その日、ルシェラは体調が優れないことも半ば忘れて、妙に嬉しげに髪や衣服を整えていた。
 寝室ではなく、階下の書庫には今ダグヌとエイルの手によって応接用の机や椅子が設えられている。
 ルシェラは念入りに支度を整え、人待ち顔に通信筒をちらちらと何度も確認していた。

「兄上、そう落ち着かなげになさいますな」
 セファンに声を掛けられ、一瞬にしてるシェラの顔から甘やかなものが失せる。
 ダグヌとエイルが外している為、ルシェラの身の回りの用を足す為にセファンが来ていた。
 まだ昼間だというのに暇なことだが、それなりの理由はある。
 今日の客は五古国のうちの一つ、ラーセルムの駐ティーア大使だった。
 他の国々と五古国では扱いが違う。
 ティーアが一番の大国だとはいえ、格は同等である。
 五古国から見れば、その他の国は発展途上の国でしかない。
 格も歴史の深さも同等であれば、優遇するしかなかった。

 大使といえども、五古国間の大使はそれぞれ王家の血を引く者であるし、国を代表して派遣されている以上国王代理として扱われる。
 粗相をするわけにはいかない。
 国交は正常であるし、アーサラを挟んで親戚の間柄にもあるが、それが故に余計、非礼も許されない。

「それほど、グイタディバンド卿にお会いになるのが楽しみなのですか? あの男は余程に良いものをお持ちらしい」
 蔑む様に吐き捨てる。
「……あの方は……わたくしに劣情を抱いたりなどなさいません……」
 ルシェラは一瞬睨むような視線をセファンに向けたが、それはすぐに力無い光に取って代わられた。
 最早、逆らう程の気概はない。
「それならば尚のこと。この様なところでいくらめかし込んでも……仕方がないことをお分かりにならないのでしょうな」
「五古国の公使を不快にさせるわけには参りません」
「もうそこまで来ている。これ以上は無駄でしょう。それより、」
「……?」

「貴方は少しお考えが甘過ぎる様だ。貴方は確かに美しいが、ただそれだけで万人が貴方を愛するわけではない。賞賛されたからと言って、それが相手の本心だとも限らない」
「それは、当然のことです……」
「めかし込んでしなを作った所で、それを喜ぶ者ばかりではない。卿は、どちらでしょうな」
 冷たい視線でルシェラをじっくり眺め、鼻で笑う。
 ルシェラは髪を梳る櫛を止めて俯いた。
 セファンの言葉に身が竦み、動けなくなる。

 男同士の関係が背徳的なものであるという認識はある。
 万人がそれを受け入れるわけではないと言うことも、想像に難くはない。
 ラーセルムの大使はルシェラに随分と優しく接してくれる者の一人だから、ルシェラも機嫌良く用意を調えていたが、セファンの言う通り、それが表面上だけのものではないという確信はなかった。
 今までに幾度か見(まみ)えているが、大使はルシェラに殆ど触れる事はなかった。

 瞬時に萎れたルシェラの様子に、セファンの嗜虐心が頭を擡げる。
 ルシェラが関心を示すのは自分一人で十分なのだ。
 それをもっと、教えなくてはならない。
「関心がないから、ただ優しくできるのです。貴方に関心があるなら、貴方に触れたくなる……こうして」
 ぐっと抱き寄せる。
 ルシェラの尻が半ば椅子から浮いた。
 セファンの腕に支えられる。
 弾みで、櫛が手から落ちた。
「しっかり持っていらっしゃい。集中力が足りないようですな」

 ルシェラを片腕で抱き込みながら、もう片手で櫛を拾い上げる。
「貴方を愛しているのは、誰です?」
 耳元で低く囁く。
 これにルシェラが弱いことを熟知していた。
 ルシェラはふわふわと夢中にいる様な心地で応える。
「……貴方です、セファン…………」
「その通りです。兄上。これ以上のお支度は無用だ。大使など、適当にあしらえばよい」
 櫛を目の前の台に起き、セファンはルシェラの身体に手を這わせる。
 ルシェラの頤が仰け反り、皓い喉が晒される。

