薄暗く湿った塔の中に荒い息遣いが響いている。
 時折混じる悲鳴は甲高く、まだ幼い響きが宿っていた。

「い────やっぁ──…………」
 湿った粘膜の擦れ合う音。壮年の男の忙しない呼吸。

 組み敷かれているのはまだ八、九歳程度の美しい少年だった。
 全裸でなければ、美少女に見間違う事は必至だ。長い白金髪を振り乱し、自分の何倍かはあろうかという巨体に弄ばれている。
 少年の秘所は雄根を受け入れて色を無くしている。
 中の方では受け入れ切れず張り裂けたのだろう。鮮血が痛々しかった。
 その潤いも借りて、抽送は激しくなるばかりだ。

「っあ……!」
「貴様!」
 突然、男が少年の髪を掴んで頭を引き上げさせた。

「痛っ」
「何度言ったら分かる!狭いのだから締めるな!」
「は、はい…………」

 一刻も早く解放して貰いたく、少年は何度も首を縦に振った。
 しかし、怒声に身が竦んだ侭、言われる様に力を抜く事が出来ない。

 平手が少年の頬に飛んだ。
 抵抗も出来ず堅い寝台に叩きつけられる。何度も繰り返し叩かれるうち、少年の身体は弛緩した。気を失ったらしい。
 男は舌打ちをして蕾から己のものを引き抜き、更に強く少年を殴り付けた。
 そして、また髪を掴んで引き起こす。

「っ……」
「起きないか。もっと儂を楽しませろ」
「……っ…………は……い」
 虚ろな瞳。
 少年は震える腕で身体を起こし、男の股間に顔を埋めた。

「うん……なかなか上手いぞ」
 艶やかな髪を撫でる様にしながら頭を押さえ、更に深く銜えさせる。
「んっ……ぅ……」
「そう……いい子だ」
 男の身体が一瞬大きく震え、少年の喉の奥を熱い迸りが勢いよく打つ。

 今までの経験から、少年は吐き出す事が出来なかった。無理矢理に飲み込む。
 吐き出せば、先程などとは比べ者にならぬ程の暴力を受ける事になる。
 それを思えばまだ耐えられた。
 しかし、僅かに飲み込みきれなかった分が口の端を伝う。
 少年は男に見つからぬよう、慌てて手の甲で拭い取った。

「この国は幸いだな。お前の様な子を持って」
「…………」
「王も幸せであろうな」
 返す言葉もない。少年は荒い息を整える様に俯いている。
「帰るぞ」
「はい」
 男の着替えを手伝い、部屋の入り口まで見送る。

 男が去った後、少年はその場に崩れる様に蹲った。
 先程までの所業を考えれば当然であったろう。

「ルシェラ様……」
「……大丈夫です……」
 物陰から一人の若い男が現れる。軽鎧を身に着けている。兵士らしい。
 しかし、差し伸べられた手を撥ね退け、少年は蹌踉めきながら立ち上がった。

「大丈夫…………」


 ティーア・ノーヴ王国。ハルサ歴二九九五年。
 世界にも国内にも大きな動きはなかった。しかし、歪みはそこかしこに見える。
 それを統合するのがこの地、国都ティーアであった。

 ティーア国王、セファン二六世には二人の息子がいた。
 一人は国内有数の大貴族の令嬢にして現在の正妃であるナーガラーゼを母とするフェリス。
 もう一人は、隣国アーサラ・レンナ王国の王女シルヴィーナを母とするルシェラ。
 しかしルシェラの母は既に亡く、その存在は宙に浮いて、ルシェラは公的な場にでさえ姿を現す事はなかった。


 大丈夫だとは言いつつも、結局ルシェラは手を借りて湯を使った。流石に汗や粘液に塗れた身体の侭ではいられない。
 ただ二人無言の侭、身体を清められる。この国の習慣では大きな器に湯を張って身体を浸す。
 しかし、何度かルシェラが体調を壊した事がある為、繰り返し温かい湯に浸した布で体を拭くだけだ。室内の気温にもゆっくりと身体を慣らす。
 気温の僅かな高低も酷く響く様だった。

「っ」
 急にルシェラが身動ぐ。
「痛みますか?」
「い……いいえ……」
 痣になった頬や口元に触れられ、ルシェラは身体を強張らせた。

「お口の中も、切ってしまわれた様ですが」
「大丈夫です。何でもありません」
 整い切った顔立ちに痣が痛々しい。美しいが故に、凄惨さが増した。

 しかしルシェラには特殊な力がある。
 この傷も、翌日になると何故か癒えていた。
 それを気味悪がられ、また殴られる。
 そう思うと、ルシェラは陰鬱な面持ちにならざるを得なかった。

「我慢はなさいませんよう」
「大丈夫です……わたくしはもう構いませんから……下がって下さい」
「私も仕事ですので。ルシェラ様がお眠りになられるまでは、下がる事はできません」
「…………勝手にして下さい」

 兵士を突き放す様にして湯殿から出る。しかし、直ぐに目眩を起こして倒れ掛けた。そこを抱き留められる。
 ルシェラは唇を噛んだ。

「寝台までお運び致します。よろしいですね」
「……はい」
 大きな布で身体を拭かれ、寝間着を着せられて寝台に横たえられる。
「それではゆっくりとお休み下さい。また明日参ります」
「……ご苦労でした」

 ルシェラは小さく溜息を吐くと、ゆっくりと目を閉じた。
 直ぐに睡魔が訪れる。
 疲れ切った身体には、嫌な記憶しかない堅い寝台でも、ないより良かった。風呂の間に敷布などは取り替えられている。
 男の匂いも残っていない。

「くそっ」
 兵士はルシェラの部屋から退出し、直ぐに強く石壁を殴り付けた。
「ルシェラ様……」

 あの様に年端も行かぬ子供が男に身体を提供するなどという事に、彼は反対だった。
 しかし、下級兵士の身に発言権などない。
 遙か上の命で、ルシェラの監視と、食事を運ぶという任務を遂行するというだけが彼の為すべき事だ。
 彼は、この仕事のお陰で他の同身分の兵士達よりは遙かに良い給与を受けている。
 仮にも王子である者が王の意志ではなく塔の一室で暮らしている事や、あの様な淫らな行為を強要されているという事を口外しない代わりに。

 ここに来た初めの晩、これもまた命令で、彼は一度だけルシェラを抱いた。
 あの男達を責める事はできない。
 しかし、自分は手を挙げたりなどしない。あの美しい顔を傷付ける事などできない。
 命令でなければ、犯す事も出来なかっただろう。
 自分の様な者にも感じられる神々しささえ、ルシェラには感じられた。

 客として来る男達は殆どが外交官や他国の重鎮。
 ルシェラが耐えている意味が分からぬ訳ではないが、それでも兵士には許せなかった。

 聡明で、他国の客とも九つという歳で淀みなく会話をこなせる。
 その美貌は今からながら末恐ろしい程だし、大人である自分が気圧される程の気品も威厳もある。
 その上、どうやらずっと前から同じ生活が続いていた様子であるにも拘わらず、穢れているといった印象は全くなく、寧ろ清浄だった。

 年齢も性別も超え、兵士はルシェラに許されぬ懸想をしていたのかも知れない。ただ、護りたいという思いばかりが膨らんでいた。

「俺に何が出来る……」


作 水鏡透瀏

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