暫く後庭の具合を楽しみながら、公使は感じたことのない程の疲労を覚えていた。
日々の疲れがどっと押し寄せたかの様だ。
しかし、それでもルシェラに対する執着は弱まらない。
ティーアの隣国であるデュベールは、帝国でありながら、国力、歴史、国際的な影響力、どれを取ってもティーアに遥か及ばない。
それでも、数年に一度起こる両国の小競り合いは、必ずデュベール側から仕掛けるものだった。
帝国を名乗る以上、その裏付けとなる神の力が欲しい。
何より欲しているのはルシェラ……国守の存在だ。
裏を返せば、それを所持しているティーアを、憎んですらいた。
その思いがより、ルシェラに対する態度として現れる。
仕方なく一度達すると、公使はルシェラの身体を俯せに寝台に突き倒した。
肩で息を継ぎながら、ルシェラの首輪を掴む。
力無く細い身体が揺さぶられるが、大した反応はない。
公使はそのまま、首輪とそれから繋がる鎖を手に、寝台の上に立ち上がった。
天蓋の裏からは一本の鉤が吊り下げられている。
それに、鎖の端を引っ掛けた。
そして再び手を離す。
「っ……ぅ……」
鎖の長さは半端で、ルシェラが倒れ伏す事を許さない。
首が絞まり、苦しげに美貌が歪む。
首輪と首との間に指を入れて浮かせようとするが、そう出来るほどの隙間はなかった。
ただ、爪で皮膚を引っ掻き、血が滲むだけだ。
もう僅かにでも身体を起こすことが出来たならこれほど苦しい思いはせずに済んだだろうが、今のルシェラにはそれ程の力もない。
「……っ……」
声も出ない。
ただ、喉の隙間から息の洩れるひゅうひゅうと言う音が聞こえるばかりだ。
公使は苦しむルシェラを満足げに眺め、寝台の側の台に置いてあった箱の蓋を開けた。
箱は、公使がここを訪れる際に必ず持ち込むもので、首輪や鎖もその中から取りだしたものだった。
中には、おぞましい器具が並んでいる。
男根を模した張り型や、無数の節足動物多足類の入った瓶。蝋燭。先の尖っていない針のようなものもある。
およそ使い方を理解したくないような代物ばかりだ。
ルシェラにはそれを見る余裕などない。
苦しさに、意識さえ半ば放棄し始めている。
「まだ、事足りてはいらっしゃいますまい?」
男を支配しているものは性欲ではない。
ぎらぎらと欲に血走った目は一見その様にも見えるが、全く別種のものだ。
歪み切った利己的な自己愛がそうさせている。
自分の組みする帝国ですら焦がれながら手にする事の出来ない存在が、今まさに自分の為すがままになっている。
ルシェラの顔が苦痛に歪めば歪む程、男の欲望は満たされていく。
「どちらが宜しいでしょうか?」
赤子の腕ほどの太さがある張り型と、虫の詰まった瓶とを取り出してルシェラの目前に翳す。
しかし、ルシェラは薄く目を開くことさえ出来ず、身体を痙攣させている。
片手は首を掻き毟ったまま。なんとかもう片方の手を寝台に付き、身体を支えようとしてはいるものの、すぐに頽れてしまう。
公使はにやりと笑い、ルシェラの首根を掴んで身体を起こさせた。
「お答え頂けませんか?」
「っ……は……ぁ……」
僅かに通った気道から必死で空気を貪る。
唇の端から零れた唾液を舐め、公使はもう一度、おぞましいものをルシェラの前に差し出した。
「いかがです?」
促され、漸く微かに瞼が持ち上がる。
しかし、焦点が定まらない。
「お答え頂けないようでしたら、どちらもお楽しみ頂きましょうか」
見えずとも、ある程度の予測は付く。
自分にとって望ましいものか、望ましくないものか……望ましいものである可能性は、零にも等しい。
ルシェラは必死の思いで首を横に振った。
「お気に召しませんか? 折角ご用意致しましたものを」
「……ぃ…………ぁ…………」
「よくご覧下さい。これは大型犬の逸物を象った張り型です。ほら、ここを回すと、瘤が張り出て抜け落ちる心配はなくなる。こちらは……殿下の為にわざわざ取り寄せた人造魔生物でございます。噛み付きはしませんし、大した毒も持ってはおりません。ただ蠢いて、粘液を滴らせるだけです。少々、痒みや熱感を伴うやも知れませんが」
詳しく説明を受けても、ルシェラには答えられない。
呼吸をすることがやっとで意味を理解するにも至らない。
よしんば理解できたとしても、二択では答えたくない。
「私は、そう気の長い方ではありませんよ、殿下」
くっと華奢な頤を持ち上げ、頬にざらりとした舌を這わせる。
ルシェラは身体を震わせた。
公使は瓶の蓋を開けると、中から一匹を取り出しルシェラの頬に寄せる。
百足の様に見える虫だ。
黒く細長く、臙脂の短い足が両脇から無数に生えている。
ただ、その先端には歯などはなく短い触手のようなものが円形に並び、その間から絶えず透明な粘液を溢れさせていた。
「よく懐いておりますよ」
口元へ運ぶ。
ルシェラは口を引き結ぼうとしたが、呼吸困難の為に上手くはいかない。
