「……殿下」
 震えたまま真面に足も立たないルシェラを不審に思い、エイルが囁く。
「いかがなさいました。大使の前です、どうぞお確かに」
 微かに頷くが身動きが取れない。
 じわりじわりと含んだ張り型から何かが染み出ているかの様に、辛さが増してくる。
 体勢を変える度に中でごろごろと動きそれが矢鱈な刺激とはなっていたが、ここに来てそれが耐え難いほどのものになってきている。
「……申し訳……ありません…………眩暈が……」

 肩で息を継ぎながら、エイルから僅かに身体を離す。
 今度は前のめりに倒れかけ、グイタディバイドに抱き止められた。
 グイタディバイドは身を屈め、そっとルシェラを床に座らせる。
「…………もうし……わけ…………」
「それほどにお具合が宜しくないのなら、どうぞお部屋にお戻り下さい」
「いいえ!!」
 グイタディバイドに縋る手に自然力が篭る。
 目元が紅く染まり、潤んだ瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
 目元だけではない。色の悪い頬や痩せ細った身体も微紅を刷いて艶めいていた。

「殿下……」
 まさか、という思いが頭を掠める。
 ただ病に苦しんでいる様子ではないように見えた。
 何度も篤い状態の時に見舞いをしている。
 その時には血の気のないものは血の気のないまま、余程の時には唇や指先が青紫色に染まっていた程だというのに。

「殿下……失礼致します」
「やっ、ぁ、」
「大使、何をなさいます!?」
 グイタディバイドの手が、ルシェラの下穿きの中に入り込んだ。
 ダグヌにもエイルにも止める間はない。
 ルシェラも、僅かに身を捩る事しか出来なかった。

 ルシェラの背を撫でて宥めながら、手を更に奥へと差し入れる。
 指先に異質なものが当たった。
 立ち上がって露を零すものの根を戒めるもの。
「っ、ふ……ぁ……」
「……これは」
 眉が顰められる。
 軽く状態を確かめると、今度は尻の方へ手を遣る。
「や、っ……だ……め…………」
「…………」
 グイタディバイドは苦虫を何匹も噛み潰したかのような表情になり、ルシェラから手を引いた。
 ルシェラに何が施されているのか、十分に知ってしまう。
 指先はしとどに濡れていた。

「……誰がこの様な仕込を」
 ひどく声が低い。ルシェラは身体を竦ませた。
 答えられる筈もない。
 黙っていると、グイタディバイドは突然ルシェラの下半身から覆っていた布を全て取り払ってしまった。
「なっ……や、ぁ」
「…………この様な…………」
 根を戒められた茎の惨状を目の当たりにして、思わず目を反らせる。
 それはエイルやダグヌも同じ事だった。

 正視に耐えない。
 何度も鬱血と弛緩を繰り返しているそこは、通常の男であったなら疾うに機能を失っているだろう。
 ルシェラだから……。
 変色しながらも壊死するような事はなく、どす黒い色になりながらも先端から雫を零し続けている。
 気分的には幾度も達しながら逆流を繰り返し、酷い痛みにも襲われている。
 床に横たえさせると、後庭にも何かを銜え込んでいる事が分かる。
 端を持って軽く引くと、ルシェラの身体は勢いよく跳ねた。
 茎の先端も震え、新たな蜜を溢れさせる。

「あ、あは…………っ……」
「お力を……どうか」
 背を撫でて大人しくさせ、指で孔を広げる。
 途端に竦む身体。グイタディバイドは涙と汗で塩辛くなった頬や額に口付けを繰り返す。
「あっ、あ、はっぁ……っ……」
 指でそこを広げながら何とか張り型を引きずり出す。
 背がピンと仰け反り、腰が震える。
 達した……筈だった。しかし、永遠に終わらないかのような震えに、ルシェラの口から洩れる喘ぎには限りがない。
「は、っ……ぁ、あは……」
 意識を保つ事も出来ず、悩ましげに眉根を寄せたままただ荒い呼吸を繰り返す。
 震えはただ快感を示すものではなく、病身にとってかなり危険な状態でもある様だった。

