ダグヌは青くなった。
「なんという事を……」
 ダグヌはルシェラから離れ、寝台を降りて脱ぎ捨てた上着を探る。
 白い手巾を取り出し、ざっくりと裂けた腕を強く縛る。
 そして、そのまま腕を上に上げさせた。
 じわりと緋が滲む。
「無理をなさいますな。傷が深すぎます」
「だって、すぐに……塞がってしまいますもの。……痕にならない」
「医者がお嫌でしたらば、すぐにお薬をお持ち致します。少しの間でございますから、どうか堪えてお待ち下さい」

「嫌!」

 鋭く、悲鳴に似た声があがる。
「貴方が怒るなら……もう致しませんから……何処にも行かないで……」
 懇願する表情。
 ルシェラの顔立ちには、酷く似つかわしくない。あまりにも卑しかった。

 短剣を置き、布を解いて傷口に手を当てる。
 掌から傷へと、淡緑色の光が広がる。
 神官や治癒士なら誰もが使える簡単な魔法ではあるが、誰に教えられた訳でもない。ただ、本能に近いものだった。
 光は、瞬く間に傷を掻き消す。

「これで……もう、大丈夫ですから……」
 寝台から身を乗り出し、ダグヌに手を伸ばす。
 その姿は卑小ではあったが、あまりに儚く、美しいが故に凄惨だった。
 自らの流した生きる証に濡れ、皓く希薄な存在が無理に際立たせられている。

「お願い……側に…………」
 ダグヌは、ルシェラに対して少なからぬ恐怖を抱いた。
 人格さえも変わった様な印象を受ける。
 先程の、怒声に怯えるルシェラのままだった。

 そして、ルシェラの心を僅かながら知る。

 大人の男に怯えながらも、ルシェラはその事に依存して来た。
 媚びなければ、無論酷い目に遭わされた事だろう。
 その結果、他人が少しでも不快に思う事、全てを封じようとしてしまう様になった。
 自己というものを認められなくなってしまっている。
 これでも、ルシェラにとっては精一杯なのだ。
 精一杯の表現で、自分の望みを口にしている。
 ……受け入れない訳にはいかなかった。
 ルシェラの想いを受け入れず、自分の我を通したのでは、結局他の男達と変わらなくなる。

 傷付いた腕を取り、引き上げる様にして抱き締めた。
「……私にも、証など必要ありません。殿下、私は、ずっと殿下のお側におります。殿下が望まれる限り、永遠に。殿下が、真実私にお従いあそばし下さると仰られるならば、どうか、殿下の方からも、私からお離れになりあそばされません様、お願い申し上げます」
 一言一言が、重みを持ってルシェラの心に響く。

「分かりました。…………ダグヌ。けれど、わたくしには何も……貴方に捧げられるものがない……」
「必要ないと申し上げておりますでしょう」
「わたくしを……抱いて下さい」
「殿下!」
 ダグヌは慌てて身を引く。
 しかし、ルシェラはそれを許さず、より強く縋り付いた。

「貴方がわたくしに尽くして下さるなら……わたくしも、貴方に何かを捧げたい。けれど……わたくしに許されるのはこの身一つ……」
 ダグヌの膝に身を乗り上げ、唇に唇を寄せる。
「なりません、殿下」
 顔を背ける。正視できない。
「…………抱いて……下さい……」
 見上げる瞳いっぱいに涙が溜まっている。
 瞬きと共にそれは堪えようもなく零れ落ち、冷たく頬を濡らす。

「お気に召さないことで申し訳なく思います…………わたくしには、この他に何も捧げられない……」
「必要ございません」
「……昔、本で読みました。騎士と王族との契約には封土が必要なのだと。それを与えられぬ場合には、何か宝物を与えるのが習わしと。けれど、私は何一つ持ち合わせておりません。ですから……どうか」
 制止する間もなくダグヌの上着が脱がせられる。
 逞しい首筋に顔を寄せると、ルシェラは積極的にそこへ口付けた。

「っ、で、殿下!」
 ルシェラは聞く耳を持たない。
 緩く胸をくつろげ、肌に淡い印を刻みながら這い降りる。
 仄かに薫る体臭が、ルシェラの情炎に油を注いでいた。

 下履きに辿り着き、その中から目当てのものを引き出すや、躊躇いもなく口に含む。
「殿下、もう……いい加減になさいませ……」
 押し退けようとしたルシェラの肩があまりに薄く頼りないもので躊躇する。
 その隙に根元まで銜え込まれ、ダグヌはそれこそ進退窮まった。

「う……っ…………」
 慣れきったルシェラの舌技は巧みだった。
 対してダグヌは清廉潔白な性質の故か、男女のそれにも疎い。
 二十歳も過ぎた男であるから全く経験がないとは言わないにしても、明らかにルシェラが優勢となる。