粘液が唇に触れ、僅かに口の中へと滴り落ちた。
「っ……く……」
液体の触れた部位がかっと熱くなり、疼く様な痒みが広がっていく。
ルシェラは思わず目を見開いた。
焦点の定まらぬ瞳が瞬時に潤み、目元が紅く染まる。
目は見開かれてもそこには何も映ってはいない。
ただ、熱が浮かんでいる。
「あ、ぁは……ぁっ…………」
「これがお好きでしょう」
反応に気を良くし、公使はその生き物をルシェラの尻に置いた。
虫はすぐに皓い丘を這い一点を目指す。
この生き物が作られた目的はただ一つ。
未だ公使の余韻で濡れそぼっていた襞に、潜り込む。
「ひっ……ぃ……」
ルシェラの喉から、細い悲鳴が洩れた。
虫の這い回るおぞましさに背筋が粟立つ。
喉を掻いていた手を後ろへ回すが、虫は既に中に入り込んで仕舞っていた。
襞にも粘液が付着し、指を差し入れると堪らない感覚に襲われる。
「ぁ……ぁひ……っ……」
虫の身体は細く、男の欲望に比べれば負担は少ないものの、身体の内側を這い回る感覚は筆舌に尽くしがたい。
ルシェラは頭をうち振るい、公使に全身で訴えた。
しかし公使が聞き入れる筈もない。
瓶を逆さにし、中身を全て滑らかな尻の上へ落とす。
「ぁあ……ゃ、ぁ…………」
必死で中から先の虫を掻き出そうとしていた指に、新たな虫達が絡む。
虫の触れる端から焼けるような熱と痒みに襲われ、ただでさえ覚束ない指が自由を失っていく。
「う……ぁ……ぅ…………」
歯の根が合わぬほど、ルシェラは震えていた。
襲い来る感覚と恐怖がルシェラを支配している。
公使は未だルシェラの身体を支えて呼吸を助けてはくれているものの、いつ手を離されるかは分からない。
何十という虫が身体の奥を目指し、這い回っている。
人の精液に反応するように作られているので奥に行きすぎることはないが、それはルシェラの知らぬ事である。
腸や胃を食い破り、いつか口から出てくるのではないか。
それ程の感覚だった。
耐え難い悪寒が幾筋も背を駆け上っていく。
出入りを繰り返す足が刺激を呼び、ルシェラは自由を制限されたままのたうち回る。
蠢くものが、理性を打ち砕く。
「ぁ……は、んぁ…………」
正気でなどいられる筈もなかった。
腸だけではなく下腹全体に虫が這い回り、ルシェラの陽根にも足や触手が絡んでいく。
「っや……や……ぃ……ぁ…………」
火照る、身体。
疼く、身体。
強烈な熱感と痒みが身体の奥底から沸き上がっている。
その沸き上がる場所を這い回る無数の足。
ルシェラは打ち震え、止め処ない涙を流しながらも昂ぶらざるを得なかった。
変わらず根を喰んだままの皮輪が、その解放を阻んでいる。
閉じることを忘れられた口からは嬌声とも悲鳴とも区別の付かない音が上がり続けている。
ルシェラの様子を眺め、声を聞き、公使の逸物は復活を遂げていた。
疲労感を、嗜虐欲が上回る。
公使はルシェラから手を離した。
再び首を吊る形になり、ルシェラは思わず首輪を両手で掴んだ。
身体を支えきれず、首が強く絞まる。
何とか空気を求めて大きく口が開いた。
そこへ、公使がねじ込まれる。
「ぐ、っ……ぅ……」
子供の口には過ぎた大きさのものだ。
ルシェラは激しくえづこうとしたが、ただ痙攣するようにしかならない。
もはや、ルシェラは反射でしか動けなくなっていた。
死がルシェラの身体を掠める。
ルシェラは無意識にその、死へ、手を伸ばした。
何かが、触れる。
指先に。
何か、温い、感覚が。
流れ込む。
満たされる。
何が。
何故。
命が─────────────────────。
「……………………っ……ぅ…………」
苦しい。
ルシェラは喉を押さえながら身体を起こした。
……起き、上がれる。
頭の芯がひどく軋む。
何を考える事も出来なかった。
喉に触れる手に感じるのは首輪の存在。首の後ろから吊られる鎖。
軽く頭を振る。
意識がはっきりしない。
ただ、先頃まで感じていた筈の熱や苦しみが、嘘の様に晴れている。
そう考えて、ルシェラははっとした。
分からない。
デュベール公使がいた筈だ。
彼が自分を許したとは思えなかった。
部屋を見回す。意識が途切れがちになる前と、殆ど代わりはない。
ほっとしながら寝台に目を馳せた。
「………………っ!!」
目を見開いたまま微動だにしない公使が、寝台に倒れ伏している。
全く血の気のない顔。
手は宙を掴むような形の侭、動きはしない。
何より、そこには命の欠片が最早残されてはいなかった。
「や……ぁ…………いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
塔の中に、ルシェラ悲鳴が響き渡った。
続
作 水鏡透瀏
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