「誰か、裁縫道具を」
「は……はい」
 グイタディバイドにそう命ぜられ、一瞬従者二人は戸惑った。
 だが直ぐに、エイルが懐から携帯用の裁縫道具を出す。
 縫い物と言うだけではなく、なかなかに汎用性が高いものだから、携えている事は多かった。
 グイタディバイドはそこから一本の細い針を取り出し、ルシェラの茎に対峙する。
「じっとしておいで下さい」
 囁きかけても、ルシェラに反応はない。
「どちらか、殿下を支えていて欲しい」
「はい」
 先には出遅れたダグヌが動く。ルシェラを背から抱き締め支えた。
 そのルシェラの股間へと身を屈め、グイタディバイドはそこへ針を向ける。
 針先は、茎を食んだ皮輪の鍵穴へと差し込まれる。
「んっ……んぁ」
 微かな刺激にも腰が跳ねる。
「殿下が傷つく。しっかり抑えていてくれ」
「はっ」

 大使の指捌きは巧みだった。
 何故か手馴れた様に針で錠を探る。
「全く……この仕込みは誰のものか」
「……その戒めは、先日亡くなったデュベール公使の置き土産で」
「…………話は聞いていたが……泥酔して川に落ちたとか」
「はい。その前に殿下にこれを施し、鍵を紛失されましたので」
 澱みなくエイルが答える。
 ダグヌは顔を背けて俯いた。潔癖な彼には、とても耐えられる事ではない。
「神の戒めだろうな。殿下にこの様な酷い振る舞いをして、無事でいられるとは考えるべきではない。それで…………この張り型は」
 手は休めていない。鍵穴の奥を針で引っ掻く様にしながら、エイルに視線を遣る。
 エイルは軽く肩を竦めた。
「さあ……俺は昨日お手伝いしたきりですから。ダグヌ、今朝はお前がお世話したよな。その時は?」
「…………通常通り、お食事を召された後、排泄なされた。何も……なかった……」

「では、誰だ」

 この目で見た訳ではなくとも、可能性は唯一つだ。
 だがそれを、ダグヌやエイルの口に出来る筈もなかった。
 エイルは困った様にダグヌを見、ダグヌはダグヌで視線を伏せたまま顔を上げようとしない。
「答えられないのか」
 苛々しながら針を激しく動かす。
 と、

 ぴん、と、どこかに何かが掛かったような感触がした。
 グイタディバイドは暫し張り型の事を忘れ、針に集中する。
「おお」
 鍵が外れる。
 グイタディバイドは針を返し、丁寧に皮輪を外した。
「ひっ、ぁ……あぁ……っ」
 皮が僅かに離れようとすると、酷い痛みがそこを襲う。
 鬱血して腐りかけた血が循環に戻ろうとしている。
 快感より苦痛が遥かに先に立ち、ルシェラは激しくのたうった。
「あ、っ……あ、ぁぁぁあああっっ!!」
 がくりと頭が仰け反り、後ろへ倒れる。
 勢いよく白濁した液体が迸り、目の前のグイタディバイドと自身を汚した。
 白……というには少し黄色がかっているのは、やはり酷く鬱屈させられた後だからだろう。
 ルシェラは全く意識を失い、ダグヌの腕の中に崩れ落ちた。

「直ぐに変えのお衣装をご用意いたします」
 ルシェラの事で手一杯なダグヌに代わり、エイルが勧める。
 しかし、グイタディバイドは聞く余裕もなかった。
「……陛下に目通りを願いたい。即刻だ。応じていただけぬ場合には、すぐさま帰国させて頂く」
 死んでいるかの様なルシェラの頬に手を這わせ、グイタディバイドは立ち上がって踵を返した。
「せめて、ちり紙でお顔や衣装をお清め下さい。そのままでは王宮にお越しになる事は出来ません」
「…………ああ……」
 差し出された紙を取り、顔や衣類に付着した粘液を拭い取る。
「私とお会いになる事を分かっていらっしゃりながら、陛下はこんな仕込をなされたのだな」
「まだ陛下と決まったわけでは」
「なら、他に殿下に触れたものがいるのか」
「それは……まあ、そうですが……」

