだ、負け。もうお手上げだ。
 こりゃ素直に尻にしかれるしかないじゃないか……まさかこんな切れる女だとは、な。」
 とうとう「毒蛇」が勝負を投げた。クラレンスは大きく頭を振りことさら大きなため息をついた。
シルマリルは言い過ぎた自分を理解していて少しだけしょげた様子でやっと口を閉ざしたけれど、ため息をついた後のクラレンスはどういうことか微笑んですらいた。
「わかった、この馬車をラストにつましい暮らしってヤツを考える。
 少しは甲斐性見せないとな。」
 肝の据わった、腹をくくった女は時に頼りないお嬢様を逞しい女に変貌させる。シルマリルの覚悟はとうの昔に備わっていたのだから、彼女が揺らぐのはあくまでもクラレンスの関心をどう引けばいいのか戸惑う時だけ。
その落差がどうにも可愛いから男は勘違いするけれど――――

「そうだな。俺たちはお互いふたりで生きてこうって約束したんだっけ。」

 クラレンスは気分転換するかのように笑いなおし、脚も組み直しようやくシルマリルに視線を合わせた。つまらないほど簡単なことを思い出しただけでシルマリルの表情は晴れやかに変わる。
大人は時につまらないことに囚われて本質を見失うけれど、クラレンスにはシルマリルの素直さが何者にも代えがたい救いでもある。
「やれやれ、ヴァイパーも本格的な年貢の納め時、ってか?
 ま、ろくでなしから足を洗う理由としては上等すぎる。
 しかし本当、苦労させるな……シルマリル。」
「あなたと一緒にいられるのなら苦労なんかじゃありません。
 人間は誰でも生きてゆくためになにかしら働くものじゃありませんか。」
「正論だ。」
 クラレンスは頬杖をつきなおしシルマリルからまた視線をはずして窓の向こうを眺めやる。
流れてゆく景色というものはかつてとさほど変わりないはずなのに、間違いなく自分が生きていた世界のはずなのに、たったひとりの女が舞い降りたことで驚くほど鮮やかに彩られた。
ふたつ目が揃っていた頃に色褪せていた世界なのに、ひとつしか見えない左目が痛いほどにこの世界は鮮やかに姿を変えた。
その中心にはいつも――――
「?」
 今でも純白の翼を背負う小さな少女がいる。

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2009/03/08