 ダグヌに奉仕しながら、ルシェラは衣類を脱ぎ捨てた。
 露わになった身体に手を這わせ、自らを愛撫する。
「んっ……ぅふ……」
「殿下、なりません、殿下っ……」
 使用に耐え得る程にダグヌ自身が昂ぶった所で口を離す。
 口の端を汚す唾液と、そうではない液体とを舌先で舐め取りながら、ルシェラはダグヌの肩に手を置いた。
 その手に力を掛けて腰を浮かせる。
 体調が伴わない為ひどく緩慢な動作だったが、ダグヌは魅入られたまま動けなくなっていた。

「ひとときの快楽を貴方に」
「その様なもの……」
「貴方だって、ほら……もう、こんなに」
 幹を捉える小さな手指が先から溢れた液体を掬い、ダグヌの目前へ持ってくる。
 媚びる様にダグヌを見詰めたまま、ルシェラはその指に舌を絡ませた。
 粘性のある液体を舌先で舐め取り、必要以上に塗り広げるように、自分の指を潤していく。
 色の悪い唇から覗く紅い舌がひどく蠱惑的だった。
「わたくしの身が、貴方の忠誠に値するとは思いません。ただ……わたくしに出来る事を、させて下さい……」

 淫蕩でありながら、どこまでも清浄。
 その様なものがあり得ることを初めて知る。
 非均衡な美しさがダグヌを捉えて離さない。
 強固だった筈の理性の箍が、僅かずつ緩んでくる。
 理解しつつも、抗えるものではなかった。

「お、身体は……」
「心配は無用に」
「しかし、これ程お身体を悪くされては、」
「……抱いて頂いている最中には、気の巡りが改善し、少し体調も回復した気になりますから」
「それは、そう思し召されるだけで、実際には体力を失っていらっしゃる筈です」
「気の持ち様だけか、試してご覧になればよいでしょう」
 ダグヌの慌て振りがどこか可笑しい。
 ルシェラは潤った指を自分の後庭にあてがい、そこへ差し入れながら薄笑いを浮かべた。

 ダグヌの反応を楽しみながらも、ルシェラは不思議な気分でいっぱいだった。
 ずっと拒み続けてきた行為。
 「抱かれたい」と思えることが不思議で仕方がない。
 この騎士にならば全てを任せてもいい。
 その結果かどんなものになろうとも、後悔はしないだろう。
 期待ではなく、確信が持てる。

「っぁ……」
 受け入れられるよう自分で解すが、細く華奢な子供の指では上手くいかない。
 深く入れても、全く欲しいところにまでは届いてくれなかった。
「はっ……ぁ……」
 手の指を全て入れる。足りない潤いはダグヌの幹から取り、一生懸命に慣らす。
 侭ならなさに、じわりと涙が浮かんだ。

 縋る様にダグヌと視線を合わせる。
 ダグヌは目を反らしたが、ルシェラは真っ直ぐな瞳を向けたままだった。
 次第に気が咎めるような心持ちがして、ダグヌはそっとルシェラを窺った。
 震える唇を引き結び足りない快楽に苛まれている姿は痛々しく、しかし、ひどく艶めかしかった。
 素直に、淫らに乱れる様は、子供特有のものなのだろう。やはり、嫌らしさや不快になる様な品のなさはなく、清冽だった。

 先だっての王の言葉が脳裏を過ぎったが、最早後戻りは出来そうになかった。

 安らぎがあってはならぬ。
 死を憧れとし、生きることをつまらぬものだと……。

 セファンは強大な王だ。
 命に逆らう自分を、どう処罰するか分からない。
 そして自分が罰を受けた後、この幼弱な王子はどうなるのだろう。
 あと一歩が踏み出せない。
 戻れない。
 進めない。
 侭ならなさに歯噛みする。

 苦悶するダグヌの表情を見て、ルシェラも自嘲に顔を歪ませる。
 浅ましい。
 けれど、ルシェラの心も身体も、既に臨戦態勢だった。
 これ以上は仕方がないと判断して、指を引き抜く。 
 緩むにはまだ足りないが、心はすっかりダグヌを欲しがってしまっていた。
 もう待てない。
 指で秘蕾を割り開き、身体を浮かせてダグヌの根幹へ腰を下ろす。
「ぁ……う……んっ……」
「あぁ……っ、殿下っ……」

 頤が跳ね上がり、白い……皓い喉元が晒される。
 光の乏しい中で、それは内から輝いている様でさえあった。
 吸い寄せられるように、唇を寄せる。
 細い首筋に、滑らかな肌に、紅い痕跡が残された。
「あ……ぁ……っく……」
 押し開かれる痛みと圧迫感に歪む顔容ですら美しく、箍の緩んだ理性に拍車を掛ける。
 ダグヌはそのまま感情にまかせ、ルシェラを組み敷いた。