「ん……ぅ…………」
 ルシェラの口から微かな呻きが洩れる。
 全員の視線がルシェラの顔に注がれた。
 ゆっくりと、目が開く。
 虚ろな視線が室内を撫で、それから、確かめる様にそれぞれの顔へと向けられる。
 それは虚ろなままで、個人を認識できているのか甚だ疑問だった。
「殿下、お気を確かに」
 大使の大きな手が頬を包む。ルシェラは視線を向け、途端に震え始めた。
「だ……め…………」
 その服の裾を出来る限り強く引く。しかし、ルシェラにはそれ程の力はなく、手は直ぐに床へ落ちた。
「何のお話です」
 心の中に渦巻くセファンへの怒りを押し隠しながら、大使は努めて穏やかに尋ねた。

 しかし、ルシェラは何かを感じてしまっている様で、表面的な穏やかさなど受け取れないでいる。
「……わ……たく……しだけが……わるい……」
「何を仰せですか」
「……もう……しわけ……」
「貴方がお謝りになられる事ではありません」
「……父上には……どうか…………」
 堪えようもなく涙が溢れる。

 朦朧とした頭でも微かに思う。
 セファンの命を守れなかった。
 それだけではない。
 国に帰ったらグイタディバイドはどうするだろう。
 国家の恥を流言されては、これまで耐えてきた意味も全て消え失せてしまう。

 何を悟られたのかを察し、グイタディバイドは僅かに眉を顰めながらルシェラを窘める。
「なりません殿下。貴方はこの様な不当な扱いを受けてよいお方ではいらっしゃらないのですよ」
「…………どうか…………内密に…………」
 もう一度、グイタディバイドの服を握る。
 涙が過ぎてしゃくり上げながら、懇願する目で大使を見上げる。
 嗚咽する程泣く事は、気管の羸弱なルシェラには命に関わる程の事だ。
 ダグヌは背を撫でて落ち着かせようと試みた。
「……たす……けて…………」
 悲痛な声に、誰もが胸を鷲掴みにされた心地になる。
 何がルシェラの助けとなるのか……判断がつかない。

「た……す……けて…………」
 しゃくり上げるだけではなく震えながら、ルシェラは無理を圧してグイタディバイドの足元に縋りついた。
 濡れた頬に乱れた髪が張り付いている。
 先の余韻か、震える唇はやけに紅く濡れていた。
 相手が幼児嗜好、または嗜虐嗜好のある者であれば、ルシェラは尚の事苦しめられた事だろう。
 しかしグイタディバイドはただ、ルシェラがいとおしくてたまらないだけだった。
 守らねばならない弱く愛しいもの。
 それも、本来国王以上に敬愛されていなくてはならないものだ。
 他人に故のない詫びをしながら震えなくてはならないものでは有り得ない。

「お助けいたしますとも。その為にも、まず陛下を説得し、それがならぬ際には五古国会議にかけ、それすらも拒まれたなら…………貴方を奪ってリーンディルへお連れいたします。全てお任せ下さい」
 真摯なグイタディバイドの言葉に、ルシェラは許される限りに首を横に振った。
「…………わたくしを……すきに………………かわり、に……父上にも……五古国にも……内密に…………」
「何を思し召されます!」
 ルシェラの目は虚ろで、狼狽え怒るグイタディバイドの姿は映っていない様だった。
「たすけて…………たす……っ……たす、け……」
 身体がいう事を利かない。
 泣き過ぎている事による酸素欠乏もあるだろうが、ただ、ルシェラには、全てを内密に収めてもらう事しか口から先へ出てこない。
 身も心も苦しさと辛さでばらばらになりそうだ。
 考え、などと呼べる程の事は既に出来なかった。

「………………申し訳ありません。これは、全て殿下の御為なのです」
 絆されながらも、グイタディバイドにはルシェラを一刻も早くここから連れ出す事しか思い浮かばなかった。
 縋るルシェラを引き離し、ダグヌに押しつける。
 ルシェラは絶望に打ちのめされながら、ただグイタディバイドを見詰める。
 閉じる事を忘れた瞳が零れ続ける涙を拭う事も出来ない。
 涙で視界が歪んでいたが、最早反応を返す事すら出来なかった。
 背を向けたグイタディバイドに拒絶を感じ、ルシェラはダグヌに身体を預けた。
 身体に力が入らない。

