蝋燭の赤い光が揺らめき、壁に影を成している。
 幼く甲高い声が艶めいて響き、闇に沈む部屋の空気をかき乱す。

「何を考えていらっしゃる」
「っ……く……」
 ずくり、と中で牡が蠢く。
 汗ばんだ背から首筋にかけてぬめる舌を這わせられる。
 酷く淫らな悪寒に、霞がかった頭では対処しきれない。
「国守として力を継がれたと伺って心配いたしましたよ、殿下」
「……しん……ぱい…………?」
 言葉遣いだけは慇懃だが、その裏にそら恐ろしい気配が流れているのを感じる。

 このデュベール公使の嗜虐趣味は知っていた。
 独占欲の強さも。残虐性も。
 現に今、ルシェラは強く後ろ手に縛られ、首には犬に付けるような首輪をかけられている。
 首輪には勿論鎖が付けられ、男の手に握られていた。
 その状態で座位である。動きが悪いとすぐに鎖を引っ張り促してくる。

「もう二度と殿下にこうしてお手合わせ願えないのかと」
 腰が大きく揺れ、更なる深みを目指される。
「っあ……ひ……」
 苦しくて上を向く。
 唇の端から滴る唾液を拭うことも、呑み込むことさえも出来ない。
 喉を伝うそれがひどく不快だ。

 父王がこの責めを再び課した明確な理由すら分からず、こんな下卑た男に貫かれて、快楽と苦痛の綯い交ぜになった涙を流す。
 汗ばんだ額や頬に長い髪が絡み付く。視界を覆うようなそれは、唯一の救いだったかも知れない。
 これがルシェラの仕事。
 ルシェラに課された務めなのだ。

 たとえ父王にその他の思惑があったところで、それを教える者はいない。
 交換と吸収が命を支えることをルシェラに知られぬよう、セファンは気を遣っていた。
 ルシェラは兄である以前に人だ。
 人としての限りを支配することで、セファンの独占欲は満たされている。
 神に通じる、人間ごときが侵す事の出来ぬ部分が厭でも存在するのならば、せめて、人としての範疇全てを占領していたい。
 さりとて、自分一人ではルシェラの命を維持することも侭ならぬ。
 恐らく、ダグヌとエイルを加えたところで、三人でも支えきることの出来る力ではない。
 それを悟っていればこその諦めだ。

 ルシェラには仕事と言う。それは嘘ではない。
 実際に、その役割も十分に果たしているし、ルシェラの自尊心を維持するためにも必要な方便だ。
 そして、客が衰弱しようが、誰もその理由には気が付かないだろうし、気付いたとしても確証を持てるものでもない。
 また、吹聴できる行為でもない。
 全てに於いて危険因子の弱いものだ。
 そう、ルシェラの心が耐え得るならば。

「っあ……やっ……ぁ…………」
 ルシェラを唯一男性たらしめる男根は内側に幾つも鋲が打たれた細い革の輪で戒められ、達することも許されず、ただ内部から強い刺激を送り続けられる。
 きりきりと胸が締め付けられる様な痛みを感じる。
 痛苦に堪えているルシェラが一番美しいと、この男は言う。
 どれ程苦しんだところで、ルシェラには死の一線を越えることだけは許されない。
 死にたくても死ねない。
 傷付けられても死に至らぬ事は、以前より周知のことだ。
 病身で抱かれる事も今に始まったことではなく、大抵の客はルシェラを安心して遊べる玩具だと認識している。
 この嗜虐嗜好者も、それ故にどれ程の愉悦と安堵を覚えていることか。

 腕を縛られていては胸を掻き毟ることすら出来ず、ただ頭を振り、痛みを訴える。
 微熱の続く身体には、拷問でしかない。
 吐き気すら催し、意識が遠離る。
 こんな思いまでして、何故死ねないのか。
 過ぎる苦痛に堪えかねて、身体から力が抜けた。
 意識はまだあるが、それも次第に怪しくなってくる。

「っ!」
 髪を強く引っ張られる。
 しかし、最早反応も出来ない。
 男は舌打ちし、ルシェラを突き飛ばした。
 咄嗟に身体を支えることも出来ず、寝台の上に投げ出される。
 弾みで男の逸物が抜け出たが、それすらもどうでも良かった。