「うっ……ぁ……い、た…………」
 いきなりの行動に抉られる場所が変わり、ルシェラは痛みを訴えた。
 ダグヌはルシェラの目尻にうっすらと浮かんだ涙にすら欲情し、軽くそれを吸い取りながら強く抱き寄せる。
「失礼いたします、殿下」
 こんな時にまで実直な様に、ルシェラは小さく微笑んだ。
 これ程までに気遣ってくれることが嬉しくてならない。
 自らもダグヌの首へ腕を回し、抱き返す。

 胸に膝が付く程に身体を折り曲げられ、ダグヌの重みが掛かる。
 その重みすら心地よく、ルシェラはうっとりと目を閉じた。
 ダグヌはルシェラを気遣って骨の浮く背を撫でながら、自身を根元まで埋め込む。
 慣れてはいてもまだ幼いそこは酷く狭く、きつく根を喰んで抜き差しを拒んでいた。
「殿下……少し、お力を……」
「ん…………は、ぁ……」
 浅く息を継ぎ、力を抜くように心がける。
 しかし心とは裏腹に身体はダグヌの質量に馴染みきらず、力が抜けない。
「くっ……ぁ……」

 狭く締め付けてくる蕾の具合にも困惑するが、それ以上に、勢いに任せて押し倒したはいいものの、正常位ではルシェラを押し潰してしまいそうに思えて仕方がない。
「殿下」
「ん……」
 どうすればよいものか分からずただルシェラを呼ぶ。
 ルシェラは口付けを求めるように薄く唇を開き、軽く頤を上げた。
 しかし、困惑したままのダグヌは動けない。
 閉ざしていた目を開け、ルシェラは不思議そうにダグヌを見詰めた。
 ここまで来れば、ルシェラにとってする事は一つだ。
 何を躊躇うのか理解できない。
「何か……?」
 自分に何か落ち度があるのか不安になる。

「……焦らさないで」
「しかし、その……お辛くはございませんか」
「動いて下さらないことの方が辛い……」
 小さな手が、宥めるようにダグヌの頬に触れる。
「……貴方へ捧げる行為なのに、わたくしばかりが悦んで……申し訳ありません」
「いいえ、殿下……殿下がお喜び下さることが、私にとって何よりの贈り物となるのです。ですが……このままで、殿下にお辛いこともあるのではないかと……」
 女との行為より、この正常位ですら身体に無理をさせている気がしてならない。
 女の然々なる部位より背面に近い当たりに挿入しなくてはならない為、どうしても無理が出てくるように感じられた。
「…………わたくしも、貴方が喜んでいるのがいい……」

 お互いを気遣いすぎて身動きが取れない。
 深く挿入され疼く身体の侭でも、ルシェラはどうしようもない幸福感に包まれていた。
 今までに、こんなに心地よい交接があっただろうか。
 痛みや苦しみではない、熱い涙が込み上げてくる。

「辛い事なんて……何もありません」
「この様に嫋やかなお身体では……その……お怪我などなされては大変でございますから」
「…………私を抱き抱えたまま、寝台の上にお座り下さい」
 漸く、ダグヌが何を躊躇っていたのかに思い至り、ルシェラは破顔した。
 不必要なまでの気遣いが慣れない喜びを与えてくれる。

「っ、ぅ……ん……」
 ダグヌが僅かにでも動く度、堪えきれない声が洩れる。
 苦しそうにも聞こえるそれが辛く思え、ダグヌはルシェラと唇を合わせた。
 そろりそろりと動いて、漸くにダグヌは身体を起こし、ルシェラを膝に抱えた。
 押し倒す前の体勢と同じである。
 正常位より抜き差しと動けはしないものの、ルシェラを壊してしまいそうな危惧からは僅かに解放される。

「貴方が動くより、わたくしが動いた方がよいでしょうね」
 ルシェラはダグヌの唇から離れ目を細めて口角を僅かに上げると、僅かに腰を浮かせた。
 微笑みは崩さぬ侭、けれども快感と圧迫感に眉根が寄せられ、唇が戦慄く。
 ダグヌはルシェラの双丘に手を遣り、丸みを撫でながら結合部分に触れてみる。
 尻の丸みは仄かに汗ばんで、手に吸い付くようだった。
 痛々しい程に引き伸ばされているであろう襞は見えないが、想像するに余りある。
 扇情的な表情と、その指先に触れる感触とが、箍の外れた理性を甘く溶かしていった。
 気付けば、ルシェラの全身は仄紅く染まり、血の巡りがよくなっているのが分かる。
 頬にも赤みが差し、顔立ちをより華やかに彩っていた。
 幼く高い喘ぎは唇からひっきりなしに洩れているが、呼吸もこの行為をしている割には落ち着き、病身であることを忘れるくらいには正常だった。
 気の巡りが良くなる……ルシェラの言っていたことは嘘ではなかったことを知る。

 腕の中で、膝の上で、妖しく美しく踊るルシェラに、ダグヌは時を忘れた。
 王命など、最早忘却の彼方だった。


作 水鏡透瀏

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