「貴方は客を殺した。ご存じですか。貴方のご希望通り大きな戦にはならなかったが、デュベールの国民はますます我がティーアに反感を抱いたらしい。ベルディストで大規模な蜂起が起こったようですよ。貴方の所為で」
 不愉快そうに言うや、セファンはルシェラの腕を掴み、後ろ手に捻りあげた。
「っあ!!」
 耳穴を舐め舐られ、ルシェラは首を緩く振る。
「貴方は学ばなくてはならないのです。貴方に触れるものは、貴方を愛するもの。貴方に触れぬものは貴方を愛さぬもの。貴方は、貴方を愛する者を手に掛けたのです。この様な事が二度と起こらないよう……」
 くちゅり、と耳の側で濡れた音が立つ。
 ルシェラは全身を小刻みに震わせ、セファンに身体を預けた。
 悪寒とも判別の付かない震えが、身体を支配している。

「学ぶのです。貴方が生きる場所は、この私の手の内しかないのだから」
 細い両腕を片手で押さえ、空いた手が尻の狭間を弄っている。
 服の中に入り込み、孔に指が引っかかる。
「っ、あ……」
 潤いもないそこへ、指が差し入れられる。
「い……た…………」
「貴方は少し集中力を養った方がよいでしょうな」
「…………は……い…………」
 淡く潤みを帯びた瞳がセファンに向けられる。
 それはぞくりとする程の色香を放っていたが、セファンは無表情で行為を続けた。
 指が離れ、しかし直ぐに、指ではない何か冷たく異質なものがあてがわれる。
「ひ、っ……ぁ!!」
 圧し開かれる。
 半端ない治癒力を持つルシェラのそこは、決して緩んで元に戻らなくなるなどということはなくルシェラを苦しめる。

「大使が帰るまで、悟られてはならない。お分かりですね。悟られたら、五古国議会にかけられる。国家間の諍いにもなりかねない」
「なら……っ!!」
「集中と自制ですよ、兄上。それを貴方に教えて差し上げようというのだ。何か、不満でもおありですか?」
 根を戒められたままの茎の先端を指先で弾く。
 思わず孔を締め、差し入れられたものをまざまざと感じる。
「ぁ、ぁ……はっ…………」
 小振りではあるが、端に近い辺りがひどく細くくびれている張り型だ。
 くびれと後庭の入り口とが合わさると、抜け落ちないように出来ている。
 張り型にはルシェラの身体に合わせて微妙な凹凸が付けられ、みっちりと中を埋める。

 ルシェラは肩を震わせながらセファンに縋り付いた。
 唯一の男の証である肉茎を戒められてから数日経っている。
 煽られてははぐらかされる、その繰り返しだ。
 昂ぶらぬようにと自律しようにも、開発され尽くした身体は言うことを聞かない。
 我を亡くす程の境地には達さないが、それでも、心が逃れる術を覚えてしまっている。
 従ってしまえばよいのだ、と。
 しかし、従ったところで解放は迎えられず、ただ気死を迎えるだけだ。

「大使に悟られてはならぬ。悟られた場合には、籠絡し、口を噤む様にしてのけるしかない。お分かりですな」
 呪文のように繰り返す。
 ルシェラは逆らうことなど思いもよらず、ただ必死で頷いた。
 その様子にセファンは深い笑みを洩らす。
 身体だけではなく、心も最早掌中にあると思うと、楽しくて仕方がない。
 ルシェラの全てが欲しかった。
 それが、着実に実を結びつつある。

 ルシェラを正しく座り直させ、櫛を取り上げ髪に通した。
 もう既に十分梳かれている。
 滑らかな金の糸は歯の間からさらさらと零れ落ちた。
 座ることで尚のこと奥まった場所を突かれ、細い肩が震える。
 感触を楽しんでいると、呼び鈴が鳴った。
「どうした」
『ラーセルム王国駐ティーア大使グイタディバンド卿がお見えになりました』
「分かった。通せ。兄上を連れて行く」
 応えて直ぐに、ルシェラの身体が宙に浮く。
「しっかりと掴まっておいでなさい」
「…………はい…………」

 触れる髪からとてもよい香りがする。
 落とされないようにしっかりと縋ってくる華奢な手が、堪らない嗜虐欲をそそる。
 セファンはここで直ぐ様貫きたくなる衝動を堪え、ルシェラを用意された書庫へと運んで行った。


作 水鏡透瀏

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