 これでお終い。
 足元ががらがらと崩れていく様な感覚に襲われる。
 今まで守ろうとしてきたものが手の間からすり抜け零れ落ちていく。
 もう何を言っても遅いのだ。
 何を言っても…………。

「……失礼致します。エイル殿、頼む」
「………………はい」
 グイタディバイドは込み上げる苦しみを断ち切るように、ルシェラを一瞥もせず大股で部屋を辞した。
 続いてエイルも、ルシェラの様子を確かめ、ダグヌと視線を合わせて部屋を出て行く。
 ルシェラは、一言も発することが出来なかった。
 媚びても、懇願しても、聞き入れては貰えなかった。
 視線すら寄越さず……。
 父の命を守れなかったのだ。
 その趣味もない五古国の大使に対し酷い侮辱したが為に、国家間の諍いになってしまう。
 グイタディバイドの怒りは尤もだろう。
 仕込みを施されたルシェラを供することは、幼児嗜好、嗜虐嗜好だと嘲られたも同然なのだから。

 何を言っても今更遅い。
 自分の媚びた態度は、さぞかしグイタディバイドの怒りに油を注いだ事だろう。
 この度に限った事ではない。
 誰に、何を言っても、気に障る事しかない。
 口を開かない方がいいのだ、きっと。


 ルシェラはゆっくりとダグヌの腕から離れた。
 床を這い、長椅子に縋る。
 人と触れ合うのが怖い。
 もう……これ以上、周囲の人間を不愉快にしたくない。

 僅かな動きにも乱れる息を肩で継ぎながら、ルシェラは椅子に爪を立てた。
 もう、これ以上耐えられない。
 自分自身が厭わしくてならず、直ぐ様存在自体を消し去ってしまいたい。
 けれど、死ぬことも許されない。
「っ……」
 舌を噛み切る。
 血の味が口に広がり、瞬時に流れたそれが口の端から滴り落ちたが、やはり、直ぐに出血は止まり、傷口も塞がってしまう。

「殿下!! 何という事を……」
 手巾でルシェラの口元を拭い、口を開かせる。
 唇をつけ、血液を吸いだした。
 ルシェラの血は……何故か甘く感じる。
 酔いしれる程……。
 そう考えた自分に悪寒が走り、思わず口を離した。
 もう血は止まっているし、気管の方に流れた様子もない。
 唇を拭い、ルシェラを抱き上げる。
「寝室の方へお連れ致します」
 ルシェラは少し逃れるような仕草を見せたが、さして動くことは出来ず、諦めたように力を抜いた。

 階上の寝室へ戻って直ぐ。
 乱暴に扉が開かれる。
 鬼の形相をしたセファンが抜き身の剣を手に立っていた。
「陛下、何を!!?」
 ルシェラを庇う様に、ダグヌはセファンの前に立ち塞がった。
 エイルとグイタディバイドが王宮に向かい、また戻って来たにしては早すぎる。
 セファンの肩越しに、エイルとグイタディバイドの姿が見えた。
 二人も必死で喚き、セファンを静止しようと試みている。

「陛下、何をお考えです!」
「剣をお収め下さい!!」
「殿下が何をなさったというのです!」
 どれだけ言ってもセファンは聞く耳一つ持たない。
 背後の二人は気にかけず、ダグヌを冷たい目で睨み付ける。
 ダグヌは気圧されながらも一歩も引かず、自身も腰のものを抜いた。

 セファンの目が細められる。視線が、冷気を増した。
「私に刃向かうか」
「陛下が、殿下に刃を向けられるならば」
 真っ向から剣を構える。
「やめておけ。これは最早ルシェラではない」
「この方がそうでないと仰せなれば、何方が国守であらせられるとおっしゃるのです」
「私が認めぬ。これはルシェラではない。兄上ならば、これ程私に手間は取らせない筈だ」