「まだですよ、殿下」
 伏した状態で腰だけを抱え上げられ、再び穿たれる。
「く……ぅふ…………」
 しかしそれは、望む奥までは差し入れられず、浅いところでただ蠢く。

「ぁ……っあ………………」
 本当に犬のようだ。
 這わされ、後ろから犯され、たまに強く鎖を引かれる。
 既に押し開かれることは苦痛ではない。
 行為に依って齎される苦痛はただ、達せないことと足りないことだけだ。
 こんな姿に落ちてまで、保たねばならない自尊心などない。
 ならば……言える筈だ。

「下さっ…………足り……な…………」
「もっと懇願してください、殿下」
「も……と…………奥っ……………欲しい……」
 鎖が強く引かれる。
 声が詰まり、呼吸もままならなくなる。
「っ! ぅ、ぐ……」
 首の締め付けが緩む。鎖が手放されたらしかった。
 そして、ルシェラを苛んでいたものが引き抜かれる。
 手の戒めも解かれた。

「ぇ……? や……いや……もっと、下さい」
「ご加減が芳しくないと伺いました。やはり、ご無理をなさるのはよくないでしょう?」
 力の入らない腕では自分の身体を支えることも出来ず、頬を寝台に押し付けたまま後ろを見る。
 公使は薄笑いを浮かべてじっとルシェラを見下ろしていた。
 すぐにでも楽になりたくて、肉茎を噛んでいる革輪を外そうと試みる。
 しかしそれは小さな錠で封じられ、鍵がなくては緩むことすらなかった。

 懇願するように公使を見上げる。
 しかし、公使はそら寒く笑っているだけで、ルシェラの意志を知りながら動こうとはしてくれなかった。
 胸の痛みは酷くなる一方だがそれより、満たされ、達することしか考えられない。

 公使は気付いていない。
 ふた月の隔たりが、感じる疲労を誤魔化してしまう。
 倦怠感を感じないではなかったが、久々の行為故だと信じていた。

 男根を弄っていた手を、奥まった粘膜へと移す。
 そこは度重なる蹂躙に解れ、濡れそぼってひくひくと収縮していた。
「ふっ……ぅあ…………」
 片手の指を全て潜り込ませる。足りない。

 ……足りない。
 抜き差しを繰り返しても、まだ子供の手をしたルシェラでは当たって欲しいところまで届かない。
「ぅ……や……助けて…………っ……」
 敷布の上を這い、公使の目前まで何とか辿り着く。
 決して萎えてはいない逸物が目の前で揺れている。雄の匂いが鼻を突いた。

「ん……」
 何度かは達している。そこはそれなりに濡れそぼっていた。
 先端に口を付け、舌先で嘗め舐る。
「殿下ともあろうお方がはしたない。こんな下郎のモノが、そんなに欲しいのですか?」
 口に滾る熱を銜えながら上目遣いで見上げ、必死に首を縦に振る。

 欲しい。
 ただ考えられるのは、満たされ、解放されることだけだった。
「おね……が…………」
 裏の筋を辿り、二つの果実を交互に口に含む。
 そこは熱く、どれだけ唾液を絡めてもすぐに乾いてしまった。
 幹も同じ。
 ルシェラの口も発熱の為唾液が少ない所為で、余計潤わない。
 出来る限りの奉仕を尽くし、先端から溢れ出る透明な粘液を舌で塗り広げる。

 その間も、秘所を弄る手を止めることは出来なかった。
「っ……ふぅ……っ……」
 貫かれたい。
 男の逞しいもので、奥の奥まで。

「ぁ……や……くだ……さい…………お……おねがい……」
 霞む目で公使を見上げる。
 ルシェラの視力では最早、彼の表情を見ることは叶わなかった。
 しかし、気配で分かる。
 酷薄な笑みを浮かべたまま、次の行為へ思索を移している。
「いいでしょう、殿下。どうぞ、ご自分で」
 公使は膝立ちのまま、ルシェラに合わせてくれようという気配はない。

 羞恥に視界が薄赤く染まる。けれど、既にルシェラの身体は限界を超えていた。
 振るえる腕で身体を支え四つん這いになり、後ろ手で公使のものを掴み、自分の秘所へと当てる。
「ふ、ぁ……ぅうぅ…………」
 押し開かれる痛みが襲う。
 しかし、それを上回る満たされる思いがあった。


作 水鏡透瀏

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