「グイタディバイド殿よ。国に帰りたければ帰るがよい。五古国会議もよいだろう。しかし、ルシェラ自身がいなければ何とする」
「……まだ時は来ない。陛下のお手で国守を消すことは不可能です」
「…………好きにすればよい」
 凄みのある笑みを浮かべて、セファンは振り返った。
 エイルですら足が竦む。
「分かりました。必ず、殿下をお救い申し上げます」
「ならば帰れ。直ぐにここから立ち去れ。エイル、見送ってやれ」
「……はい……」
 ここにいてセファンとダグヌの動向を守りたいものだが、今のセファンに逆らっては自分の首が飛ぶ。
 エイルはグイタディバイドの背を押し、連れ立ち慌ててこの場を去った。

「生きる価値もないお前の様なモノに心を砕くとは、物好きもいたものだな」
 ダグヌを素通りし、寝台に横たえられて動かないルシェラを睨めつける。
「お前は私の命を守れなかった。私を裏切り、私……ひいてはこの国に取り、多大な損害を与えた。大使一人篭絡できず、何が国守ぞ。お前など、ルシェラではない。兄上ではない。役立たずが」
 吐き捨てる。
 ルシェラはただじっと聞いている。
 否、聞いているわけではない。耳には入っているが、正しく言葉を理解できてはいなかった。
 ただ呆然と、この状況を理解してすらいないかもしれない。

「切るならば切れ、ダグヌ。今私を切ればこの国はどうなるか。それをよく考えた上で、私に刃を向けよ」
 セファン亡き後王位につくのは確実に第二王子フェリスだ。
 そうなれば、フェリスの母である正妃ナーガラーゼと、その一派だ。
 専横政治がまかり通ることは想像に難くない。
 国は荒れるだろう。
 そう…………ルシェラに対する仕打ちさえ除けば、セファンは確かによき王だと言えた。

 ダグヌは構えた剣に込めた力を、僅かに抜いた。
「そなたに命ずる。エイルが戻り次第、共にアーサラへ赴き、次の女を捜して参れ」
「次……」
「これはもう使い物にはならぬ。新しい国守が必要だ。しかし、これが死ぬまでにまだ時間がある。それまでに探して来いと言っている」
「その様な……まだルシェラ様は」
「役に立たぬ。時が来るまでは生かしておいてやる。私の性欲処理の役にくらいしか立たぬだろうがな。王宮に置いてておくも目障りだ。別の場所へ移す」
「何処へ」
「お前達には行くことも出来ぬ場所だ」
 言うなり、セファンは剣を寝台に向かって投げた。
 咄嗟にダグヌが叩き落そうとしたが、軌道がそれたに留まり枠に突き刺さる。

「行け。これ以上私を不愉快にしてくれるな」
 今ルシェラの側を離れたら、二度と会えなくなるかもしれない。
 それは確信に近い思いだった。
 動けない。
「…………そうか。行けぬと申すか。ならば、今ここで、貴様より騎士位を剥奪の上、国外追放とする! 異論があるならば、手打ちだ。いいな」
 余りにも強固な物言いに言葉が出ない。
 騎士の位を剥奪され国外に追放ということは、それこそ、二度とルシェラに見えることはない。
 ティーアに留まることが許されるならばまだ……僅かな可能性でも、ないよりはましだ。

「…………畏まりました……。アーサラへ、参ります……」
「では直ぐにここを出て行け。エイルも直ぐに戻るだろう。エイルに会ったらば、私に報告の必要はない。そのまま、直ぐ様旅立つがよい。ルシェラを産む女の証はアーサラ王家の血を引く同じ顔をした女だ。分かりやすかろう」
「はっ……」
 剣を収める。
 ルシェラを振り返り、その顔を見詰める。
 表情はなく、目を見開いたまま、涙を流したまま、それでもぴくりともしない。
「早く行けというに」
 セファンはダグヌの肩を掴み、乱暴に部屋の外へと追い出した。

 扉が閉められるまで、ダグヌはルシェラの姿を目に焼きけるかの様に寝台を見詰めたままだった……。


作 水鏡透瀏

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